Scene:04 父親の秘密(1)
シャミルとキャミルは、カフェの店頭に並べられたテーブルについて、商店街を歩く人の流れを眺めながら、コーヒーを飲んでいた。
お揃いの服を着ている美少女二人組は、通りを歩く若い男性から注目の的であった。
「ここのコーヒーは本当に美味しいのです。昔からだったんですね」
男性からの好奇の視線が気になって仕方がないキャミルの隣の席で、脳天気にコーヒーを味わっているシャミルであった。
「シャミル。それより、これからどうするのかを考えないと」
「あっ、そうでしたね」
「唯一、考えられる可能性は、もう一度、バルハラ遺跡に行くということだ。しかし、足もなければ、先立つものもない」
「そうですね。……やっぱり、母上に相談するしかないのでしょうか?」
「しかし、できるだけ、この時代の人と関わりを持たない方が良い」
「それはもちろんですが、私達がここにいることで、既に何らかの変化が起きているはずです。その変化をできるだけ小さくしなければいけませんが、私達が元いた時間に戻れないことが、もっと大きな影響を与えてしまうと思うのです」
「それは確かにそうだろう」
「そうすると、私達が元の時間に戻るために、多少、この時間の人達と関わりを持つことも、やむを得ないことです。そして、関わりを持つのであれば、見ず知らずの人よりも、私達が知っている人の方が影響が少ないような気がします」
「しかし、シャミルの母上は、シャミルのことをまだ知らないぞ」
「でも、この時代のこの場所で、私達が知っている人というと、母上しかいないのです」
「……他に選択肢は無いということか?」
「はい」
「……仕方がないな。そうするか」
シャミルとキャミルは、再び、シモンズ骨董店を正面に見る、通りの反対側の歩道にいた。
「行きましょう!」
シャミルは、自分で踏ん切りを付けるかのように言うと、足を踏み出した。しかし、すぐに足が止まった。
「どうした、シャミル?」
キャミルが、固まったままのシャミルの視線の先を追いかけると、シモンズ骨董店から一人の男性が出て来たところだった。
その男性は、店の入り口の前で、どちらに行こうか迷っているように、左右を見渡していた。
ややウェーブが掛かったブラウンの髪をオールバックにして、白い肌の細面の顔に切れ長な目、高い鼻に、凛々しく感じられる唇がハンサムな顔立ちを作っていた。すらりとした長身に、濃紺の背広を着て、敏腕ビジネスマンという雰囲気であった。
「……父上」
「えっ!」
「間違いありません。父上です!」
男性は、何かを思い出したかのように右に向けて歩き出した。
「父上の後をついて行きましょう」
「あ、ああ」
シャミルとキャミルは、その男性のすぐ後をつけて行った。商店街で、歩いている人も多いが、混雑している訳ではないので見失うことはなかった。
「シャミル」
「はい」
「あれが私達の父親なのか?」
「おそらく……。私の記憶に残っている父上の姿にすごく似ているのです」
「あれが……」
シャミルは思わずキャミルの方を見た。シャミルと違って、キャミルは自分の父親の記憶を持っていなかった。今、初めて、自分の父親を目の当たりにしている気持ちは複雑だったのだろう。
ジョセフと思われる男性は、石畳が敷き詰められた都市公園に入って行った。所々に樹木が植えられ、いくつかベンチも設置されていたが、今は誰もいなかった。シャミルとキャミルはその樹木に隠れながら後をつけた。
大きな噴水がある広場で、男性が立ち止まると、近くにあったベンチに腰を掛けた。
シャミルとキャミルは、そのベンチの後ろにある茂みに移動して、隠れるようにしてしゃがみ込んだ。
後ろの茂みの間から、シャミル達が見ていると、ジョセフと思われる男性は、誰かを待っているかのように、時折、左手の情報端末を見ながら、左右を見渡していた。
まもなくすると、同じように背広姿の男性が、そのベンチに近づいて来て、ポケットに両手を入れたまま、ジョセフと思われる男性の前に立った。
その男性は、キャミルが知っている姿よりは少し若いが、それほど印象は変わっていない人物だった。
「ジョセフ。久しぶりだな」
「君が来るとは不吉な前兆だな。今日は早々に家に帰るとしよう」
「おいおい、そりゃあ、あんまりだ。俺は部内では『幸福を呼ぶ男』と呼ばれているのだがな」
「情報部にとってはだろう? 俺にとっては『不幸を呼び込む男』だ」
「散々な言われ様だな」
「君にとっては褒め言葉ではないのか?」
「ある意味な」
「ところで何の用だ?」
「君に話があるとしたら、目的は一つしかない。無くし物の手掛かりは、その後?」
「何も無しだ。何かあればこちらから連絡すると言っていたはずだが?」
「情報部も君のことを全面的に信用している訳ではないのでね」
「やれやれ。どれだけ信用がないんだ?」
「上層部には、君の話が本当なのかと疑問を呈している者もいる。そろそろ、手掛かりの一つくらいは掴んで提示しないと、この計画自体が打ち切られる可能性もある。君だって、活動資金が得られなくなるのは困るだろう?」
「私が見せたことが手品だったとでも?」
「ああ、君のことを希代のペテン師と呼ぶ者もいるぞ」
「では、タネをばらされたら諦めることとしよう」
「ははははは。それじゃあ、また近いうちに寄らせてもらう。次回、会う時には、少しは良い話を聴かせてくれ」
「私に掛かり切りとは、よほど暇なのかね、ヒエリ?」
「同期の誼さ」
ヒエリ・レンドルは、振り返ると、軽く手を振りながら、遠ざかっていった。
その姿が見えなくなるまで、ベンチで座ったままだったジョセフは、後ろを振り返ることもなく、声を上げた。
「子猫ちゃん達、そろそろ出ておいで。そこは虫がいるだろう」
周りに人影はなく、明らかにシャミル達に話し掛けていた。シャミルとキャミルは観念して、茂みから立ち上がると、そのままベンチの前に進んだ。
ジョセフもベンチから立ち上がると、シャミルとキャミルを交互に見渡した。すると、その顔がすぐに困惑の表情に変わった。
「その目……。感じる。…………お前達は?」
「父上」
シャミルは思わずぽつりと呟いた。
「マリーに似ている。……シャミルか?」
「……!」
この時点でシャミルは生まれてさえいなかったはずである。それなのに、男性の口から、シャミルの名前が出たことに、シャミルの方が驚いた。
「そっちは、……その赤い髪と瞳。……キャミルだな?」
「……」
キャミルはただ呆然と立ち尽くしていた。
「キャミルの父上でもあり、私の父上でもある、ジョセフ・パレ・クルスさんですね?」
自分の父親を「さん付け」で呼ぶのは、自分でも変な感じであったが、キャミルの父親でもあることから、何となく、そんな呼び方になったシャミルであった。
「そうだ。ジョセフ・パレ・クルスだ」
シャミルは少し後ろに立っていたキャミルの腕を引っ張って、自分と並んで立たせた。
父親の存在を知らずに育ったキャミルは、何を話せば良いのか分からないようで、うつむき加減で目を合わそうとしなかった。
「私は、シャミル・パレ・クルスです。こっちは……、ほら、キャミル!」
「キャミル・パレ・クルスです」
シャミルに促され、キャミルも小さな声で名乗った。
ジョセフは、二人の近くまで来ると、二人をじっと見つめた。
「ち、父上」




