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第40話 東海道中膝栗毛・スイート仕様


浦賀から江戸までは、およそ二十里(約八十キロメートル)。

健脚な飛脚ならばいざ知らず、か弱き(?)乙女たちが徒歩で移動するには、あまりに過酷な距離である。


「……歩く? この私が?」


浦賀奉行所の玄関先で、私が日傘を回しながら問いかけると、ツチヤ奉行(キャラメル中毒で更生済み)が慌てて輿こしを用意しようとした。

しかし、それは竹と木でできた、狭くて揺れる拷問器具のような乗り物だった。


「却下ですわ」


私は扇でその輿を指弾した。


「親善大使の入府は、もっと華やかで、かつ快適でなくてはなりません。……レン、ソフィアちゃん。お願いできるかしら?」


「了解。……現地改造、開始」

「予算は……まあ、宣伝費として計上しますわ!」


数十分後。

浦賀の街道には、歴史を塗り替える奇妙な物体が鎮座していた。


奉行所の資材と、飛空艇の予備パーツ、そしてレンの魔法とマリアのセンスが融合して生まれたもの。

それは『輿』ではない。

パステルピンクに塗装され、フリルと生花で飾り付けられた、巨大な『オープンカー型・魔法馬車(サスペンション完備)』だった。


「名付けて、『全肯定パレードカー一号』ですわ!」


          ◇


「――下に〜、下に〜!……なんて、言いませんわよ!」


街道を行く私の声が、魔法拡声器を通じて朗らかに響き渡る。


おもてを上げよ! そして、甘いものを受け取られよ!」


ドォォォン!

レンが打ち上げた花火が、昼間の空に弾け、中から色とりどりの金平糖とキャンディが雨のように降り注ぐ。


これが、レティ一行による『甘やかし親善大使行列』だ。


先頭を行くのは、白銀の甲冑ではなく、執事服(燕尾服)風にアレンジした騎士服を纏ったベルナデット。

彼女が掲げる旗には、ローゼンタール家の紋章ではなく、『ふかふかの枕とティーカップ』が描かれている。


「道を開けよ! ……いや、開けなくていい。疲れた者は馬車の横に来い。レティ様が癒やしてくださる!」


馬車の左右には、メイド服のマリアと、巫女服風にアレンジした聖女エレナ。

彼女たちは沿道の農民や旅人に、冷たい麦茶と栄養満点のクッキーを配り歩いている。


「腰が痛いのですか? はい、聖女の湿布です」

「喉が乾いたでしょう。……さあ、飲み干して」


そして、馬車の上。

ふかふかのソファーに座る私は、沿道の人々に優雅に手を振り続けていた。

隣ではソフィアちゃんが、そろばん(現地調達)を弾きながら、人々の反応を分析している。


「すごい支持率ですわ、レティ様! 通過した村々の幸福度指数が、軒並みストップ高です!」


「ええ。……皆様、いい笑顔だわ」


街道沿いの人々――重い荷物を背負った行商、鍬を持った農民、疲れ切った飛脚たち。

最初は「なんだあれは」「バテレンの妖術か」と恐れおののいていた彼らも、空から降る飴玉と、私たちの笑顔に触れ、次々と武装(警戒心)を解除していく。


「あ、甘い……! こりゃあ極楽の味だぁ!」

「なんでもいいや! ええじゃないか、ええじゃないか!」


どこからともなく太鼓や笛の音が混じり、私たちの行列の後ろには、踊り狂う民衆の列ができ始めていた。

即席のカーニバル。

暗く沈んでいた東海道が、ピンク色の狂騒に染まっていく。


          ◇


しかし、そんな甘い侵略を阻もうとする者たちが現れた。

品川宿の手前、街道の難所。

そこに仁王立ちするのは、揃いの浅葱色の羽織を着た、眼光鋭い集団。


「――待てい!!」


抜刀。

ジャラリと音を立てて、数十人の侍たちが道を塞ぐ。

彼らは、江戸の治安を守る特別警察組織『新撰組シンセングミ』……の、街道警備隊だ。


「怪しげな南蛮行列! これ以上の狼藉は許さん! ……通行手形を見せよ!」


隊長と思しき男が叫ぶ。

土方ヒジカタと名乗ったその男は、美形だが、その美貌を台無しにするほどのクマと、カミソリのような殺気を漂わせていた。

彼らの足元を見れば、草鞋わらじは擦り切れ、脚絆きゃはんは泥だらけだ。


「止まれ」


ベルナデットが馬車を止める。

一触即発の空気。

踊っていた民衆たちが、サーッと波が引くように静まり返る。


「……手形? そんな紙切れ、持っておりませんわ」


私は馬車から降りずに、扇子で彼らを指した。


「その代わり……『肩たたき券』ならありますけれど?」


「なっ……ふざけるな! 公務執行妨害で斬り捨てるぞ!」

土方が刀を構える。


「あら、斬れるかしら? ……貴方たち、足がプルプル震えていてよ」


私の指摘に、隊士たちがビクリとする。

彼らはここ数日、不眠不休で街道の見回り強化(という名の無意味な徘徊)を命じられていたのだ。


「武士は食わねど高楊枝……足の震えなど、武者震いに過ぎん!」

「嘘おっしゃい」


私はパチンと指を鳴らした。

レンがスイッチを押す。

馬車のサイドパネルが開き、そこから現れたのは――


『全自動・足湯マシーン(あひるちゃん付き)』。


湯気と共に、ヒノキと柚子の香りが漂う。


「……な、なんだそれは」

「見ての通り、足湯ですわ。……そこまで擦り切れた草鞋で、よく頑張りましたね。痛かったでしょう?」


私は馬車から降り、土方の目の前に立った。

彼は後ずさろうとしたが、背後の隊士たちが湯気の誘惑に負けてゴクリと喉を鳴らしている。


「隊長……あれ、温かそうです……」

「俺の水虫も治るでしょうか……」

「馬鹿者! 惑わされるな! あれは敵の罠だ!」


土方が叫ぶが、私は彼の足元に跪いた。

そして、泥だらけの草鞋の紐に、そっと手をかけた。


「……っ、何をする!」

「じっとしていて。……爪が割れているわ。こんなになるまで歩いて……偉いわね」


私の言葉は、魔法よりも深く、彼の心に浸透した。

「偉い」。

その一言を、彼はずっと誰かに言って欲しかったのだ。

上司からは「もっと働け」、民衆からは「怖い」と言われ続け、孤独に耐えてきた彼らにとって、その言葉は劇薬だった。


「……俺は……俺たちは……ただ、江戸の平和を……」

「ええ、知っています。だから、今は休みなさい。……平和を守る人が、一番平和そうな顔をしていないと、民が不安になりますわよ?」


私は彼の草鞋を脱がせ、足湯にドボンと浸けさせた。


「……あぁぁぁ……」


土方の口から、魂が抜けるような声が出た。

柚子の香りと適度な温度が、末端の血管を一気に拡張させる。

カラン、と刀が地面に落ちた。


「……もう……斬れん……」

「隊長が落ちたぞー! 俺たちも続けー!」


ザブン、ザブン、ザブン。

新撰組の隊士たちが、次々と足湯にダイブしていく。

狭い湯船に男たちがすし詰めになり、全員がとろけた顔で「極楽……」「故郷の母ちゃん……」と呟いている。


「……攻略完了」


ベルナデットが刀を拾い上げ、鞘に収めて土方の枕元(?)に置いた。


「また一つ、伝説を作ってしまいましたね」

マリアがタオルを配りながら微笑む。


「さあ、通りましょう」


私は再び馬車に乗った。

足湯に浸かったまま、呆然と見送る新撰組の皆さんに向かって、私はウィンクを投げた。


「江戸に着いたら、もっと大きな『大浴場』を作って待っていますわ。……また、いらしてね」


「……は、はいぃ……必ずぅ……」


骨抜きになった侍たちの返事を聞きながら、パレードは再開された。


          ◇


そして、夕暮れ時。

私たちはついに、百万都市・江戸の入り口、高輪ゲートウェイ (木戸)を突破した。


眼前に広がるのは、無数の長屋と、ひしめき合う人々。

そして、その中心にそびえる巨大な城、江戸城。


「……空気が、澱んでいますわね」


私は街を見下ろして呟いた。

夕暮れの江戸は、活気があるようで、どこか灰色だった。

人々は俯いて歩き、ため息をつき、見えない鎖に繋がれている。


「レティ様。……ここが、ラストダンジョン(最終決戦の地)ですね」

ソフィアちゃんがゴクリと息を呑む。


「ええ。……とびきり甘い、革命の時間よ」


私は日傘を閉じた。

私の到着は、すでに江戸中に知れ渡っているはずだ。

『甘やかしの白船』の噂は、風よりも早く、将軍の耳にも届いていることだろう。


「さあ、江戸の皆様。……残業は終わりです。これからは、私の時間ティータイムよ」


全肯定未亡人、江戸に立つ。

その夜、江戸中の菓子屋から砂糖が消え、翌朝の遅刻率が過去最高を記録することになるのだが……それはまた、別のお話。



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