Scene:06 アリスの家(2)
シャミルは、アリスに連れられて、前回来た丘の下の亀裂までやって来た。広い洞窟のようなその亀裂の中に歩いて入って行くと、最初は岩盤がむき出しだったが、奥に進むと、巨大なトンネルのように整備された廊下になっていた。
横幅が広い空間の中は、天井から照らされている電灯で明るかった。
間もなく小さなエアカーが停まっているのが見えた。オープンカーのように屋根がなく、二つしかない座席にはドアさえも付いてなかった。どうやら、この「アリスの家」内の移動用のようだ。
アリスがそのエアカーの左の座席に座ると、シャミルに右の座席に座るように目でうながした。
シャミルがアリスの隣に座ると、ハンドルもアクセルもないそのエアカーはゆっくりと浮上すると、小走り程度の速さで走りだした。
「アリスちゃんのお家は広いんだね?」
「そう?」
アリスはシャミルの方も見ずに答えた。早く自分の部屋に着いて遊びたい一心のような気持ちが表れているようだった。
十メートルほどの幅がある広い廊下をしばらく走って行くと、右手に、ガードレールのような仕切りと廊下の屋根とで区切られた、まるでガラスのない窓が延々と続いているかのような場所に来た。
その窓から下を覗いてみると、廊下から掘り下げられているような広大な空間に様々な機械が設置されていた。よく見ると、兵士ロボットの頭部や胴体部分がアームに吊られて各セクション間を移動しており、全ての工程がオートメーション化されているロボットの組み立て工場のようだった。
「アリスちゃん?」
シャミルは左の席に座っているアリスの方に振り向きながら訊いた。
「何?」
「ここで、アリスちゃんの家来を造っているの?」
「そう」
「誰が造っているの?」
「誰?」
「えっと、……あの組み立て機械は誰が操作しているの?」
「家来が自分達で操作している」
「そうなんだ」
確かによく見ると、製造ラインの所々に、ロボット兵士達が立って監視をしているようだった。
その工場スペースを過ぎたと思うと、次には、例の戦闘機を組み立てている工場が眼下に広がった。エアカーでも通り過ぎるのに数分かかるほどの広大なスペースだった。
戦闘機工場が終わろうかとする頃、前方には、外の光が輝いている広大なスペースが見えてきた。どうやら、戦艦や戦闘機の発射場所のようで、開拓し始めの惑星にある小さな宇宙港くらいの規模はありそうだった。
真っ直ぐ進むと、外の光が眩しく感じられるそのスペースに出ようかとする直前に、エアカーはT字の交差した廊下を左に折れた。
しばらく進むと突き当たりに大きな両開きのドアのある、やや広くなった場所に着き、そこでエアカーは停まった。
シャミルは、エアカーを降りたアリスについてドアの前まで歩いて行った。大きな扉の両脇ではロボット兵士が剣をもって護衛していた。
「シャミルちゃん、この中に私のお部屋があるの」
アリスがそう言うと、音もなくドアが左右に開いた。
「どうぞ」
「お邪魔します」
アリスに続いて、シャミルがドアの中に入ると、ドアは静かに閉まった。
中は短い廊下が奥に向かって伸びており、その左右に一つずつ、そして突き当たりに一つドアがあったが、アリスは右側にあるドアの前まで進んだ。
低い位置に付けられたドアノブをアリスが持って、扉を引き、シャミルを先に部屋の中に入れた。シャミルに続いてアリスが入ると、静かにドアを閉めた。
中は、イチゴ柄の壁紙と窓にはハート柄のカーテン、ベッドには大小様々なぬいぐるみが置かれて、小さな女の子の部屋そのままの可愛い部屋で、ここが未探査惑星であることを忘れさせるかのようだった。
「シャミルちゃん、座って」
アリスは、ベッドに腰掛けると、その隣に座るようにシャミルに手で示した。
シャミルがアリスの隣に座ると、アリスは嬉しそうに首を傾げてシャミルを見た。
「このお部屋に遊びに来てくれたのは、シャミルちゃんが最初だよ」
「そうなの。それは光栄だわ」
「ねえ、あやとり、教えて」
「良いわよ。あやとりしながらで良いから、私、アリスちゃんに色々と訊きたいことがあるんだけど、訊いても良い?」
「うん、良いよ」
「ありがとう。それじゃあ、ちょっと待ってね」
そう言うと、シャミルはベルトポーチから、緊急の際に色々な物を縛るために使う特殊な太糸を出して、コト・クレールで一定の長さに切って、両端を結んで輪にした。
「はい。準備ができたわよ。それじゃあ、アリスちゃん。私の膝の上に座ってくれる?」
「座って良いの?」
「良いわよ」
アリスは立ち上がってシャミルの前に移動すると、シャミルに背中を見せて、ゆっくりと腰を下ろした。同じ年代の女の子からすると若干重いようだったが、苦になるほどの重さではなかった。
シャミルは後ろからアリスを抱きかかえるようにして、アリスに即席のあやとりを持たせた。
「これを両手の親指と小指に掛けて引っ張るようにして持ってみて」
シャミルは、アリスの手を包み込むように握って、あやとりをし始めた。




