Scene:05 バルハラ遺跡再び(1)
シャミルとキャミルは、ジョセフからもらったお金を使い、定期便で再びバルハラの街の最寄りの空港に降り立った。
「まるでデジャブだな」
自分達の記憶の時計では、ほんの半日前に見た田舎の空港の風景が、十七年後と変わることなく広がっていた。
二人は、レンタルするのに身分証明が求められるレンタル・エアカーは使用せずに、エアタクシーでバルハラ遺跡まで向かった。
タクシーの後部座席に並んで座った二人は、客席専用のテレビを何気なく見つめていた。
「只今、入って来たニュースです。元歌手のジゼルさんが家族と一緒に乗っていたプライベートクルーザーが海賊に襲われ、ジゼルさんとその夫が死亡したというニュースが飛び込んで来ました! なお、一緒にクルーザーに乗っていたジゼルさんの長男については行方不明とのことです!」
アナウンサーは興奮気味にしゃべっていたが、ジゼルなる人物を知らないシャミルとキャミルは、そのニュースの衝撃度がよく理解できなかった。
「ええっ! ジゼルがぁ! へえ~」
スイッチ一つで透明ボードにより密閉されて、話し声が聞こえない状態にもなる後部座席であったが、今はそのようにしていなかったことから、運転席のタクシードライバーが思わず口に出した声が聞こえてきた。
「運転手さん。ジゼルさんって、ご存じなんですか?」
「えっ、お嬢ちゃん達はジゼルを知らないのかい?」
「は、はい」
「そうか。まあ、三年前くらいが全盛期だったからな。もう過去の人になっちまったのかねえ」
初老のタクシードライバーは少し寂しげに答えた。
「五年くらい前だったかな。『星屑恋歌』という曲で衝撃的なデビューをしてね」
「衝撃的なデビュー?」
「ああ、それまでまったく無名で、経歴もよく分からないんだが、その『星屑恋歌』は連邦ヒットチャートで、いきなり二か月間連続一位という、いまだ破られていない記録を打ち立てたんだよ」
「二か月連続一位ですか! それはすごいですね」
「ああ、その後も立て続けにヒット曲を出して、五年前から二年前くらいまでは、ヒットチャートの上位を独占状態で、『銀河の歌姫』と呼ばれていたね」
「そうなのですか? キャミルは知ってた?」
「いや、まったく。だって、我々が生まれる二十年前の話だからな」
「えっ、二十年前?」
「いえいえ、何でもないです」
タクシードライバーが怪訝そうな顔をしたが、笑って誤魔化すシャミルとキャミルだった。
「でも、今のニュースでは、家族と言っていましたけど?」
「ああ、二年前に、連邦でも一・二を争う富豪に見初められて、人気絶頂の時に突然、引退をして、その商会当主夫人に収まったんだよ。一年くらい前には子供も生まれて、誰もが羨む幸せを手にしていたはずなんだが、……人生、何があるか分からねえな」
その後、ジゼルの歌が縁で自分の娘が結婚できたことから始まって、タクシードライバーの家族話を延々と聴かされていると、バルハラ遺跡の入口に着いた。
「俺も四十年、この辺りで運転手してるけど、ここにお客さんを乗せて来たのは初めてだよ」
運転手の言葉のとおり、十七年前のバルハラ遺跡の周辺も閑散としていた。
タクシーを降りて、遺跡の入口に向かうと、自分達がいた時間と何も変わらない風景が広がっていた。
二人は、遺跡の奥にあるピラミッド状の建造物の所まで行ってみたが、前回のような声はまったく聞こえなかった。
「駄目だ。今回は何も感じないぞ」
「何かが足りないのかもしれません」
「何が?」
「それが分かれば苦労しないんですけど」
「それもそうだな」
二人が、何か手掛かりはないかと辺りを見渡してみると、ピラミッド上の建造物の後ろの裾部分にしゃがみ込んで、熱心に石を見つめている人に気がついた。
「あの、すみません」
シャミルは、その人物の近くまで行ってから声を掛けたが、相当、集中していたのか、その人物はびくつきながら振り返った。
「な、なんじゃ!」
ボサボサの白髪頭で、丸っこい縁なし眼鏡を掛けていた初老の男性で、前面にポケットがたくさん付いている上着に黒いベルトを締めて、いかにも考古学者という出で立ちであった。
「あっ、驚かせてしまって申し訳ありません」
「まったくじゃ。人が一心不乱に調査をしておるのに」
「すみません。でも、調査って、ここで何をされているのですか?」
「う、うむ。この石の製造過程を推理していたのじゃよ。一見、只の石造りの遺跡に見えるが、この遺跡はかなりの高い科学力、技術力をもって造ったものだと判断せざるを得ないのじゃ」
今の時空間に来る前に聞いたような話だった。
「ヒューマノイド共通起源説における超古代の種族が造ったという話ですね」
シャミルは何気なく言ったその言葉に、男性は興味を持ったようだった。
「うん? 何という説だって?」
「あ、あの、独り言です。気にしないでください」
シャミルは、ヒューマノイド共通起源説が、元いた時から約十年前に唱えられ始め、今いる時間ではまだ発表されていない学説であることを思い出し、思わず口を濁した。
「変な奴じゃな。しかし、お前さん方は、こんな田舎のバルハラ遺跡に何の用じゃ?」
「二人の父親の故郷であるバルハラに初めて来たのですが、この遺跡への案内板を見つけて、ちょっと見てみようと思いまして」
「ほ~う、お前さん方の父親が……。何と言う名じゃ?」
「ジョセフ・パレ・クスルと言います」
「ジョセフ・パレ・クルス! あの天才と呼ばれた男の娘じゃと! ……じゃが待てよ、ジョセフは今、二十七、八歳のはずじゃが。……お前さん方、本当にジョセフの娘なのか?」
元いた時間で立ち寄ったカフェのマスターに話した時と同じ感覚で、ジョセフの娘と言ってしまったシャミルであった。
「ご、ごめんなさい。私、少し滑舌が悪くて。私達の父上は、ジョセフ・パロクロズって言います」
「つくづく変な奴じゃな。パロクロズなんてファミリーネームはこの辺りでは聞いたこともないぞ」




