魔術都市アレ・テタル 魔術書
コウメイの料理は、それなりに好評だった。
三日目頃からは冒険者ではない客の数が増えた。
「これはどうやって作ってるんだ? 煮てないし、焼いてねぇぞ」
この世界の加熱料理は煮るか焼くだ。油で揚げる調理法はほとんど存在しないらしい。そのせいか唐揚げが口コミで広がったらしく、五日目のソーセージでは料理人らしい客がブツブツと分析しながら食べていたのが印象に残っている。
「本当に、ほんとうに、十ダルでいいんだな!?」
六日目に羽蜥蜴肉の料理を提供したときは、客のほぼ全員に値段を確認された。羽蜥蜴料理の街での相場は五十ダル、高級食材だったようだ。
「手伝ってもらったときに聞いていた『えびちり』という料理を、やっと食べることができました。とても美味しかったです」
「だ、誰?」
「ジョイスですよ、コズエさん」
先に食べた魔法使いギルドの先輩に聞いて、売り切れる前にと駆けつけたのだというジョイスは、完成させた魔道具を身につけていた。はっきりと聞こえてくる魔術師の声は大変なイケボで、声を知らないコズエたちは本当に本人なのかと何度も確認してしまった。
エビチリ風の羽蜥蜴は、使われている香辛料が苦手だと言う者もいたし、故郷の調味料が使ってあって懐かしいとお代わりをしたがる冒険者もいた。
七日目のコロッケは、芋なのに芋じゃないという謎の感想がたくさん聞こえた。噛み応えのある肉を好む冒険者には、味は良いが食った気がしなかったと何人にも言われてしまった。
最終日の狂鳥肉の煮込みは、トマトピューレーっぽいソースで仕上げた。野菜を食べない冒険者達も、肉と一緒に煮込んだ野菜は一かけらも残さず食べるようだ。
そうして嵐のような十日間が過ぎ去った。
飯屋が完全閉店をした翌日、五人は休養日を思い思いにのんびりと過ごしていた。
誰にも求められず閑古鳥が鳴くよりはマシだが、予想以上に忙しい十日間だった。休日無しで営業し続けたため、狩りとは異なる疲労がたまっている。いつもは二の鐘の頃に起きるコズエたちも、その日は三の鐘までぐっすり寝ていた。
「凄く疲れたけど、楽しかったです」
「バイト経験なかったので、新鮮な経験でした」
アキラとサツキは買い物に出かけている。久しぶりに兄妹でゆっくりとするのだろう。残った三人はリビングの座卓でダラダラと過ごしていた。一番忙しかったはずのコウメイは、疲れた様子もなくすっきりとした表情で茶を飲んでいる。
「コウメイさんは将来お店を開く練習になったんじゃないですか?」
「いや、むしろやる気がなくなった」
「どうしてですか? 料理が好評で嬉しかったって言ってましたよね」
「喜んでもらえたのは嬉しかったけど、飯屋やってる間は料理のことしか考えられなかっただろ。アレが苦痛だったんだよなぁ」
意外な言葉にコズエもヒロも驚きを隠せなかった。共同生活を始めるときのミーティングで、コウメイは料理担当は他に譲らないと言っていたくらいなのに。
「苦痛だったんですか?」
「食事当番も交代制にした方がいいですか?」
任せきりで負担がかかり過ぎてストレスになっているのだろうかと心配するコズエたちに、コウメイは苦笑を返した。
「メシ担当を他に任せるつもりはねぇよ。料理作るのは好きだし、手に入る調味料で色々試行錯誤すんのは楽しいしな。けどそればっかり考えなきゃならない状況は、俺には耐えられないって気づいたからなぁ」
まさか自分でもそういう結論に至るとは考えていなかったのだとコウメイは説明した。
たとえ十ダルでも金を取るのだから客に満足してもらわなくてはならない。そのためにどんな料理を作ればいいのか、どんな食材を組み合わせればよいのか、常に考え続けた十日間だった。好き嫌いはあるだろうけど「肉団子が美味しかった」「狂鳥肉のカラアゲという料理は美味かった」なんて感想をもらえて嬉しかった。だが店の営業を続けるということは、料理に縛られるということだ。
「俺にとって料理は必要だけど、主軸にはしたくない」
「主軸?」
「料理を作るよりも優先したいことがある、て事だよ」
コウメイの言葉を聞いて、何となく分かるような、分からないような、とコズエは考え込んだ。
「のんびり片手間になら飯屋をやってもいいかもしれないけど、そういうのって多分老後ってヤツになるんじゃねぇか?」
「老後は、遠いですね」
「想像つかないなぁ」
日本でだって明確な将来を描けていなかったコズエとヒロには、異世界での老後といわれても具体的なビジョンが想像できない。もちろんコウメイだって何をすると決めたわけではない。だが自分の目指しているもの、目指したいものは料理の道じゃないと、今回の経験で確かめられた。
五の鐘の音が聞こえた。ちょうど昼時だ。
「昼飯は残り物でいいか?」
そう言って立ち上がろうとしたコウメイを二人が止めた。
「残り物なら私たちが取ってきます」
「コウメイさんはゆっくりしててください」
十日間休みなしに働いたのだ、疲れて弱音を吐いているのだろうと気遣った二人は、厨房へと向かう。
「まだ十代なのに、老後とか……コウメイさん、絶対に疲れてるよね?」
「明日から狩りに出るって言ってたけど、もう一日休みとった方がいいんじゃないか?」
昨夜のメニューである狂鳥肉と野菜の煮込みの残りを温め、鍋ごと持ってヒロは部屋に戻っていった。作り置きのパンを籠に入れ、皿とカトラリーをトレイに乗せたコズエが後を追って階段を登ろうとしたとき「ただいま」とサツキとアキラが帰ってきた。
「おかえり~。もっとゆっくりしてくれば良かったのに」
「市場で果物を買ったから、食後のデザートにいいと思って早めに戻ったの。それにお兄ちゃんが面白いものを買ったの。コズエちゃんは絶対に興味あると思うわ」
「何なの? 珍しい布とか?」
五人分の皿とカトラリーを持って部屋に戻り、残り物とフルーツで昼食を終えると、コズエは期待の目でアキラを見た。
「それで面白い物って、何ですか?」
「本だ。今日買ったものを見せる前に、先にこっちを見てくれ」
アキラは寝室から持ってきた革張りの本を先に卓上に置いた。転移の時に手に入れた図鑑よりも薄く、かなり古い物のようだ。
「これが読めるなら、今日買った本も面白く読めると思う」
「物凄く読み込まれた本ですね」
「それナモルタタルの古本屋で買った本だろ」
「コウメイさんはもう読みました?」
「読んだと言えば読んだことになるのか」
ニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべているコウメイを見て、好奇心が抑えられなくなったコズエは本に手を伸ばし、そっと表紙をめくった。最初のページに書かれていたのは短な一文だ。
「魔力を有する者の扉とならんことを……これ、魔術の本ですか?」
「六歳の洗礼で魔力あり判定の出た子供に配られる本らしい。これが読めれば魔術学校に入学資格を得るそうだ」
巡回神殿に同行している魔術師からこの本を受け取った子供達は、必死に文字を習い、魔力を育て、魔術学校への入学資格を得るために努力する。だが本の内容を読み解き、魔術学校へたどり着く子供の数は、本を受け取った者の四割程度らしい。挫折し、魔術師への道を諦めた子供達は次の巡回神殿がやってきたときに本を返すか、古本屋へと売ってしまう。アキラがナモルタタルで手に入れたのも、はした金で売られた教本だった。
赤茶けた羊皮紙をめくると、この教本の取り扱いについての説明書きがあり、次のページは。
「何も書いてませんけど」
「他のページはどうだ?」
「白紙です」
ぱらぱらとページをめくっていくと、突然文字の書かれたページが現れた。
「ここから、えーと五ページは書かれてます。魔力の、土属性についての説明みたい」
印刷ミスに気づかないまま綴じちゃったのかな、とコズエが不思議がる様子を見たアキラとコウメイが納得したように頷きあった。
「やはりな。コウメイは水属性の解説部分しか読めなかった。サツキはどうだ?」
「コズエちゃんが見ているページは白紙にみえます」
アキラが栞を挟んでいる頁を開くと、そこはサツキにも読めるページだった。
「水属性の魔力についての解説と考察、かな。三ページまで読めるみたい」
「私には何も書いてないように見えるよ」
「俺にも読めるぜ。二ページくらいだけど」
コウメイとサツキに読めてコズエに読めないページ。コズエに読めてサツキが読めなかったページ。
「これって、自分の魔力属性のページしか読めない本なんですね?」
キラキラとコズエの目が輝いていた。
アキラは頷いてコズエから本を返してもらい、それぞれの属性ページを開いては全員に確認させた。風属性のページを見たヒロは、四ページ目の真ん中あたりまでなら文字が読めるが、そこから先は白紙と断言した。
アキラは各属性ごとのページ数を数えた。
「火と風の章はそれぞれ二十ページあるようだ。土属性の章は十二ページまで、水属性は十五ページまでなら読めるが、白紙が何枚かある」
アキラは土属性の魔法を苦手としているが、教本の情報開示量も土属性が最も少なかった。
「属性と魔力量と適性で情報が開示されてるとしたら、やっぱりアキがダントツか。それでも読めないページもあるとか、どんだけ高度な教本だよ、これ」
「魔術学校への入学資格は全部読めなくてもいいらしいぞ」
「それってどこに書いてあるんですか?」
「最終ページだ」
裏表紙の一つ手前のページを開いて、アキラの指が文字をなぞる。
「入学資格を有する者は、魔力を込めて呪文をとなえろって書いてある。ここの部分は魔方陣だな」
「わりとあっさりした文章ですね」
「もっと仰々しくてもったいぶった文章かなって期待したのに」
ヒロやコズエの目には薄ぼんやりとインク染みの汚れのようにしか見えていない。
「書いてある文章は仰々しくて回りくどいものだから、要約した。これをそのまま読み上げたら、多分魔術が発動するぞ」
「発動するんですか?!」
「そのまま魔術学校に召喚される可能性もゼロじゃないからな。俺はあんな魔法使いギルドに強制的に放りこまれたくない」
魔術の教本が全て読めなくても、最終ページを読んで意味を理解し、魔術を発動させることができれば入学資格が与えられるということだ。
「それでアキが今日買ったヤツってのは?」
「魔術学校を中退した学生が売ったという教科書だ。これも属性別に章が分けられているらしいが」
コウメイの魔物図鑑並みに分厚い一冊の本。パラパラとめくって中を見たが、アキラ以外の目には全て白紙に映っていた。
「なんにも見えませんね」
「これ、アキラさんはどれくらい見えてるんですか?」
「はっきりと読めるのは二割くらいだな。あとはインクの染みだったり、白紙だったりだ」
「いくらで買ったんだ?」
「五十ダル」
「安っ」
「魔術の教科書ですよね? 何でそんなに安いんですかっ。買って魔法を覚えるゲームとかだと、魔術書は課金アイテムなのに」
魔術書というのは凄く価値がある重要な本のはずだ。それがたったの五十ダル。ちょっと贅沢な夕食程度の値段で買えてしまうなんて、本当にコレは魔術書なのかとコズエの声が跳ね上がっていた。
「そりゃ需要と供給のバランスだろうな」
「この都市でこの教科書を必要としている者は、既に持っている。必要としない者には本の体裁をした紙の束でしかない。だが少しでも魔力があったり適性がある人間には、汚れのようなシミが見えるから、メモ帳レベルでの再利用もできない」
「リサイクルもダメなのか」
「装丁が宝石や貴金属で飾り付けられていたら、美術品としての価値もあったかもしれないが」
「茶色い革張りの、見た目地味な本ですもんね」
そういうわけで古本屋で叩き売り状態の魔術書をアキラが入手できたのだ。実はこの魔術書よりも、ナモルタタルで買った教本の方が数倍高かった。
「教本を最初に読んだ時も、半分くらい白紙だったが、だんだんと読めるようになっていった。この魔術書もそのうち読めるようになる気がする」
「……それはアキラさんだからですよね」
魔術書、読んでみたい魔術書。でも自分には無理かもしれないとコズエは溜息をついた。
「アキラさんが見つけた古本屋さんに、教本は売ってなかったですか?」
「本気で魔術師を目指すつもりか?」
「まさか。魔術に興味あるけど、みんなと別れて魔術師を目指すつもりはないよ。ただ、魔法の本って、欲しくならない?」
読めないページのある不思議な魔法の本。持っているだけでワクワクすると言ったコズエに、アキラはナモルタタルで買った方の教本を差し出した。
「それなら俺の本を譲ろう」
「いいんですか!」
「ただし、もし最後のページが読めるようになっても、絶対に声に出して読まないように」
魔術学校に縛り付ける呪いのような魔術の可能性だってあるのだ。
分かりました、と元気に返事をしたコズエは、受け取った魔術教本を嬉しそうに胸に抱いた。
「魔術師になれなくても平気だけど、魔術学校は見学してみたいなぁ」
「今度ジョイスさんに学校のこと聞いてみたらどうかしら」
「コズエ、テーマパークのアトラクションみたいなのを期待するなよ」




