……少し、外に出てみようか
「リシェル。……何をしていたんだ?」
扉の向こうから聞こえてきたのは、低く押し殺された声。
いつもの柔らかな色とは違う、静かに張りつめた響きだった。
ルークの金色の瞳が、揺れもせずまっすぐ私を捉えている。
「それに……あいつの匂いがするんだけど」
ゆっくりと、ひと足ずつ近づいてくる。
(……怒ってる?)
胸の奥がひゅっと縮んだ。
足が勝手に一歩さがる――けれどすぐに、その場に踏みとどまる。
逃げたくない。
だって、ルークだもの。
「……あいつ、ってシリルのこと?」
「――はっ」
ルークの喉の奥から、乾いたような笑いが溢れた。
「正体を明かしたのか。で、ずいぶん仲良くなって……外に出たってことか?」
「ち、違うよ! ちょっとだけ外に出ちゃったけど……魔法のせいって言ってたの! すぐに戻ったよ!」
「……魔法?」
「うん……“素直になる魔法”って。よくわからないけど……気づいたら外にいて、でもすぐ帰ってきたの」
言いながら胸がちくりと痛む。
それと同時に――迷いもなく告げた。
「ルークと一緒にいることが、いちばんの幸せだから」
その瞬間、ルークの呼吸が止まったように見えた。
「でも、本当は……こんなところに閉じこもっていたくないだろう?」
言葉は優しいのに、どこか痛い。
けれど私は、すぐに首を振った。
「ううん。ここはルークとの大事な家だよ。それに……外とか中とか、そんなの関係ないよ。
ルークがいるなら、どこでもいいの」
ぱたり、と。
ルークの瞳に揺れていた影が溶けて消えた。
次の瞬間、強く抱きしめられる。
「……少し、外に出てみようか」
「うん。ルークと一緒なら」
そう答えた途端、身体がふわりと浮いた。
気づけば、ルークに横抱きにされていて、開かれた窓から外の光が流れ込む。
風が頬を撫で、ルークの腕の中で世界が反転する。
魔法でゆっくりと空へ浮かび上がっていく。
「う、うわぁ……きれい……」
広がる青空。
足元には色とりどりの花々。
胸がふわっと軽くなって、息まで甘くなる。
「たまに、こうして出かけようか」
「ひとりじゃいやだよ? ルークと一緒だからね?」
ルークは、少し照れたように笑った。
「……ああ」
その表情が、胸の奥をじんわりあたためる。
「あそこがちょうど良さそうだ」
ルークは、私を抱き抱えたままゆっくりと下がっていく。
私たちは、花の丘へ降り立ち、一本の大きな木の根元に並んで腰掛けた。
「……リシェル、嬉しそうだな」
「ルークと一緒だからね! それに……さっきの、ちょっと嬉しかったんだよ?」
「……嬉しい?」
ルークが小首を傾げる。
その仕草が妙にかわいくみえた。
「だって……あんなに怒ってたのって、嫉妬でしょ? 私、ルークが大好きだから」
「……俺も、リシェルが大好きだよ」
その言葉で心臓が大きく跳ねる。
でも、なんだか――ほんの少し、伝わっていない気がした。
だから、ちゃんと伝える。
「私が言ってるのはね……ルークに恋をしてるって意味なんだよ?」
言った瞬間、ルークの動きがぴたりと止まる。
息の音すら聞こえなくなる。
その沈黙が、余計に胸を熱くする。
(い、言っちゃった……!)
心臓がうるさすぎて、どうにかなりそうだった。
次回、最終回です。




