王都 引越し蕎麦
前日の疲れが残る身体を無理矢理に動かし、朝食の前に洗い場を借りて血脂を落とした五人は、ようやくすっきりとして朝食の席に着いた。本日のメニューは野菜と干し肉のスープに蒸した角ウサギ肉、黒パンには珍しくバターが添えられていた。
「今日は朝イチでラッセルさんに鍵を貰って、午前中は掃除と荷物の運び込みでいいな」
「掃除の分担はどうする?」
「寝室は各自が責任を持つこと。共有部分については台所はコウメイとサツキ、居間とダイニングはコズエちゃんとヒロで、洗い場と廊下は俺が受け持つ」
アキラを中心として仕事が振り分けられてゆくいつもの朝のミーティング風景だ。
「俺にも何か手伝えることはあるか?」
「いいのか?」
「そりゃ一緒には住まねーけど、狩りは共同でやるんだし、友達の引越しくらいは手伝うぜ」
「じゃあギルドの倉庫に預けた荷物の運搬を頼んでいいか?」
「おう、まかせとけ」
獣人であるシュウは百カレを越えるムーン・ベアを担いで持ち帰るだけの力があるのだ、家財道具を運び入れてもらえれば随分と助かる。
朝食を終え、コズエたちはチェックアウトを済ませて宿を出た。
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「思ったより埃っぽいですね」
「窓を全部開けてくれ、風で埃を飛ばしてしまうから」
アキラの指示で全ての部屋の窓や扉が開けられた。ヒロにも手伝わせ、切れ味を殺した風刃で天井から壁、家具の上の埃を払い落として集めた。
「……ふぅ、あとは拭き掃除でいいだろう」
「風魔法ってこんな使い方もできるんですね」
「掃除機は埃を吸い取るもんだが、アキのコレは埃を風でかき集めたのか?」
「そうだ。吸い取るよりは風で押し出すほうが魔力は少なくてすむ」
幻影のピアスをして以降、アキラの魔力には制限がかかっている。使える魔力量はかなり減っているが、それでもコウメイの三倍程度はあり、日常生活でも狩猟でも不自由を感じたことはない。
洗い場に転がっていた桶に水を張り、雑巾を持って各分担の掃除に取り掛かった。台所は少し拭き掃除をすればすぐに使える状態だったため、コウメイとサツキは食材の買い出しに出かけた。シュウが運んできた荷箱の運び先をアキラが指示し、食器や調理道具は台所に、寝具や私物はそれぞれの部屋へと運び込まれた。
「本当に俺が個室をもらっていいんですか?」
部屋割りはナモルタタルと同じになった。ヒロは自分だけが個室を使う贅沢に申し訳なさを感じているようだ。
「むしろ俺たちは二人部屋のほうが都合がいいんだ」
アキラはそう言ってヒロの遠慮を否定した。
「ヒロが居ると思い切ったケンカもできないからな」
学年の違いや年齢の違いなんてこの世界では意味がないし、長く共同生活をしてきた今では互いに遠慮もとれてきた。だが白狼亭の二人部屋を三人で使った二日間、じゃんけんで二晩のベッドを勝ち取ったにもかかわらず、ヒロは床で寝たコウメイやアキラに申し訳なさそうな様子を見せていた。ヒロには自分達との相部屋はストレスでしかないだろうとコウメイとは打ち合わせ済みだった。
「ケンカ、ですか。二人とも凄く仲がいいですよね?」
「諸悪の根源に対する愚痴はいくらでもあるが、皆の前で口にしてないだけだ」
エルフ族で転移してしまった理由はヒロも聞いている。今でもコウメイに対しネチネチと愚痴っているのだろうか。アキラの性格はそこまで粘着質で陰険ではないと思うが、二人の間にしか分からないこともあるのだろう、ヒロは深く考えずありがたく個室を使わせてもらうことにした。
それぞれの寝室の掃除が終わると、共有部分の掃除である。
洗い場は換気を良くして汚れを落とし、裏庭に古びた物干しがあったのでそれも修繕した。食堂にあったテーブルは少しガタついていたのでヒロが手直しをした。椅子が四脚しかなかったため、コズエがシュウに案内を頼み中古の家具屋に走った。
食材と燃料の薪を買って戻ったコウメイは台所で早速仕事にかかった。
「とりあえず簡単なものでいいか」
カマドに火を入れ丸芋を茹でる。もう一つの鍋には乾燥野菜と干し肉を入れてスープを作る。買ってきたパンを薄切りにし、サツキのコンポートを貰って果肉を潰し、蜂蜜を加えてジャムの代用品にした。茹で上がった丸芋を潰して植物油を加えて滑らかにし、塩と香辛料で味付けを済ませる。魔猪肉は薄くスライスしてフライパンで焼いた。
「ただいま。掘り出し物があったから買ってきましたよ!」
椅子を調達しに行っていたコズエは、背もたれつきの椅子二脚とスツール三脚を載せた引き台車と共に戻ってきた。台車を引くのはシュウだ。
「どれも修理してないからって安かったの。ヒロくんなら修理できるでしょ」
「このスツールもか?」
「サツキもコウメイさんも台所で立ちっぱなしでしょ。スツールがあれば休憩もしやすいと思って」
日本の台所と違ってカマドや薪オーブンなどはしゃがみこむ位置に設置されているし、調理台や棚は背が高い。しゃがんだり立ったり腰を曲げたり背伸びしたり、台所での作業はなかなかに疲れるのだ。ちょっとした合間に腰をかけられるスツールはありがたかった。
「ちょっとグラついてるだけだからすぐに直せます」
「じゃあ大至急で背つき椅子の方の修理を頼む。昼飯がそろそろ出来上がるからな」
ヒロがガタつきのある椅子を手早く補強修理を終えると、コウメイがテーブルに昼食を並べた。
「シュウも食ってけよ」
「いいのか?」
「いっぱい手伝ってもらったじゃないですか、遠慮なんてしないでくださいね」
マッシュポテトと焼いた魔猪肉、パンに添えられているのは小鬼から奪い取った果実のジャムもどき、乾燥野菜のスープは旅の途中でもよく作っていたものだ。サツキの作ったミント水もよく冷えている。
テーブルに全員がついた。
「「「「「「いただきますっ」」」」」」
その日はじめてシュウも食事の前に手を合わせ、皆とともに声を出したのだった。
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昼食は午後からの片付けや買出しの話し合いをしながらすすんだ。
「あー、俺は午後からちょっと用事があるんだ。手伝えなくて悪い」
飯まで食わせてもらってるのに悪いなとシュウが頭を下げた。
「もう十分手伝ってもらってますよ」
「あとは私物の整理とかそんな程度ですから大丈夫です」
むしろ私物については他人に手伝ってもらうほうが困る場合もあると女子二人はにっこりと微笑んだ。
「シュウの用事って夜までかかるものか?」
「いや、夕方には終わるけど」
「じゃあ八の鐘がなったら夕飯食いに来いよ。明日からの狩りの打ち合わせとかするからさ」
本格的に王都周辺で活動するための基本的な事を打ち合わせしておきたいと言うコウメイに、シュウは「了解」と短く返した。
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新しい住まいにはリビングとダイニングが並んであった。仕切りの戸を外せば、一続きの部屋としても使える。
「リビングの隅っこに作業用の机を置いてもいいですか?」
寝室の片づけを終えたコズエが休憩時間にそう言った。
「今度の寝室はベッドだけでいっぱいで、作業用のスペースが取れないんですよ」
パーティーの衣類の補修や新しい服の製作を一手に引き受けているコズエにとって、布を広げるスペースは絶対に必要だった。
「アレ・テタルで買ったスライム布で色々作りたいんです」
「そりゃかまわねぇけど、スライム布で何作るんだ?」
「シャツです」
魔獣の肉や死体を包んでいるあのスライム布でシャツを作るのか。一体何のためにとコウメイらの口がぽかんとひらいた。
「あ、防水効果のある布じゃなくて、冷却効果のあるスライム布を使うんですよ」
「冷却効果?」
「はい。触ると涼しいんですよ。一番薄いスライム布をたっぷり買っておいたんです。最近気温も上がってるみたいだし、どうしても森に入るときは蒸れて暑いじゃないですか」
森にはやぶ蚊も多いし、蛭やムカデと致命傷にはならないが煩わしい虫が多い。それらから身を守るため、冒険者は夏でも長袖に長ズボンで手首足首までしっかりと肌を隠している。
「冷却効果のある布でインナーシャツを作って着たら、夏場の狩りも気持ちよくなるんじゃないかなぁって」
どうでしょうか? とコズエが反応をうかがうように皆を見回すと、真っ先にアキラが反応を示した。
「冷却効果って、どれくらいあるものなんだ?」
「触ってひんやりする感じですね。凄く冷たいとかじゃなくて、熱を吸収してくれる感じかな」
「なんだその機能性シャツみたいなのは」
コズエは寝室に戻りハンカチほどの大きさのスライム布の切れ端を持ってきた。表面のコーティングは防水布ほど厚くはなく、触ってみると肌の触れた部分はさらりとした感触だった。布自体も柔らかいので、これならばインナーにしても問題はなさそうだ。
「伸縮性のない布なので、どういうタイプのシャツにするか迷うんですよね」
タンクトップのようなものにするか、襟ぐりの大きなTシャツのようなものにするか、どちらがいいですか? とコズエに問われてもすぐに答えられない。
「リビングに作業場所を作るのは構わないが、作業は十の鐘が鳴ったら終わりにすること」
「え」
「本業に支障をきたすのは駄目だろう。寝不足は命の危険につながる」
夜更かし禁止を言い渡されたコズエはなんとか作業時間を確保するため周りを味方につけようとしたが、全員がアキラの意見に同意したのだった。
「こっそり作業をしようとしても、リビングなんだからすぐにバレるぞ」
「お部屋で隠れて縫ってたら、私が取りあげるからね」
ヒロとサツキにまで釘を刺されては諦めるしかないのだろうか。
「でもそろそろ暑くなりますし、昨日の森も湿気が多くて汗かきましたよね?」
「あれくらいなら我慢できるし、まだ五月だ。暑くなるのはもう少し先だろう」
「こちらの世界の真夏はどれくらいの暑さなんでしょうか」
「俺らが転移したのが八月の終わりぐらいだったよな」
「日本の夏よりは涼しかったと思います」
折角手に入れた珍しい素材を早く実用できるものに作り上げたかったのにと、コズエはがっくりと肩を落とした。
「ちゃんと休養日は設定するし、閉門ギリギリまで狩りをする事はねぇだろうし、コズエちゃんの作業時間はちゃんと確保できると思うよ?」
「まずは自分のインナーを作って着てみればいい。俺たちの分は効果があると分かってからゆっくりでいいから」
パーティーのために無理をしがちなコズエのためを思ってのことだと、アレ・テタルで徹夜でパーカーシャツを作ってもらったアキラは譲らなかった。
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八の鐘の鳴る少し前にシュウが手土産を持ってやってきた。
「これ、王都で人気の焼き菓子。引っ越し祝いだ」
クッキー生地の上に砕いた木の実やドライフルーツをちりばめ蜂蜜を塗って焼いた物だった。
「ありがとうございます。食後のデザートにしますね」
「随分きれいに片付いたな」
「色々買い揃えたんですよ」
シュウはコウメイたちの荷物が多い理由に納得した。引っ越すたびにこれだけ居心地よく巣作りしていれば家財道具も増えるだろう。
「ちょっと早いけど夕飯ができたぞ」
コウメイの声でダイニングに移動すると、テーブルには湯気を立てるどんぶりが並んでいた。
「……こ、これ、ラーメンか?!」
透き通ったスープに、少しいびつな麺、野菜と蒸した角ウサギ肉が添えられている。
「本当は引越し蕎麦を作りたかったんだけど、蕎麦粉が売ってないんだよなぁ」
「いやいや、ラーメンだって十分だろ。つーか、ありえねーぞこれっ!」
懐かしい料理を前にシュウの鼻息が荒い。
「コウメイ、おまえ何なんだよ、すげーよ」
「見直したか?」
「したしたっ。料理人すげー」
全員が席に着き、引越しラーメンをいただくことにする。
「「「「「「いただきます!」」」」」」
角ウサギの骨で出汁をとり、塩で味を調えたシンプルな塩ラーメンだった。麺はハギ粉を練って作ったので半分うどんのようなものだったが、転移以降初めて食べる懐かしい味を貪り食ったシュウは、堂々とお代わりをねだったのだった。
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食後にシュウのお土産の焼き菓子を食べながらミーティングが始まった。
「俺らの討伐スケジュールは、基本は週休一日。星の日を完全休養日にしている。それ以外の日は基本は森で狩りだ。三の鐘までに門を出て、遅くても八の鐘までに戻ってくる。獲物がたくさん捕れたら早めに戻って精算」
話を進めるのはアキラだ。
「シュウも含めて報酬は六等分でいいか?」
「きっちり六等分じゃなくて、端数はそっちで取ってくれよ」
「いいのか?」
「俺は解体はしねーだろ。その分と、あとは飯代にしてもらいてーんだ」
シュウはコウメイの料理にハマったようだ。
「夕食だけでいいから俺も一緒に飯食わせてもらえるか?」
「普段はこんなに凝ったものは作ってねぇぞ?」
「十分だって。野営の飯も美味かったし、コウメイなら日本人の舌にあった飯作ってくれそうだし」
期待のこもった視線にコウメイは苦笑いだ。五人分も六人分も作業量は変わらないとコウメイはOKを出した。
「シュウは双尾狐を主に狩っているようだが、俺たちはゴブリン狙いでいこうと思う」
「ゴブリンか。この人数なら悪くはねーと思うぜ」
「もちろん他の魔物や魔獣も、チャンスがあれば積極的に狩る」
当面は食生活を豊かにするために、魔猪か魔鹿を狩ることは必須だ。野草や果物の採取も積極的に行いたい。
「それじゃあ早速ですが、明日から狩りに行きます。明日の朝三の鐘に東門で待ち合わせで」
蜂蜜の絡んだ木の実の焼き菓子は、濃厚な甘みとドライフルーツの風味がとても美味しい一品だった。




