第47話 黒船来航(ジェラシー・モード)
「――全艦、停止! 主砲、『愛の威嚇射撃』用意!」
江戸湾の波を割り、その漆黒の巨体を現したのは、ガレリア帝国の技術と王国の予算、そして王妃の「執念」を結集して建造された超弩級戦艦『キング・フレデリック号(実質ヒルダー号)』だった。
甲板の先端で、風にプラチナブロンドをなびかせているのは、この世で最も美しく、そして現在、最も機嫌の悪い女性。
王妃ヒルデガルド様である。
「撃てぇぇぇーーッ!!」
ドォォォォン!!
戦艦の巨砲が火を噴いた。
しかし、飛び出したのは砲弾ではない。
無数の薔薇の花びらと、「レティ、会いたかったわ!」「浮気は許さない!」と書かれた垂れ幕だった。
江戸の町人たちは空を見上げ、口をポカンと開けている。
「なんだあれは……」
「新型の黒船か?」
「いや、あれは『痴話喧嘩』の規模がデカすぎるだけだ」
◇
「……あらあら」
日本橋のパレードカーの上で、私は扇で額を押さえた。
「困りましたわ。……まさか、本当に軍艦でいらっしゃるなんて」
「レティ……あの女、何者だ?」
隣で将軍ヨシノちゃんが、私の袖をギュッと掴んで震えている。
「あの船から感じる『圧』……余の覇気など赤子同然ではないか」
「ええ。彼女は私の国の王妃様。……そして、世界で一番、寂しがり屋のライオンですわ」
私は御者台のカツ海舟に指示を出した。
「カツ様、港へ急いで。……早く抱きしめて差し上げないと、次は『拗ねて国交断絶砲』が飛んできますわよ」
◇
港に到着すると、ちょうどヒルデガルド様がタラップを降りてくるところだった。
彼女は、戦場に赴くような凛々しいドレス姿だが、その目は私を見つけた瞬間、涙で潤んだ。
「レティ!!」
彼女は王族の品位もかなぐり捨て、全速力で駆けてきた。
近衛兵たちが慌てて道を空ける。
「ヒルデガルド様!」
私が両手を広げると、彼女は勢いよく私の胸に飛び込んできた。
ドスン!という衝撃。
愛の重み(物理)。
「……遅い! 遅いわよ! 手紙が三日も来ないなんて、私が干からびて死ぬのを待っていたの!?」
「まあ、ごめんなさい。……江戸の改革が忙しくて」
「国なんてどうでもいいわ! 私のメンタルヘルスのほうが重要案件よ!」
彼女は私の胸に顔を埋め、深々と私の匂いを吸い込んだ。
「……んぅ……補給完了。……でも、まだ足りないわ」
そこへ、背後から小さな咳払いが聞こえた。
「……そなた、余の『母上』から離れよ」
ヒルデガルド様が顔を上げ、私の後ろに隠れているヨシノちゃんを睨みつけた。
「……あら? 誰かしら、この生意気な小娘は」
「小娘ではない! 余は日の本将軍、トクガワ・ヨシノである! そしてレティは、余の『甘やかし担当』なのだ!」
ヨシノちゃんが精一杯背伸びをして主張する。
その姿は、母親を取り合う子供そのものだ。
ヒルデガルド様の目がスッと細まった。
氷の女王モード、起動。
「……ふーん。貴女が、レティを独占していた元凶ね」
ヒルデガルド様が立ち上がり、ヨシノちゃんを見下ろした。
身長差三十センチ。大人の色気と貫禄の差は歴然。
「いいこと? お嬢ちゃん。レティは私の『精神安定剤』なの。ぽっと出の将軍ごときが、私の所有権を侵害しないでくださる?」
「な、なんだと……! ここは余の国ぞ! 不法入国で捕らえるぞ!」
「おやりなさい。……我が戦艦の『嫉妬ビーム』で、江戸城をピンク色に塗り替えてあげるわ」
バチバチバチ!
二人の間に火花が散る。
周囲のカツ海舟や新撰組、そして私の娘たちが「ひえぇ……」と遠巻きにしている。
「あの……お二人とも」
私が仲裁に入ろうとした時、戦艦からもう一人の人物が降りてきた。
「……おやめください、ヒルデガルド様。大人気ないですよ」
その声に、日本の侍たちが一斉に振り返った。
「そ、その声は……!?」
「まさか……!」
現れたのは、猫耳フード付きのパーカーを着て、手にはタピオカミルクティーを持った、完全に「原宿系」に進化したキサラギ・サエだった。
「サ、サエ殿ーーッ!?」
クロガネ大使(靴下は見つかったらしい)が駆け寄る。
「ど、どうしたのですかその格好は! あんなに厳格だった貴女が……!」
サエはストローをくわえたまま、アンニュイに微笑んだ。
「……ああ、大使。お久しぶりです。……これですか? 王国のトレンドですけど」
「そ、そんな……! 仕事は!? 国の未来は!?」
「未来? ……まあ、なんとかなるんじゃないですか? それより、ここのタピオカ、モチモチで美味しいですよ」
サエの変貌ぶりに、大使は白目を剥いて倒れた。
かつての「鉄の女」は、ヒルデガルド様の英才教育(という名の連れ回し)により、見事な「ゆるふわ女子」へと転生していたのだ。
「サエ、貴女からも言ってやって。……この将軍ちゃんに、年功序列を」
ヒルデガルド様がサエに同意を求める。
しかし、サエはヨシノちゃんを見て、目を輝かせた。
「わあ……可愛い。将軍様、その着物、超イケてますね」
「む? ……そ、そうか? えへへ」
「あ、和解した」
レンがツッコミを入れる。
サエの「ギャル化」したコミュニケーション能力が、王妃と将軍の壁を溶かしていく。
「……はぁ」
私はため息をつき、そして微笑んだ。
喧嘩するほど仲が良い、とはよく言ったもの。
私はヒルデガルド様とヨシノちゃん、二人の手を取った。
「お二人とも。……私の腕は二本ありますわ」
「え?」
「む?」
「ですから……」
私は二人を同時に抱き寄せた。
右腕に氷の王妃。
左腕に幼き将軍。
両手に花。
「二人まとめて、甘やかして差し上げます。……これで文句はなくって?」
二人は顔を見合わせ、そして私の胸に同時に顔を埋めた。
「……まあ、いいわ。レティの匂いがするから」
「……うむ。余は心が広いからな。半分こしてやろう」
「解決ですね」
ソフィアちゃんがパチンと指を鳴らす。
「さあ、カツ様! 宴の準備ですわ!」
私が宣言する。
「王妃来航記念、および将軍の『女の子デビュー』祝い!
江戸城大広間で、史上最大の『パジャマパーティー』を開催します!
スキヤキ! スシ! そしてパンケーキ!
今夜は無礼講よ!」
「うおおおおぉぉぉ!!」
港に集まった侍たち、帝国兵、そして王国の近衛兵たちが歓声を上げる。
こうして。
嫉妬に燃える黒船は、平和の象徴へと変わり。
東西のトップレディたちが顔を揃える、歴史的な一夜が幕を開けた。
「……ねえレティ。あとで私の部屋に来てね。……たっぷり『不在の罰』を与えてあげるから」
ヒルデガルド様が耳元で囁く。
「レティ! 余と寝るのだ! 怖い話を聞かせてやる!」
ヨシノちゃんが反対の耳で叫ぶ。
やれやれ。
私の「全肯定」の旅は、どうやらまだまだ終わりそうにない。
でも、この重みこそが……私の幸せなのだろう。
江戸の夕日が、私たちを優しく、甘く照らしていた。




