王都 シェラストラルの冒険者ギルド
9/2 単位と表記を修正しました。
関所を越えてからの旅路は早かった。休憩という名のゴブリン討伐をはさんだにもかかわらず、六人の馬車は半日足らずで王都シェラストラルに到着した。
王都の北東門は街道からの旅人を受け入れる唯一の門だ。昼過ぎの門には関所を越えてきた旅人が列を作っていた。
「王都のギルドは東門に近い大通り沿いにある。まずはそっちだよな?」
「はい。馬車と馬を返却しないといけないし、モグラの皮とゴブリンの討伐報酬の相場も調べておきたいかな」
手綱を握るのはシュウとコズエだ。
「魔物の討伐報酬なんて何処でも同じじゃねーの?」
「それが街によって微妙に違うんですよね。今のところナモルタタルの報酬が一番高かったですよ」
「へー、面白いな。どういう法則なんだろ」
「一応、今まで換金した町の単価はメモってますよ。ゴブリンは何処にでも湧く魔物なので、高い値段つけてくれるところに持ち込みたいですしね」
「俺は血みどろの荷袋なんか持ち歩きたくねーな」
「それはそうですね、いくらスライム布のバッグでも限界はあると思うし」
魔物の血がぽたりぽたりとしたたり落ちる物を部屋に置いておきたくないし、腐るのも困りものだ。
「宿はどうする? 俺の定宿はギルドにも近いし、飯も美味いぞ」
シュウに問われたコズエは、荷台を振り返ってコウメイに意見を求めた。
「どんな部屋だ? 一泊の料金はいくらだ?」
「俺が借りてんのは狭めの個室だ、朝と夜の飯付きで一泊百五十ダル」
「結構高いな」
五人だと一日七百五十ダルもする。
「二人部屋とか大部屋とかはねぇのか?」
「王都には大部屋のある宿屋はほとんどねーぞ。俺の泊まってる白狼亭も大半が個室だし」
二人部屋もあったかもしれないが、泊まったことがないシュウに詳しいことはわからない。
「これでも王都じゃ安い方だぜ。他の宿じゃ食事なしで同じ値段のところもあるんだぜ」
アレ・テタルも物価が高いと感じたが、王都はさらに高いと実感した五人だった。この料金が一般的なのだとしたら、王都の冒険者たちの収入はそうとう良いのではないだろうか。魔物素材が高いのか、討伐報酬が高いのか、早急に調べる必要がある。
「白狼亭は二週間連泊すれば一日分の宿代が割引になるし、飯は量も多くて美味いぞ」
シュウは定宿を積極的に推すが、たとえ割引があっても二週間で八千ダルを超える宿泊料金はコウメイたちにはかなりな高額だ。今晩の宿はシュウと同じところに泊まるとしても、王都の相場は早めに知っておきたい。
「ギルドで賃貸物件の相場も調べといたほうが良さそうだ。コズエちゃん、レンタル料の精算ついでに良さそうな物件も調べとこうぜ」
「分かりました。それじゃ換金と討伐単価の調査はアキラさんにまかせていいですか?」
コズエとコウメイが馬車と馬の精算に賃貸物件の問い合わせ、アキラとシュウが換金と報酬の相場調査、ヒロとサツキが荷物を預かり所へ運び込む、と役割を決めたところで入都の検査の順番になった。
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シュウの案内で馬車は北東門から大通りを進み、中央広場の手前にある分岐を東へ折れ、道沿いの大きな建物の前で止まった。
「ここが王都シェラストラルの冒険者ギルドだ」
四階建ての大きな建物だ。正面の両開きの大きな扉は開放されており、冒険者の出入りは多いようだ。建物の左手から建物裏へ回ると、大きな厩舎と貸し馬車の倉庫が併設されていた。厩舎脇に小さな小屋があり、そこで馬と馬車の返却手続きをするようだ。
「ギルドのロビーに打ち合わせできるスペースあるらしいから、用事を済ませたらそこに集合な。大雑把に情報共有してから飯を食いに行こう」
コウメイの合図でそれぞれが目的に向けて動き出した。
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査定票に目をやったアキラは、記された金額を見て驚いた。
草原モグラの皮は一枚二十ダル、肉は一頭分で三十ダル。ゴブリンの討伐報酬は一体三百六十ダル、ゴブリンついでに狩った魔猪は肉と皮で二百五十ダルと書かれている。
「ゴブリンが高いな。逆に魔猪は安い」
アレ・テタルでは魔猪一頭あたり三百八十ダルほどの収入になっていたが、王都では肉の買取価格が低いようだ。逆にゴブリンにつけられた値段は、アキラがスタンピード中に屠ったゴブリン一体の報酬と遜色のないほど高額だ。アキラのその説明を聞いてシュウは驚いた。
「そんなに違うのか?」
「ゴブリンは何処も二百八十から三百ダルくらいだった。スタンピードの時に報酬が釣りあがったが、それでも三百五十ダルくらいじゃなかったか」
スタンピード中は二割増しだと教えられたから間違いはないだろう。
昼下がりで換金カウンターはそれほど混んでいなかった。アキラは査定票を差し出しながらギルド職員に「王都は初めてなので」と断わりをいれて尋ねた。
「このゴブリンの討伐報酬は他の町よりも随分と高いのですが、間違いではありませんか?」
換金カウンターに座っている勤続五年になる女性職員は、初めて見る線の細い美形に微笑を向けられて頬を染めた。彼女の胸の位置についている名札には「専任・アーシャ」とある。
「いいえ、間違ってません。王都ではこの金額をお支払いしています」
「肉を売却できる魔物と違って、ゴブリンにこれだけ支払っていては採算が合わないように思いますが?」
「採算で言えば確かにおっしゃるとおりです」
アキラの問いに頷いたアーシャは、少し考えてから答えた。
「実は王都ではオーク肉の人気が高くて、討伐報酬と肉の買取で一体あたり五百ダルほどの支払いになるんです」
討伐報酬が二百ダル、肉はおよそ三百五十ダルだそうだ。
「ゴブリンもオークも討伐の手間や危険度はそれほど変わらないので、冒険者はどうしても儲けの大きいオークばかりを狙うんですよね」
「それだとゴブリンが溢れるのでは?」
アキラの指摘にアーシャは嬉しそうに答えた。
「そうなんです! 適度に間引きしないといけないのに、討伐が滞ったことが原因のスタンピードが起きたことがあって、それ以来ゴブリンには国からの補助金にギルドが同額を足して支払うようになりました」
国からの討伐補助金は一体につき百八十ダル。これはどこでも同額だが、各地のギルドは実情に応じていくらかを足して冒険者に支払っている。
「それでもオークよりは安いので討伐してくれる冒険者は少ないんですよ」
ギルド職員は悩ましそうに溜息をついた後、媚びの混じった視線をアキラに向けた。
「王都にはどのくらい滞在のご予定ですか?」
「まだはっきりと決まっていません。仲間と相談してからですね」
アキラは社交用の笑みを浮かべ、受け取った報酬を手にカウンターを離れた。
アーシャが媚を売る姿を見るのは初めてだとシュウがからかうのを無視して、アキラは掲示板に目を移した。
一般的にギルドの掲示板には、討伐魔物の情報や依頼が貼り出されているのだが、シェラストラルのギルドには「本日の買取価格」という別枠の掲示板があった。
「相場が一目でわかるのはありがたい」
「俺はあんまり気にしてねーけどな」
そこには薬草と魔物・魔獣の買取価格が、種類や部位別に書き込まれている。在庫状況やギルドへ入る注文に応じ毎朝価格が書き換えられるようだ。ほとんどの冒険者たちは、毎朝ギルドで獲物の相場を確認してから森に出かけてゆくのだという。
「ここは買取り単位がハッキリしていていいな」
肉の買取などはたいていその魔獣一頭あたりで計算されるが、個体によって肉の量にバラつきがある。そのため王都のギルドではそれぞれの肉の標準量と価格が決まっていた。たとえばオークなら一体分の可食部位を四十カレ(四十キロ)とし三百五十ダルの価格をつけている。大きな個体を狩れれば一カレ単位で値をつけてもらえる。
他の町のギルドでは十カレ単位の値付けだった。
「シュウはソロだったよな? 普段は何を狩っているんだ?」
「大抵はオークとか双尾狐だな。一度だけムーン・ベアを狩った事はある」
「オークはともかく、ムーン・ベアを解体せずに持ち帰っていたのか?」
コウメイの魔物図鑑によれば大きな個体の体重は百カレを超えるとあった。平原モグラの解体が初めてだったと言っていたシュウは、普段は百カレを超える熊をそのまま持ち帰っていたことになる。
「一人でどうやって運ぶんだ?」
「担いでだけど?」
他に方法があるのかと真顔で問われ、アキラは疲労に目をすぼめた。
「……獣人になって筋力があがっているのか?」
「みてーだぜ。骨とか筋肉がかなり強化されてる感じだ」
エルフになって転移したアキラには筋力が低下している実感があった。魔力を得るのと引き換えに身体強度が下がったアキラと、魔力を得られなかったために身体の強度が上がったシュウ。他の亜人族で転移した人に会う機会があれば、このあたりを聞いてみたいとアキラはひそかに思った。
「ムーン・ベアは胆嚢が五百ダル、皮が六百ダルか。一頭だけでもいい稼ぎになるな」
「解体手数料を払っても千ダルは残るし、運が良けりゃ蜂の巣も手に入るしな」
蜂の巣もそこそこの値段で買い取ってもらえるらしい。
「春になってからはオークよりも双尾狐を狩る方が多かったな。オークの狩場競争が厳しくてよ、ソロじゃ厳しくなってきたんだ。双尾狐の毛皮はお貴族様が衣装に使うってんで高値で買い取ってもらえんだよ。一度に四、五頭を持ち込めば千五百ダルくらいになるぜ」
「周辺に危険な魔物なんかはいないのか?」
「王城の西の方にオーガが居るって聞いたことあるけど、そっちは騎士団が狩るから冒険者は手を出すなって言われてるな」
魔物の中では知能が高く集団戦を得意とする人型の魔物は、騎士団の実践演習の相手とみなされているらしい。
一通りの情報に目を通したアキラはロビーの隅にある長椅子に腰をおろした。シュウは壁に背を預けてロビーを眺めている。相場情報は有効に利用できそうだし、ゴブリン狩りの競争相手が少ないのは朗報だ。双尾狐は一度まるごと持ち込み、解体を習っておきたい。そんなふうに意見を交わしている二人の元に、サツキとヒロがやってきた。
「お待たせしてすみません」
「とりあえず三日間、倉庫を借りました。荷物を入れてきたけどそれで良かったかな?」
宿に長期滞在になるのか、賃貸物件に腰を据えることになるのか、三日もあれば結論は出るだろう。
「俺たちが最後か」
最後に合流したコズエとコウメイの手には三枚ほどの板紙があった。賃貸物件の情報を借り出してきたらしい。
「どこかでお昼ご飯食べながらそれぞれの情報を共有しましょうよ」
「なあシュウ、美味い魚料理の店につれてってくれないか?」
「じゃあ煮込みの旨い店が近くにあるから、そこに行こうぜ」
シュウは魚が食べたくなると足を運ぶ料理屋に五人を引き連れて向った。




