魔術都市アレ・テタル 不穏な気配
討伐対象の相場を確認しにギルドに来ていたコウメイとアキラは、気になる掲示物を見つけた。
「都市警備隊からの通達?」
その通達は、依頼や討伐魔物情報が張り出されている掲示板とは別に、玄関から入って目に付きやすい場所に掲示されていた。
「住民が行方不明になったらしいな。情報を求める内容だ」
「街の外で見つけた場合は保護するように、か」
地方からアレ・テタルの商家に勤めるためにやってきた人が、約束の期日になっても商家に現れなかった。念のため街門管理の役所に問い合わせてみると、五日も前に東門から街に入っており、その後は街を出た痕跡は確認できていないのだという。警備隊に捜索の相談をしたところ、三日前に裏通りの一角で発見された荷が、商家の雇われ人のものだと判明した。壁の内側での捜索は警備隊が請け負ったが、街の外に関しては冒険者に協力を求める、という内容だ。
「これだけ大きな街にもなれば、治安の良くない場所はいくつもある。迷い込んで抜けられなくなった、とかだろうな」
犯罪者に身包みはがれて放置されたか、人攫いに囚われ既に奴隷として売られた後か。
コウメイたちは買い物に出る時も単独行動は避けるようにしているし、夜間は複数であっても外出は控えている。ナモルタタルのように裏道まで知り尽くし、住民に伝手ができていればまだしも、ほとんど知り合いの居ない大都市の闇はリスクが高い。
アキラはアレ・テタルに来たばかりの頃に、似たような話を聞いたなと思い出した。
「誰かが冬に大きな事件があったとか言ってなかったか?」
「確か魔術師が行方不明になったのと、冒険者の惨殺だったな。犯行グループの盗賊団を壊滅させて解決済みと聞いていたが。残党が残っていたのかもしれないな」
コウメイも女冒険者から聞いた話を思い出していた。詳細を聞こうと知り合いを探し、受付に座っていたマシューに前の事件との関連を尋ねてみた。
「同一犯の可能性は低いですよ。盗賊団は壊滅させましたし、直後から交代で複数の監視員を置いていまして、これまでも戻ってきた残党を何人も捕まえてるんです。そろそろ半年ですし、もう残党は残っていない可能性も高いですね」
こちらの世界の警察的な組織がどういう風に犯罪に対処するのか知らないが、監視が半年も続いているというのは驚きだ。
「随分長く監視してるんだな」
「当時の行方不明者の何人かは、まだ見つかっていないんです。隠れ里の捜索でも手がかりは見つかってません。手がかりを得るために下っ端の逮捕が必要ですから」
「別の場所に新たな拠点を作ってるんじゃねぇのか?」
人里離れた場所で動くと目立つが、街中のような雑踏でなら少しくらい不審な動きをしても目立たない。木を隠すなら森、人が隠れるなら街だ。コウメイがそう指摘すると、マシューは少し考えてから首を振った。
「街には街の犯罪集団の縄張りがありますからね。そこに新たな隠れ家を作るのは難しいんじゃないでしょうか」
今回の行方不明は街の犯罪組織が係わっている可能性が高いとギルドは考えているらしい。
「おそらく街中が捜索の中心になると思いますが、外で発見される可能性もありますので、見つけたら報告をお願いします」
生死は問わないが、生きている可能性はほぼ無いだろうとマシューは言った。死体の第一発見者になりたくないので積極的に捜索するつもりは無いが、狩りの途中で発見してしまった場合は仕方ないだろう。
「皆さん、今日はどの門を使いますか?」
「北だな」
それなら、とマシューは板紙の資料を差し出してコウメイに言った。
「北の山を狩場にしているのなら、山村の近くで小鬼が出没しているので討伐して欲しいと依頼がきています。引き受けてみませんか?」
「その山村って、盗賊団の隠れ家の近くか?」
「そうです。賊たちが居なくなってからは農作物や家畜の強奪もなくなって、平穏だったんですが、今度は小鬼が畑や家畜を襲うようになったとかで困ってるんですよ。小鬼の討伐報酬は安いですし、卸せる素材も無いので冒険者達はやりたがらないんです。ギルドから依頼達成報酬に色をつけますので、引き受けてもらえると助かります」
小鬼一体の討伐報酬は三十ダル、魔石は五十ダルだった。それなら魔猪を狩ったほうが断然実入りがいい。
「気が向いたらな。今日は羽蜥蜴の予定だ」
「ということは、夕食は『えびちり』ですか?」
マシューの嘆息には「食べたい」の一言が潜んでいたが、コウメイは気づかないふりをしてギルド会館を出た。
+
コウメイは羽蜥蜴の狩場に向かいながらギルドで得た情報を三人に話した。事件性のある行方不明、冒険者に協力依頼が来た意味を知ると、コズエたちは不安そうに顔を見合わせていた。
「行方不明の方は俺達に手伝えることはなさそうですね」
「探すといってもどうやっていいか分からないし」
「俺たちが期待されてるのは、死体の発見……ですよね?」
ヒロが確認するようにコウメイに尋ねた。死体、という生々しい単語を聞いてコズエとサツキの身体がピクリと跳ねる。
「まあ、そういうことだろうと思うぜ」
「……い、生きて見つかって欲しいです」
「うん、記憶喪失とか、怪我してどこかで匿われてるとか、そういうのだといいなぁ」
散々魔物を屠り、魔動物を解体してきて今さらだが、やはり人間の死体には抵抗を感じてしまう。腐乱死体とか発見したくないなとコズエは言葉を飲み込んだ。
行方不明者が出たことで各門に立つ兵士の数が増えていた。普段は街に入ってくる人間を記録し目的を尋ね身分証明で確認を取るのだが、コウメイたちが北門を出る際にも同じように確認され、しっかりと記録簿に記されるだけでなく、戻りはいつになるのか、何の目的で街を出るのかと詳細な聞き取りまでされた。
「北の森で魔猪狩り、閉門までに戻る予定、と」
「えらく細かく記録するんだな」
「念のためだ。警備隊の調べで必要になるだろうからな」
行ってよしと門兵に送り出され、五人は森に向かって歩き出す。北門から街に出入りする数は多くないが、盗賊団の潜伏していた山里側の唯一の門なせいか、かなり監視は厳しくなっているようだった。
「さっきの話だけど、行方不明者の方は無理でも、山村の方なら私達でも何とかできそうじゃない?」
「小鬼討伐のことか?」
「そう。村の人が困っているのなら、なんとかしてあげたいかなって」
「けど小鬼って、ゴブリンのことじゃないんですか?」
コズエの読んだことのある翻訳のファンタジー小説だと、ゴブリンを小鬼と訳す作品も多かった。しんがりのコウメイを振り返ると、コズエの疑問に答えが返ってきた。
「ここでの小鬼ってのはゴブリンよりも小さい人型の魔物だ。身体が軽くて素早いが、走るのは下手で木に登るのが上手い。木の上にいる猿のイメージが近いみたいだな」
「お猿ですか」
「そんなに手強い魔物じゃないとは聞いてるが、平地慣れした俺たちが簡単に屠れる魔物でもないだろうな」
「じゃあ討伐するとなったら事前の準備が必要ですね」
コウメイが簡単じゃないというのなら、自分達にはかなり手こずる魔物なのだろうとヒロは納得した。
「小鬼の件は今晩にでも決めよう。今日はカークさんの畑を荒らす魔猪狩りだ」
森に生息する魔猪は、近隣農家にとっての天敵だ。特にイモ類を栽培しているカークの農園は集中して狙われる。収穫期が終わるまで続く魔猪との攻防には、コズエたちも定期的に魔猪を狩ることで協力している。
「魔猪の子供がどんどん生まれてますよね。大きくなるのも早いし」
「柵とか作ってもなぎ倒して畑に侵入するらしいし。猪ってのはどこの世界でもしぶといよな」
午前に二頭、昼食を挟んで午後に二頭。少し早めに狩りを切り上げ、本日の獲物を持って農夫のカークを訪ねるところまでが北の森での狩りのルーティーンだ。
「カークさんは一頭分の肉で良かったですよね?」
討伐報酬と素材の売却の売り上げ、そして一部の肉をカークに譲渡することで得る新鮮な野菜の数々が本日の収入だ。
「骨もつけてくれ。コウメイに教わった骨のスープが美味くて、そればかり作ってるんだよ」
「じゃあ肉と骨を一頭分」
今日しとめた四頭の魔猪のうち一頭を大量の野菜と交換し、一頭分は自分達の食料に、残りの肉と皮はギルドで換金だ。箱台車に数種類の野菜を積み込んだ。また頼むぜ、というカークに見送られて北門にむかった。
「魔猪肉二頭と皮四枚に、ゴブリンが二体、銀狼一頭か。まあまあだな」
「二千ダルくらいになるかな。でも修理代にはまだまだ足りない感じかなぁ」
「やっぱり魔石は魔法使いギルドの方に売りませんか? 二割は結構大きいですよ」
会計係りのコズエが経費計算をしながらぼやいたのを見て、ヒロがアキラに打診する。
「魔法使いギルドに近づきたくないのは分かりますが、塵も積もればってヤツです。コズエの計算でも結構な差が出てきてるんじゃないか?」
「……うん、羽蜥蜴の魔石は特に買取額に差が出るから」
「アキラさんがあそこに近づくのは危険でも、魔力量の少ない俺なら問題ないと思うので、今後は魔石は魔術師ギルドの方に売ることにしませんか」
アキラは返答しがたいといった風で、眉間にシワを寄せている。自分の銀板の修理費を稼ぐために皆に協力してもらっている手前、自分のワガママを押し通すことは出来ない。だが魔法使いギルドへの懸念と嫌悪はどうしても拭えきれないのだ。
「まあ、今すぐ決めなくてもいいんじゃないか。魔法使いギルドの買取増の期間は一年間もあるわけだし。魔石だけ溜め込んでおいて、様子見てから売りに行けばいいだろ」
「ジョイスさんに間に入ってもらうことはできませんか? 魔術師に同行してもらえば、危険回避できると思うんだけど、どう思うお兄ちゃん?」
「それなら、危険度は下がるだろうな」
「んじゃジョイスの暇な時に同行してもらえるように頼んでみるか。それまで魔石は溜め込んでおくって事でいいか?」
コウメイの折衷案で当面魔石は換金せずに溜めることになった。討伐報酬と肉や素材だけでもそれなりの収入になるので、生活費の心配はない。
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北門では出る時と同じような聞き取りと確認が行われていた。
「N629の五名、確かに戻ってきたな」
朝とは違う門兵がコズエの提示したパーティー証を確認し、出門時の記録と照らし合わせていた。
「森で不審者を見なかったか?」
「いや、行方不明者も見てねぇぜ。街の中は変わりなかったのか?」
「昼に新たな行方不明者が出た」
門兵が示した場所には、新たな掲示物が張り出されていた。
「貴族の館で働いている女だが、四日前に買い物に出てから戻っていない。特徴なんかはそこに張り出してあるから読んでおいてくれ。もし見かけたり、外で発見することがあったら」
「あんた達に知らせたらいいんだな」
「ああ、頼む」
新たな行方不明者は貴族の館で下働きをしていた女性だ。勤続は十年ほど、雇い主から逃げる理由は無く、私的な人間関係にも問題になる点は見つからず、買い物に立ち寄った店を調べても手がかりはなかったらしい。
「四十代、赤毛で背は低く小太り、瞳は緑」
「無事だといいですね」
「外で発見したくねぇなぁ」
コウメイたちの行動範囲はそれほど広くはない。好奇心に任せて都市内を探検したい気持ちはあるが、今の情勢では自ら危険に飛び込んでいくようなものだと控えていた。
「アレ・テタルって治安も良くないし行方不明事件も起きてるし、なんか居心地悪いよね」
「昼間でも大通りをちょっと逸れると雰囲気が変わりますよね」
その点ナモルタタルは平穏だった、と吐いたコズエの溜息にサツキが同意した。冒険者同士のイザコザはあったが、住人は善良でのんびりとしていて平和な田舎街のナモルタタルが懐かしい。
「人が多く集まってるってことは、それだけトラブルも犯罪も起きるものなんだろうな」
「国のあちこちから集まってきてるからな。価値観も違うし、ぶつかれば揉め事も増える」
魔術師を目指してやってきた人々の全員が魔術師になれるわけではない。学業や修行に耐え切れず挫折した者も多い。魔術師の道を諦めた者たちのほとんどは故郷には帰らず、アレ・テタルに勤め先を見つけ定住している。就職先を得られなかった者は冒険者となって日銭を稼ぐ。そこで踏みとどまれれば良いが、魔術師にもなれず冒険者の適性もなく路頭に迷った者たちが犯罪者へと落ちていく。
「用事を片付けたらさっさとこの街出て行こうぜ」
「羽蜥蜴肉は美味しいけど」
「美味いものは他でも食えるって」
納品と換金に訪れた冒険者ギルドの雰囲気も、朝よりも落ち着きがない。コウメイの料理をよく食べに来ていたマシューにこっそりと尋ねると、不穏なセリフが返ってきた。
「ついに冒険者からも行方不明者が出たんです」
「狩場ではぐれて合流できてないとかじゃねぇのか?」
討伐対象の反撃でパーティーが分断され、仲間と合流できないなんて事態は普通にあることだ。たいていのパーティーは分断されたときの合流手段を決めているものだが、それでも再会できない場合はある。だが今回はそのパターンではないとマシューが断言した。
「門を出た記録は無いし、姿を消す直前まで仲間と一緒に街中を行動していたんですよ。ひと月ほど前に冒険者登録をした新人ですが、三年前から街に住んでいた男性です。うっかり危険な場所に迷い込んだなんて考えられません」
マシューが声をひそめ、周囲の同僚の様子をうかがいながら言った。
「この件でギルド長たちが顔色変えて会合に出かけていきましたよ。魔法使いギルドや商人ギルド、都市警備隊と都市長で対策を話し合うらしいです。その結果次第で領主様からも何か命令が下るんじゃないかって」
「結構な大事になってるんだな」
「……ギルド長に同行する前に、ブレナンさんが言ったんですよ。冬の時と似てるなって。それを聞いたみんなの顔色が変わってしまって」
それでこの雰囲気なのかと、ヒロは辺りを見回した。盗賊団の隠れ里を襲撃し、残党を捕らえるために半年も交代で監視にあたり、いまだ行方不明の人の手がかりを求めていたというのに、新たな行方不明者が出てしまった。ギルド職員達の顔には押さえた怒りが、冒険者達には不安が浮かんでいる。
「行方不明者に何か共通するものはあるのか?」
「さあ、どうでしょうか。僕は聞いていませんけど」
「巻き込まれねぇように用心するのも難しそうだな」
事故ではなく事件だという認識で偉い人たちは動いているようだとコウメイは判断していた。無差別なのか、何かしらの条件に当てはまる人が狙われたのか、分かれば対策も取れそうなんだがなぁ。
「調味料は豊富だし、コレ豆茶は魅力的だが、それ以上に馴染めねぇ街だよな」
薄切り魔猪肉の香草焼きと蒸かした丸芋、野菜たっぷりのスープという夕食を取りながらのミーティング。溜息まじりのコウメイの言葉にコズエも同意した。
「ギルドカフェのジュースは美味しいですし、魔術書とか珍しいものもあって面白いんですけど、住み心地は良くない感じですよね~」
「二、三日くらい街を離れて様子を見れたらいいんだが」
「じゃあ、山村の小鬼退治に行きませんか?」
朝の会話で気になっていた依頼内容をチェックしていたらしいコズエが積極的に押した。
「山村は日帰りできる距離じゃないし、ある程度小鬼の数を減らすのに時間もかかるので、村で寝泊りする場所は用意しているって書いてました。街を出て行くんじゃなくて、一時的に離れるなら丁度いいと思うんです」
「報酬はいくらだったか覚えてるか?」
「達成報酬は三百ダルでした」
ゴブリン一体の討伐報酬と同額。魔物討伐にしては安い仕事だが、寝泊りする場所が用意されているなら、自分達の負担は少ないだろうとコウメイは頷いた。
「街を離れる口実にもなるし、今回は請けてみるか」
行方不明事件でザワついている街からの一時的な避難だ。街を離れている間に行方不明事件が解決するのを期待しよう。
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翌日の朝一番にギルドにて小鬼討伐の依頼を請け負った。
山村での活動予定は四日。
「依頼の失敗は罰金が科せられます。討伐終了の判断は村長が下しますので、必ず署名をもらってから下山してくださいね」
マシューに送り出された五人は通い慣れた道を進み、なだらかな山道を登っていった。




