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第32話 王妃様の独占禁止法違反



王国の朝は、鳥のさえずりではなく、国王陛下と王女殿下の「抗議活動シュプレヒコール」によって幕を開けた。


「ヒルデガルド! いい加減にしなさい! これで七日連続だぞ!」

「そうですわ、お母様! これは職権乱用です! 独占禁止法違反ですわ!」


王城の最奥、王妃の寝室。

天蓋付きの豪奢なベッドの前で、国王フレデリック陛下と、第二王女ソフィアちゃんが仁王立ちしている。

二人の目は血走っており、その怒りの矛先は、ベッドの中の巨大な膨らみに向けられていた。


「……うるさいわね」


膨らみの中から、不機嫌そうな声が漏れる。

シルクの布団がめくられ、中から現れたのは、乱れたプラチナブロンドの王妃ヒルデガルド様。

そして、彼女がタコのように手足を絡め、抱き枕にして離さない私、レティーティア。


「……おはようございます、陛下、ソフィアちゃん。今朝も素晴らしい声量ですこと」


私はヒルデガルド様の腕の中で、苦しくも幸せな圧迫感を感じながら微笑んだ。

王妃様のパジャマは、私が選んだ「もこもこウサギ」柄。かつての鉄の女の面影はどこへやら、今の彼女は完全に「甘えん坊のウサギ」と化している。


「レティ、起きちゃダメ。……まだ『パジャマパーティー』の延長戦中よ」


ヒルデガルド様が私の首筋に顔を埋め、すりすりと頬ずりをする。

甘いミルクと、高級な香水の残り香。

彼女はこの一週間、「最近、心が疲れている気がするわ」という見え透いた嘘をつき、毎晩私を王城に召喚しては、こうして朝まで離さないのだ。


「延長戦って、もう朝の十時だぞ!」


陛下が悲痛な声を上げる。


「余だって……余だって、レティと朝のコーヒーを飲みたいのだ! 昨夜も『今日こそは晩酌を』と思って待っていたのに、君が『女子会だから男子禁制よ』と連れ去って……!」


「そうですわ! わたくし、昨日はレティ様に新しいドレスのデザインを見ていただく約束でしたのに!」


ソフィアちゃんが地団駄を踏む。


「お母様はずるいですわ! 権力に物を言わせて、レティ様の膝枕も、腕枕も、寝かしつけのトントンも、全部独り占めして! ……国民わたくしへの配給が滞っております!」


「配給? 何を言っているの」


ヒルデガルド様は、私の腰に回した腕にさらに力を込め、勝ち誇ったように二人を見上げた。


「レティは『国母』として迎えられたのでしょう? なら、まずは王妃である私を癒やすのが最優先事項よ。……私が満たされれば、国も潤う。これは高度な政治的判断なの」


「ただの職権乱用だろうが!」

「お母様の強欲!」


ギャーギャーと騒ぐ王族たち。

私はため息をつき、天井のフレスコ画を見上げた。

平和だわ。

かつては冷え切っていた王家が、今は私という「クッション」を巡って、こんなにも熱く議論しているのだから。


「……あの、ヒルデガルド様」


私は彼女の頭を優しく撫でた。


「そろそろ離していただけないと、フレデリック陛下が拗ねて、また遠征に行ってしまわれるかもしれませんわよ?」

「……それは困るわ。仕事が増えるもの」


「ソフィアちゃんも、ストレスでまた眉間に皺が寄ってしまいます」

「……娘の美容に悪いのは良くないわね」


ヒルデガルド様は渋々といった様子で、拘束を緩めた。

すかさず私はベッドから抜け出す。

ドレスの裾を直し、乱れた髪を整え、未亡人スマイルを全開にする。


「さあ、喧嘩はおよしになって。……皆様の愛が重すぎて、私は嬉しい悲鳴を上げそうですわ」


私が微笑むと、三人の表情が一瞬で緩む。

チョロい……いいえ、愛すべき家族だわ。


「……コホン。レティーティア殿」


陛下が咳払いをして、居住まいを正した。

しかし、その目は「次は余の番だよね?」と雄弁に語っている。


「このままでは、王家内部で内乱が起きかねない。……そこでだ。余は、新たな条約の締結を提案したい」


「条約、ですか?」


「うむ。名付けて『レティーティア・タイムシェアリング協定』だ」


陛下が大真面目な顔で、一枚のフリップ(ソフィアちゃんが作ったらしい)を取り出した。


「月曜と水曜は王妃。火曜と木曜はソフィア。……そして金曜と土曜の夜は、余がレティーティア殿との晩酌権を持つ! 日曜は……まあ、ローゼンタール家の者たちに譲ってやろう」


「は? 日曜だけ?」


窓の外から、不満げな声が響いた。

見ると、バルコニーの手すりに、レンがぶら下がっている。

その後ろには、武装したベルと、困り顔のエレナ。


「ボクたち、ずっと待ってたんだけど。……日曜だけとか、暴動起こすよ?」

「レティ様は我らの主君です。週一回の謁見など、酸素不足で死ねと言っているのと同じだ」

「わ、私も……教会の子供たちが、レティお姉様に会いたいって……」


私の「娘たち」まで乱入してきた。

王妃の寝室は、またたく間に「レティ争奪戦・サミット会場」と化した。


「王族が優先されるのは当然でしょう!」

「現場の魔術師のケアこそ急務だ!」

「騎士団の士気に関わります!」

「ただ単に、私が甘えたいだけですわ!」


飛び交う怒号。高まる熱気。

私はマリアに目配せをした。

部屋の隅に控えていたマリアが、涼しい顔でワゴンを押してくる。

そこには、人数分のティーカップと、焼きたてのスコーン。


「皆様。……議論が白熱しているところ恐縮ですが」


マリアがパン、と手を叩く。


「奥様は『共有財産パブリック・ドメイン』ではありません。……まずは一度落ち着いて、お茶にしませんか? スケジュールの管理権限は、筆頭メイドである私が握っておりますので」


マリアの目が、怪しく光った。

そう、この中で一番の権力者は、王でも王妃でもない。

私のスケジュール帳を握る、マリアなのだ。


「……マリア様、金曜の枠をなんとか……」

「袖の下(限定茶葉)を用意しよう」

「ボク、新しい掃除魔法開発したんだけど」


権力者たちが、こぞってメイドに媚びを売り始める。

なんて素敵な逆転現象。


私は喧騒を眺めながら、紅茶を一口啜った。

甘い。

第2部の幕開けは、どうやらこの「愛の過剰供給」をどう分配するか、という贅沢な悩みから始まるようだ。


「……ふふ。私の体は一つしかないのですけれど」


私は窓の外、広がる青空を見上げた。

この騒がしくも幸福な日々が、いつまでも続けばいい。


……そう思っていた。

その日の午後、東の空から「招かれざる客」がやってくるまでは。


「――たのもう!!」


王城の正門を震わせる、腹の底からの大音声。

そして、鋭い殺気。

私の「全肯定」さえも斬り裂きそうな、研ぎ澄まされた刃の気配。


甘いパジャマパーティーの終わり。

次は、「サムライ」のお守りかしら?


つづく

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