冤罪で追放された悪役令嬢ですが、え? 配信? 何それ美味しいの?
冤罪で追放された悪役令嬢ですが、廃ダンジョンをドールハウス感覚でリフォームして引きこもります。え? 配信? 何それ美味しいの? (4)
【冤罪で追放された悪役令嬢ですが、え? 配信? 何それ美味しいの?】シリーズ No.4
「新婚旅行、行ってきます」
朝起きると、リビングのテーブルに書き置きが残されていた。
我が家の最強セキュリティ、フェンリルとクロちゃんが旅立ったのだ。行き先はダンジョン最深部の「秘湯エリア」。まさか魔獣同士にリア充イベントで先を越されるとは思わなかったけれど、これでこの広いダンジョンに私一人。普通なら震えて眠る夜だ。しかし、私の辞書に「寂しい」という文字はない。むしろ、あの巨大なモフモフたちがいない今こそ、彼らがいると狭くてできなかった大掛かりな「寝室リフォーム」のチャンスではないか。
不在、好機。
とはいえ、丸腰で寝るのは不用心だ。私はスマホを取り出し、闇サイト……ではなく『ダンジョン人材派遣・魔ナビ』にアクセス。「短期・夜勤のみ・腕自慢歓迎」。ポチって数分後、チャイムが鳴る。現れたのは、身長3メートルの巨漢。全身を黒い鎧……ではなく、なぜかパツパツの執事服に包んだ「バーサーカー(狂戦士)」だった。履歴書には『特技:無音移動』『趣味:押し花』とある。採用。名前は「田中」でいいわ。彼は無言で一礼し、ドアの前に仁王立ちした。
人材、確保。
安全が買えたところで、メインイベントだ。私は寝室へと向かう。ダンジョンの石床は冷たく、今までのベッドも煎餅布団だった。これでは悪役令嬢の肌に障る。スキル『ドールハウス』発動。まずは床を「雲上の絨毯」へ変更。壁紙は「安眠誘導プラネタリウム機能付き」に張り替え。そして中央には、一度ダイブしたら二度と現世には戻れない「人をダメにする魔王級ウォーターベッド」を設置。仕上げに、遮光率100%のカーテンを閉めれば、そこは永遠の夜。
睡眠、至高。
環境は整った。あとは「入眠儀式」を残すのみ。風呂上がりのポカポカした体は、冷たい刺激と塩分を求めている。私は裏庭の農園へ。今回のターゲットは「枝豆」だ。スキルで成長促進。瞬く間に緑の鞘が鈴なりになる。もぎたてを大鍋で一気に茹で上げ、荒塩を振る。合わせるのは、ダンジョンの湧き水と野生酵母で作った「ダンジョン・クラフトビール」。グラスに注ぐと、黄金色の液体とクリーミーな泡が美しい対比を描く。
晩酌、優勝。「ぷはぁっ……!」
アルコールが回ると、ふと悪戯心が芽生えた。平民……ではなく、リスナーの皆さんは今頃どうしているかしら。私は宙に浮くドローンを指先で招き、配信モードをオンにする。「こんばんは、まだ起きているのかしら? 私は今から、この黄金の水をいただくところよ」。カメラに向かって、結露したグラスをわざとらしく掲げてみせる。コメント欄が即座に加速した。『うわあああ! ビールだ!』『泡が! 泡が美味そうすぎる!』『こっちは水も配給制なのに!』。彼らの悲鳴を肴に飲むビールは、蜜のように甘い。
公開飲酒、暴力。
しかし、所詮は文字の羅列だ。数分もすると、流れるコメントを目で追うのが億劫になってくる。「ふふ、羨ましい? ならもっと働きなさい」。適当に煽って興味を失った私は、グラスをテーブルに置いたまま、ふらりと立ち上がった。少し夜風に当たりたい。私はリビングから続くテラスへと足を向ける。もちろん地下だが、スキル『ドールハウス』で「リゾートホテルのバルコニー」を再現済みだ。
換気、重要。
窓を開けると、ひんやりとした風が火照った頬を撫でる。頭上には偽物の満月。床には高級ラタンのソファ。完璧だ。でも、何かが足りない。この美しい月夜には、人工的な虫の音(BGM)じゃなくて、もっとこう……「ザザーッ」という波音が合うはずだ。私はスマホを取り出し、いつもの通販サイトを開く。「ドールハウス拡張キット・南国リゾート編」。検索、ヒット。「プライベートビーチ(夜景Ver・星空オプション付き)」。お値段は……いち、じゅう、ひゃく……まあいいわ、酔った勢いだし。ポチッ。来月の請求なんて、未来の私がなんとかするでしょう。
散財、泥酔。
世界が書き換わる。テラスの床が、サラサラの白砂に。手すりの向こうには、どこまでも続く水平線と、月光を反射して煌めく海面。私はヒールを脱ぎ捨て、裸足で砂を踏みしめる。冷たくて気持ちいい。波打ち際には、高級リゾート顔負けの「カバナ(天蓋付きビーチベッド)」が鎮座している。私はその広大なマットレスに、ダイブするように身を沈めた。波の音、潮の香り。ここは地下ダンジョン? いいえ、私の楽園よ。
海岸、所有。
「あ……」致命的なミスに気づく。手ぶらで来てしまった。枝豆とビールは、遥か彼方(数メートル先)のリビングだ。取りに戻る? この最高級リネンから体を起こして? ありえない。私の体はすでにクラゲのように骨抜きになっている。指一本動かすのも億劫だ。でも、喉は潤したい。
私はカバナの屋根越しに星空を見上げ、パチン、と指を鳴らしてみた。フェンリルなら「自分で取れ」と鼻で笑って砂をかけてくるところだが、あの新入りはどうだろうか。
堕落、加速。
音もなく、影が落ちた。瞬きする間に、サイドテーブルに銀の盆が置かれる。そこには、水滴のついたビールグラスと、山盛りの枝豆。そして、氷で冷やされたお絞りまで添えられていた。見上げると、バーサーカー田中が直立不動で立っている。彼は「どうぞ」というように片手を差し出すと、私が礼を言う隙すら与えず、空気のように闇に溶けて消えた。
新入り、神対応。
「……優秀すぎない?」フェンリルのように「撫でろ」とも「遊べ」とも要求してこない。ただ業務を遂行し、黒子に徹する。このドライな距離感。今の私には、もふもふよりもこの「プロの仕事」が心地いい。私は冷えたお絞りで首筋を拭き、再びグラスを傾ける。さて、主人がこれだけリラックスしているのだ。招かれざる客が来たとしても、彼なら「音も立てずに」処理してくれるに違いない。
信頼、獲得。
王城の作戦会議室は、お通夜のような重苦しい空気に包まれていた。元婚約者の王太子は、手元のぬるくなった水道水(予算削減中)と、スクリーンに映る私が飲む「黄金色のクラフトビール」を見比べ、ギリギリと歯ぎしりをする。「おかしい……なぜ追放された女がプライベートビーチで晩酌し、一国の王太子が残業でカフェイン中毒になっているのだ?」。理不尽な格差に、彼のプライドは限界を超えていた。「武力だ! 軍を遅れ! あのふざけたグラスを叩き割ってやる!」
格差、地獄。
しかし、側近たちは青ざめた顔で首を横に振る。「無理です、殿下。白のフェンリルにはあくび一発で全滅させられ、切り札の黒フェンリルは……あろうことか敵に寝返り、今やただの『クロちゃん』です」。精鋭騎士団はすでにPTSDで休職中。物理的な攻撃手段は、もはや王国には残されていない。「ええい、役立たず共め! ならば暴力以外だ! 奴を社会的に抹殺する方法はないのか!」
武力、無力。
「……では、法の力はいかがでしょう?」一人の文官が恐る恐る提案する。「暴力がダメなら、法律で縛るのです。幸い、王都には『黒を白にする』と評判のヤメ検弁護士がおります」。王太子の目が輝いた。「呼べ! 今すぐだ!」。しかし文官は言い淀む。「ただ、彼の相談料は30分で城壁の修理費一回分ですが……」「構わん! 国庫が空になろうと、あの女の笑顔が曇るなら安いものだ!」。破滅的な決断が下された。
課金、開始。
現れた弁護士は、高級スーツに身を包み、秒単位でチャージが発生しそうな冷徹な目をしていた。彼は私の配信アーカイブを倍速で再生し、眉一つ動かさずにチェックする。「ふむ……不法侵入? いえ、ダンジョンは所有権が放棄されています。公務執行妨害? 証拠不十分ですね」。次々と罪状を却下していく彼に、王太子が焦りを募らせる。「ないのか!? 何でもいい、奴を豚箱にぶち込むネタは!」
相談、難航。
「おや?」弁護士の手が止まった。画面の中の私が、上機嫌でグラスを掲げているシーンだ。「『ダンジョン・クラフトビール』……彼女はそう言いましたね」。弁護士が眼鏡をクイッと押し上げる。「殿下、彼女に酒類製造免許を与えましたか?」「あるわけなかろう!」。弁護士の口元が三日月のように歪んだ。「ならば決まりです。無免許での酒類醸造は重罪。警察も騎士団も管轄外ですが……この組織なら動かせます」
罪状、発見。
「国税局です」その単語が出た瞬間、会議室の空気が凍りついた。泣く子も黙る、国家最強の取り立て機関。「無許可醸造は酒税法違反。脱税の疑いで強制調査が可能です。彼らはドラゴンよりも容赦がありませんよ」。王太子は邪悪な笑みを浮かべ、直通電話に手を伸ばした。「完璧だ。行け、徴税の悪魔たちよ! あの女からビールも、金も、尊厳も、全て搾り取ってやれ!」
徴税、号令。
深夜のダンジョン前。騎士団よりも質が悪い、眼鏡を光らせた集団が現れた。彼らは剣の代わりに、分厚い六法全書と電卓で武装している。「税務調査です! 開けなさい! 拒否すれば重加算税ですよ!」。その威圧感はドラゴンの比ではない。彼らは「差押え」の赤紙を片手に、鉄の扉を突き破らんばかりの勢いでノックした。法の番人、到着。こればかりは、どんな魔獣も逃げられない……はずだった。
徴税、非情。
ガチャリ。扉が開く。しかし、そこにいたのは納税者(私)ではない。仁王立ちするバーサーカー田中だ。彼は無言で、査察官の差し出した「令状」を手に取ると、一瞥もしないままビリビリに破り捨てた。「なっ、公務執行妨害で……!」激昂する査察官。だが、田中の辞書に法律はない。彼は役人の胸倉を片手で掴み上げると、まるで不燃ゴミを出すような手つきで、夜空に向かってアンダースローで放り投げた。
問答、無用。
「ひぃぃぃ! 計算が合わないぃぃ!」空の彼方へ消えていく査察官たちの悲鳴(ドップラー効果付き)。田中は残りの職員も次々と処理していく。物理攻撃無効の幽霊だろうが、法的拘束力を持つ役人だろうが、彼の「デコピン」と「投げ飛ばし」の前では平等に無力だ。数分後、扉の前には誰一人いなくなった。田中は満足げに手をパンパンと払い、何事もなかったかのように扉を閉め、施錠した。
門前、払い。
「ん〜、いい風」。テラスの私は、そんな騒動があったことなど露知らず、二杯目のビールを注いでいる。夜風が心地いい。今日は珍しく虫も飛んでこないし、静かな夜だわ。これも日頃の行いが良いからね。私は空になった枝豆の皿を見て、また指を鳴らす。「田中さーん、おかわり」。
チュンチュン。
爽やかな小鳥のさえずり(環境音BGM)が頭に響く。ズキズキと痛むこめかみ。「うぅ……昨日のクラフトビール、度数高すぎたかしら……」。重い瞼を擦りながら起き上がると、外から「ワンワン! グルルル!」という激しい鳴き声が聞こえてきた。いつもの穏やかな鳴き声じゃない。殺気立っている。ああ、この声はフェンだ。帰ってきたのね。
二日酔い、頭痛。
ふらつく足取りで玄関へ向かうと、そこには修羅場が広がっていた。旅から戻ったフェンリルが、私の「臨時警備員」田中さんに対して、牙を剥き出しにして威嚇しているのだ。対する田中さんは、表情一つ変えず直立不動。「泥棒じゃないのよ、フェン」。私はあくび混じりに仲裁に入る。「この人は派遣のガードマン。田中さんっていうの。留守番頼んでただけだから」。
番犬、激怒。
しかし、フェンの怒りは収まらない。「グルル(俺のナワバリに何勝手に入ってんだ)!」「ワン(しかもご主人様の匂いがする)!」。どうやら嫉妬しているらしい。「わかった、わかったわよ。気に入らないのね」。私はため息をつき、田中さんに向き直る。「ごめんなさいね田中さん、うちの子がこうだから。今日のところはこれで上がって」。私が報酬(ダンジョン産高級ビーフジャーキー)を渡すと、田中さんは無言で敬礼し、音速で地平線の彼方へ走り去っていった。
撤収、迅速。
「よしよし、もういないわよ。おかえり、フェン」。機嫌を直したフェンリルを撫で回し、ふと気づく。「あれ? そういえば奥さんのクロちゃんは?」。フェンは私の問いかけに、スッと目を逸らし、「クゥ〜ン(別れた)」と悲しげに鳴いた。新婚旅行先でのスピード破局。まさかの成田離婚ならぬ、ダンジョン離婚。「そっか……あるよね、そういうこと。価値観の違いってやつ?」私は彼の背中をポンポンと叩く。ドンマイ。
バツイチ、爆誕。
最後まで読んで頂きありがとうございます。
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宜しくお願い致します。
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伊部 拝(ᴗ͈ˬᴗ͈⸝⸝)ペコリ




