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第37話 女王陛下の地団駄(スタンピング)



王都の郊外にある王立飛空艇発着場。

そこに停泊しているのは、ガレリア帝国の技術と、レンの魔導工学、そしてソフィアちゃんの予算(国家機密費)をふんだんに投入して建造された、超豪華魔導飛空艇『クイーン・レティーティア号』だ。


そのタラップの前で、この世の終わりのような悲嘆に暮れる女性が一人。

王妃ヒルデガルド様である。


「……ズルいわ」


彼女はハンカチを噛み締め、涙目で我々を見上げた。


「……ズルい、ズルい、ズルいわ! どうして私だけお留守番なの!? これはいじめよ! 国家規模の仲間外れだわ!」


彼女が地団駄を踏むたびに、ヒールの音がカツカツと鳴り、周囲の近衛兵たちが気まずそうに空を見上げている。


「往生際が悪いですわよ、ヒルデガルド様」


私はタラップの上から、苦笑交じりに声をかけた。

私の背後には、今回の「日の本・全肯定遠征軍」のメンバーが勢揃いしている。


「申し訳ありません、お母様。……次期女王として、異文化の視察は必須科目なのです。決して、レティ様との船旅が楽しみで昨日から眠れなかったわけではありませんわ!」

旅行鞄をパンパンに詰めたソフィアちゃんが、目を輝かせて言い訳をする。


「ボクが行かないと、この船動かないしね。エンジンの整備士が必要でしょ?」

ゴーグルを装着したレンが、工具箱に「おやつ」を詰め込みながら笑う。


「東方の宗教事情を調査し、癒やしの光を届けるのが聖女の務めです。……あと、向こうのお米料理にも興味があります」

エレナが祈りのポーズで食欲を正当化する。


「護衛対象(レティ様)がいる場所が、私の戦場だ。……異国の侍とやら、手合わせ願いたいものだな」

ベルナデットが新しい剣を背負い、武者震いしている。


「奥様の肌に合う化粧水が、東方にあるとは限りません。私の調合セットがないと、奥様の美貌が損なわれます」

マリアが謎の大量の荷物(ほぼ私のケア用品)を搬入している。


そう。

今回の旅には、私の可愛い「娘たち」が全員同行することになったのだ。

残されるのは、国のトップである王妃様ただ一人。


「フレデリックに任せればいいじゃない! あんな筋肉だるま、ハンコ押すくらいできるわよ! 私も行く! レティのスーツケースに入ってでも行くわ!」


ヒルデガルド様がタラップを駆け上がろうとするが、私が片手で制した。


「ダメよ、ヒルデガルド。……貴女には、大事な任務があるでしょう?」

「任務……?」


私は顎でしゃくった。

見送りの列の端、サエさんが所在なげに佇んでいる。

彼女はまだ、猫のパジャマ……ではなく、借り物のドレスを着て、不安そうにこちらを見ていた。


「サエさんを『教育』できるのは、かつて同じ『鉄の女』だった貴女しかいないわ。……私が帰ってくるまでに、あの子を立派な『甘えん坊』に育て上げておいて」


「……っ」


ヒルデガルド様がサエを見る。

サエがビクリと震え、小さく会釈する。

捨てられた子犬と、飼い主のいない寂しがり屋のライオン。

相性は悪くないはずだ。


「……それに」


私はヒルデガルド様の耳元に顔を寄せ、囁いた。


「私がいない間、このホームを守れるのは貴女だけよ。……安心して背中を預けられるのは、貴女しかいないの」


「……レティ……」


殺し文句。

ヒルデガルド様の頬が赤らむ。

彼女は唇を尖らせ、しばらくモジモジしていたが、やがて深くため息をついた。


「……わかったわ。今回は貸してあげる。……『今回は』よ」


彼女は私の襟元を整え、強い瞳で見つめ返した。


「その代わり、お土産はわかっているわね? ……日の本の『甘味』と、貴女の無事な笑顔よ。一つでも欠けたら、軍艦を率いて迎えに行くから」


「ふふ。……承知いたしました、マイ・クイーン」


私は彼女の額に、軽く口づけを落とした。


「――出航!」


ベルの号令と共に、魔導エンジンが唸りを上げる。

巨大な船体が、ふわりと浮き上がる。

地上で小さくなっていくヒルデガルド様が、最初は手を振っていたが、途中から我慢できなくなったのか、両手で口元を覆って叫んだ。


「浮気したら許さないからーーッ!! 毎日手紙書きなさいよーーッ!! サエのことは任せなさいーーッ!!」


「行ってまいりますーー!」


ソフィアちゃんたちが手を振り返す。

青空に吸い込まれていく飛空艇。

目指すは東の果て、黄金の島ジパングならぬ、過労死寸前の島国「ヒノモト」。


「さて、皆様」


私は甲板で潮風を受けながら、愛する娘たちを振り返った。

彼女たちは一様に、遠足に来た子供のようにワクワクしている。


「これから行く場所は、魔物も出なければ、魔法もあまり使われていない国です。……ですが、そこには『空気』という名の、目には見えない最強の魔物が支配しています」


「空気、ですか?」

エレナが首を傾げる。


「ええ。『みんながやっているから』『休むのは悪』『空気を読め』……。個人の心を押し潰す、重たい同調圧力の結界です」


私は扇を開き、パチンと閉じた。


「私たちの任務は、その空気を『読まない』こと。……そして、甘い匂いで上書きすることです。……準備はよろしくて?」


「「「「イエス・マム!!」」」」


頼もしい返事。

全肯定未亡人とその娘たち。

最強の「甘やかし部隊」が、今、太平洋(のような海)を越える。


待っていなさい、日の本。

貴国がどんなに堅苦しくても、私のニーハイソックス(絶対領域)とマリアの紅茶で、ふにゃふにゃに溶かして差し上げるわ。



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