Scene:02 バルハラ遺跡(3)
「でも、このあまり有名ではないバルハラ遺跡が、ヒューマノイド共通起源説を補完する重要な遺跡なのですか?」
「確かに、このバルハラ遺跡は、ヒューマノイド共通起源説を唱えている他の学者からはあまり注目はされていませんが、私はすごく興味を持っているのです」
「どういうところがですか?」
「見てお分かりのように、この遺跡は石の建造物です」
「そうですね」
「ヒューマノイド共通起源説を唱えている他の学者さんが注目している遺跡は、超古代の遺跡であるにもかかわらず、その建築素材が現在の物とそれほど変わらないとか、近代的な建築機械を使わないと建築不可能な建造物だったりとか、そう言う遺跡です」
「そうですね。でも、この遺跡は石造りで、近代的な建築機械を使わなくても、古代の権力者が人力を駆使すれば建築可能な気がしますね」
「そうです。確かに建築年代からすれば、テラ族以前の種族が建てたとしか言いようがないのですが、それはテラ族の前にテラで繁栄した種族に過ぎず、ヒューマノイド共通起源説の元となるような星間移動手段を持つような種族ではなかったと言われれば、それまでなのです」
「確かに星間移動手段を持つ種族が造ったとする証拠にはなり得ませんね」
「はい。でも、この遺跡の建造物は神殿のようなものだと思われます。つまりその荘厳さを感じさせるために、わざと石造りにしたのではないかと思われるのです」
「荘厳さ?」
「私達、ヒューマノイド種族の共通した認識として、石造りの建造物に対して、畏怖感とか崇拝の対象とか、そんな意識があると思うのです」
「ああ、それは他種族の故郷惑星に行くと、いつも感じます」
「そうですよね。私は、ヒューマノイドが共通して持っている深層心理にこそ、共通起源と言える根拠を求めたいのです」
「なるほどです」
「そして、私が注目しているのは、この遺跡に使われている巨大な石材です。どれも機械を使って切り出したとしか思えないほど正確かつ綺麗に整形されています。そして、この三角柱の建造物ですが」
アリシアは、その頂上を指差した。
「音響検査で中に空洞があることは確認されているのですが、どこにも出入り口がないのです。また、出入り口を塞いだような跡もありません」
「それでは、このピラミッドのような建造物の中には入れないのですか?」
「残念ながら、壊す以外に中に入ることができないのです。そして、過去に一度だけ入口を作るため、一角を破壊しようとしたのですが、現在の機材をもってしても、びくともしませんでした」
シャミルは驚いて、ピラミッドのような建造物を見上げてみた。
「只の石造建造物にしか見えませんけど?」
「はい、でも只の石造建造物ではないのです」
一見すると石のようだが、実は堅固な未知の材質を使用していると言われると、この遺跡を造った種族が星間移動手段を得ていたと考えることも突飛なことではない。
「アリシアさん、色々と説明をありがとうございました。お忙しいのに無料ガイドをお願いしたみたいで、すみませんでした」
「い、いえ! シャミルさんには『釈迦に説法』だったかもしれませんね」
「はい? 『釈迦』って何ですか?」
「あっ、失礼しました。このテラの古代宗教の一つである仏教の創始者です」
「そうなのですか。アリシアさんって博学なんですね」
「シャ、シャミルさんに、そ、そんなことを言われると恐縮してしまいますぅ! テラの考古学や歴史を専攻していたので知っているだけです」
「シャミル。駄目もとで、アリシアさんにリンドブルムアイズのことも訊いてみたらどうだ?」
それまでアリシアとシャミルのやり取りを聞いていたキャミルが言った。
「あっ、そうですね」
シャミルは、視線をキャミルからアリシアに戻した。
「アリシアさん。アリシアさんは『リンドブルムアイズ』という言葉を聞いたことはありませんか?」
「『リンドブルムアイズ』ですか? さあ……」
「ご存じありませんか?」
「はい。でも、……『リンドブルム』と『アイズ』という二つの単語をつなぎ合わせた造語でしょうか?」
「『アイズ』とは、テラの方言である英語で言うところの『目』ですよね。それであれば私も知っているのですが……。『リンドブルム』という言葉もテラにはあるのですか?」
「『リンドブルム』とは、この地方の方言で『竜』と言う意味ですね」
「そうなのですか!」
「シャミル、竜とは何だ?」
イリアス生まれのキャミルが竜を知らないのは当然であった。
「竜と言うのは、テラの多くの地域に伝わっている伝説によく登場するのですが、神の化身であったり、悪魔の化身であったり、レベルの高い怪物と言うところですね」
「そうなのか。すると『リンドブルムアイズ』とは『竜の目』という意味になるな」
「単純に繋げるとそうですね」
「シャミル! あの時の……」
「ええ、私も今、そのことを思い出しました」
シャミルとキャミルが思い出したのは、お互いの目を見つめ合った時に体験した不思議な出来事だった。まるで異次元に飛ばされたかのような感覚が二人を襲い、実際にそのような空間に二人は漂っていた。
また、海賊メルザが、シャミルとキャミルの目を見ると、ジョセフの娘であると分かるということも言っていた。
「あのことと何か関係があるのだろうか?」
「分かりません。でも、何だか少しは前進したという感じがします。ここに来て正解でした」
「そうだな」
その時、アリシアが左手首にはめている情報端末が鳴った。
「あっ、もうこんな時間。すみません、私は、ちょっと事務所に戻らなければいけないので」
「あっ、そうですか。アリシアさん、どうもありがとうございました。すごく勉強になりました」
「いえ、あ、あの、シャミルさん、キャミルさん。後で一緒に写真を撮らせていただいて良いですか?」
「ふふふ、良いですよ。私達も良い記念になります」
「それじゃあ、ごゆっくり、ご覧になっていてください。十分ほどで戻ります」
アリシアは小走りに入口にあった管理事務所に向けて去って行った。
シャミルとキャミルは、ピラミッド状の建造物を見上げながら、その周囲をゆっくりと歩いて回った。
「ああ言う説明を受けると、何だか不思議な物を見ているような気になるな。……んっ、シャミル、どうした?」
キャミルが少し後ろを歩いていたシャミルを見ると、シャミルは立ち止まり、頭に手をやって、少し顔をしかめていた。
「頭でも痛いのか?」
キャミルが心配そうにシャミルに近づいて来た。
アリシアがいなくなってから、シャミルは、誰かから話し掛けられているような気がしてきて、その声なき声が次第に大きくなってきていた。いや、それは声や音ではなく、意識の巨大な波として、脳に直接、押し寄せて来ているような気がした。
「キャミル。キャミルは何か感じませんか?」
「いや、特段、何も……」
と言い掛けて、キャミルも右手を頭にやって、何かに戸惑っているような表情をした。
「……感じる。何かが語り掛けてきている」
「はい。コト・クレールの震えもすごいです」
「エペ・クレールもだ。一体、何なんだ?」
伝えようとしている内容はまったく分からなかったが、二人に何かを伝えようとしている意思は明確だった。
「ここには何かがいるのか?」
「そんな気がします。……いえ、います!」
――次の瞬間!
シャミルとキャミルは真っ白な空間にいた。お互いの目を見つめ合った時に飛ばされた時と同じ空間に浮かんでいた。
シャミルの目の前には、驚いた表情のキャミルがいて、シャミルを見つめていたが、声が出ないようだった。シャミルも何かしら声を掛けようと思ったが、声が出なかった。
永遠のようにも一瞬のようにも思えた。
気がつけば、二人は見覚えのある街角に立っていた。




