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遠客

 ウォーリス侯ローレンスは、居間で侍従長のオルガから受け取った招待状を眺めると、これと言って特徴のない顔に苦笑いを浮かべてみせた。


「お茶会の次は剣技披露会か? 何を着るか悩むやつばかりだね。オルガ、今回も君の方で見繕ってもらえると助かる」


「はい、ローレンス様。それと、お客様がお見えになっております」


「誰かと約束した覚えはないが……」


 ローレンスはそうつぶやいたが、オルガの表情を見て納得した顔をした。


「君では断れない客だな。とりあえず会うとしよう」


「すぐに客間と、お着替えの準備をさせていただきます」


「予定にない訪問者だ。普段着で失礼させていただく事にする。客間ではなく、居間へ案内を頼む」


 オルガが紐を引いて合図をすると、廊下を誰かがこちらへと歩いてくる気配がした。ほどなく居間の扉が開かれ、外出服に身を包んだ初老の紳士が、部屋の中へ入ってくる。


「コーンウェル侯、ようこそおいでくださいました。客間の準備が間に合わず、居間にて失礼させて頂きます」


「こちらこそ急な訪問で大変失礼した。この国の政治に関して、ローレンス殿の忌憚なき意見を聞きたいと思ってね」


 コーンウェル侯エイルマーはそう答えると、ローレンスの招きに応じて、上着のまま居間のソファへ腰を掛けた。どうやら長居をする気はないらしい。ローレンスも向かい側の椅子へ腰を下ろす。


「オルガ、お茶くらい自分で注ぐ。君は下がっていたまえ」


「承知いたしました」


 ローレンスの指示に、お茶の盆をテーブルに置いたオルガが退出する。オルガの後ろ姿を眺めたエイルマーが、小首をかしげて見せた。


「先ほど口元を抑えていたようだが、君の侍従長殿はご懐妊かね?」


 ローレンスは紅茶を注ぐ手を止めると、感嘆した表情でエイルマーを眺めた。


「さすがはエイルマー殿、あらゆるものに注意を払っている。そのエイルマー殿が、私の様な若輩者と相談すべきことなどないと思いますが?」


「スオメラの全権大使が来ている。それに我々四侯爵家は国王の私的な諮問機関でもある。相談すべきことは山ほどあるだろう」


 エイルマーの発言に、紅茶を淹れ終えたローレンスが、苦笑いを浮かべた。


「エイルマー殿を除けば、その責務を果たしていると言えるのはロベルト殿ぐらいでしょうか? もっとも、ロベルト殿は魔族相手に領地を守るので一杯ですし、オールドストン家は王都にすら出てこない。そして私は、見ての通りの引きこもりです」


 エイルマーが首を横に振る。


「今日お邪魔したのは、政治向きの話と言うより、貴公と腹を割った意見の交換をしたいと思ったからだ。それにローレンス殿、貴公が自分を若輩と語るのには、かなり違和感を感じるが?」


「中身はさておき、見かけはもう若者と言う年ではありませんね」


 そうおどけて見せたローレンスへ、エイルマーが再び首を横に振った。


「貴公はこの世界にいる誰よりも長生きしている」


 ローレンスは飲みかけの紅茶を吐き出して咳き込んだ。


「まだ白髪染めが必要な年ではありませんよ」


 エイルマーはローレンツのセリフを無視すると、白磁のティーカップを持ち上げた。


「魔法職を含め、一部の者たちは器と言う言葉を色々な意味で使う」


 そうつぶやくと、おもむろにその縁を指で弾く。


「見事な白磁の器だ。音もいい。初めて術を唱えた時に、父から言われた言葉を思い出すよ。穴の向こうから流れてきたものを、自分のみぞおちの下にある器で受ける。それに自分がなって欲しいものになるよう語り掛けよ。そう言われた」


「うまい教え方です」


「だが紅茶の様に飲み干すことは出来ないし、この世界へとどめておくことも出来ない。故に我々は術を行使した後、それを元のかたち無きものにして、穴の向こうへ送ってやる。それに失敗するば、穴は開きっぱなしだ。しかし失敗した穴をふさぐのに、どうして人の贄が必要なのか、不思議に思ったことはないかね?」


「我々の魂も目で見ることはできません。その点で同じなのでは?」


「穴を広げるのにも、贄が必要な点については?」


「さっぱりです。我々は自分たちが扱うものの真理に、未だ到達していません」


「この点について、元王立上級魔法学校付属研究所の研究者が、面白い説を唱えた」


 ローレンスが興味深そうな顔をして、エイルマーを眺める。


「どのような説でしょうか?」


「我々は術を行使しているときに、穴があった場所の世界を滅ぼし、そこに新しい世界を創造しているという説だ。大きな世界を創造するには、一人の精神力では維持できない。それで贄を、追加の魂を必要とする」


「人が神になれるとでも?」


「彼の説では、思考を含めて、()()力こそが人が神に与えた能力であり、他の獣との違いらしい」


「面白い仮説です。ですが、王立上級魔法学校の頭の固い方々に受け入れられるとは、とても思えません」


「唱えた瞬間に、禁忌扱いになったそうだ」


「それはまた大人げない」


「その説には続きがあって、我々の世界も泡の中の泡だそうだ。誰かがかたち無きものから作った世界で、誕生から滅びまで、すでに決められているらしい。つまり、私たちの世界の外側にも魔法職がいて、我々と同じことを繰り返している」


「なるほど、いきなり禁忌扱いになる訳ですね」


「真実を告げる者は、いつの時代でも疎まれる」


 それを聞いたローレンスが、おやっという顔をして見せる。


「もしかして、エイルマー殿はその学説の支持者ですか?」


「我々の世界にぽっかりと開いた大穴は、日々その大きさを増している。それだけではない。術の失敗とは関係ない所でも、穴が開いている。この世界がもうすぐ滅びを迎えることぐらい、貴公だってよく分かっているだろう?」


 無言のローレンスに、エイルマーは言葉を続けた。


「既に穴を塞ぐことを放棄して久しい。そんなことをすれば、この世界から誰も人がいなくなる。君も知っての通り、我々がやっているのは、穴が広がらないよう必死に抑えているだけ。それでも贄が足りない。だから量ではなく、質で何とかしようとしたのが今の学園だ」


「それを口にするのは……」


「禁忌かね? 我々四侯爵家も大きな犠牲を払ってきた。貴公とこうして話す権利ぐらいはある」


 そう告げると、今度はエイルマーがローレンスに不思議そうな顔をして見せた。


「そもそもクリュオネルの魔法職たちは、どうしてあんな大穴を開けたのだろう?」


「力があれば使ってみたくなる。その結果ですよ」


「その通りだ。永遠の命などというものが得られるのであれば、それに抗う事など出来ない」


「永遠の命? もしかして、不老不死の事ですか?」


 当惑するローレンスに、エイルマーが頷く。


「ローレンス殿、貴公の事だ」

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