表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/64

第49話 自由の国からの召喚状(サモンズ)


江戸城の平和な昼下がり。

大広間では、将軍ヨシノちゃん、王妃ヒルデガルド様、そして私が、コタツ(財務省が開発した最新の魔導暖房器具)に入って、ぬくぬくと蜜柑を剥いていた。


「……んむ。この『コタツ』という結界具、恐ろしいな。一度入ると、二度と出られぬ」

ヨシノちゃんが蜜柑を頬張りながら呟く。

「そうね。……我が国にも導入すべきだわ。『王立コタツ騎士団』を創設しましょう」

ヒルデガルド様も、すっかり日本のダラダラ文化に馴染んでいる。


平和だ。

偏微分方程式によって導き出された「最適解」としての堕落。

これが、私たちの到達点――。


『――緊急入電! 緊急入電!』


その静寂を破ったのは、マリアの持つ通信機からのけたたましい警報音だった。

ホログラムが展開され、そこには血相を変えたクロガネ大使(元・靴下迷子)の顔が映し出された。


『レティ様! 大変でござる! ……太平洋の向こう側、超大国『メリケン合衆国』より、とんでもない声明が発表されました!』


「メリケン?」

私が首を傾げると、画面が切り替わった。


映し出されたのは、摩天楼がそびえ立つ巨大都市。

その中心にあるホワイトハウスの演壇で、一人の男が拳を振り上げて演説していた。


金髪を完璧にセットし、歯が眩しいほど白く、そして目には「成功」と「野心」しか宿していない男。

メリケン合衆国大統領、スティーブ・ストロング。


『――レディース・アンド・ジェントルメン! そして世界中の働き者たちよ!』


ストロング大統領の声は、自信とパワーに満ち溢れていた。


『今、極東の島国で、忌まわしき伝染病が流行している!

それはウイルスではない。……『怠惰レイジネス』だ!

「頑張らなくていい」? 「逃げていい」? 「休んでも金がもらえる」?

……ナンセンス!! ふざけるな!!』


彼は演壇を拳で叩き割った(物理)。


『タイム・イズ・マネー! 勝者総取り(ウィナー・テイクス・オール)!

競争こそが正義! 自己責任こそが自由!

弱者は去れ、強者だけが生き残れ!

それが我々メリケンの、いや、世界のグローバル・スタンダードだ!』


彼はカメラを指差した。その指先は、画面越しに私に向けられているようだった。


『その美徳を破壊するテロリスト……自称『全肯定未亡人』レティーティア・フォン・ローゼンタール!

彼女は、世界経済を停滞させる「甘やかしの魔女ウィッチ・オブ・シュガー」である!

よって、我々は要求する!

直ちに彼女の身柄をメリケン合衆国へ引き渡せ!

さもなくば……我らが誇る『筋肉艦隊マッスル・フリート』が、貴国に「真の資本主義」を叩き込みに行くであろう!』


          ◇


プツン。通信が切れた。

コタツの中に、しばしの沈黙が流れる。


「……うるさい男ね」

私が蜜柑の筋を取りながら呟く。


「……暑苦しいな」

ヨシノちゃんが眉をひそめる。


「……処刑しましょうか?」

ヒルデガルド様が氷の微笑を浮かべる。


しかし、事態は深刻だった。

メリケン合衆国は、軍事力も経済力も世界一。彼らが提唱する「新自由主義ネオリベラリズム」は、私の「全肯定理論」とは水と油。

彼らにとって、私が広めた「甘え」は、国家の競争力を削ぐ猛毒に見えるのだろう。


「レティ様……どうなさいますか?」

マリアが心配そうに尋ねる。

「放っておけば、本当に艦隊が来ます。……せっかく平和になったこの国が、また戦火に……」


「それは困りますわ」


私は立ち上がった。

コタツから出ると、少し肌寒い。けれど、私の心は燃えていた。


「あの国……『メリケン』でしたっけ?

あの大統領の演説……聞こえましたか、皆様?」


「ええ。……傲慢な演説でしたわ」

ソフィアちゃんが答える。


「いいえ、違います」


私は扇を開き、西の空(アメリカの方角)を見据えた。


「あれは……悲鳴ですわ」


「悲鳴?」


「ええ。……『止まったら死ぬ』と信じ込んで、回し車の中を必死に走り続けているハムスターの悲鳴。

『勝たなきゃ価値がない』と自分を追い詰め、恐怖に震えている、哀れな迷子の叫び声よ」


自己責任。競争社会。

それは、勝っているうちはいい。けれど、一度でも躓けば、誰も助けてくれない孤独な地獄。

あの大統領は、その地獄の門番であり、同時に一番の囚人なのだ。


「……放っておけませんわね」


私は決意した。

このまま日本に留まって、彼らを迎え撃つこともできる。

けれど、それでは「対立」が生まれてしまう。

私の流儀は、戦うことではない。

相手の懐に入り込み、骨抜きにすること。


「行きましょう。……自由の国へ」


「レティ!?」

ヒルデガルド様が立ち上がる。


「待って、私も行くわ! あんな野蛮な国に一人で行かせるなんて……!」


「いいえ、ヒルデガルド。貴女は残ってください」


私は彼女の肩に手を置いた。


「メリケンが動けば、世界中が動揺します。……貴女が王国に戻り、欧州諸国をまとめ上げ、私の『バックアップ(防波堤)』になってくれないと、安心して甘やかせませんわ」


「……っ」

ヒルデガルド様は唇を噛んだ。

彼女は賢い。私の提案が、戦略的に正しいことを理解している。

私が敵地で「毒」を撒く間、彼女が外堀を埋める。最強の布陣だ。


「……わかったわ。その代わり……」

彼女は私の襟を掴み、強く引き寄せた。


「絶対に、あのアメリカ男になびかないこと。……彼を『メロメロ』にするのは許可するけど、『好き』になるのは禁止よ」


「ふふ。……私の『好き』は、もうこの部屋に全部ありますもの」


私は彼女にキスをした。


          ◇


出発の朝。

横浜港には、別れを惜しむ群衆が詰めかけていた。

カツ海舟、新撰組、財務省の官僚たち、そしてサエ(ギャル仕様)。


「レティ……」


ヨシノちゃんが、私の前に進み出た。

彼女の手には、小さな包みがある。


「これを持っていけ。……『カイロ』だ」


「カイロ?」


「うむ。レンと財務省が共同開発した、魔導カイロだ。……メリケンの心は、冷たく凍っているのだろう? それを、これで温めてやってくれ」


ヨシノちゃんは涙を堪えて笑った。


「余は……もう大丈夫だ。コタツもあるし、友達もいる。

だから……行ってこい。あの、可哀想な大統領を、救ってやるのだ」


「……はい。行ってまいります、私の可愛い将軍様」


私はカイロを受け取り、彼女を抱きしめた。

日本の甘い革命は、もう大丈夫。

この種火は、消えることはない。


「全員、乗船!」


ベルナデットの号令。

『クイーン・レティーティア号』は、空への翼を広げるのではなく、海への錨を上げた。

今回は海路を行く。

太平洋を渡りながら、少しずつ「甘い毒」を海流に乗せて流すために。


「目指すは西海岸! シリコンバレーとかいう、意識高い系が集まる場所から攻略しますわよ!」

ソフィアちゃんが作戦盤を広げる。


「うへぇ、エナジードリンクの匂いがしそう」

レンが顔をしかめる。


「大丈夫です。……私の聖女パワーと、マリアさんの紅茶があれば、どんなエリートもイチコロです」

エレナが微笑む。


「さあ、出航よ!」


汽笛が鳴る。

遠ざかる日本。

見えなくなる富士山。


待っていなさい、メリケン合衆国。

「自由の女神」も、私の前ではただの「立ち仕事で足がむくんだ女性」よ。

松明たいまつを置いて、マッサージチェアに座らせてあげるわ。


第3部『摩天楼のララバイ』

開幕のベルは、ニューヨーク株式市場のベルの音と共に。


(第2部 完・第3部へ)

ここまで読んでくださってありがとうございます。

続きが気になったら、ブックマークしていただけると励みになります。


第2部はこれにて完結です。

1月30日から第3部スタートです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ