Scene:04 父親の秘密(2)
それまでの険しい顔つきから、優しい顔つきに変わったジョセフを見つめて、自分が幼少の頃に見た父親の記憶が微かに呼び戻されたシャミルの目から思わず涙が溢れ出した。
「シャミル」
隣に立っていたキャミルが、シャミルの肩に手をやり優しく揺さぶった。シャミルは目を閉じて何回かうなづいて感情を落ち着かせた後、目を開き、まっすぐとジョセフを見つめた。
シャミルとキャミルに、ジョセフの優しい視線が注がれていた。
「しかし、今、初めてあった娘から、父上と呼ばれるのは、少し照れくさいものだな」
目の前にいるジョセフも青年で、シャミル達とそれほど年齢が違うわけではなかったから、シャミル達も不思議な感覚であった。
「父上。父上にはお訊きしたいことが沢山あります」
そう言いながらも、まず、何から訊けば良いのか、すぐに思いつかないシャミルであった。
「そうだろうな。だが」
「……だが?」
「お前達は未来から来ているのだろう? 今、私がすべてをお前達に話せば、未来が変わってしまうだろう。それは危険なことだ」
「……」
「しかし、どうやって、この時間に来たのだ?」
「バルハラ遺跡で不思議な声を聞いたと思ったら、ここに」
「バルハラ遺跡に……。そうか」
ジョセフは、それだけで何かを納得したようだった。
「どうして私達だと分かったのですか? まだ私達は生まれていませんよね?」
「まだ、生まれてはいないが、二人とも既に母親のお腹の中にいる。名前も決めている」
「まだ生まれてもいない娘が、こうして目の前に立っていても、そんなに驚かれないのですね?」
「これまで私が経験してきたことと比べると他愛もないことだ」
「父上が経験されてきたこと?」
「そのうち、お前達も経験するだろう。もちろん、元いた時空間でだが」
「……父上は、私達がこの時空間に来ることを予想されていたのですか?」
「いいや、さすがにそれはない。しかし、お前達がこの時間に来たということは、何らかの意思があってのことだろう。その意思は、お前達にこの時空間で何かをしてほしいのだ」
「何らかの意思とは、どういう意味ですか?」
「それも答えることはできない。とりあえず、バルハラ遺跡に戻るべきだろう」
「しかし、バルハラ遺跡に行く手段も費用もありません」
「なるほど」
ジョセフは、上着の左袖をたくし上げ、手首につけた情報端末を出した。
「キャミル、おいで」
ジョセフは、シャミルとキャミルのどちらが先に生まれるか知らないはずであるが、見た目からキャミルを姉と思ったのかもしれなかった。
初めて父親から呼びつけられて、キャミルは顔を赤らめながら、無言でジョセフの側に寄った。
ジョセフは、キャミルの左手首の情報端末に自分の情報端末に近づけると、自分の情報端末を操作し、データを送信した。
「当然のことながら、二人の口座は、まだ無いだろうから、キャミルの情報端末自体にプリペイド情報として、バルハラとここを三往復くらいはできる額の入金をしておいた」
「そ、そんなに」
キャミルは複雑な顔つきをしてジョセフを見つめた。
「これからは、お前達二人で行動するんだ。私と一緒に行動しない方が良いだろう。色々と面倒なことに巻き込まれると思うからな」
「先ほどお会いしていたのは、レンドル大佐ですね?」
キャミルが訊くと、ジョセフは少し驚いたような顔をした。
「お前達は、ヒエリを知っているのか? いつ、あいつと会った?」
「つい最近です。あっ、もちろん、元いた時間でですが」
「そうか。……お前達がいた時間では、ヒエリはもう大佐になっているのか? まあ、やり手には違いないから、順当に出世をしたのだろう」
ジョセフは、ほっとしたような顔をした。
「父上! 父上は、惑星軍に入ったとバルハラの街で聞きました。父上は探検家ではなかったのですか? 私にはずっとそうおっしゃっていました」
「惑星軍に所属はしているが、ある物を探していて、探検家として活動をしている。それは軍の意向でもある」
「ある物とは、……リンドブルムアイズですね?」
「リンドブルムアイズ? 何だ、それは?」
ジョセフの表情からは、「リンドブルムアイズ」という言葉を初めて聞いたことは間違いないようだった。
「えっ? 私は父上から、リンドブルムアイズを探していると聴かされたのです」
「……ふふふふ。そうか。リンドブルムアイズとは、テラの方言の組み合わせで『竜の目』という意味だな。気に入った。使わせてもらおう」
「えっ?」
「さあさあ、もう私は行かなければならない。お前達も早くバルハラ遺跡に戻るのだ」
「遺跡に戻ってからどうすれば?」
「それは私にも分からない。しかし、何かしらのヒントはくれるはずだ」
「ヒントをくれる?」
シャミルの唇に、ジョセフの立てた人差し指が当てられた。
「シャミル。私の気持ちも察しておくれ。本当はお前達にすべてを話してしまいたい。しかし、この時間に存在してはいけないお前達に、お前達が知らなかった情報を、私が何もかも話してしまうと、確実に未来は、というのは、お前達がいた時空間が変わってしまうだろう。それが吉と出るかも知れないし、凶と出るかもしれない。そんな危ない橋は渡るべきではないんだ」
シャミルは、寂しさを感じて、少しうつむいてしまったが、すぐに顔を上げて、ジョセフを真っ直ぐに見つめた。
「分かりました、父上! では、一つだけ、一つだけ教えてください!」
「何だ?」
「父上は、私の母上のマリアンヌ・シモンと、キャミルの母上のロザリオ・ピレスを本当に愛していたのですか?」
「シャ、シャミル!」
シャミルの面と向かっての質問に、隣にいたキャミルの方が驚いていた。しかし、ジョセフは穏やかな表情を変えることはなかった。
「二人とも愛している。いや、他にも愛している女性はいる。しかし、神に誓って言おう。私は自らの欲望を満たすためだけに、何人もの女性とつき合っている訳ではない。その女性達と私とは前世から繋がっていたのだ。そして女性達もそのことを受け入れてくれている」
マリアンヌの話と符合する「宿命としての出会い」ということらしい。
「分かりました」
「……それでは、もうお行き。気を付けてな」
「はい」
シャミルとキャミルが振り向いて、ジョセフに背を向けると、二人の背にジョセフの声が届いた。
「もちろん、お前達、二人も愛している。私の可愛い娘達だ」
思わず振り返ったシャミルとキャミルに、ジョセフは一瞬の微笑みを返すと、二人に背を向けて、後ろを見ることなく去って行った。
シャミルとキャミルは、その姿が見えなくなるまで見送った。




