表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

24/64

第24話 幸せな堕落の波及

北の国境線、荒涼とした平原に、冷たい風が吹き荒れている。

土埃と鉄の匂い。そして、張り詰めた殺気。

ガレリア帝国の精鋭部隊一万と、その先頭に立つ巨大な影――伝説の「魔王」を模した、高さ十メートルはあろうかという黒鉄の魔導兵器が、地響きを立てて進軍していた。


「……騒々しいわね」


私は溜息をつき、銀のフォークでショートケーキの苺を刺した。


「せっかくのピクニック日和なのに、あんなに土煙を上げて。……マリア、紅茶に砂が入らないように結界をお願いできる?」

「かしこまりました、奥様。……透明度百パーセント、防音防塵仕様で展開済みです」


マリアが涼しい顔でポットを傾ける。

私たちのいる場所は、戦場のド真ん中に設置された、特設ティーテラス(天蓋付き)。

ふわふわの絨毯、猫足のテーブル、そして三段重ねのケーキスタンド。

対峙する帝国軍からは、ここが異次元の光景に見えていることだろう。


「……レティ。本当に戦わなくていいの?」


隣の席で、ヒルデガルド様(王妃)が不安そうに私の袖を引く。

彼女はドレスの上に、私が選んだふわもこのカーディガンを羽織り、完全に「守られヒロイン」のポジションに収まっている。


「ええ。……野蛮なことは、若い子たちに任せましょう」


私は優雅に前方を指差した。

そこには、私の自慢の「娘たち」が、獲物を前にした肉食獣のような輝きを放って立っていた。


「ふふん。……レティ様のお茶会を邪魔する無粋な鉄屑どもめ」


ベルナデット(ベル)が剣を抜き放つ。

その背中から立ち上る闘気は、帝国軍一万の殺気を単独で押し返している。


「俺の実験場レティのそばを荒らすなよ。……消し飛ばしてやる」


レンが空中に浮遊し、指先に紫電を纏わせる。

彼女の周囲には、ソフィアちゃんが計算し、最適化した幾何学的な魔法陣が展開されている。


「皆様、怪我を恐れる必要はありません。……私が、死なない限り何度でも治しますから!」


エレナが杖を掲げる。

彼女の背後には、神々しいほどの黄金のバフが広がり、味方の全ステータスを底上げしている。


「……蹂躙じゅうりん開始ですわ」


ソフィアちゃんが扇を振り下ろす。

それが合図だった。


          ◇


戦闘――と呼ぶには、あまりに一方的な「お掃除」だった。


「――斬!」


ベルが一閃するたびに、衝撃波が真空の刃となって走り、帝国軍の先鋒部隊がデコピンを食らったように吹き飛ぶ。

鎧も盾も関係ない。彼女の剣には今、「レティ様への愛」という物理法則を無視した概念エネルギーが乗っている。


「――爆ぜろ」


レンが指を弾く。

「魔王」と称された巨大魔導兵器ハリボテの足元に、ピンポイントで空間断裂が発生する。

巨大な鉄の塊が、バランスを崩して無様に転倒する。

その関節部分に、ソフィアちゃんの計算通りの「構造的弱点」を突く雷撃が吸い込まれ、ド派手な花火となって爆散した。

やはりこのコンビ(レン&ソフィア=パワー&計算)、最強だわ。


「うわぁぁぁ! なんだあの女たちは!?」

「化け物だ! 王宮騎士団と魔術師団が連携しているなんて聞いてないぞ!」

「退け! このままじゃ全滅する!」


帝国兵たちの悲鳴。

彼らは「王国は王妃の乱心で弱体化している」という情報を信じて攻めてきたのだ。

まさか、その王妃が敵(私)に甘やかされ、さらに全勢力が「レティ様親衛隊」として団結し、過去最強の布陣になっているとは夢にも思わなかったでしょう。


「……あーあ。もう壊れちゃった」


レンがつまらなそうに降りてくる。

ベルが剣を納め、髪をかき上げる。

エレナが「怪我人はいませんか?(主に敵兵の)」と走り回っている。


勝負あったわね。

私は立ち上がり、呆然と立ち尽くす敵の総大将――煌びやかな軍服を着た、ガレリア帝国の第三皇女のもとへ歩み寄った。


「……ば、馬鹿な……。我が国の最新鋭兵器が、たった数分で……」


皇女は震えている。

若く、プライドが高そうで、そして……すごく「無理をしている」顔だ。

眉間の皺。爪を噛む癖。

ああ、この子も「迷子」ね。


「ごきげんよう、殿下」


私が声をかけると、彼女はビクリと飛び上がった。


「き、貴様! 何者だ! この化け物どもを操る黒幕か!?」

「黒幕だなんて。……ただの、お節介な未亡人ですわ」


私はマリアに目配せをし、ワインボトルを取り寄せた。

年代物の赤ワイン。

ラベルを見た瞬間、皇女の目が釘付けになる。


「そ、それは……ローゼンタール領の、幻のヴィンテージ……!?」

「あら、お目が高い。……これ、貴女様がずっと探していらしたのでしょう?」


私の情報網は、彼の個人的な趣味嗜好も把握済みだ。

彼女は本来、軍事よりも、骨董やワインの収集に情熱を注ぐ文化系女子。

今回の侵攻も、武闘派の兄たちの間に挟まれ、「手柄を立てるしかない」と焦って、嫌々やってきたに過ぎない。


「こ、これを……私に……?」

「ええ。……戦争なんて埃っぽい遊びは止めて、あちらのテントでテイスティング会でもいかが?」


私はニッコリと微笑み、グラスを差し出した。


「……この戦争に勝てば、このワインも、私の屋敷のコレクションも、全て戦利品として差し上げますわ。……ただし、私とお茶をして、私を『口説き落とせ』たら、の話ですけれど」


挑発と誘惑。

皇女はゴクリと喉を鳴らした。

目の前には、無敵の美女軍団と、憧れのワイン。

背後には、怖い兄たちと、泥臭い戦場。


彼女の選択は早かった。


「……こ、降伏する!」


彼女は剣を投げ捨てた。


「私は……文化的な交流を望む! そう、これは侵略ではなく、親善訪問だ!」


「賢明なご判断ですわ」


          ◇


一時間後。

戦場は、奇妙な野外パーティー会場と化していた。

帝国兵たちは武器を置き、マリアたちが振る舞う炊き出し(カレーライス)に舌鼓を打っている。

皇女は私のテーブルで、顔を赤くしてワインのうんちくを語り、ヒルデガルド様に「貴国の文化レベルは素晴らしい」と熱弁を振るっている。


「……ちょろい、もとい、可愛い人」


私は紅茶を啜り、その平和な光景を眺めた。

血を一滴も流さず、敵を「飲み友達」に変える。

これが、私の全肯定革命の最終形態。


「レティ様。……また一人、骨抜きにしましたね」


ベルが苦笑しながら、私のカップにお湯を足してくれる。


「でも、良かったのですか? あの皇女、帰国したら『レティ様ファンクラブ・帝国支部』を立ち上げると息巻いていましたが」

「あら、光栄だわ。……世界中に甘い場所が増えるのは、良いことよ」


私は微笑み――ふと、視界が揺らぐのを感じた。


「……レティ様?」


カップを持つ手が、微かに震える。

指先の感覚が遠い。

世界が、水槽の中にいるようにぼやけていく。


(……ああ、そういえば)


ここ数ヶ月間。

出戻ってから今日まで、私は一度も休んでいない。

マリアを救い、ベルを解きほぐし、レンを拾い、ソフィアちゃんを励まし、エレナを癒やし、ヒルデガルド様を受け止め、国を回し、戦争を止めた。


私の頭脳は、常にフル回転で他者の感情を処理し続けてきた。

「全肯定」とは、相手の負の感情を一度自分が飲み込み、浄化して返す作業だ。

そのおりが、私の許容量キャパシティを超えて蓄積していたことに、気づかないふりをしていた。


「……レティ? 顔色が悪いわよ」


ヒルデガルド様が気づく。

彼女の声が、遠くから響くように聞こえる。


「……大丈夫、ですわ。……少し、眩暈が……」


立ち上がろうとして、膝から力が抜けた。

重力が、数倍になったように感じる。

視界が暗転する。


「レティ様!!」

「奥様ッ!!」


誰かの悲鳴。

ガシャーン、とカップが割れる音。

私の体は、スローモーションのように傾き――。


(……ああ、やっと)


薄れゆく意識の中で、私は思った。

これでようやく、私も「甘やかされる側」に回れるのかもしれない、と。


温かい闇が、私を優しく包み込んだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ