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第41話 べらんめぇと全肯定

第2部


江戸城、大手門。

厳重な警備を、私たちは「顔パス(物理)」ならぬ「顔パス(甘味)」で突破した。

門番たちは、マリアが配った「特製あんぱん(ホイップ入り)」を口にくわえたまま、幸せそうな顔で敬礼して通してくれたのだ。


城内に入ると、空気はさらに重く、灰色に沈んでいた。

廊下を行き交う役人たちは、能面のような無表情。すれ違うたびに直角にお辞儀をし、一言も発さずに書類を運んでいる。


「……息が詰まりそうだ」

ベルナデットが襟元を緩める。

「魔力濃度も薄い。……ここ、生気が吸い取られてるよ」

レンが顔をしかめる。


通されたのは、城の奥にある『西の丸』の一室。

そこだけ、妙に風通しが良く、タバコの紫煙が漂っていた。


「――よう。待ってたぜ、西洋の『あめ玉大名』ご一行さん」


畳の上に胡座をかき、キセルをふかしている男が一人。

着崩した着物に、舶来のブーツ。

剃り上げた月代さかやきではなく、無造作に結ったまげ

鋭い眼光ながら、口元には人を食ったような笑みを浮かべている。


幕府陸軍総裁にして、この国きっての切れ者、カツ・カイシュウ(勝海舟)。


「ごきげんよう、カツ様。……『あめ玉大名』とは、可愛らしいあだ名ですわね」


私は優雅に礼をしながら、彼の向かいに(マリアが用意したクッションの上に)座った。


「へっ、皮肉だよ。……浦賀のツチヤも、新撰組のヒジカタも、骨抜きにされたってな。江戸中、あんたの噂でもちきりだ。『白い船が来ると、仕事をしなくてよくなる』ってな」


カツは煙を吐き出し、ニヤリと笑った。


「で? 俺も『足湯』に浸けて、ふやかすつもりかい?」


挑発的だが、敵意はない。

彼は、今までの「頭の固いおじ様たち」とは違う。

話が通じる――いいえ、こちらの意図を正確に理解した上で、値踏みしている目だ。


「いいえ。……貴方には、足湯はぬるすぎますわ」


私は扇を閉じた。


「貴方はわかっていらっしゃるのでしょう? この国が今、自分の重さに耐えきれず、メシミシと音を立てて崩れかけていることを」


「……ま、な」


カツはキセルを畳に叩きつけ、灰を落とした。


「みんな真面目すぎんだよ。……上が『右向け』って言えば、首がねじ切れるまで右を向く。下が『腹減った』って言えば、自分を削って食わせる。……『忖度』と『我慢』の無限ループだ。……正直、俺も愛想が尽きてる」


「話が早いですわ」


ソフィアちゃんが身を乗り出した。

「では、カツ様。貴方はわたくしたちの『革命』に協力してくださいますの?」


「協力? ……勘違いすんなよ、お嬢ちゃん」


カツは鋭い目でソフィアちゃんを射抜いた。


「俺は、この国が好きでね。……あんたらの『甘やかし』は、劇薬だ。一度味わえば、二度と元の『勤勉な日本人』には戻れねぇ。……国を滅ぼす毒になるかもしれねぇんだぞ?」


場の空気が張り詰める。

ベルが剣の柄に手をかける。


けれど、私は微笑みを崩さなかった。


「……あら。元の『勤勉』に戻る必要なんて、ありまして?」

「あ?」

「貴方は、この国の民に……いつまで『歯車』でいろと仰るの? ……人間は、機械ではありませんわ」


私は立ち上がり、カツの目の前へ歩み寄った。

そして、彼が隠すようにテーブルの下に置いていた「あるもの」を指差した。


「それに……カツ様。貴方も相当、お好きでしょう?」


「……っ」


そこにあったのは、舶来のコーヒーミルと、使い込まれたカップ。

そして、隠しきれない甘い香り。

彼は、こっそりと砂糖をたっぷりと入れたコーヒーを楽しんでいたのだ。


「……鼻が利くねぇ」


「貴方のそのブーツ。……畳の上では行儀が悪いと言われながらも、楽だから履いているのでしょう? ……貴方は誰よりも『効率的』で、そして『快楽主義』だわ」


私はマリアから、ポットを受け取った。


「毒ではありません。……これは『解毒剤』です。……強張りすぎた筋肉をほぐし、また明日、笑って生きるための」


私は彼のカップに、最高級のコーヒーを注いだ。

そして、角砂糖を三つ。ミルクをたっぷりと。


「さあ、どうぞ。……『べらんめぇ』と強がるのも、疲れたでしょう?」


カツは、注がれた甘いコーヒーをじっと見つめた。

そして、観念したように肩の力を抜いた。


「……カッカッカッ。参ったな。……こりゃあ、一本取られた」


彼はカップを煽った。

甘く、温かい液体が、彼の疲れた脳髄に染み渡る。


「……うめぇ。……いつもの泥水みてぇなコーヒーとは大違いだ」


「でしょう?」


「ああ。……認めよう。俺たちは、頑張りすぎた。……少しばかり、長い休みが必要かもしれねぇな」


カツは空になったカップを置き、ニカッと笑った。

それは政治家の顔ではなく、ただの「話のわかる近所のおじさん」の顔だった。


「いいぜ、レティーティアさん。……案内してやるよ。この国の一番奥、一番タチの悪い『ラスボス』のところへな」


「ラスボス?」


「ああ。……『将軍』だよ。……あいつは手強いぜ? なにせ、この国の『ルールそのもの』みたいな御仁だからな」


カツが立ち上がり、ブーツを鳴らした。


「ただし、俺も一枚噛ませろ。……この国が『甘い国』に生まれ変わる瞬間の、特等席によ」


「歓迎いたしますわ。……では、参りましょうか」


「おうよ。……『江戸城無血開城スイート・サレンダー』と洒落込もうじゃねぇか」


頼もしい水先案内人を手に入れた。

いよいよ、江戸城本丸。

日の本を縛り付ける、最大の権力者との対面だ。


「……レン、おやつの準備は十分?」

「任せて。将軍様を糖尿病予備軍にするくらいの量は持った」

「エレナ、癒やしの準備は?」

「はい。いつでも膝枕が可能です」


私たちは、カツ海舟の先導で、長く暗い廊下を歩き出した。

その先に待つのが、どんなに堅物な将軍だろうと関係ない。

私の全肯定ビームで、とろとろの葛餅くずもちにして差し上げるまでよ。



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