Scene:01 開拓惑星ピクル(5)
メルザは少し身を乗り出すようにして、テーブルに両手で頬杖をついた。
「シャミルさんは、これから惑星ハーナルの探査に行くんだろう?」
「よくご存じですね」
「シャミルさんのことはどんな小さな事でも知っておきたいのさ」
「それで、その惑星ハーナルが何か?」
「三年前から、幾多の探検家達が惑星ハーナルに降り立ったが、誰一人として生還したことがない。しかし、惑星の優先利用権を持っている商人も、連邦軍に介入されるとその独占利用期間が半分になってしまうから、飽くまで自己資金による探査を望んでいる。そして、今度はシャミルさんがその依頼を受けた。……だろ?」
「はい。今まで惑星ハーナルに降り立った探検家達は、それまで何ら怪しい兆候を伝えてくることなく、突然、音信不通となってしまったようです」
「惑星ハーナルには何かがある。時空の歪みに飲み込まれたか、はたまた、凶暴生物に全滅させられたか、それとも既に海賊達の基地となっており、みんな身ぐるみ剥がされたのか。色々と噂は飛び交っているみたいだね」
「メルザさんはどれだと思いますか?」
「ふふふふ、そうだね。少なくとも三つ目じゃないと教えてあげるよ。海賊ってのは本当は小心者の集まりでね。惑星ハーナルの噂の原因が分かるまで、海賊達だって近寄らないさ」
「そうですか。少し安心しました」
「私の大好きなシャミルさんが、そんな危ない惑星ハーナルに行くということだから、忠告をしておいてやろうと思ってね」
「忠告?」
「ああ、そうだよ。可愛いシャミルさんがいなくなってしまうと、私も困ってしまうからね。だって、リンドブルムアイズからそれだけ遠ざかってしまうんだからね」
「……あれ以来、リンドブルムアイズについて、何か分かったことがあるのですか?」
「残念ながら何も。それに、いくら大好きなシャミルさんにだって、リンドブルムアイズに関することは、ほいほいとは話すことはしないよ。私もそこまでお人好しじゃないからね」
「そうですか」
「だから、私としては、本当は、シャミルさんをフェンリスヴォルフ号に拉致して、ずっと保護したいくらいだけど、そういう訳にはいかないだろうしね」
リンドブルムアイズについて、そして、シャミルの父ジョセフについて、まだ、メルザがシャミルに明らかにしていないことがあると、シャミルは感じていた。メルザがシャミルを常に側に置いておくことで、その秘密にしている事実を知られてしまうことを恐れているのではないかとも考えられた。
「私は、私の力でリンドブルムアイズを探し出してみせます」
「力強いね」
「それで、ご忠告とはどのようなことでしょうか?」
「ふふふふ。抜かりはないんだね」
「せっかくいただけるものでしたら、いただいておかないと損ですし」
「ふふふふ」
メルザは、シャミルが可愛くて仕方が無いという微笑みを浮かべた後、いつもどおり冷笑気味の顔ではあったが、シャミルには真剣な面持ちであると分かる顔つきになった。
「実はね、惑星ハーナルに向けて、何隻かの輸送船が、ここ惑星ピクルから向かっているという情報があるんだよ」
「惑星ハーナルに輸送船が? 惑星ハーナルは、これから私達が探査をしようとしている惑星です。まだ誰もいないはずですが……」
「そのはずだね。ここ惑星ピクルは、今まさに開拓真っ最中で、連邦中の商人が色んな開拓用の物資を運んで来ている。それを目当てに海賊達も集まって来ている訳だが、この惑星ピクルで物資を積み込んで、また飛び立っている輸送船があることを複数の海賊達が目撃しているのさ」
「海賊達は争ってばかりじゃないんですね」
「海賊達の行動指針は、どうすれば一番得かってことだよ。そのためには、昨日の敵とも手を組むし、今日の友に背中から切りつけることだってあるのさ」
「……しかし、その輸送船が惑星ハーナルに降り立つのを見た人もいるのですか?」
「いや、いないね。と言うのも、惑星ハーナルに向かう輸送船を攻撃した海賊船すべてが返り討ちに会って全滅しているのさ。ここを飛び立つ時は輸送船一隻だけなんだけど、惑星ハーナルに向かう途中の空域から、強力な護衛船団が付いて惑星ハーナルに向かっているらしい。らしいと言うのは、実際に惑星ハーナルに降り立ったかどうかを確認した者がいないからなんだけどね」
「そのことは、連邦軍は知っているのですか?」
「知らないだろうね。海賊達が襲われましたって通報できる訳がないんだからね。しかし、惑星ハーナルには何かがいる。これは確かだ。そして、それは、そこに向かう輸送船を襲おうとした者だけではなく、惑星に近づいて来る者すべてに対して、それを許そうとしない態度を取るようだ。しかも海賊船の攻撃力なんて屁とも思ってないような強さだ」
メルザは、少し上半身を乗り出すようにして、心配そうにシャミルを見つめた。
「シャミルさん、惑星ハーナルは危険だよ。探査は諦めた方が良いんじゃないかい?」
「メルザさん。本当に私達のことを心配していただいているみたいで、ありがとうございます。でも、一度受けた探査の依頼をやる前から放棄することは、私のポリシーに反するのです。私は、惑星ハーナルに行きます」
「シャミルさんなら、そう言うと思ったよ。それじゃあ、私も一緒に行こうか?」
「えっ?」
「シャミルさんが心配でさ。少なくともフェンリスヴォルフ号はアルヴァック号より攻撃力を備えているからね」
「メルザさんなら、惑星ハーナルにいるという何かに対抗することができると?」
「ああ、そうだね」
「そうですか」
シャミルは、テーブルの上でコップを包み込むように持っていた両手を膝の上に降ろして姿勢を正した。
「せっかくのご好意ですが、お断りさせていただきます」
「どうして?」
「私のチームが、惑星ハーナルの探査依頼を受けたのです。私達だけで成し遂げるべき仕事です。それに、メルザさんの助けを求めなければならないような、具体的な危険は、今の時点では確認できていません。メルザさんが惑星ハーナルに行かれることは自由ですし邪魔はしません。だけど私達の探査の邪魔はしないでください」
「その答えも想像していたとおりだ。ますます好きになったよ、シャミルさん」
「お話は以上でしょうか?」
「ああ、そうだよ」
シャミルはメルザからもらったジュースを一気に飲んだ。
「ご馳走様でした」
そう言うと、シャミルは立ち上がった。カーラとサーニャの二人も続けて立った。
「では失礼します」
メルザにお辞儀をしてシャミルは出口に向かった。
「ああ、シャミルさん」
シャミルは立ち止まり、メルザの方に向き直った。
「私に助太刀してもらうことは嫌でも、惑星ハーナルの危険性は依然としてある。キャミルさんにでも来てもらった方が良いんじゃないかい?」
「キャミルに?」
「ああ、そうだよ。私よりも役立ってくれるだろうね。海賊が言うことじゃ信用できないから出動できないって言うのなら、海賊メルザと会ったと言えば良いよ。私を捕まえに来るって言うのは、ちゃんとした出動理由になると思うからね」
「メルザさんは、連邦宇宙軍の戦艦が来るのは迷惑ではないのですか?」
「ふふふふ。自分の心配よりも私の心配をしてくれるのかい? 私の心配なら不要だよ」
「すごく自信がお有りなんですね」
「自分に自信が無くて海賊なんてできないよ」
「そのご忠告には従いたいと思います。ありがとうございました」
シャミルは、再度、メルザに向かってお辞儀をすると、踵を返して副官二人を引き連れて酒場を出た。
外は相変わらず、燦々と恒星オルタナの光が降り注いでいた。




