第49話 自由の国からの召喚状(サモンズ)
江戸城の平和な昼下がり。
大広間では、将軍ヨシノちゃん、王妃ヒルデガルド様、そして私が、コタツ(財務省が開発した最新の魔導暖房器具)に入って、ぬくぬくと蜜柑を剥いていた。
「……んむ。この『コタツ』という結界具、恐ろしいな。一度入ると、二度と出られぬ」
ヨシノちゃんが蜜柑を頬張りながら呟く。
「そうね。……我が国にも導入すべきだわ。『王立コタツ騎士団』を創設しましょう」
ヒルデガルド様も、すっかり日本のダラダラ文化に馴染んでいる。
平和だ。
偏微分方程式によって導き出された「最適解」としての堕落。
これが、私たちの到達点――。
『――緊急入電! 緊急入電!』
その静寂を破ったのは、マリアの持つ通信機からのけたたましい警報音だった。
ホログラムが展開され、そこには血相を変えたクロガネ大使(元・靴下迷子)の顔が映し出された。
『レティ様! 大変でござる! ……太平洋の向こう側、超大国『メリケン合衆国』より、とんでもない声明が発表されました!』
「メリケン?」
私が首を傾げると、画面が切り替わった。
映し出されたのは、摩天楼がそびえ立つ巨大都市。
その中心にあるホワイトハウスの演壇で、一人の男が拳を振り上げて演説していた。
金髪を完璧にセットし、歯が眩しいほど白く、そして目には「成功」と「野心」しか宿していない男。
メリケン合衆国大統領、スティーブ・ストロング。
『――レディース・アンド・ジェントルメン! そして世界中の働き者たちよ!』
ストロング大統領の声は、自信とパワーに満ち溢れていた。
『今、極東の島国で、忌まわしき伝染病が流行している!
それはウイルスではない。……『怠惰』だ!
「頑張らなくていい」? 「逃げていい」? 「休んでも金がもらえる」?
……ナンセンス!! ふざけるな!!』
彼は演壇を拳で叩き割った(物理)。
『タイム・イズ・マネー! 勝者総取り(ウィナー・テイクス・オール)!
競争こそが正義! 自己責任こそが自由!
弱者は去れ、強者だけが生き残れ!
それが我々メリケンの、いや、世界のグローバル・スタンダードだ!』
彼はカメラを指差した。その指先は、画面越しに私に向けられているようだった。
『その美徳を破壊するテロリスト……自称『全肯定未亡人』レティーティア・フォン・ローゼンタール!
彼女は、世界経済を停滞させる「甘やかしの魔女」である!
よって、我々は要求する!
直ちに彼女の身柄をメリケン合衆国へ引き渡せ!
さもなくば……我らが誇る『筋肉艦隊』が、貴国に「真の資本主義」を叩き込みに行くであろう!』
◇
プツン。通信が切れた。
コタツの中に、しばしの沈黙が流れる。
「……うるさい男ね」
私が蜜柑の筋を取りながら呟く。
「……暑苦しいな」
ヨシノちゃんが眉をひそめる。
「……処刑しましょうか?」
ヒルデガルド様が氷の微笑を浮かべる。
しかし、事態は深刻だった。
メリケン合衆国は、軍事力も経済力も世界一。彼らが提唱する「新自由主義」は、私の「全肯定理論」とは水と油。
彼らにとって、私が広めた「甘え」は、国家の競争力を削ぐ猛毒に見えるのだろう。
「レティ様……どうなさいますか?」
マリアが心配そうに尋ねる。
「放っておけば、本当に艦隊が来ます。……せっかく平和になったこの国が、また戦火に……」
「それは困りますわ」
私は立ち上がった。
コタツから出ると、少し肌寒い。けれど、私の心は燃えていた。
「あの国……『メリケン』でしたっけ?
あの大統領の演説……聞こえましたか、皆様?」
「ええ。……傲慢な演説でしたわ」
ソフィアちゃんが答える。
「いいえ、違います」
私は扇を開き、西の空(アメリカの方角)を見据えた。
「あれは……悲鳴ですわ」
「悲鳴?」
「ええ。……『止まったら死ぬ』と信じ込んで、回し車の中を必死に走り続けているハムスターの悲鳴。
『勝たなきゃ価値がない』と自分を追い詰め、恐怖に震えている、哀れな迷子の叫び声よ」
自己責任。競争社会。
それは、勝っているうちはいい。けれど、一度でも躓けば、誰も助けてくれない孤独な地獄。
あの大統領は、その地獄の門番であり、同時に一番の囚人なのだ。
「……放っておけませんわね」
私は決意した。
このまま日本に留まって、彼らを迎え撃つこともできる。
けれど、それでは「対立」が生まれてしまう。
私の流儀は、戦うことではない。
相手の懐に入り込み、骨抜きにすること。
「行きましょう。……自由の国へ」
「レティ!?」
ヒルデガルド様が立ち上がる。
「待って、私も行くわ! あんな野蛮な国に一人で行かせるなんて……!」
「いいえ、ヒルデガルド。貴女は残ってください」
私は彼女の肩に手を置いた。
「メリケンが動けば、世界中が動揺します。……貴女が王国に戻り、欧州諸国をまとめ上げ、私の『バックアップ(防波堤)』になってくれないと、安心して甘やかせませんわ」
「……っ」
ヒルデガルド様は唇を噛んだ。
彼女は賢い。私の提案が、戦略的に正しいことを理解している。
私が敵地で「毒」を撒く間、彼女が外堀を埋める。最強の布陣だ。
「……わかったわ。その代わり……」
彼女は私の襟を掴み、強く引き寄せた。
「絶対に、あのアメリカ男に靡かないこと。……彼を『メロメロ』にするのは許可するけど、『好き』になるのは禁止よ」
「ふふ。……私の『好き』は、もうこの部屋に全部ありますもの」
私は彼女にキスをした。
◇
出発の朝。
横浜港には、別れを惜しむ群衆が詰めかけていた。
カツ海舟、新撰組、財務省の官僚たち、そしてサエ(ギャル仕様)。
「レティ……」
ヨシノちゃんが、私の前に進み出た。
彼女の手には、小さな包みがある。
「これを持っていけ。……『カイロ』だ」
「カイロ?」
「うむ。レンと財務省が共同開発した、魔導カイロだ。……メリケンの心は、冷たく凍っているのだろう? それを、これで温めてやってくれ」
ヨシノちゃんは涙を堪えて笑った。
「余は……もう大丈夫だ。コタツもあるし、友達もいる。
だから……行ってこい。あの、可哀想な大統領を、救ってやるのだ」
「……はい。行ってまいります、私の可愛い将軍様」
私はカイロを受け取り、彼女を抱きしめた。
日本の甘い革命は、もう大丈夫。
この種火は、消えることはない。
「全員、乗船!」
ベルナデットの号令。
『クイーン・レティーティア号』は、空への翼を広げるのではなく、海への錨を上げた。
今回は海路を行く。
太平洋を渡りながら、少しずつ「甘い毒」を海流に乗せて流すために。
「目指すは西海岸! シリコンバレーとかいう、意識高い系が集まる場所から攻略しますわよ!」
ソフィアちゃんが作戦盤を広げる。
「うへぇ、エナジードリンクの匂いがしそう」
レンが顔をしかめる。
「大丈夫です。……私の聖女パワーと、マリアさんの紅茶があれば、どんなエリートもイチコロです」
エレナが微笑む。
「さあ、出航よ!」
汽笛が鳴る。
遠ざかる日本。
見えなくなる富士山。
待っていなさい、メリケン合衆国。
「自由の女神」も、私の前ではただの「立ち仕事で足がむくんだ女性」よ。
松明を置いて、マッサージチェアに座らせてあげるわ。
第3部『摩天楼のララバイ』
開幕のベルは、ニューヨーク株式市場の鐘の音と共に。
(第2部 完・第3部へ)
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第2部はこれにて完結です。
1月30日から第3部スタートです。




