Scene:02 バルハラ遺跡(2)
コーヒーを飲み終えると、シャミルとキャミルは、喫茶店のマスターが教えてくれた、父親の実家があったという場所までエアカーで行った。ほんの五分ほど走った、街のはずれにそこはあり、今は広い公園の一角になっていた。
「ここで私達のお父上が暮らしていたのですね」
「あ、ああ」
公園に面した通りに立って、しばらくそこを眺めていたが、誰も通り掛かることもなく、肌寒い風が吹き抜けていっているだけであった。
「シャミル! あれを見てごらん!」
シャミルが、隣に立っていたキャミルが指差す方を見ると、道路に立てられた案内板には、バルハラ遺跡まで一キロメートルと書かれていた。
「バルハラ遺跡? 初めて聞く名前です」
「探検家のシャミルでも知らないのか?」
「すみません」
「いや、別に責めている訳ではないが」
本当に申し訳ないような顔をしたシャミルに、キャミルも思わず苦笑してしまった。
「ちょっと行ってみましょうか?」
「シャミルなら、そう言うと思った」
「だから、私に教えてくれたのでしょう?」
「ああ」
父親の家が無くなっているのを目の当たりにして、寂しい顔をしていたシャミルの興味がありそうな話題をキャミルが振ってくれたとすぐに分かった。
実際、シャミルは惑星探査に出向いた時、近くに遺跡や史跡と言った過去の遺産があれば、興味を惹かれて、必ず寄るようにしていた。
二人は再びエアカーに乗り込み、一分ほど走った所で、「バルハラ遺跡入口」の看板を見つけた。
遺跡の近くの駐車場にエアカーを停めて、二人は遺跡の入口に向かった。遺跡と言う割には、観光地としてまったく流行っていないようで、その道すがらには、土産物屋や飲食店のような観光客相手の店はまったく無く、そもそも人影すら見えなかった。
「誰もいませんね」
「ああ、シャミルも知らなかったくらいだから、わざわざ見に来る旅行者もほとんどいないのだろう」
遺跡の入口には、テラ共和国政府の遺跡管理事務所があり、入場者のチェックを行っていたが、中にいた職員はみんな暇そうだった。
遺跡は、直径二百メートルほどの巨大な石造りの建造物であった。コロシアムのような円形をしており、中に入ると、地面もすべて石畳で、その周りを高さが十メートルほどの回廊に囲まれた広大な広場のようであった。正面には、高さが三十メートルほどの、ピラミッドのような巨大な三角柱の建造物があった。
中には、まったく人の姿が見えなかったが、よく見ると、ピラミッド様の建造物の近くに跪いている女性がいた。
シャミルとキャミルが近づいてみると、建造物の石を熱心に観察しているようだった。
「あの~」
「は、はい!」
シャミルは優しい声で呼び掛けたが、その女性は相当、集中していたのか、びくつきながら振り向き、立ち上がった。
緑色のショートヘアに白い肌、まん丸眼鏡の中に大きなブルーの瞳を輝かせていた小柄な女性は思いの外、若い女性だった。
ポケットが幾つも付いたブラウンの上着に黒いベルト、同じくブラウンのハーフパンツに白いハイソックスにショートブーツという出で立ちであった。
「す、すみません。驚かせてしまって」
「い、いえ。こちらこそ失礼しました」
シャミルとその女性が同時にお辞儀をした。顔を上げて、その女性の顔を見たシャミルは、図らずもその女性とにらめっこをするような格好になり、思わず笑ってしまった。
その女性も思わず吹き出してしまったようだ。
「こんにちは。何をされているのですか?」
「この遺跡の調査をしています」
「調査?」
「ええ、今は、この石の製造方法を探るためのヒントになるものはないかと、石を調べていたのです」
「この遺跡の調査員さんですか?」
「はい。あ、あの、何かの調査にいらっしゃったのでしょうか?」
その女性は、軍服姿のキャミルを見て、軍の調査か何かで二人が来ているのではないかと思ったようだ。
「あっ、いや、私は休暇中で、只の観光ですよ」
「そうなんですか。でも、このバルハラ遺跡は、観光ガイドにも掲載されていないですし、どこでお知りになったのですか?」
「この近くに私達の父親の実家があって、そこを訪ねていたら、案内板を見つけたものですから」
「ああ、そうでしたか」
シャミルの説明に、女性も納得したようだ。
「だから何の前提知識も持たずに、ここに来てしまったのですが、ここはどういう遺跡なのですか?」
探検家としてのシャミルの探求心に火が着いたようだ。
「この遺跡は、見た目では、ありふれた石造建造物なのですが、建造されたのは、テラ族がまだホモサピエンスとして進化する前の時代で、テラ族以前の種族が建てたとしか言いようがない遺跡なのです」
「テラ族以前に先住種族がいたと?」
「はい。そして、その先住種族は、もしかしたら、ヒューマノイドの共通の祖先ではないかと考えているのです」
「ヒューマノイド共通起源説ですか。私も少し興味があります」
にこやかに語ったシャミルを少し驚いた顔で女性が見つめた。
「ヒューマノイド共通起源説をご存じなのですか?」
「はい。私が通っていた大学の教授が唱えられていたものですから、少しかじっています」
「通っていた大学……。もう卒業されているのですか?」
「は、はい」
実年齢よりも幼く見られることが多いシャミルが大学を既に卒業していると言われても、すぐには信じられないのが一般的な反応であった。
「連邦アカデミーを?」
「はい」
「いつ卒業されたのですか?」
「昨年です」
「わ、私と同期じゃないですか!」
「そ、そうなんですか?」
「あ、あの、お名前は?」
「シャミル・パレ・クルスと申します」
「シャミル・パレ・クルス! 知ってます! いえ、存じ上げてます!」
その女性は、シャミルに向かって深々と頭を下げた。
「あ、あの、そんなに頭を下げられるような者ではないですけど」
「とんでもない! 連邦アカデミー始まって以来の超天才であるシャミルさんにお会いできるなんて光栄ですぅ」
「ど、どうも。あ、あの、あなたのお名前は?」
「あっ、これは失礼しました。私は、アリシア・ニコルバーグと申します」
「そうですか。改めまして、シャミル・パレ・クルスです。こっちは私の姉妹のキャミル・パレ・クルスです」
「キャミル・パレ・クルス! 銀河連邦軍始まって以来の逸材と言われ、十代にして戦艦艦長を任されている超エリート軍人! お二人が揃っているなんて、な、何か目眩がしそうですぅ!」
一介の惑星探検家であるシャミルはまだしも、キャミルは、連邦ではもう十分、有名人であった。
「あっ、大丈夫ですか?」
キャミルが少しふらついたアリシアの後ろにすかさず回り、アリシアの肩を抱いて支えた。
「ひやぁ~、キャミルさんに抱っこされた~! す、素敵です! もう、いつ死んでも良いですぅ~」
アリシアは、その瞳に恋する乙女のキラキラ星を輝かせて、キャミルに見とれていた。
「いや、ここで死なれては困る」
キャミルのクールな反応で我を取り戻したアリシアが、顔を赤らめながら、キャミルから離れた。
「す、すみません。少し取り乱してしまって」
「い、いえいえ。でも、アリシアさんもヒューマノイド共通起源説を研究されているのですか?」
シャミルが再びヒューマノイド共通起源説に話を戻した。
「はい! 私は連邦アカデミーの考古学研究所所属の研究員で、ヒューマノイド共通起源説を唱えられているマーガレット・デリング博士の門下生なんです」
「ああ、はい。存じ上げています」
一人話題の蚊帳の外に置かれたキャミルだったが、楽しそうなシャミルの顔を見ていると、そんなことは気にならなかった。




