島の洗礼
コウメイたちは鍛冶屋の隣の空き家に住む事を決めた。港に近い立地と、台所の調理備品が一番充実していた事、寝室が三部屋あり六人で住む事が可能だったからだった。他の家は寝室が二つしかなかったり、洗い場が狭かったりと条件が合わなかった。
「島の住人は物騒なのが多いし、安全対策は必要だよな」
「火に油注いだくせに何言ってんだろーなー」
コウメイが作った昼食はサハギン肉の塩焼きだった。ブリは塩焼き派と照り焼き派に意見が分かれたが、貴重な調味料のことを考えてシンプルに塩焼きに落ち着いた。
「突然斬りつけられる心配はないが、殴りかかってくる可能性はある。あの魔術陣の発火条件に素手での戦闘は含まれていないからな」
「あの馬鹿たちがそれに気づいてると思うか?」
「脳筋っぽかったですし、気づいてないように思います」
「まあ警戒は怠らないようにするって事で」
「コズエちゃんも安い挑発に乗っちゃ駄目だからね」
「はーい」
ブリの塩焼きとクッキーバーで簡単に昼食を済ませた六人は、荷物の片づけを後回しにして狩猟の装備を身につけた。
「今日は島の魔物の強さを確認するのが目的だ。深追いは禁止だ」
アレックスに散々脅された島の魔物の強さを確かめるため、六人は軽くひと狩りするつもりでいた。島にいる冒険者たちの大半が港に近いあたりから森に入っていると聞き、コウメイたちもそこから島の南に向けて森を入る事にした。二、三時間身体をほぐす程度のつもりだった。
+++
結界を越え、感覚的には三十分ほど歩いた頃だった。
「ゴブリン三体だ」
シュウとアキラが気配を察知するのと同時にゴブリンたちもこちらに気づいた。距離は十分にある、まずはアキラとサツキの矢でといつものように構えたが、遅かった。ゴブリンたちはありえない速度で距離を詰めていた。矢を射る前に襲い掛かられ、陣形が崩れた。
「速いっ」
「きゃあぁ」
「くそっ」
ヒロが体あたりでゴブリンを止め、足払いで転んだところに短剣を突き刺したのだが、とにかく硬かった。一撃でとどめを刺しきれずに跳ね返されたヒロは、体勢を立て直す前に棍棒で脇腹を強打された。息が詰まり、膝をついた。
「治療薬を、早く!」
「堪えろっ」
コウメイの長剣はゴブリンの後ろ首に命中していた。いつもならそれで首を斬り落とせているはずだが、そのゴブリンは異様に頑丈だった。地面に倒れヒクヒクと痙攣するも、すぐに起き上って棍棒を振りかざし向ってくる。
「くそ、硬てぇ」
「脚を使わせるな!」
「確実にしとめるんだ」
武器を抜く間もなく襲い掛かられゴブリンと力比べ状態で掴みあっていたシュウは、こう着状態に焦っていた。背中はアキラがカバーに入っているが、攻撃手段のない状態ではどうしようもない。
「シュウさん、動かないでっ」
サツキの声がしてゴブリンの背中に槍が刺さった。硬い皮膚と筋肉に遮られたいした傷は負わせられなかった。だが背後からの衝撃を受けゴブリンの腕の力が緩んだ。
「大穴!!」
コズエの声と同時にゴブリンの足元に穴が開いた。
シュウはすかさずゴブリンを穴に蹴り落とす。
「やったわ」
「成功よコズエちゃん」
「油断するなよ」
魔法で掘った落とし穴に落ちたゴブリンは、穴を登り這い上がってこようとしている。
剣を抜いたシュウは、剣先をゴブリンに向けそのまま穴へと飛び込んだ。
シュウの体重と落下速度を全てかけた一撃は、ゴブリンの身体を突き貫いた。
「アキラさん、手伝ってくれ」
ヒロが相手をするゴブリンに向け、アキラが水魔法を放つ。呼吸を阻害されたゴブリンが苦しむ隙を突き、ヒロは脇腹の痛みを堪えてその身体を背負い、コズエの作った大穴へと投げた。
「上がってくる前にとどめを刺せ」
「はい。コウメイさんは」
「耐えてる」
身体の大きさは今まで戦ってきたゴブリンと変わらない。だが皮膚の硬さ、筋骨の頑丈さ、一撃の重さは比べ物にならないくらいに強いゴブリンを相手に、コウメイはギリギリで耐えていた。長剣を盾代わりに使ってゴブリンの攻撃を受け、時に流し、隙ができるのを待ち粘っていた。
「くっそ重ぇ」
やはり剣を盾として使うのは無理がある。そう思ったとき、ゴブリンが苦しげに口を開け閉めし始めた。アキラがゴブリンの周囲から酸素を抜いたのだ。
「こんのおぉーっ」
よろめいたゴブリンの腹を蹴って木に押し付け、剣先で腹を突いた。体重をかけ勢いをつけても、貫ききるまでには至らない。
「アキ、手伝え!」
呼ばれたアキラはコウメイの持つ柄に手を重ね、呼吸を合わせて剣を押し込んだ。やっとゴブリンを絶命させた時には、二人とも肩で息をしていた。
「力くらべかよ」
「ゴブリンがこれだけ硬いのか、上位種は想像したくないな」
落とし穴から這い上がろうとするゴブリンを切り落とし続け、ようやくヒロもとどめを刺し戦闘を終えていた。
「みろよ、この魔石すげーぞ」
穴から飛び出したシュウは血に汚れた手に色の濃い魔石を持っていた。ゴブリンから取り出した魔石にしては見たことないほどに色が濃かった。
「魔力量が多いというのは本当だったんだな」
「むちゃくちゃな頑丈さも力の強さも、これのせいってことかよ」
「ホブゴブリンよりも強かった気がします」
「身体が小さい分、スピードはあるし。それで硬くて力がホブ並みってのは正直キツイぜ」
ヒロの倒したゴブリンは穴の底で絶命していた。
魔石の回収にシュウが穴に下りる。
コズエは最初の穴を魔法で埋める作業に集中している。
サツキは弓を引いたまま周囲を警戒していた。
「魔石の回収を急げ。何かが来るぞ」
刀を抜いたままアキラは魔力を固め、いつでも放てるように構えた。
不意に、風が走った。
気配を察した瞬間には、もうそれはコウメイたちに襲い掛かっていた。
「狼か?」
「でかい!」
暴牛ほどの大きさの狼がゴブリンの側に膝をついていたコウメイに飛びかかり、爪が肩を裂いた。
「伏せろ!」
アキラが構えていた炎球を投げつけた。
炎球が命中した狼だが、ダメージはほとんど受けていなかった。むしろ狼の体躯が一回り大きくなったように見えた。
死体から剣を抜き構えたコウメイは、襲い掛かる狼を牽制する。コズエの槍で間合いを作り、穴から上がったシュウがコウメイのサポートに回った。
翻弄するような素早い動き、爪が肩を引っ掛け、牙が武器を噛み砕こうとする。
サツキはヒロに治療薬を飲ませ、他の魔物の襲撃に備えた。
人間の頭などひと噛みで食いちぎってしまいそうな巨大な口が開き、咆哮とともに炎が吐き出された。
「アキ、水だっ」
「分かってる」
狼の吐いた炎は周囲を焼いた。
背の低い緑葉の茂みを燃やし、雨に濡れた腐葉土にも燃え移る。
「サツキ、ありったけの水で狼を包み込むんだ」
「はいっ」
再び狼が口をあけた。
「今だ!」
「水膜っ」
魔力の水が狼の身体を包み込むようにして広がった。
ジュワ、と瞬間的に水が蒸発した。
狼の口の炎がわずかに弱まった。
「氷柱!」
アキラの投げた氷柱は、炎で溶ける前に狼の喉を貫いた。
ぷすぷすと炎が消える。
シュウが喉の痛みに暴れる狼の後ろ足を叩き折った。
コズエの槍が前足を払い顎が地面についたところを、コウメイの長剣が頭蓋骨に向け叩き落された。
「こっちはそれ程硬くねぇな」
全体重をかけて斬りつけると、狼の首はゴブリンほど硬くはなく切りつけることができていた。
「怪我はないか?」
「無傷とはいかねぇが、まあ大丈夫だろう」
「大丈夫、サツキ?」
「魔力切れだ、回復薬を飲んでおきなさい」
「ヒロの脇腹はどうだ?」
「治療薬が効きましたから大丈夫です」
わずか三体のゴブリン、そして炎を吐く巨大な狼。それらを相手にしただけで、致命傷は免れたものの満身創痍だ。この島の魔物は今まで屠ってきた魔物とは比べ物にならないほど強い。それをわずかな時間で実感していた。
「魔石の回収が済んだら撤収だな」
「なあ、この狼ってヘルハウンドじゃねーか?」
「毛皮が高値で売れる魔物ですよね」
「解体したいなぁ」
ヘルハウンドの皮は無傷なら一枚三千ダルの値がつく。もったいない、という一言が全員の頭に浮かんだが、今は安全第一だ。
回収した魔石を持ってコウメイたちは足早に町を目指した。
途中に行き当たった魔猪を狩ったが、大陸の魔猪とは突進の威力も素早さも格段に違って苦戦した。
「まさか魔猪に後ろを取られるとはなぁ」
「矢が刺さらないなんて、本当に魔猪なんですかコレ」
「話してる暇があったら足を動かせ」
普段ならその場で解体するのだが、今回は解体せずにシュウが背負った。狩りをしたその場で解体ができるのは安全が確保されているからだ。この森はとても安全とは言いがたい。
再び町に向って移動をはじめた。アキラは走りながら目に付いた薬草を慌ただしく採取していた。森から町に戻るのはそれほど難しくはない。冒険者たちが踏み固めた道が出来上がっており、それを見つけることさえできれば迷う事はなかった。
外灯が見える位置まできてようやく六人の足が速度を落とした。ぽつりぽつりと安堵の息がこぼれる。
「今晩のミーティングは課題だらけだな」
「仕方ない、島の情報なしにやってきた俺たちのミスだ。大怪我する前に準備だけはきっちり整えとこうぜ」
仲間達の負傷具合を観察していたコウメイとアキラは、厳しい表情で課題を数え上げた。
コズエたちは道から逸れたところで魔猪を解体していた。借りた家に戻ってからでも良かったが、裏庭を汚すのは気分的に良くないからとサツキと二人で手早くナイフを入れている。
「肉以外の部分は全部ここに捨てていっちゃいますね」
穴を掘るのも億劫なのか、だるそうなコズエは可食部位だけを手早く切り取ってスライム布に包んだ。
+
森を出て外灯の結界を越えたそこは、港に近い場所だった。町に帰るよりもギルド出張所の方が近い。そのまま足を運び魔石の査定を頼む事にした。
「あんたら初日やのにもう森に入ったんか」
ギルドにいたのはアレックスと、昨日のスキンヘッドのマッチョだった。損傷の激しいコウメイたちの装備を見て呆れたように言った。
「真面目なんか、怖いもの知らずなんか、わからんなぁ」
「魔物が強いって言うから、様子見に行ったんだよ。この魔石の査定、頼めるか」
「ちょお待っててな」
五個の魔石を受け取ったアレックスはカウンターの奥にある部屋にこもってしまった。残ったマッチョはコウメイたちに椅子をすすめた。
「島の洗礼を受けたみたいだな」
「洗礼、か」
「ここの魔物は強かっただろう?」
スキンヘッドは汚れ血染みのあるコウメイたちの姿を見てニヤリと笑った。苦戦を見抜かれたようでコウメイは拗ねたように口角を下げた。
「ああ、ゴブリンがすげぇ硬かった。見た目はゴブリンなのに、パワーと硬さはホブゴブリン以上だ。あんなのがウロウロしてるのか?」
「へぇ、お前たちはホブゴブリンと戦った事があるのか」
「一応」
それなら心配する事はなかったなとスキンヘッドは屈託なく笑った。厳つい顔だがアレックスと違い裏表のなさそうな人物だと思った。
「島にはもっと強力な魔物もいるぜ。炎を吐く奴とか、雷を落とす奴とかな」
「炎を吐くのは狼か?」
「お、もう遭遇したのか。そんなに深くまで進んだのか」
「いや、鐘四分の一くらいしか入れてねぇよ」
「そこで襲われて逃げ帰ったか」
グサリと傷つく事をはっきりと言うスキンヘッドだ。真実なので反論の言葉もない。
「……屠って魔石は回収してきたぜ」
「へぇ、初日にヘルハウンドをやったのか。凄腕じゃねぇか」
スキンヘッドは本気で感心していたが、コウメイには嫌味にしか聞こえなかった。
「昨日からちょくちょくお節介なんだけど、あんた誰?」
「なんだ、アレックスから聞いてないのか。俺はグレン、魔法使いギルド所属の魔術師だ。魔道具製作をやってる」
シャツがはち切れそうなほどに鍛えあげ盛り上がった筋肉、剣だこだらけの手、顔や腕のいたるところにある切り傷の痕、歴戦の兵か冒険者にしか見えないのに、魔術師。
「……」
「見えねぇってんだろ?」
「はあ、そうですね」
「凄腕の冒険者だと思ってました」
「元はそっちだったんだよ」
グレンはそこに毛髪があるかのようにツルツルの頭を掻いた。
「魔力もあったんで試行錯誤しているうちに魔道具の修理をするようになってな、それでコソコソ稼いでいたのが魔法使いギルドにバレたんだよ」
魔道具の修理は資格を有した魔術師にしか許されていない。魔道具の闇修理をしていたのを見つかってギルドに捕まった。実戦慣れした魔術師候補をギルドが見逃すはずもなく、魔道具製作の腕を磨く修行ついでにナナクシャール島に押し込められたのが元闘剣士のグレンだ。
「この島では結界の管理と修理、身体が鈍るんで魔物狩りもやってる」
「異色……ですよね?」
「この島にいる奴らなんてそんなのばかりだぜ。アレックスだって降格されてるが、元は濃紺ローブの上級魔術師様だぜ」
濃紺といえば、魔術師の階級では上から三番目だ。
「あんな昼行灯みたいなのが、上級魔術師ですか……」
「あのしゃべりとか、すげぇ胡散臭いのに」
「だから降格されたんだろうぜ」
グレンも常々思っていたのだろう、苦笑いと共に同意していた。ちなみにギルド職員は他に二人、魔術薬師のディックと魔道具師のハロルドがいる。
「人の悪口で盛りあがるて意地悪いやっちゃな。繊細なワシの心が傷つくで」
とても繊細とは思えないふてぶてしい笑みでアレックスが魔石を持って戻ってきた。
「五個まとめて千九百五十ダルや」
「……魔石だけで考えればかなり高値なんですけど」
「厳しいなぁ」
わずかな戦闘でヒロが治療薬、サツキが魔力回復薬を消費している。経費を差し引くと九百五十ダルにしかならない。虹魔石を三十個集めることも三十万ダルを貯める事も、どちらも果てしない事のように思えてきた。




