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【完結済】感情を知らぬ王女と、彼女を愛しすぎた魔導師  作者: ゆにみ
王女の場合

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19/21

身体が勝手に……

 「俺はシリル。よろしくね、リシェルちゃん」


 シリルと名乗った青年の声が、やわらかく耳を撫でる。


 「えっと……シリル、さん……?」


 おずおずと呼べば、彼はわずかに目を丸くしたあと、ふっと微笑んだ。


 「ふふ、シリルでいいよ。でも……ずっとリシェルちゃんには“ブラン”って呼ばれていたから、なんだかくすぐったいな。ブランでも、好きに呼んで?」


 「ん……じゃあ、シリル! よろしくね!」


 言葉を交わせば、空気が自然とほぐれていく。


 「でも、ブランは猫じゃなかったんだね。どうりで全部わかってるみたいだったんだ……」


 そう言った瞬間、ふと胸に別の記憶がよぎる。

 ――ルークがブランに買ってくれた、あのご飯。


 「あ、ペットフード……!」


 「流石にあれはね、ちょっと困ったよ」


 二人して吹き出してしまう。


 「でも……どうして今日は、人間の姿で?」


 「ああ、それは……」


 言いよどむ。

 小さく息を吸い、まっすぐに私を見つめてきた。


 「ねえ、リシェルちゃん。――外に出てみない?」


 どくん、と胸が跳ねた。


 外の世界には興味がある。

 けれど、それ以上に。

 ルークがいちばん大事、嫌がることはしたくない。



 「……ううん。行かないよ」


 「ルークが、嫌がるから?」


 「そんな気がするの。私は……ルークがいちばんだから」


 「……ふたりして、同じなんだな」


 シリルはぽつりと小さな声で、何かを呟いた。


 「シリル? 何か言った?」


 「いや、気にしないで。でも……リシェルちゃん、本当は外に興味あるよね?」



 そう言って、そっと手を包みこんでくる。

 その瞬間、温かさが脈の奥にまで沁みて、意識の膜がふわりと揺らぐ。


 気づけば、足が勝手に前へ――。


 「そう、いい子……」


 身体が操られるように窓をくぐり、外気に触れた瞬間。


 霧が晴れるように、意識が戻った。


 「……やっぱり、帰る!」


 シリルの手を振りほどき、踵を返す。


 「リシェルちゃんっ!?」


 慌てる声を背に、私は家の中へ戻り、荒い呼吸を整えた。


 なんで、あんなふうに……。

 まるで、わたしじゃないみたいだった。


 ――コン、コン。


 窓から小さく音がした。

 そこにいたのは、申し訳なさそうに眉を下げるシリル。


 「ごめん。さっきは……リシェルちゃんが素直になれるように、魔法をかけちゃった」


 「あ、そっか……よかった……」


 じゃあ、さっきのは……私の意思じゃなかったんだね。

 安堵が胸に広がる。



 その時、安心して胸を撫で下ろすリシェルを見て、シリルは複雑な思いだった。


 (魔法のせいだけじゃない。本当は――リシェルちゃんの中に“ほんの少し”でも願いがなければ、身体は動かないんだ……)


 言葉にはしないまま、彼は苦く微笑んでいた。


 ルークとリシェル。

 互いに相手だけを見て、殻の中に閉じこもった二人。


 それが幸せなのか、それとも歪なのか。

 外から踏み込むべきではないとわかっているのに、どうしても胸がざわついた。


 (……本当にそれで、幸せなの?)


 でも、それでも……これ以上は何もできない。いや、口を出すべきではないのか。


 きっと、二人の世界は変わらない。



 「……君たちが、それで幸せならいいんだけどね」


 「シリル……?」


 「ううん、なんでもないよ。じゃあね、リシェルちゃん」


 ひらりと背を向けた彼は、光の粒となって消えた。


 その姿を見送りながら、なぜか――

 “もう二度と会えない”

 そんな予感だけが胸に残った。



 その時だった。


 ガチャリ。


 家のどこかで、扉の鍵が回る音がした。


 「……だれ?」


 胸が一気に強く脈を打つ。

 ルークが早く帰ってきたのかもしれない。

 でも――違う“誰か”だったら?


 無意識に、手元の指輪へ手が伸びた。

 ルークがくれたもの。

 それに触れていると安心する。

 ……“守ってくれるはず”だと、そう思えるから。


 息を呑んで玄関の方を見ると、足音がこちらに近づいてくる。


 コツ……コツ……。


 やがて、部屋の扉がゆっくりと開いた。


 現れたのは――


 「リシェル。……何をしていたんだ?」


 ルークだった。

完結が近いよ〜

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