Scene:06 アリスの家(3)
「まず、これが橋ね。橋って、知ってる?」
「うん。……橋に見えるよ」
「でしょう。それじゃあ、次はねえ……」
いくつか、あやとりの形を作った後、シャミルはアリスの耳元で、優しい声で話し掛けた。
「アリスちゃんのお父さんもお母さんもいないって言っていたけど、最初からいなかったのかな? それとも、いなくなっちゃったのかな?」
「いなくなった」
「誰が?」
「お父さん」
「……お父さんは、何というお名前だったの?」
「アルフレッド」
「アルフレッド、……ファミリーネームはあるの?」
「あるよ。サリド」
「アルフレッド・サリド。……それがアリスちゃんのお父さん?」
「そう」
「アリスちゃんは、このお家の前にも、別のお家があったんじゃない?」
「うん、あった」
「リリスという所ね?」
「そう」
「その前のお家から、どうやって、この新しいお家まで来たの」
「お船に乗って来た」
「誰と?」
「家来と一緒に」
「何人くらいの?」
「百人くらい」
アリスの言うことが本当であれば、アリスは、二百年近く前に造られた、死んだサリド博士の娘の脳を移植したサイボーグだということになる。
それだけの長い時間、故障することもなく、また、生体としての脳機能が喪失されることもなく、活動できていることは、一種の驚きであった。
惑星リリスで連邦軍の攻撃を受けて、アリスのロボット王国は壊滅した。しかし、その最終局面で、アリスは側近の家来ロボット達と密かに惑星リリスを脱出していたのだ。連邦軍の包囲網をどうやって突破したのかは分からなかったが、百体の家来を引き連れて、延々と宇宙空間を旅して、アリスはこの惑星ハーナルに降り立ったということになる。
「どうして、この惑星を新しいお家にしたの?」
シャミルの素朴な疑問であった。まだ、誰も住んでいない惑星は、何も惑星ハーナルに限られているわけではなかった。
「ここがリリスのお家に似ていたの。リリスのお家と同じような所だったら、お父さんも帰って来てくれるはずだから」
サイボーグであるアリスが、本当に小さな少女そのままの思考をすることも不思議ではなかった。
数ある惑星の中で、この惑星ハーナルを選んだ理由は、もともと住んでいた惑星に似ていたから。そして、そこに住めば、父親が帰って来てくれると信じていたからだった。
「そうか……。お父さん、帰って来ると良いね」
「うん」
「でも、アリスちゃん、さっき、ロボットとか戦闘機とかをいっぱい造っていたけど、どうして?」
「また、アリスのお家を壊す人が来たら、やっつけるの」
「じゃあ、アリスちゃんが造らせているの?」
「ううん。大臣が造ってる」
「大臣?」
「うん。一番偉い家来」
「ロボットなの?」
「そう」
どうやら、その「大臣」と呼ばれているロボットが、女帝であるが幼きアリスに代わって、色々と差配しているようだ。
「ねえ、シャミルちゃん、次、教えて」
「あっ、ごめんなさい。それじゃあねえ……」
ちょっと考え事をしていて手が止まっていたシャミルであったが、手を動かしながらでも、その思考能力は落ちることはなかった。
「アリスちゃん、その大臣さんに会わせてもらえないかな?」
「駄目!」
「えっ、どうして?」
「シャミルちゃんは私と遊びに来たの! 一時間したら、また戻ってしまうんでしょ。だから、駄目!」
自分の遊びのことしか考えていない、本当に子供のような無邪気な反応だった。
「分かった。それじゃあ、大臣さんに会うのは、また次にするね。今は、アリスちゃんと遊ぶって約束したんだもんね」
「うん」
シャミルは、そんなにまで自分を慕ってくれるアリスが可愛く思えてきた。
「ねえ、アリスちゃん」
「何?」
「私達以外にも、この惑星に来た人達がいたでしょう?」
「いた」
「その人達とは遊ばなかったの?」
「遊んだよ。でも、みんな、鬼ごっこが弱かったの」
「鬼に捕まらないで、アリスちゃんの家まで来たのは、私達が初めて?」
「そう」
「だから、こうして仲良くしてくれているの?」
「ううん。シャミルちゃんだから」
「えっ、どういうこと?」
「シャミルちゃんは他の人と違うの」
「どこが?」
「私を虐めないから」
「私と一緒にいた人達もアリスちゃんを虐めたりしないよ」
「ううん。シャミルちゃんだけ」
その脳だけはヒューマノイドであるアリスは、シャミルの純真無垢なキャラクターを直感的に感じ取ったのかも知れなかった。
そして、そのシャミルをできるだけ自分の側に置いておきたいと願うアリスの行動原理が分かったシャミルは、ふと不安に駆られた。
「ねえ、アリスちゃん。私が一時間経って、元の場所に戻ったら、また一人ぼっちになっちゃうね」
「だから、シャミルちゃんにまた来てもらう。一回戻ったら、また、すぐに来てもらう」
「そんな約束をした憶えはないけどなあ」
「今、する」
「残念だけど、私は外で待っている私の友達と一緒に私のお家に帰りたいの」
「それじゃあ、外で待っている友達がいなくなれば、シャミルちゃんは帰らないのね?」
シャミルに抱っこされているアリスが後ろを振り返り、シャミルを見つめた。
「シャミルちゃんはずっとアリスと一緒にいるの」
「……ア、アリスちゃん」
無邪気であるが故に恐ろしいと感じられるアリスの目であった。




