Scene:03 タイムスリップ(2)
二人は、シモンズ骨董店の前から歩き出した。
穏やかな昼下がりで、商店街には、それほど多くはないが、買い物客の人々が行き来していた。
「おい、待て!」
突然、呼び止められたシャミルとキャミルが振り向くと、そこには宇宙軍の軍服を着た下士官らしき三人の男達が立っていた。どうやら、かなり酒に酔っているようだった。
「お嬢ちゃん。その服はどこで手に入れたんだ?」
三人がキャミルに近寄りながら訊いてきた。
「これは自分の服だ」
「そんな訳がねえだろう! 何でお前のような小娘が少佐の階級章の付いた宇宙軍の軍服を着ているんだよ。どこぞで盗んできたのか?」
「何! それよりお前達は何だ? 昼間っから酒を飲んでいるのか?」
キャミルは、連邦軍士官として、たるんでいる軍人の姿勢を見ると腹立たしく思い、見ず知らずの軍人であっても注意せざるを得ない気持ちになるのだった。
「休暇中に酒を飲んで何が悪い!」
「酒を飲むなとは言わないが、酒を飲んで公衆の面前で醜態を晒すな! 連邦軍人の名折れだ!」
「何だ、こいつ! 本当に士官になりきってやがるぜ」
男達は一斉に大きな声で品無く笑った。それがまたキャミルの癇に障った。
キャミルは、思わずエペ・クレールの柄に手をやった。
「おっ、その剣は切れるのか? コスプレ用の偽物じゃないのか?」
「やるんなら相手をしてやるぜ。しかし、こっちのは本物の剣だぜ」
「怪我しないうちに、大人しく、その軍服を脱いで行きな! 何なら手伝ってやるぜ」
さすがのキャミルも堪忍袋の緒が切れた。
「貴様ら!」
エペ・クレールを抜こうとしたキャミルの右腕をシャミルが掴んだ。
「キャミル! いくら言っても駄目ですよ。キャミル少佐という士官は、まだ、この時にはいないのですから」
「しかし」
「面倒なことになる前に逃げましょう」
「……やむを得ないな」
シャミルとキャミルは、踵を返して走り出した。
酔っ払いの集団が追いかけて来たが、追いつける訳もなかった。
しばらく走って、シャミルが振り向くと兵士達は見えなくなっていた。
シャミルとキャミルが立ち止まった所は、シャミルも来たことがない商店街であった。
「私はまだしも、キャミルのその軍服は目立ってしまいますね」
「仕方ないだろう。これしか服はないんだから」
「買いましょう」
「えっ?」
キャミルがシャミルの視線の先をたどると、そこにはお洒落なブティックがあった。
「服を買うくらいの持ち合わせはありますから」
「しかし……」
「キャミル。私が買って来ます。その軍服を着て洋服屋さんに入るのも変でしょう。私が買って来るまで、ここで待っていてください」
「えっ、だって」
「キャミルのサイズは分かってますから」
そう言うと、シャミルはブティックに入って行き、しばらくすると、手提げ紙袋を持って、ご機嫌で戻って来た。
「可愛い服が一杯あったので迷ってしまいました」
「可愛い?」
「でも、これが絶対、キャミルに似合うと思うの」
シャミルが紙袋から取り出したのは、ピンクのブラウスとブラウンのキュロットスカート、そしてハイカットスニーカーだった。
「こ、これを私に着ろと?」
「本当はもっと可愛いワンピースがあったんですけど、さすがにスカートだと、いざと言うときに困るかなって思って、キュロットにしたんですよ」
「いや、キュロットと言っても、すごく短いんだが」
「可愛いでしょ?」
「こんな短いスカートは履いたことがないぞ」
「だから、それにしたのですよ」
「シャミル! そ、それなら、シャミルだけその探検用の服と言うのは不公平だぞ!」
「ええ、だからお揃いの服にしました! じゃーん!」
そう言うと、シャミルは、同じ色とデザインで少しサイズの小さい服を自慢げに取り出した。
「へっ、……自分の分も買ってきたのか?」
「バーゲンしてたので、お買い得でしたよ」
「そ、そうなのか」
「キャミルとお揃いの服が着られるなんて嬉しいな」
「シャミル、私達がタイムスリップしていることを忘れてないか?」
「あっ、そうでしたね」
「おいおい」
「でも、あがいてもどうにもならない時にあがいても仕方がないじゃないですか。あがける時が来るまでは、せっかくですから楽しまないと」
「ふっ、……ふふふ。何か言ってることがおかしい気もするが、シャミルらしい」
少し前には、自分を産む前の母親を見て動揺していたシャミルであったが、素直に事態を受け入れ、すぱっと気持ちを切り替えることができるのは、シャミルならではであった。
「へへへ。キャミル、着替えましょう」
近くの公園の公衆トイレで二人は着替えて、これもシャミルが買って来たリュックサックにそれまで来ていた服を入れて背負った。エペ・クレールやコト・クレールは布にくるんで、リュックの横にぶら下げた。
「何か、足がすうすうするんだが」
普段着でも、スカートはもちろん、足を露出させるパンツ類は履かないキャミルは恥ずかしげだった。
「キャミルの足って、すらりと伸びてて、本当に羨ましいなあ」
「て、照れるようなことを言うな!」
「ふふふふ」
シャミルは笑いながらキャミルの手を取った。
「それじゃあ、コーヒーでも飲みながら、作戦会議をしましょう」




