魔術都市アレ・テタル 幻影の呪具
「やっぱり身体が鈍ってますね」
ゴブリンの足を払い首にとどめを刺したヒロは悔しそうに言った。
「そうは見えなかったぞ?」
「組み手あらそいで引っかかれるなんて、この前まではなかったんですよ」
そう言ってヒロは左の頬から流れる血を拭った。ゴブリンの爪に抉られた傷は浅い
「治療薬使いますか?」
「この程度の傷に薬はもったいないよ。アキラさん、薬草もらえますか?」
「少し待ってろ、採取してくる」
ヒロはサツキに差し出された錬金薬を断わった。出血が派手なので大きな傷に思えるが、ゴブリンの爪に抉られた傷は浅く、五百ダルの治療薬を使うほどではない。
コウメイとコズエは魔石と耳を切り取って数を合わせた。
「ゴブリン討伐の相場って、今いくらになってましたっけ?」
「しばらくギルドにも行ってねぇからなぁ。そこまで値崩れしてないだろうから、最低でも二百はあるんじゃないか?」
「千ダルならまあまあですね。今日はおばけ蜘蛛も狩れてラッキーでした。糸線袋に高値がつくし」
「これだけあれば旅費は大丈夫そうだな。少し早いが街に戻るか。全員でギルドに寄れって伝言もあったし」
行方不明事件に巻き込まれ、ようやくゴタゴタも落ち着いてきた。この間無収入で貯金を切り崩していた五人は、旅費稼ぎと討伐の勘を取り戻すために北の森に出ていた。
ゴブリン五体、おばけ蜘蛛一匹、帰路でついでに銀狼を二頭しとめた。これだけあれば数日間の間に減った貯蓄は回復するだろう。
狩りが久しぶりなら、冒険者ギルドも久しぶりだ。コズエとコウメイが査定窓口の列に並び、残る三人はこれまた久しぶりの嗜好飲料を堪能するために二階に上がった。
狩猟から冒険者が戻ってくるには少し早い時間のせいか、査定に並ぶ列は短い。
「そろそろ馬車と馬のレンタル申し込みしておきましょう」
「王都はそんなに遠くねぇから、乗合馬車でもよくないか?」
「それが……ちょっと荷物増えちゃってるんですよね。乗合馬車は重量制限もあるし」
並ぶ待ち時間を利用して二人は街を出る手段を相談していた。
「やっと捕まえた!」
「うおぉっ」
列の横から引っ張られたコウメイは、バランスを崩す原因の腕を掴んで支えにした。
「あっぶねぇ」
「ひでぇじゃねーかよ、約束すっぽかしやがって!」
狼獣人がコウメイの肩を掴んで乱暴に揺さぶった。
「ギルドに聞いても教えてくれねーし、毎日待ち伏せしてたんだぞ」
「悪りぃ、あの後色々あって、忘れてた」
アキラたちに打診してからシュウに連絡をとるつもりでいたが、襲撃事件と地下室騒ぎですっかりシュウのことを失念していたコウメイだ。
「コウメイさん、その獣人さんが同級生なんですよね?」
列に残っていたコズエが目を輝かせて二人を見ている。
耳がぴくぴくと動いたシュウがコズエに笑いかけた。
「おう、あんたもこっちに飛ばされた人だな。俺は片岡秀斗ってんだ。シュウで登録してるからそう呼んでくれよな。あんたはコウメイの彼女か?」
「違いますよ。一緒にパーティー組んでいるコズエです」
「相変わらずモテてんなー」
「違うつってんだろ」
「コウメイさんがモテモテだった話、聞かせて欲しいです。換金が終わったら行きますから、二階の喫茶店で待っててもらえますか? 他の仲間もいるんですけど」
「他のって、全員飛ばされた人たち?」
「はい。私の親友とそのお兄さんと、幼馴染です」
「さっさと行けよ」
コウメイに追い出されたシュウはギルドの二階に上がった。ここ数日、コウメイを待ち伏せするためによく利用していたので勝手は分かっていた。甘みの強い果実のジュースを買って店内を見回すと、初めて見かける集団があった。がっしりとした身体つきの男と、フードを被った細いのと、髪を編みこんで丸めている女の子。自分と同年代の集団は周りの冒険者達より小ぎれいで、日本人だなと分かる雰囲気だった。
シュウがそちらに向けて踏み出すと、最初にフードが気づいて顔をあげた。
「うわ、美人」
思わず呟いたシュウの声は聞こえないはずなのに、フードの口元が機嫌悪そうに歪んだ。次にがっしりとしたのが顔をあげてこちらを見て、女の子が首を傾げた。
「よう、あんた達ってコウメイのダチだろ?」
「そうです。あなたは三C八番さんですよね」
「おお、シュウってんだ。さっき下でコウメイとコズエって女の子にここで待ってろって言われてさ」
丸テーブルの空いた椅子に腰掛けた。
「サツキといいます。コズエちゃんの友達です。こちらがヒロさんで、こっちが私の兄です」
「おにーさんの名前は?」
「アキラだ」
まじまじとアキラを見たシュウが首を捻った。
「もしかして、塾で一緒のアキちゃんって、あんたのことか?」
「なんだ、それは……」
「都築がよく愚痴ってたんだよ。浩明が塾があるからって放課後の約束をしてくれねーって。塾での話を聞いてみたら、同じコースにアキちゃんってのがいて、そっちとの約束が優先されるのが悔しい……怖い顔すんなよアキちゃん」
「その呼び方はやめろ」
コウメイが省略して呼び続けるのだ、今さら「アキ」と呼ばれたくらいでは怒らないが、ちゃん付けは許容できない、ちゃん付けはダメだ。
「あの、都築さんって、もしかして有希さんって名前の元カノさんですか?」
「そーだよ」
「お兄ちゃん、邪魔しちゃ駄目じゃない」
「会った事もないし、邪魔した覚えもない」
「アキラさんは無罪だよ、サツキさん」
ここのところ妹に叱られる機会が増えてしまったアキラだが、流石にこれは理不尽だろうとヒロが割って入った。シュウも笑いながらアキラを擁護した。
「サツキちゃんだっけ、あれは都築の自爆だったからしょうがねーよ。コウメイが医学部を受験するって知ってんのに、塾サボってデートしようとか誘う方が悪い。都築は推薦で短大決めてたから、その辺の危機感が抜けてたんだよなー」
「人のプライバシーを喋りまくってるバカにも危機感を教え込みたいなぁ」
背後からシュウの頭を掴んだコウメイが、青筋を額に浮かべてギリギリと締め付けた。
「いてぇ、痛いって。コウメイ、耳はやめてくれ。耳は弱いんだよ、耳は!!」
「軽い口を縫い付けていいなら耳は勘弁してやるぜ?」
「縫うとか、ゴーモンだろっ」
「コズエちゃん、針と糸貸して」
「えー、人を縫うんですか? 他の用途で使えなくなるじゃないですか」
渋りながらも腰のポーチから携帯ソーイングセットを取り出すコズエだ。きらりと光った針先を見たシュウが叫んだ。
「ごめん、すみませんでしたっ、二度としませんから許して!」
+
コウメイとコズエが合流し、六人は改めて自己紹介を済ませた。
「へー、コウメイはアキラと、コズエちゃんは三人で転移して、後から合流したのか」
「シュウさんも誰かと一緒に転移したんですか?」
「したよー。バスの運転手のおっちゃんと、乗客の女の子の三人で。最初は一緒に冒険者やってたけど、今は全員バラバラ」
「ケモ耳があるってことは、顔の横の耳は……あ、やっぱりなくなってますね」
「耳が四つあったらバケモノだよー?」
コズエとサツキが中心になってシュウと話を弾ませていた。アキラとヒロは傍観、コウメイは時々突っ込みを入れている。
「シュウさんは転移前に獣人を選んだということは、ゲームとか好きですよね?」
「あ、わかる? あんな場面で選べって言われたら、ケモ耳選ばなきゃもったいないだろ。コウメイならケモ耳かエルフあたりを選ぶと思ってたのに、人間なんだよなー」
ちらり、と全員の視線がアキラを向いた。
「あんたらもふつーだよな」
「普通が一番だと思うぞ、普通が」
そう言い切ったアキラの笑顔が、怖い。
「あー、確かに。俺も最初は浮かれてたけど、ここって獣人はレア枠じゃん? ジロジロ見られるし、里に話つけろとか訳わかんねー事いわれるし」
「里?」
「どうも狼獣人の一族って、どっかの町と取引してるらしくって、俺の店とも取引してくれ、里に話つけてくれってしつこく頼まれることがあってよ」
獣人族の村は人が住めない荒地や秘境のようなところに存在している。そのためそこでしか採取できない稀少植物や動物、食材らを近隣の人族の村や町に売りにやってくるのだ。過去に稀少素材を求めて人族が獣人の村に押しかけて争いになったことがあった。獣人族は人族との道を閉ざし、往来をやめてしまった。稀少素材を獣人族に頼りきっていた人族はたちまち困窮し、気まぐれに人里に現れる獣人たちを説得して、なんとか信頼できる町とだけ取引をすることになったのだという。
「俺は獣人だけど、本物の獣人が何処にいるとかわからねーから、なかなか面倒なんだよなー」
そんなわけで王都を拠点にしながらも、始終あちこちに移動しているらしかった。
「シュウさんはこの街にいる他の転移者とも会ってるよね? どんな人たちだったの?」
「普通だぜ。種族変えて転移した人はいなかったな。商人やってたり雇われてたり、意外に冒険者続けてる奴はすくねーな、とは思ったな」
「異世界きたら冒険者はテッパンですよねー」
「私達もコズエちゃんがノリノリで即登録しましたし」
最初は冒険者を選ぶしかないが、いつまでも続ける人は少ない。薬草採取ではその日暮らしから抜け出せないし、狩人は現代日本人にはハードルが高すぎる。なんとか狩りに慣れ魔物討伐ができるようになっても、危険度は狩人よりも跳ね上がっているし、下手をすれば命を失うのだ。
「薬草採取あたりで節約して金貯めてから、転職していくパターンが多かったみてーだ」
農家の手伝いに入って、そのまま農業に就いてしまった元サラリーマンに、たまたまギルドの計算間違いを指摘した流れで帳簿の手伝いに入り、商人ギルドに登録して帳簿付けを専門に請け負う商売を始めた営業マン。
「手に職をつけろってのは、何処の世界でも大正論だよな」
「確かに。元高校生にこの世界ですぐに就職できるような強みはないからな」
「ああ、それはそうだよな。運転手のおっちゃんも冒険者やって金貯めてから、中古の馬車買って王都と港町の町馬車屋になっちまったし」
「町馬車屋?」
「路線バスみたいに、決まった時間に決まったルートを一日何往復かする馬車だよ。乗合馬車みてーに長距離じゃなくて、村とか森の入り口とか、そーいう冒険者とかが乗り降りするルートを荷物運んだり、人運んだりしてんの。路線バス時代と同じように『次は○○村~、次は西森の入り口~』ってやってるよ」
「へぇ、ちょっと乗ってみてぇな」
「王都に行った時の楽しみが増えましたね」
「なんだ、コウメイたちは王都に移るのか?」
「もともと目的地は王都だったんですよ。ちょっと用事ができて滞在していただけなんです」
目的地から目的が移動してきて、アレ・テタルのギルドで邂逅を果たしたのだ。当初の予定を完遂した今、王都に向かう必要は無いのだが、この街に滞在したくないという理由がコウメイたちにはあった。
「いつ移動するんだ? コウメイが王都に移るんなら俺も戻るぜ」
「色々と後始末残ってるしなぁ。一週間以内には出て行けると思うんだけどな」
調書の内容を確認し署名しなくてはならないとか、被害報告を人数分提出しないといけないとか、そういった雑務が残っていて賃貸の解約手続きもできずに困っていた。
「今日もギルド職員さんに呼び出されてるんですよ」
「準備ができたら呼んでくれるらしいですが、ちょっと遅くないですか?」
ヒロが受付に確認に行こうと席を立ったとき、マシューが店の入り口に姿を現した。コウメイたちを見つけて手をあげ合図を送る。
「噂をすればってヤツみたいだな」
「悪いなシュウ。明日、お前の宿まで訪ねて行く。昼飯くいながら話そうぜ」
「りょーかい」
コウメイたちは席を立ち、それぞれシュウに手を振り会釈して去っていった。
+++
ギルド二階の店を出た五人は、三階の面会室に招き入れられた。
大きなテーブルが部屋の中央に据え付けられており、その椅子に座っているのはブレナンとミシェルだった。二人はコウメイたちを見て立ち上がった。
「待たせて悪かったな」
「ミシェルさんも来てたんですか」
「ええ、あちらの塔に来てもらうのは申し訳ないですもの」
そう言って困ったような笑みをコズエに向けた。
「座ってくれ。説明することが多いんだ」
並んで置かれた五脚の椅子にコウメイたちが座ったのを確認して、マシューが面会室を出て行く。ここから先は五人と二人だけの機密処理になる。
「まずは先日聞き取りしたものをまとめた調書だ。それぞれの内容を確認してくれ。訂正がある場合は言ってくれ」
ミシェルによって配られた調書の内容は各自によって異なっている。コズエとアキラのものは他の三人よりも量が多く、読み終えるのに時間がかかる。読み進めるうちに生々しい記憶が蘇るのか、コズエは時おり苦しそうな表情を浮かべていた。反対にアキラは表情を変えず淡々と読み進めている。何ヶ所か修正を申し出て、ブレナンとミシェルに確認させていた。
全員が調書に署名を終えると、今度は賠償金の説明が始まった。
「犯罪者が支払った罰金や没収した財産から被害者に賠償金が支払われることはご存知でしょう?」
ナモルタタルでも当時のコズエたちには結構な金額を受け取っている。
「今回は長期的な犯罪だったことと、命の危険もあったこと、回復するまでの間に収入を得られなかった損害への補償、そういったものの計算に少し時間がかかってしまったのよ」
申し訳なさそうにミシェルが頭を下げた。
「パーティー単位で計算をするのか、個別に計算するかで少し揉めたんだが、今回は個人に支払われる形になった。コズエとアキラへの賠償金の内訳がこれだ」
ブレナンが差し出した明細を見たコズエは口をあけて固まった。
「治療療養費が五千ダル、収入補填費が四千ダル、賠償金が一万千ダルの合計二万ダルか」
「……あの、これ、多すぎませんか?」
「何を言っている、あれだけ大きな事件の被害者に払うにしては少ないくらいだぞ」
「捕らえた魔術師たちの財産は換金性の低いものが多くて、ギルドからもかなり支出したのですが、被害者の数が多いので……」
死亡の確認が取れた場合は親族へ、血縁関係者が居ない場合はパーティーへ、行方不明の場合にも少ない額だが賠償金が支払われたらしい。あちこちへの分配を考慮すると、コズエたちに支払えるのはこれが限界だとミシェルが言った。
「俺らのもこれだけ貰えんのか」
「こんなに貰っていいのでしょうか」
「俺はそれほど被害は受けてないんですけど、いいんですか?」
サツキとヒロには二千ダルずつ、コウメイにも三千ダルが支払われることになっていた。
ゴブリンの巣を殲滅させたときの収入が五人で二万ダルだったことを考えれば、個人にこの金額は驚くしかない。
「受け取っとけ。口止め料も入ってると思えば、そんなに高くはねぇと思うぞ」
「あの、この賠償金に税金はかかりますか?」
パーティーに支払われるのではなく、個人に支払われるのだとしたら、半年後にコズエとアキラは納税義務が生じてしまう。
「賠償金から税金取るなんざ、何処の悪税務官だよ。国のどこへ行っても賠償金から税金とるとこなんかねぇから安心しとけ」
それを聞いて全員が賠償金の受け取り書にサインをした。アキラとコズエは現金ではなく支払約束証書の形で受け取ることを選択した。ついでにアレ・テタルのギルドに預けたパーティー財産も旅費分を残して約束証書にして貰えるように頼んだ。
「財産引き上げるってことは、出て行くのか。どこへ行くんだ?」
「コウメイさんの友達のいる王都です」
「王都か。あそこはアレ・テタル以上に賑やかなところだぞ。南に港町があるから魚料理が名物になっている。コウメイなら楽しめるんじゃないか?」
魚と聞いて反応したのはコウメイだけではなかった。コズエはうっとりとし、サツキは微笑み、ヒロは嬉しそうに頷いて、アキラは小声でコウメイに「刺身」と呟いていた。
約束証書の受け取りは明日の昼以降になると確認した五人が席を立とうとしたのをミシェルが止めた。
「アキラさんの探しておられた資料は発見できなかったわ、ごめんなさいね。その代わりにこれを受け取っていただきたいの」
そう言ってミシェルがテーブルに置いたのは、手の平に乗るほどの小さな木箱だった。
「今のあなたに必要なものですわ」
アキラは警戒しつつ、そっと手にとって木箱の蓋を開けた。
「……耳飾、ですか」
「魔武具、いいえ、呪いの魔武具です」
「呪い!?」
コズエが身を乗り出してアキラの手元を覗き込んだ。
「キレイなピアスですけど、これが呪われてるんですか? なんでそんなものをアキラさんに?」
「アキラのために術式を構築したら、アキラ以外の人にとっては呪いとしか思えない効果が付与されてしまったのよ」
「呪いなんて……大丈夫なの?」
サツキが兄の服の裾を引っ張って心配そうに見あげた。
「これ、ミシェルさんが作ったんですか?」
「もちろんよ。わたくしは錬金魔術師ですもの」
アキラは指先で小さな魔石のピアスをつまみあげた。滴の形に加工された紫魔石と、銀の針状の薄い線板がいくつも飾りつけられた繊細な装飾品だ。
「これは、魔力を吸っているようだが……?」
「さすがね。それは身につけた者の魔力を使って、半永久的に幻影魔術をかける魔武具なの。それを身につけている間のアキラの姿は、他人の目からは人間にしか見えなくなるわ」
人間にしか見えなくなる。その言葉にピアスを摘む指先に力が入った。
「試しにつけてみて下さいな。幻影魔術の効果を確かめる必要があるでしょう?」
そう言ってミシェルは氷の針を作り出した。アキラの耳に穴を開け、ピアスのフックを穴に通して着けさせた。
ピアスを着けた途端に、アキラは魔力が遠ざかるのを感じた。身体から溢れそうなほどあった魔力が、急激に奥深くへ押し込まれ、取り出すのが難しくなった。
「なるほど、これが呪い」
「そちらの効果もちゃんと働いているようね」
ピアスを着けた状態では、大きな魔法は使えそうにない。できそうなのは、一つか二つの風刃を打ち放つことか、手の平ほどの火球をぶつけるくらいだろうか。今まで自在に魔力を操っていた状態から考えれば、確かに呪いにかかったといえる状態だ。だがこれはアキラが望んでいたものでもあった。
「わあ、本当に耳が短くなってるよ、お兄ちゃん」
「うん、エルフに見えない。ぴったりですね、そのピアス」
「普通の耳にしか見えません。それに似合ってます、すごく」
「あ、触ったら耳は長いんだな。手を離すと人間の耳にしか見えねぇのに」
コウメイがアキラの耳を触り縁をなぞるようにしていくと、幻影魔術の効果が消え、エルフ独特の長い耳が現れる。コウメイが手を離すと、耳の形は人間と同じものに変化して見える。
「接触した感覚は誤魔化せないものよ。耳以外への接触は問題ないけれど、耳に触れさせないように気をつけてね」
アキラは銀板の表面に写して自分の姿を見たが、幻影魔術の効果を確かめることはできなかった。幻影魔術は他人を惑わすもので、自分自身に幻影を見せることはできないのだろう。
改めて自分の顔と両耳を飾るピアスを見て、アキラは少しばかり不満を感じた。自分のためにミシェルが作ってくれた魔武具の効果に不満はないが、形状には文句を言いたいと感じるのはワガママだろうか。
「……ピアスじゃなければ駄目だったんですか?」
たとえば指輪とか、腕輪とか、ネックレスとか。
「身体に埋め込むことが重要なの。他の装飾品では銀に刻んだ術式が魔力を吸い取れないのよ」
「似合ってるんだからいいじゃねぇか」
繊細なデザインのピアスが似合うと言われても素直に喜べないアキラだった。
「この魔道具を無料で頂くわけにはいけません。代金は支払わせてください」
「お金は要らないわ。これはわたくしからのお詫びだから」
「でも」
「それを着けていると魔力が制御されているでしょう? 今までのように不自由なく魔術を使うことはできなくなるの。魔術師にとってはまさに呪われた耳飾りなのよ。こんなものに代金を払おうとする人はいないもの。受け取ってもらわなくてはわたくしの仕事が無駄になってしまうわ」
「折角アキのために作ってくれたんだぜ。もらっとけよ」
ミシェルはアキラの真の望みを理解し、彼女にできる最大限で願いを叶えてくれたのだ。
「……ありがとうございます」
アキラは万感の思いを込め深く頭を下げた。




