王都 コンフリクト
明日投稿できないので、本日upします。
コズエたちN629は他の冒険者と違い、日の暮れる前に街に戻ることが多い。
三の鐘で東門を出て森を北へと進み、シュウとアキラの索敵で効率よく魔獣を見つけ出して狩る。主な獲物は魔猪と魔鹿、双尾狐だ。三日に一度の割合でゴブリンを間引き、森の奥にしか自生していない薬草を採取する。森で解体を済ませるので余分な重量を背負うこともなく、七の鐘の頃にギルドに戻ってくる。その時間帯の冒険者ギルドは閑散としており、査定もほとんど待つことはない。
暇そうなギルド職員が見守るロビーの片隅でコズエを中心に座り、狩りの反省と精算を行うのも見慣れた光景になりつつあった。
「それじゃあ今日の報酬の内訳です。双尾狐が二匹で六百十ダル、銀狼が二百三十ダル、魔猪は肉を半分と皮で二百二十ダル、薬草がまとめて三百ダルでした」
「やっぱり狐の解体で少し値を下げられているな」
「解体料を引かれるよりは高いから問題ないですよ」
「一人あたり二百三十くらいか」
王都で宿に泊まろうとすれば一日百五十ダルはかかることを思えば、今日の狩りはギリギリ合格ラインというところか。
「俺の取り分の端数はいつも通り食費って事で取っといてくれ。夕飯は八の鐘過ぎでいいんだよな?」
シュウは夕飯を食いにいくと約束し、二百ダルを受け取ってそそくさと席を立った。
「珍しいですね、シュウさんが夕食のメニューを確認しませんでしたよ」
「昨日も報酬を受け取ってすぐにどこか行っちゃいましたよね」
「なーにコソコソしてるんだろうね?」
シュウの消えた入り口を見ながら囁きあっている女の子二人に、コウメイがそっと釘を刺した。
「シュウにもこの世界での交友関係があるだろうし、そのうち紹介してくれると思うぜ」
「それはそうなんですけど、なんかコソコソしてるのがなぁ」
あれだけパーティーに加わりたいと熱心だったのに、王都に来てからは時々距離を感じるのだとコズエは溜息をついた。
「まだ十日くらいしか経ってないし、こっちにだって隠し事はあるんだ、やぶ蛇にならないでくれ」
アキラは自分の耳飾りを指先で弾いて見せた。
「けど……気になりませんか?」
「コズエちゃん、好奇心も過ぎるとプライバシーの侵害になるよ?」
尾行禁止、のぞき見禁止だと、コウメイが繰り返した。
「……はぁい」
少しばかり不満そうなコズエの返事だった。
+++
「今日の内訳は、ゴブリン三体、オーク一体、銀狼二体で合計千九百二十ダルでした。一人三百五十ダルくらいなんだけど、食費分は三十ダル貰っていい?」
いつものように明細を見せながらコズエが問うと、シュウは考える間もなく即座に了承し、三百二十ダルを受け取ると夕食の時間を確認して足早にギルドホールを出て行った。
「ねぇ、サツキ」
財布とパーティー証をしまいこんだコズエが親友の腕を取った。
「この前みつけたっていう焼き菓子の売ってるお店、一緒に行こうよ、ね?」
「いいけど……夕食前よ、控えたほうがいいんじゃない?」
「大丈夫って、今日はゴブリン相手にいっぱい動いたしねっ」
コズエと共に立ち上がったサツキは、出口へと半ば引きずられるようにして歩いていった。
「コズエのヤツ……」
「あれでバレないと思ってるのか」
「可愛いじゃねぇか」
ヘタクソな演技に頭を抱えるヒロ。アキラは深々と溜息をつき、コウメイは面白そうに笑っている。
「今日の晩飯、簡単なものになるけどいいか?」
「かまわない。行ってやれ、シュウがかわいそうだ」
シュウは狼獣人だ、狩りではアキラと同程度の索敵力があり、足音や気配に敏感だ。そのシュウが女の子二人の尾行に気づかないはずはない。
「あいつじゃ女の子に強く出れないだろうからなぁ」
「きっちり叱ってください」
自身も幼馴染に強く出られないヒロは、苦笑いのコウメイに後始末を託したのだった。
+
急ぎ足でギルドを出たが、既にシュウの姿は見えなくなっていた。
「すみません、狼獣人さんを見かけませんでしたか?」
大通りからギルドに向かってくる冒険者を捕まえて尋ねた。
「それなら通りですれ違ったよ。中央広場の方に向かってたけど」
「ありがとうございますっ」
王都に獣人は一人しかいない。あの耳とコート裾からチラつく尻尾の目撃情報を辿れば追いかけるのは難しくないだろう。コズエはサツキの腕を掴んだまま中央広場へ向かった。
「コズエちゃん、まさか」
「だって気になるんだもの。彼女さんかな?」
「プライバシーの侵害になるって怒られたでしょ」
大通りを足早に進んでいくと、広場手前で狼耳を見つけた。背の高いシュウは耳の存在もあって見失う心配はないとコズエは歩調を緩めた。
「絶対に女の人だと思うんだよね。だって引っ越し祝いの時のお土産、お菓子だよ」
「あれは凄く美味しかったけど」
「男の人の発想じゃないと思うんだ、あのお菓子は」
毎日のように夕食を食べに来るシュウは、ほぼ欠かさずに焼き菓子を土産に持ってきている。一昨日は煮込んだ果物を使ったパイで、昨日は砕いた木の実やドライフルーツを砂糖と蜂蜜で煮詰めて固めた菓子だった。
「そういえばあのパイを買ったお店の事は教えてもらえませんでした」
「それに毎日デザートに焼き菓子を買ってくるなんてありえないでしょ」
この世界の甘味は贅沢品だ。二、三百ダルの収入から宿代や生活雑費を引いた残りで毎日のように菓子を買うのは、経済的破綻まっしぐらの行為である。しかもシュウの持ってくる菓子は砂糖や蜂蜜がふんだんに使われた高級な菓子だ。
「きっと彼女さんに作ってもらったんだよ」
「職人並みの腕前でしたよ?」
ケモ耳は広場を通り抜け、西門へ通じる道に折れた。
「じゃあ彼女さんが菓子職人なのかも。お店の売り上げに貢献するつもりで毎日買ってるとか」
「凄腕の菓子職人さん」
「気になるでしょ?」
「……気になるけど」
サツキはシュウのお土産菓子は職人の作品に違いないという確信があった。焼きの完成度の高さ、使われている材料の品質、どれをとってもこの世界基準でも趣味で作る菓子ではない。今の自分にはあの菓子を作る技術はない。
「どんなオーブン使っているのか、気になります」
「え、そっち?」
「だってシュウさんの彼女さんだって言うのはコズエちゃんの想像でしょ」
ケモ耳は大通りから逸れて北向きの細い路地に入り、住宅の間を迷いなく進んでゆく。
「間違いないと思うんだけどなぁ。嫁を貰ったら定住したくなるって、ランスさんも言ってたから」
「ランスさんって誰?」
「ナモルタタルのマッチョな幹部さん」
街を離れる前にランスがコズエたちに愚痴っていたのだ。コウメイを結婚させられたら定住させられたのに、と。
コズエたちのパーティーに加わりたいと言うシュウは、同時に王都に定住することをすすめてくる。この街を離れられない理由は恋人か嫁の他に何があるだろうか。
「サツキだって結婚したら一つの町に落ち着きたいと思うでしょ」
「そう、だけど」
コズエの意見には説得力がある。確かに自分が結婚するとなったら、冒険者は続けてもどこかの町に拠点を決め定住を考えるだろうとサツキは思った。
入り組んだ路地を折れ進むと、建物が途切れた。石畳の先に整備された幅三メートルほどの川があり、かけられた橋の向こうには大きく立派な建物があった。
「お菓子屋さんじゃなさそうね」
「彼女さんのお家っぽくもないなぁ」
鉄の格子塀に囲まれた大きな建物に、シュウは門扉を開けて入っていく。庭の植栽は手入れがされており、玄関先も質素だが清潔に保たれているのが遠目からでも分かった。
「あ、女の人」
「やっぱり彼女さん?」
ノッカーに応えて扉を開けたのは、灰色のワンピースに白いエプロンを身につけた女性だった。シュウの顔を見て微笑み内へと招き入れる。
「大きいけどお屋敷って感じでもないよね」
「あ、もう出てきたよ」
滞在時間はほんの数分だった。布に包まれた物を手に持ち出てきたシュウは、女性に見送られて敷地を出た。門扉を閉め、川沿いに歩いていってしまう。
「シュウさんが手に持ってる包みって、お土産のお菓子を包んでる物に似てない?」
「色は似てるけど、同じかどうかは」
「布端に入ってる刺繍が見えたらなぁ」
この距離では見分けるのは無理だ。
「よし、行こうかサツキ」
「何処に行くつもりなんだ?」
がしっと、二人の肩が後ろから掴まれた。
「シュウを追いかけるつもりだった? まさかあの家にアポなし訪問するなんてバカは考えてないよな?」
肩を後ろに引かれて振り返ったそこにはコウメイがいた。
「コウメイ、さん」
「プライバシーの侵害だって言ったのは聞こえてなかった?」
笑顔なのに、怖い。
「……聞こえてました」
「ごめんなさい」
コウメイに背を押されながらもと来た道を帰ることになった。入り組んだ路地を見失い迷いながら、何とか大通りを目指した。
二人の後ろから見張るようにして歩いていたコウメイが静かに言った。
「シュウが入って行ったあの建物は、孤児院だよ」
「え?」
「普通の大きなお屋敷に見えましたよ?」
「孤児院で間違いねぇよ。あそこは裏口だからな」
「どうしてそんなこと知ってるんですか?」
「アキと歩いて地図に間違いがねぇか確かめたからな。その時に知った。王都には国が運営する孤児院が二つある。一つは教会の管理する孤児院で、もう一つが商人ギルドが管理するあの孤児院だ」
「商人ギルドが孤児院ですか?」
係わりのなさそうな二つがどうして結び合ったのかと疑問が湧いた。
「なんでかは知らねぇよ。そこまで調べる必要を感じなかったしな」
「じゃあシュウさんが孤児院に行った理由を知ってるんですか?」
「いや、それは俺も初めて知った。コズエちゃんたちのデバガメに便乗するつもりできたんだが、予想外だった」
コウメイもシュウがこそこそと行動する様子に興味はあったのだ。好奇心を押さえられず誤魔化してコズエたちの後を追いかけたのだが、シュウの目的地を知れば二人を止めなくてはと動いた。いくら友人でもこれ以上は踏み込んではいけない。
「俺らが孤児院のことを知ったのは、シュウには黙ってろよ」
「隠し彼女よりも気になってきました……聞けませんけど」
「あいつが話す気になったら教えてくれると思うぜ。俺だってアキの事はシュウには話せねぇからな」
「それは、コウメイさんがシュウさんを信用してないって事ですか?」
「信用はしてるが、信頼はしてねぇ。たぶんシュウも俺たちを同じように思ってるだろうぜ。互いに隠し事してる間は信頼はできねぇし、一方的にこそこそ嗅ぎまわる相手は信用すらされねぇぞ。試用期間ってのは、シュウを査定するための時間じゃねぇ、俺たちもシュウに査定されてんだって事を忘れてるだろ」
コウメイの指摘に「あっ」とコズエが動転した声を出した。シュウが自分達を見極めようとしている可能性に初めて気づいたコズエだった。
「……シュウさんの隠し事って、お兄ちゃんがエルフ族なのと同じくらいの大事なんでしょうか?」
サツキは不安そうにコウメイに尋ねた。彼女にとって兄の種族は五人以外には決して漏らしてはいけない重要な秘密だ。それを伝えられるほどシュウを信用できるとは思えなかった。
「どうだろうな。特別とか大切とか重要ってのは人によって違うものだからな。シュウが俺たちと一緒に街を移ってもいいって思うようになれば話してくれるだろうし、俺はシュウに教えても大丈夫だと確信するまではアキの事は隠すつもりだ」
狭い路地を抜け広い通りに出たが、広場への西通りではなかった。
「あれ、道が違う」
「入り組んでたし似たような建物が並んでたからどっかで間違ったんだろう。ここは貴族街から伸びてる大通りだ。南に行けば広場だから帰るのに問題ねぇよ」
三人は大通りを足早に進んだ。急がなければ夕食の仕度をする時間がなくなってしまう。
「今日の事は私が考えなしでした。ごめんなさい」
「わたしも一緒に面白がってしまいました、止めてくれてありがとうございます」
「いや、俺もあそこに着くまでは、隠してる恋人でも居るんじゃねぇかとのぞきにきたんだし、同罪だな」
夕日がつくった影を踏んで貸家へ向かう路地に入った。夕食にはシュウがやってくる。コズエの目が見間違っていなければ、あの布包みをお土産に持ってくるはずだ。
「俺たちは何も見てない、何も知らない、それでいいな」
二人は力強く頷いた。
+++
約束の時間にやってきたシュウから渡された布包みを受け取るとき、少しばかりぎこちなくなってしまったのは仕方ないことだった。
「おお、すげー」
食卓に並んだ料理を見たシュウが歓声をあげた。
「今日は魔猪肉の煮込みハンバーグと野菜サラダ、コンソメスープと黒パンな」
本当ならば一晩煮込んで味をしみこませるつもりだった品が、急遽夕食になった。煮込みと言うよりもトマト風味のソースのかかったハンバーグだろうか。
全員で「いただきます」と合掌してからの食事は早かった。味わえているのか不安になる速さで大きなハンバーグがシュウの口に放り込まれていく。
「こっちでハンバーグが食えるとはなー」
なつかしの洋食メニューはN629でしか味わえない貴重なものだ。シュウの下した評価にサツキがうんうんと頷く。
「コウメイさんのお料理に慣れると、屋台やお店では満足できませんよね」
「王都の料理は美味い方だぞ」
「俺らが最初に泊まった宿の飯は、ほとんど味なんかなかったんだぜ」
「ハリハルタの炊き出しが一番不味かった」
「ああ、あれは食えたもんじゃなかったなぁ」
美味い料理を食べている期間のほうが長いのに、あの不味い味を強烈に覚えているのは何故だろうと二人は首を傾げる。
あっという間に夕食をたいらげた五人は、コウメイの煎れたコレ豆茶とともにシュウの手土産のピナのパイを食後のデザートに味わっていた。
「ピナってレモンみたいにすっぱい柑橘ですよね? ドレッシングに使ったことはありますけど、焼き菓子にしたらこんなにまろやかになるんですね」
程よい酸味と控えめな甘さにうっとりとするサツキだ。果汁には酸味の他に苦味もあって使い方が難しいと思っていたが、どうやら研究が足りなかっただけのようだとサツキは唸った。
「屋台で売っている手ごろなお値段のお菓子は、こんなに美味しくないんですよね」
「菓子だけじゃないぜ。宿屋とか屋台は当たりハズレがすげー大きいと思わねーか?」
「思います。お昼ごはんに買った角ウサギ肉の串焼きがパサパサで味がついてなかったときはショックでした」
宿代をひねり出すのが精一杯の頃に、安さで選んだ屋台の料理を思い出したコズエは顔をしかめた。
「魔猪肉のタレ焼きを買ったら、タレの味が薄すぎて肉の味しかしないこともあったよ」
何故あんなに不味いものを商品として売るのか不思議だとヒロが言うと、苦笑いのコウメイが種明かしをした。
「俺も人に聞いたんだけどな、冒険者の宿とか露店の屋台を営業してるのは、引退した冒険者が多いらしい」
「冒険者って味音痴なんですか?」
「どうだろうな。けど冒険者の飯って基本は現地調達だろ。調味料に持ち歩くのは塩くらいだ。そういう物しか食ってない元冒険者が、食い物を売る店を出して美味いものを提供できるわけねぇんだよな」
知らない味は再現できないし、そもそも再現するだけの技量が無い。料理人の下で修行をすればよいのだが、自分よりも年下に教えを請うだけの気概のある者ならば、冒険者として大成しているはずで。
「商人の泊まる宿の飯はかなりレベル高いはずだぜ」
「そういえば、一度泊まったちょっと高級な宿のご飯は普通に美味しかったです」
「冒険者の宿に空きがなかった時のあれか」
「あとは料理店の飯は修行した料理人が作ってるから美味い。シュウにつれてってもらった魚料理は美味かっただろ」
「あの煮込みのお魚は美味しかったです」
「塩焼きは魚の旨味をうまく引き出していた」
「またお魚食べたいですね」
知り合いの店が褒められて嬉しいシュウの尻尾がぶんぶん揺れている。
「じゃあデイジーに席を確保しといてもらおうか?」
「店で食うのもいいけど、俺は魚料理を作りてぇ。この街は魚料理の店はあるのに、魚屋がねぇんだよな」
港町から運ばれてくる魚は、王城と貴族街、そして街の料理店などに卸されており、一般市民が魚を買おうと思えばたまに来る行商人を捕まえるか、港まで直接買いに行くしかないのだ。
「それじゃあ、港町に行きませんか?」
コズエがぐるりと見回し、シュウで目を止めて言った。
「確かシュウさんが、転移した人が馬車の御者をやってて、港町までの定期便を走っているって言ってましたよね」
「ああ、マサカズさんだ」
「その馬車に乗せてもらって、港まで行ってみませんか?」




