魔術都市アレ・テタル 王都へ
アレ・テタルから王都までは駅馬車で三日かかるという。
今回もコズエたちは貸し馬車と貸し馬を手配し引越し準備をはじめた。
「荷物を増やしたつもりなかったんだけどなぁ」
「スライム布を買いすぎなんだよコズエは」
コズエはアレ・テタル専売のスライム布を、防水、発熱、冷却の三種類、厚さを変えかなりの枚数を買いだめしていた。
「だって余所では手に入らないんだよ! バッグも作りたいし、テントにも使えるし、この薄いのなら雨合羽にできそうだと思わない?」
賠償金という臨時収入もあったため財布の紐が弛んだ。コズエ個人の荷物もだが、パーティーの荷箱から溢れそうになっていた。
「アキは本を買いすぎだろ」
「コウメイこそ調味料を買い占めたじゃないか」
「ここで売ってる香辛料は王都にねぇってんだから買い占めるに決まってるだろ」
調味料が切れたら近所のスーパーに買いに行けばいい、という世界ではない。物によっては二度と入手できないかもしれないと思えば、めぼしい調味料を買い占めたくなって当然だろう。
「シュウさんも一緒に王都へ行くんですよね?」
「あっちが本拠地らしいからな」
「王都に行った後はどうするんですか? パーティーに入るのかな?」
「入れてくれとは言われてるぜ。けどノリの軽い奴だから、時々イラッとくるかもしれねぇし。俺はいいけどみんなが合わなかったら駄目だと思うしな。その辺の様子見もかねてしばらく一緒に行動してみるつもりだけど、いいか?」
「私はOKですよ。ケモ耳さん大歓迎です」
「獣人は強いんですよね?」
「筋肉はついてるって言ってたな。狼獣人になったら五センチは伸びたらしいし、あと足が速くなってスタミナついたって」
ヒロは獣人の狩りや討伐の様子を直に見るのを楽しみにしていた。
「事前に王都の情報を聞いておきたいが」
この世界は町や村単位での独自ルールが結構多い。王都となれば警備体制も地方とは異なるだろうし、物価や討伐対象の魔物の事も聞いておきたかった。
「港町の方にギルドがあるなら、そっちに滞在して魚料理に挑戦してぇな」
この世界に転移して以来、初めての海魚だ。どうやって美味しく食べるか、挑戦し甲斐がありそうだった。
+++
賃貸アパートの解約手続きを済ませた五人は、その夜、シュウの泊まっている宿に移った。
「何でそんなに荷物が多いんだよ」
一人箱ひとつ、共有の荷物用に箱二つ。それらを宿に運び込んだコウメイらを見てシュウがあきれ返っていた。
「冒険者って、こう身軽にさ、フットワーク軽いもんだろ?」
「本拠地引き払ってこっちに来てんだ、隣の街に足伸ばしただけのてめぇと比べんな」
「いやいや、宿に残してきた俺の全財産も、そんなにかさばってねーよ?」
この世界の冒険者はだいたい二種類に分類される。一つは快適に旅をするために最低限の家財とともに移動するタイプと、身一つで旅に出て必要になったら現地で物資を調達するタイプだ。
「いいんだよ、俺達は快適に移動したい冒険者なんだから」
女の子二人がいる時点で、安全性と快適性は絶対に妥協できないのだ。それが許容できなければ一緒に行動するのは難しいぞとコウメイが釘を刺すと、シュウは納得したようだった。
夕食は宿の食堂だ。夜のメインメニューは根野菜と魔猪肉の煮込み、黒パンにチーズだ。六人で一つのテーブルを占領していた。
「シュウさんにも馬車と馬のレンタル代、負担してもらってもいいですか?」
「おう、いいぜ。いくらだ?」
「王都について費用の精算が終わったら料金を六等分しますので、そのときにお願いしますね」
狼獣人のシュウの脚力とスタミナは、王都からアレ・テタルの距離を一昼夜で走りきるほどだという。一人なら走って帰るのだが、今回はコウメイらに同行して馬車の旅を選んだ。
「御者も野営の見張りも交代制だ。ローテーションに入れるからな」
「当たり前だろ。獣人の耳はすげーよく聞こえるから索敵は任せてくれ」
金の話が出たついでにと、アキラが五人で決めた条件をシュウに説明した。
「俺達はしばらく王都で活動するつもりだ。その間に狩りや討伐に一緒に出てもらい、パーティーに入ってやっていけるのか、互いに試したい」
「試用期間てやつだろ、いいんじゃねーか?」
「その間の報酬は六等分だが、それでいいか?」
「ウチは役割とかとどめを刺した人に多く配分するとかはやってないんです。獲物によっては一人分が少なくなると思いますけど」
利益の配分についてはパーティーによって千差万別だ。パーティー内の役割に応じて報酬が異なる場合もあれば、完全に人数割りをする場合や、年功序列、リーダーへの配分が多い場合や、コズエたちのようにパーティーとして一括管理し、一部を個人に配分するケースもある。
シュウがパーティーに加わるかどうかは正式決定したわけではないので、当面は利益を六等分してそれぞれに分けるほうが分かりやすいのだとコズエが説明した。
「いいぜ、それで。王都の東の森は結構な狩場で獲物も多いから、食いっぱぐれる心配はしてねーよ」
「王都の森ってどんな魔物が討伐対象なの? 海が近いってことは、人魚とかいるのかな?」
「人魚は聞いたことねーな。たまにサハギンに魚を奪われたって漁師が討伐依頼を出したりしてるけど、俺はほとんど港の方にはいってねーんだ」
「人魚、いないのかぁ」
せっかくの海だから期待していたのにと残念がるコズエの姿に、シュウは居心地悪そうに背を伸ばした。
「ええと、森にいる魔物はゴブリン、オークあたりは定番だなー。この辺りにはいないムーン・ベアの皮と胆嚢は高く売れるから熊も狙い目だぜ」
「ムーン・ベア?」
「首んところに三日月みてーな模様が入ってる熊だぜ」
「ツキノワグマ?」
「森の熊さんか」
「ムーン・ベアは蜂の巣が大好物で、蜂蜜食ってるときなら倒しやすいんだぜ」
「くまの○ーさん……?」
コズエとサツキは顔を見合わせ「屠れると思う?」「○ーさんは、ちょっと」と考え込んだ。
「いや、そんな可愛いものじゃねーからだいじょーぶって」
全長三メートルの熊だ。爪で引っかかれたら首が飛ぶ。
「熊を狩って、ついでに蜂蜜も採れば結構な儲けになるぜ」
「一石二鳥か、いいな」
「蜂蜜、楽しみですね」
甘味を買わずに済みそうだとサツキの目がキラリと輝いた。
+++
早朝。
アキラとサツキを荷物番として宿に残し、四人は冒険者ギルドに向かった。レンタルする幌馬車と馬の受け取りだ。
「あ、忘れてた」
コズエの困りきった視線がシュウを向いた。
「ごめんなさい、シュウさんの分の座布団、用意するの忘れてました」
「座布団? なんで?」
「馬車って結構揺れるんですよ。じかに座ってると、お尻の皮むけそうになるくらい痛いです、多分」
それにシュウは獣人だ、尻尾への負担を考えても柔らかいクッションは必要だろう。
「幌馬車にゃスプリングのきいた座席なんてついてないからな。マントか上着を畳んで座布団代わりにしとけよ」
「了解、適当に工夫するわ」
まだ開店前の冒険者ギルドの裏口をノックした。保証料を支払い済みの馬車と馬を受け取るのは、ギルド職員の案内が必要だ。
「おまえら朝が早すぎだろ」
ノックに答えて裏口から出てきたのは、ギルドの幹部職員だった。
「ブレナンさん?」
「おっさん、下っ端仕事振られてんのかよ」
「誰のせいだと思ってんだ。おまえらが街を出て行くまできっちり面倒見ろってギルド長から指示出てんだよ」
「コウメイ、おまえ何か面倒ごと起こしてギルドに目をつけられてんのか?」
「んなわけあるか!」
ブレナンに連れられてギルドに併設の倉庫に移動した。
「馬がまだ届いてねぇんだが……ああ、来たか」
すらりと引き締まった美しい馬が二頭、引かれて倉庫の前にやってきた。
「艶々してるな」
「なんか、顔つきからして都会っぽい馬ですね」
「俺たちが乗ってきたのはもっとがっしりどっしりしてて、足も短い馬だったぜ?」
「田舎の荷運びの重種馬より細身だが、力はあるし道を覚えているんだ、こいつらに任せときゃ道に迷うことは無いから安心しろ」
王都に向かう人が望むのは、スマートで光沢のある毛並みの馬がほとんどだ。そのため見た目も良く力の強い馬が特に選ばれて訓練されているのだそうだ。
御者席には一番馬の扱いの上手いヒロが座った。幌馬車に乗り込んだコウメイは、ブレナンに呼ばれて身を乗り出した。
「これアキラに渡しといてくれ」
「何だこれ」
「ミシェルから餞別だとよ。そのうち役に立つだろうからってさ」
コウメイに手渡されたのは手の平サイズの本だった。革で製本されており、表面には蔦と鳥が飾り彫りされている。
「魔術書かなんかか?」
「そんな高価なものじゃねぇよ。鑑定書と所有者証だ。魔武具にはそれを付けて納品するのが決まりだ」
製本が間に合わずにピアスを渡すときに用意できなかったらしい。職人に急がせてなんとか出発までに間に合ったのだそうだ。
「鑑定書ねぇ」
「その鑑定書があればアレ・テタル以外の錬金魔術師に修理を引き受けてもらえるらしいから捨てんなよ」
コウメイは中身を確認しようとして本を開いた。
「……これ、は」
鑑定書と所有者証の間に挟み込まれていた金属プレートを見て驚いたコウメイは、知っているのかとブレナンを見た。コウメイの視線にブレナンは小さく頷いて答えを返す。
冒険者証に酷似したその銅版には、アキラの名前と種族、魔法使いギルドに登録の魔術師であるという事が掘り込まれていた。登録種族は「人族」だ。
「必要なときは使えってよ」
「至れり尽くせりだな。ありがたく貰っとく」
ブレナンに見送られギルドを離れた幌馬車は、宿でアキラとサツキを拾い、荷物を積み込んだ。
六人を乗せた幌馬車は、開門と同時にアレ・テタルを発ったのだった。




