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第45話 作戦名:空気(デストロイ)



江戸城、将軍の私室。

私の膝の上で、幼き将軍ヨシノちゃんが、スースーと幸せな寝息を立てている。

その安らかな顔を見つめながら、私は懐中時計(マリアが用意したおやつの時間用)を確認した。


「……さて。本丸(将軍)は落ちました」


私は顔を上げ、部屋に控える頼もしい娘たちを見渡した。


「ですが、この国を覆う『空気』という名の結界は、まだ健在です。……将軍一人が変わっても、街の人々が『右へ倣え』をやめなければ、本当の革命にはなりませんわ」


「わかっております」

ソフィアちゃんが眼鏡(伊達)を光らせる。


「ボクたちの出番だね」

レンがゴーグルを装着する。


「この国の隅々まで、癒やしを届けます」

エレナが杖を握る。


「悪しき慣習、断ち切って見せよう」

ベルナデットが剣の鯉口を切る。


私は扇を開き、高らかに号令を発した。


「総員、散開! それぞれの持ち場で、この国の『重苦しい空気』を物理的に破壊デストロイしていらっしゃい! ……手段は問いません。とびきり甘く、派手にやりなさい!」


「「「「イエス・マム!!」」」」


少女たちは颯爽と江戸城を飛び出した。

日本の夜明けぜよ……いいえ、日本の「二度寝」の始まりだわ。


          ◇


【第一方面軍:交通・インフラ担当 / レン】

場所:江戸市中、カンダ・ステーション(神田駅)周辺


朝の通勤ラッシュ。

人々は無言で、すし詰めの大八車(満員電車代わりの大型乗合馬車)に押し込まれようとしていた。

死んだ目。互いを敵とみなす殺伐とした空気。

「詰めてください」「チッ、押すなよ」という小競り合い。


そこへ、上空から紫電と共にレンが降臨した。


「うわ、暗い! 酸素薄い! ……こんな移動、移動じゃなくて『輸送』だよ!」


レンは空中で指を弾いた。


「魔導工学・空間拡張ワイド・スペース! & エンタメ仕様変更!」


バシュンッ!

すし詰めだった馬車が、ボヨヨンと膨張した。

内装が一瞬にして、ふかふかのビロード張りのソファー席に変わり、天井からはシャンデリアが出現する。

さらに、殺伐としていた車内に、軽快なワルツが流れ始めた。


「な、なんだ!?」

「広くなった!? 座れるぞ!?」

「隣の人とぶつからない……!」


「はい、注目ー!」

レンが車内放送(魔法)で呼びかける。

「この馬車は、職場への直行便をやめまーす。……これから『夢の国』経由、お布団行きに変更しまーす!」


「ええっ!?」

「会社に行かねばならぬのに!」


「うるさーい! そんな顔して働いても効率悪いって! ……ほら、重力制御・無重力(ゼロ・グラビティ)!」


車内がふわふわと無重力状態になる。

サラリーマン(侍)たちが宙に浮き、子供のように手足をバタつかせた。


「わ……わぁ……! 浮いた……!」

「楽しい……! 拙者、飛んでいるぞ!」


「移動時間は、楽しむためにあるんだよ。……さあ、会社なんて忘れて、空の旅を楽しんで!」


カンダの空を、ピンク色の馬車がジェットコースターのように駆け抜けていく。

中から聞こえるのは、悲鳴ではなく、大人の男たちの歓声だった。


          ◇


【第二方面軍:労働環境担当 / ベルナデット】

場所:オオテマチ、巨大商家(ブラック企業)街


夜通し明かりが消えないことで有名な、とある大店おおだな

そこでは、丁稚や手代たちが、番頭の怒鳴り声の下で、そろばんを弾き続けていた。


「休むな! 手を動かせ! 客は神様だ! 滅私奉公だ!」

「は、はい……申し訳ありません……」


過労とパワハラが支配する、地獄の職場。

そこへ、正面玄関を蹴破って、白銀の騎士が乱入した。


「――たのもう!!」


「な、何奴!?」

番頭が振り返る。


ベルナデットは、部屋の中央にある巨大な「タイムカード(出勤簿)」と「社訓(精神論が書かれた額縁)」を見据えた。


「検分完了。……貴様らの労働環境は、人権条約違反だ。よって……」


彼女は剣を抜き放った。

目にも止まらぬ一閃。


ズバァァァン!!


社訓の額縁が真っ二つに割れ、タイムカードの棚が粉砕された。


「定時だ。……帰れ」


「は、はぁ!? まだ仕事が……!」

「聞こえなかったか? ……貴様らの仕事は、今、私が物理的に『破壊』した」


ベルナデットが剣を振るうたびに、山積みの書類が桜吹雪のように舞い散る。


「ああっ! 決算書が! 企画書が!」

「心配するな。……紙切れより、命のほうが重い」


ベルナデットは、呆然とする手代たちの首根っこを掴み、次々と店の外へ放り投げた(優しく)。

外には、マリア部隊が待機しており、放り出された社員たちを即座に「温泉バス」に回収していく。


「番頭。……貴様もだ」

「わ、わしは……」

「貴様が一番、顔色が悪いぞ。……部下を休ませられぬ上司は、無能の極みだ。……貴様も休んで、出直してこい!」


ベルナデットは番頭も担ぎ上げ、温泉バスにシュートした。

灯りが消えた商家に、静寂が戻る。

江戸の空気が、また一つ軽くなった。


          ◇


【第三方面軍:教育・社会通念担当 / ソフィア】

場所:名門寺子屋(進学塾)&就職面接会場


「みんな同じ答えを書きなさい! はみ出すな! 個性は殺せ! 空気を読め!」


教壇で叫ぶ師匠。

同じ着物を着て、同じ髷を結い、死んだ魚のような目で筆を動かす若者たち。

「シューカツ」と呼ばれる、没個性化の儀式。


「……嘆かわしいですわ」


教室のドアが開き、扇を手にしたソフィアちゃんが現れた。


「誰だ! 授業の邪魔だ!」

「授業? ……これは『洗脳』ですわね」


ソフィアちゃんは指を鳴らした。

パチン。

すると、若者たちの着物が、一瞬にして色とりどりのドレスやアロハシャツ、パンクロックな衣装に変化した。


「な、なんだこれは!?」

「派手だ! 不謹慎だ!」


「いいえ、素敵ですわ」

ソフィアちゃんは微笑む。


「皆様。……正解なんて、一つではありませんのよ」


彼女は黒板に書かれた「模範解答」を魔法で消し去り、代わりに大きく書いた。


『貴方は、何が好きですか?』


「空気を読む必要はありません。……空気が貴方たちに合わせて変わればいいのです。……さあ、語りなさい! 貴方の好きなアニメ、推しのアイドル、誰にも言えない性癖フェティシズムを!」


「……い、言っていいのか……?」

「拙者は……本当は……猫耳が好きなんだァァ!」

「私は……ロリータ服が着たい!」


教室が爆発した。

抑圧されていた個性が、マグマのように噴出する。

師匠は「あわわ」と腰を抜かした。


多様性ダイバーシティの勝利ですわ」

ソフィアちゃんは満足げに頷いた。


          ◇


【第四方面軍:地域社会担当 / エレナ】

場所:長屋の井戸端(SNS代わりの情報交換所)


「ねえ、聞いた? 隣の奥さん、朝寝坊したらしいわよ」

「信じられない。母親失格ね」

「うちは夫が大企業勤めだから……」


マウントの取り合いと、相互監視。

「世間体」という見えない牢獄。


そこへ、聖なる光と共にエレナが舞い降りた。


「皆様。……人の悪口を言うと、お肌が荒れますよ?」


「あら、誰?」

「綺麗な子……」


エレナは井戸の水に、聖水を一滴垂らした。

すると、井戸水が「美容液」に変わった。


「他人を羨む必要はありません。……貴女たちは皆、そのままで素晴らしいのです」


エレナは奥様たちの手を取り、一人一人に「ハグ」をした。


「頑張っていますね。……誰とも比べなくていいんですよ。……朝寝坊? 最高じゃないですか。それだけリラックスできている証拠です」


「……え?」

「いいの……?」


「はい。……『いいね!』です。全肯定です」


エレナの癒やしのオーラが、奥様たちのトゲトゲした心を溶かす。

マウント合戦は、「褒め合い合戦」へと変わった。

井戸端会議は、ただの「楽しいお茶会」へと浄化された。


          ◇


そして、江戸城。

各方面からの報告テレパシーを受け取り、私はカツ海舟と共に、天守閣から街を見下ろしていた。


街の空気が変わっていく。

灰色だったオーラが、ピンクやオレンジ、色とりどりの輝きを放ち始めている。

笑い声が聞こえる。

怒号が消える。


「……やりやがったな」

カツが、甘いコーヒーを飲みながら苦笑する。

「江戸の街が、お祭り騒ぎだ。……『空気』なんてモンは、甘い匂いで吹き飛ばされちまった」


「ええ。……これにて、作戦完了ですわ」


私は膝の上でモゾモゾと動く、将軍ヨシノちゃんの頭を撫でた。

彼女も目を覚まし、窓の外を見て目を輝かせている。


「……街が、笑っておる」

「はい。……ヨシノちゃん。あれが、貴女が守るべき本当の景色ですよ」


「うむ。……余も、あの中に行きたい。……あの『パレードカー』に乗りたい!」


「ふふ、いいですわよ。……将軍様の御成りよ!」


「空気」は死んだ。

代わりに生まれたのは、誰もが自分らしく、甘く、堕落リラックスできる、新しい時代。

明治維新? いいえ、『全肯定維新』の夜明けぜよ!



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