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第46話 お忍び将軍と江戸スイーツパラダイス



「……こ、これでよいのか? 余は、このような……ひらひらした格好で……」


江戸城の裏門。

そこに立っていたのは、威厳ある直垂ひたたれを脱ぎ捨て、鮮やかな桃色の着物に身を包んだ美少女――将軍トクガワ・ヨシノちゃんだった。

髪には、重い兜の代わりに、椿の花の形をしたかんざしが揺れている。

どう見ても、深窓の令嬢か、人気の看板娘にしか見えない。


「完璧ですわ、ヨシノちゃん。……いえ、『おヨシちゃん』とお呼びしましょうか?」


私は彼女の帯(リボン結び)を整えながら、満足げに頷いた。


「そ、その名は恥ずかしい……。しかし、身軽だ。空が広い……」


ヨシノちゃんがくるりと回る。

着物の裾が舞う。

それだけで、彼女の表情が花開くように明るくなる。


「へっ、似合ってるぜ、上様。……いや、お嬢」


御者台に座るカツ海舟が、ニカッと笑って手綱を握った。

今日の乗り物は、あの『全肯定パレードカー』だが、少し仕様を変えて「お忍びモード(屋根付き)」にしてある。ただし、屋根はキャンディカラーのストライプ柄だが。


「さあ、参りましょう。……生まれ変わった『甘い江戸』の視察ですわ!」


          ◇


城下町に出た瞬間、ヨシノちゃんは息を呑んだ。


「こ、これは……本当に江戸か?」


そこは、彼女が知る「灰色の街」ではなかった。

通りには、甘く香ばしい匂いが漂っている。

人々は急ぎ足で歩くのをやめ、道端のベンチ(私が設置させた)で団子を食べたり、昼寝をしたりしている。

殺気立った侍も、眉間に皺を寄せた町人もいない。


「おや、あれは……新撰組ではないか?」


ヨシノちゃんが指差す先。

甘味処の縁側で、浅葱色の羽織を着た隊士たちが、女子高生のようにパフェを囲んで談笑していた。

鬼の副長ヒジカタまでもが、クリームを頬につけて笑っている。


「……信じられぬ。あのような顔をする者たちだったのか……」

「ええ。刀をスプーンに持ち替えたほうが、皆様幸せそうですわ」


パレードカーは、日本橋へ差し掛かる。

そこは巨大な「スイーツ・マーケット」と化していた。


「レティ様! お待ちしておりました!」


屋台の前で手を振るのは、巫女姿のエレナだ。

彼女の周りには、癒やしを求める長屋の住人たちが行列を作っている。


「あ、エレナだ! ……あそこで何を売っておるのだ?」

「行ってみましょう」


車を止め、私たちは屋台へ降り立った。

エレナが差し出したのは、串に刺さった丸いもの。


「はい、おヨシちゃん。……新作の『クリームあんこ団子・レインボー仕様』です」

「れ、れいんぼー……?」


ヨシノちゃんがおずおずと受け取る。

モチモチの団子の上に、七色のフルーツソースと生クリームがたっぷり。

一口食べると――。


「……んんっ〜!!」


ヨシノちゃんが頬を押さえて悶絶した。


「もちもちで……ふわふわで……甘酸っぱい……! 城で食べる冷えた膳とは大違いだ!」


「でしょう? 出来たてを、青空の下で食べるのが一番のスパイスですわ」


私が言うと、彼女は夢中で団子を頬張り始めた。

口の周りをきな粉だらけにして。

その姿を見て、周囲の町人たちがざわめき始める。


「おい、あの子……めちゃくちゃ可愛くないか?」

「どこかのお姫様か?」

「いや、あの上品な食べ方……ただ者じゃねぇぞ」


正体はバレていないが、彼女から溢れ出る「オーラ」と「幸福感」が、人々を惹きつけていた。


          ◇


「――ちょっと道を空けてくんな!」


その時、人混みをかき分けて、一人の少年が飛び出してきた。

丁稚奉公の少年だろうか、前掛けをして、手には大きな包みを持っている。

彼は私たちの前で転びそうになり、ヨシノちゃんの足元に滑り込んだ。


「ひっ……!」


ヨシノちゃんが身を強張らせる。

城での教育が蘇る。『下々の者に近づくな』『暗殺を警戒せよ』。


「す、すまねぇお嬢ちゃん! ……あ、団子のタレが着物に!」


少年の手についたタレが、ヨシノちゃんの綺麗な着物に付いてしまった。

周囲の空気が一瞬凍る。

カツ海舟が動こうとするが、私が制した。


「……無礼者……」


ヨシノちゃんが震える声で呟く。

少年が青ざめて土下座しようとした、その時。


「……無礼者、ではないな。……大丈夫か? 怪我はないか?」


ヨシノちゃんは、自分の着物の汚れなど気にもせず、しゃがみ込んで少年の手を握った。


「え……?」

少年が顔を上げる。


「余……いや、私は平気だ。着物など洗えば済む。……それより、その包み、大事なものであろう?」


ヨシノちゃんは、少年が守ろうとしていた包みを拾い上げた。

中から甘い匂いがする。


「……へへ、おいらの母ちゃんに、土産の『カステラ』を買ったんだ。……レティ様って人が来てから、店が早じまいになって、給金も増えたからさ!」


少年がニカっと笑う。


「母ちゃん、ずっと病気で寝てたけど……最近、笑うようになったんだ。だから、これ食わせてやりたくて!」


その言葉を聞いた瞬間。

ヨシノちゃんの瞳から、大粒の涙が溢れ出した。


「……そうか。……母上が、笑ったか……」


「えっ、お嬢ちゃん、なんで泣くの!?」


「嬉しいのだ。……余の……私の国が、笑っているのが。……それが、嬉しくて……」


ヨシノちゃんは、懐から自分のハンカチを取り出し、少年の泥だらけの顔を拭いてあげた。


「行け。母上を大事にな。……そして、もっと笑え」


「う、うん! ありがとう、綺麗なお姉ちゃん!」


少年は手を振って走り去っていった。

ヨシノちゃんは、その背中が見えなくなるまで見送っていた。


          ◇


「……レティ」


ヨシノちゃんが、涙を拭って私を見上げた。


「私は……ずっと怖かった。民に侮られるのが、国が傾くのが。……だから、鉄の仮面を被っていた」


「ええ」


「だが……違ったな。……あの子の笑顔を守るのに、兜はいらぬな」


彼女は吹っ切れたように笑った。

そして、パレードカーの座席の上に、スッと立ち上がった。


「カツ! 屋根を開けよ!」

「あいよ! ……派手にいくかい?」

「うむ! 将軍の『お触れ』を出す!」


ウィーンと屋根が開く。

お忍び終了。

ヨシノちゃんは、江戸の青空の下、高らかに声を張り上げた。


「江戸の民よ! 聞けぇーーッ!」


凛とした、しかし少女らしい澄んだ声が、日本橋に響き渡る。

人々が驚いて見上げる。


「余は将軍、トクガワ・ヨシノである! ……今この時をもって、古き掟をすべて破棄する!」


「将軍様!?」

「あんな女の子だったのか!?」


ざわめく群衆に向かって、彼女は満面の笑みで宣言した。


「これより、我が国の方針を『全肯定』へと変更する!

休みたい者は休め! 甘えたい者は甘えよ!

辛い時は泣いていい! 逃げていい!

……その代わり、最後には必ず、あのような笑顔で笑って見せよ!」


彼女は先ほどの少年が消えた方向を指差した。


「余も笑う! だから、そなたたちも笑え! ……これが、将軍命令である!」


一瞬の静寂。

そして――。


「うおおおおぉぉぉーーっ!!」

「上様ばんざーーい!!」

「可愛いーーッ!! 一生ついていきますーーッ!!」


江戸中を揺るがすほどの大歓声が巻き起こった。

それは恐怖による服従ではなく、愛による熱狂だった。

紙吹雪が舞い、どこからかレンが打ち上げた花火が上がる。


「……ふふ。立派な演説でしたわ」


私は、民衆に手を振り続ける小さな背中を見守りながら、扇を開いた。

これで、この国は大丈夫。

もう「空気」なんて魔物はいない。

あるのは、甘くて温かい、陽だまりのような風だけ。


「さあ、カツ様。……祝賀会の準備をいたしましょうか。メニューは、スキヤキ(砂糖多め)でよろしくて?」


「へいへい。……まったく、とんでもねぇ国になっちまったな」


カツ海舟は、嬉しそうに涙を拭いながら、馬車をゆっくりと進めた。

歓喜の渦の中、全肯定革命は、最高のフィナーレ(大団円)を迎えようとしていた。


……はずだった。


「――ほう。……ここが、腑抜けたと噂の島国か」


その時。

江戸湾の沖合に、巨大な影が現れた。

白船(レティ号)よりもさらに巨大な、漆黒の鉄甲船。

そして、その甲板に立つのは――。


「レティ。……楽しそうね。私を置いて」


千里眼の魔法でこちらを睨みつける、世界最強の嫉妬深き王妃。

ヒルデガルド様、まさかの「我慢できずに来ちゃった」来航。


甘い江戸に、修羅場の予感が到来!?



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