研究対象
今日のお昼休みはとても賑やかだった。一部の生徒たちが授業を欠席して参加した、スオメラ使節団との舞踏会の話で盛り上がっている。学園にいる間は、舞踏会への参加は認められていない。しかし相手が外国の使節という事で、特別に許可が下りていた。
私はと言うと、ソフィア王女からの謹慎処分につき、宿舎でおとなしくしていただけだ。妹のアンと違い、踊りが得意でない私にとって、謹慎はむしろありがたかった。もっとも、落ちぶれまくっている我がカスティオールなので、謹慎などしなくても、同じことだったろう。
そんな事を考えながら、舞踏会の話に耳を傾けると、スオメラの踊りの話になっていた。ロストガルの踊りとは違って、まるで妖精みたいに飛び跳ねるらしい。混合戦でのカサンドラさんの剣技は、まるで舞を踊っているみたいに素敵だった。
続けて、どこかのお嬢さんが、王家の人たちから踊りを絶賛された話になる。ふふふ、どこの誰かは知りませんが、いつかアンがその座を奪います。
「フレアさん!」
人知れず含み笑いを漏らしていた私に、お弁当袋を手にしたオリヴィアさんが声をかけてきた。
「お昼は中庭でいただきますか?」
「もちろんです!」
私たちは教室を後にして、いつもの中庭へ向かった。中央にある噴水の周りでは、クロッカスの花が可憐な花を咲かせている。建物の間から差し込んでくる日差しが、とても気持ちいい。午後の授業をさぼって、お昼寝をしたいぐらいです。
だけど、こんな素敵な場所なのに、私たち以外の生徒がいないのは何故だろう。見かけたことがあるのは、ロゼッタさんと、警備部長のアルベールさんぐらいだ。後は入り口手前の通路で、メラミーさんが、護衛役のライオネルさんと密会していたのを、立ち聞きしてしまったぐらいでしょうか?
でも流石はメラミーさんです。彼氏であるライオネルさんを連れてきて、こっそり密会するだなんて、どんだけ大胆なんでしょう。私を含め、ここにいるお嬢さんたち全員が、爪の垢を煎じて飲むべきです。
「フレアさん、どこか具合がわるいのですか?」
不意に、オリヴィアさんが私にたずねてきた。
「いえ、どこも悪くはありませんが?」
「何かを煎じるとおっしゃったので、お薬でも飲まれるのかと思いました」
「心の声です。忘れてください」
お弁当を手にしたオリヴィアさんが、苦笑いを浮かべる。なんてかわいらしいんでしょう。咲き誇るクロッカスの花みたいです。舞踏会ではイサベルさんと二人で、参加者全員の視線を集めまくったことでしょう。
『ん!?』
そう言えば、昨日も三人でお弁当を食べた気がする。落ち目の我が家とは違い、二人には絶対に舞踏会の招待状が届いたはず。もしかして、私だけでなく、イサベルさんとオリヴィアさんも、ソフィア王女から謹慎を申し渡された!?
「申し訳ありません!」
私は二人に思いっきり頭を下げた。
「フレアさん、いきなり何を謝られているのでしょうか?」
オリヴィアさんが、当惑した顔で私に聞いてくる。
「私の不用意な発言のせいで、お二人とも、舞踏会へ参加できなかったんですよね?」
「何かと思えば、舞踏会の事ですか?」
イサベルさんが、呆れた顔で私を眺める。
「はい、大変ご迷惑をおかけしました」
「それでしたら、私の方からお断りさせていただきました」
「へっ?」
思わず変な声が出てしまった。嫁入り前の貴族の娘にとって、舞踏会は戦場みたいなものですよね?
「それって、断れるものなんですか!?」
「フレアさんが謹慎処分を言い渡されること自体に、私は納得していません。フレアさんが参加しない以上、私も参加するつもりはありませんでした。なので、おじい様へお断りのお手紙を出しました」
「イサベルさんもですか?」
オリヴィアさんが、うれしそうな声を上げる。
「私も母へ、絶対に参加しないと書きました」
「よく考えれば、おじい様に逆らったのは、これが生まれて初めてかもしれません」
「自分が思っていることを、母にはっきりと言ったのは、私もこれが初めてです」
そう告げたオリヴィアさんが、イザベルさんとハイタッチをした。でもこれって、私が大貴族を敵に回すことになっていませんか?
「そんなことより、今回の件については、私もだいぶ反省しました」
イサベルさんが神妙な顔をする。
「イサベルさんが反省することは、なにもないと思いますが?」
酒に酔ったオリヴィアさんはさておき、イサベルさんは私たち二人に巻き込まれただけだ。
「あの後、殿方の事を知らなすぎだと、シルヴィアから説教されました」
「はあ?」
「シルヴィアが言うには、私たちと同じ年頃の殿方は、女性の事に興味が一杯あるのだそうです。よく考えれば、私は殿方と話したことすらあまりなく、これではいけないと反省しました」
「それは私も思いました」
オリヴィアさんもイサベルさんにうなずく。いや、二人ともあの嫌味、もとい、のぞき魔やおじゃま虫と、十分に話せていると思いますけど……。
「私達はいずれ子を成すのですから、ちゃんと学習しておく必要があります」
「えっ!」
いきなり子作りの勉強ですか!?
「ソフィア王女様の所へ、初めてお伺いした時に、ソフィア王女様が言われた言葉です」
「そ、そうでした!」
よかったです。イサベルさんが、いきなり前世の肉屋の娘の世界へ、逝ってしまったのかと思いました。
「それに、ソフィア王女様は男性の……」
イサベルさんがそこで言葉を濁す。
「男性の裸が乗った医学書で、研究されていました。私たちも、それを見習うべきだと思います」
そう言葉を続けると、わずかに頬を赤らめた。
「イサベルさんのおっしゃる通りだと思います。私たちも殿方がどのようなものか、理解する必要があります」
オリヴィアさんがイサベルさんへ、深く頷いて見せる。あの~、お二人とも分かっています?
その本に書いてあるのは、殿方の生き物としての何かであって、決して男心とかではありません。それにこの二人なら、そんな努力をしなくても、男の方から山ほど寄ってきます。
それよりも、メラミーさんからライオネルさんとの馴れ初めを聞くとか、爪の垢を煎じて飲むとかした方が、はるかに有効ではないでしょうか?
だけどイサベルさんもオリヴィアさんも、すっかり盛り上がっているらしく、二人で手を取り合っている。
「フレアさんも、ご協力していただけませんでしょうか?」
オリヴィアさんが、私の顔をじっと見つめる。
「は、はい……」
その黒い瞳に見つめられたら、女の私でも、とてもいやとは言えません。だけど、ソフィア王女が見ていた本は、皮の表紙で出来た相当に立派な本だった。申請すれば、比較的簡単に読める一般図書とは思えない。
「あのような本を、私たちで閲覧できます?」
「大丈夫だと思います」
私の問いかけに、イサベルさんが首を縦に振った。
「ここの専門書の大部分は、当家の寄贈だと聞いています。私の方で申請すれば通ると思います」
さ、流石はコーンウェル家。当家の様な貧乏貴族とは違います。
「では、さっそく研究開始ですね!」
オリヴィアさんが、目を輝かせて宣言する。もしかして、オリヴィアさんって、前世の肉屋の娘と中身は同じなんですか?




