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新しい人生のはじめ方~無特典で異世界転移させられました~  作者: HAL
第3部 幸せは自分次第

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魔術都市アレ・テタル お任せ一品料理店

7/25 誤字報告ありがとうございました。いっぱいありましたね……。



「お前ら……やりすぎだ」


 ギルドに呼び出された五人は、別室に連れ込まれ椅子に座る間もなく、疲れ切った顔つきのブレナンにそう嘆かれた。元冒険者らしく鍛え上げた身体つきが、心なしかやつれて見える。

 執務机に両肘を突いてなんとか身体を支えているブレナンを横目に、五人は応接セットに腰を降ろした。


「やりすぎって、何のことだ?」

「それより呼び出された用件は?」

「私達、これから羽蜥蜴を狩りに行くんですけど」

「ミシェルさんに依頼した修理代金を稼がないといけないんです」

「おっさんの愚痴聞いてる時間が勿体ねぇ、さっさと話終わらせろよ」


 無表情でふらりと立ち上がったブレナンは、板紙を持ってコウメイたちの正面のソファに座った。眉間を揉みながら、深く深く息を吐く。


「苦情が来ている。宿舎内で魔道具による攻撃を受けた、と」

「戦闘行為なんてしてませんよ」


 ねぇ? とコズエはメンバーを見渡し確認した。


「……落ちない染料をぶっかけられて、金銭的損害を被った、だそうだ」


 呼び出しの原因はコウメイかと四人の視線が集中する。

 コウメイは苦情内容を鼻で笑った。頭や顔に張り付いた汚れを落として、知らぬふりをしていれば犯罪行為はバレなかったろうに。


「そいつ馬鹿だろ。自分の窃盗行為を証拠付きで自白しに来たのか」

「何で鍋に魔道具の鍵なんてつけたんだよ」

「盗まれたくない物には鍵つけてしまっとけつったのはおっさんだろ。その通りにしただけじゃねぇか」

「トラップはやり過ぎだ。たかがスープの為に三千ダルもの金かけねぇだろ普通は!」


 内心同意する四人だったが、ブレナンの叫びはコウメイの怒りに油を注いだだけだった。


「価値観の相違だな。おっさんや盗人にはたかがスープだが、俺には三千ダルの鍵をつける価値のあるスープなんだよ」


 価値のあるものを盗むから罪になるのではない、どんな物であれ「盗む」行為自体が罪に問われるのだ。


「それで盗人はどう裁く気だ?」

「……アレ・テタルでは窃盗罪は罰金刑だ」


 罰金額は最も軽料の五千ダルだそうだ。


「ギルドはペナルティ科さないのか?」

「一ヵ月間のギルド使用禁止と、腕輪装着の義務だ」


 ギルドの使用禁止についてはたいして不便しそうにないと思ったが、期間限定とはいえ犯罪奴隷の腕輪を身に着けなければならないのだ、パーティーに迷惑をかけるだろうし肩身の狭い思いをするのは間違いない。


「妥当だな」

「お前、容赦ねぇなぁ」

「どこが?」


 極刑にしてくれと望んだわけでもないし、ギルドの判断に追加注文はつけてないのにこの言われよう、心外だ。

 用が済んだなら出て行くぞと立ち上がりかけたコウメイを引き止め、ブレナンはやはり言いにくそうに板紙に目を落とした。


「宿舎住民からかなりの数の問い合わせと要望がきている。一階の飯屋はいつ開店するのか……だそうだが」

「はぁあ?」

「お店は潰れたんですよね? 私達、厨房が使えなくなるんですか?」


 広くて調理器具の充実した厨房でまだお菓子作りを堪能できていないサツキが、焦りを浮かべてブレナンに問うた。


「N629に飯屋を開いて欲しいんだよ。ギルドから食材は回すし、料理人としての賃金も支払う」

「開店しねぇし、雇われるつもりもない」

「毎日腹減らせて戻ってきて、美味そうに飯食ってるのを見ているだけなのが我慢できねぇそうだ」

「知らねぇよ」

「夜の営業だけでいい」

「ふざけるなよ。スープ泥棒のために飯は作らねぇ」

「その辺にしとけ、コウメイ」

「痛ぇっ」


 隣に座っていたアキラがコウメイの脚を踏みつけて止めた。


「個人的な復讐は終わったんだ、それ以上敵を作るな、面倒だ」


 ロビーで食事をするたびに睨まれるのにも嫌気がさしてきているのだ。料理の匂いで挑発したのは事実だ、これ以上反感を買い続ける必要はない。もう口を開くな、とひと睨みでコウメイを黙らせた。

 主導権がアキラに移った途端、強張っていたブレナンの表情がゆるんだ。


「やってくれるか?」

「俺達は冒険者です。狩りにも出るし討伐もする。その合間に料理するのだから、街の店のような営業は無理です。それに魔道具の修理が終われば街を出ます」

「その辺は分かってる。アレ・テタルにいる間だけでいい」


 期間限定を告知できるのなら断る理由はない。


「営業期間はとりあえず十日間。ギルドから依頼されて営業をするのだから、我々全員の賃金を保障してください」


 勝手に決めるなと反論しかけたコウメイの足を硬い靴の踵でぐりぐりと痛みつけることで封じ、アキラは交渉を続けた。


「料理人には報酬を払う予定だったが、お前達も料理人なのか?」

「我々も厨房を手伝っていますし、飯屋の営業をするなら厨房だけでなくフロアの店員も必要でしょう? N629が給仕もするのだから賃金は必要です」

「……いくらだ?」

「我々が求める食材をギルドが調達する、売り上げの七割をパーティーが取るのでどうです?」

「一食をいくらにするつもりだ?」

「十ダルですね」

「それは安すぎねぇか?」


 アレ・テタルの食堂の平均的な定食メニューは、パンにメインの料理と副菜が一品、これにエールが一杯ついて三十ダルだ。十ダルではほぼ原価だ。それでは利益は全くない、食材によってはギルドは持ち出しになるだろう。


「コウメイは修行を積んだ本職ではない、素人です。それに酒は出しませんから」

「酒は出さないのか? 飯屋だぞ?」

「飲みたければ街の店に行けばいい。酔っ払って給仕に絡まれては困る」


 ブレナンはコズエとサツキを見て納得するしかなかった。酔っ払いの冒険者達に理性を期待するのは無謀だ、パーティーメンバーを守るためには必要な条件だろう。


「それと本業に支障が出るので十の鐘には閉店します。料理はパーティーの夕食と同じメニューの一種類のみです。値段が安いのはそういう理由です」


 これだけワガママな条件をつけられても開業しろというならば引き受けよう、とアキラが言うと渋々ながらもブレナンは了承した。よほど住人達から突き上げを食らっているのだろう。


「いつから開店できる?」

「準備に三日をもらっていいですか?」

「わかった。三日後の夜だな」


 気がつけば飲食店を開業することになっていた。


   +


 宿舎の玄関に、三日後から十日間限定で飯屋が営業すると張り出された。

 夕食のみで献立は選べない。

 酒の提供なし。

 閉店時間は十の鐘。

 値段は十ダルと格安。


 毎日のように五人が美味そうに食事をする姿を横目で見ながら通過するしかなかった住人達は、価格の安さもあって営業開始を待ちわびた。


   +++


「準備期間が三日しかないなんてっ!?」


 開店に向けてロビー掃除をしていたコズエは、モップを握ったまま突然叫んだ。


「ウェイターの制服作らなきゃ!!」

「え?」

「コックコートも必要よねっ」

「……コズエ、おちつけ」

「落ち着いてられないわ、せっかくのお店なんだよ。ソムリエエプロンにしようか、でもワンショルダーのエプロンも捨てがたいし」


 これはしばらく静かにならない。コズエには好きなだけ叫ばせることにして、ヒロはテーブルの修繕に集中した。ロビーの片隅に放置されていたテーブルは大半が修繕必須の状態だったし、椅子も汚れや足折れなどでまともな物が少ない状態だ。


「たった十日間のために制服を作る予算はないぞ」


 備品のチェックをしていたアキラがコズエに現実を突きつけた。ほとんど材料費程度の単価で料理を提供するのだ、利益などは最初から計算していない。


「そんなぁ。おそろいの制服作りましょうよ」

「予算もないし時間もない。徹夜しても五着も作れないだろう、無茶は止めなさい」

「じゃあ、おそろいのエプロンくらいは作らせてください」

「……普通のエプロンなら」

「胸のところにN629って刺繍入れますね」


 やっとコズエの手が動き出し、モップが床の汚れを拭き取り始めた。

 ロビーは冒険者達が外から持ち込む土や埃で汚れており、飲食を提供するためにはかなり気合を入れて掃除をしないといけない状態だった。ギルドから掃除の人を寄越すと聞いていたが、待っている時間がもったいないと三人は先に手をつけられるところから手をつけ始めている。


「使えそうな椅子は何脚ある?」

「修理不能が三脚、俺たちが使ってるのをあわせても十二脚です。テーブルは五台なので椅子の数が足りませんね」

「ギルドから運ばせるか」


 アキラもモップを持って床掃除に加わった。少し拭いただけで汚れるモップを小まめに洗いながら二度三度と床を磨く。丁度やってきた手伝いのギルド職員に椅子の調達を頼み、床磨きが終われば修理の終わったテーブルの配置だ。床にもテーブルにも椅子にも、どうやっても落ちない汚れがあるが、どうせ期間限定の安食堂だ、清潔であれば良しとしよう。


「テーブルが五つってことは、最大で二十人ですよね。お客さんが座りきれなかったらどうするんですか?」

「満席にならないだろうから心配はない」

「コウメイさんのご飯美味しいですし、匂いに釣られると思うんですよね」

「値段も安いしな」

「俺たちが美味しいと思う料理と、こちらの人たちの味覚が一致するとは限らないんだぞ」

「味覚に大きなズレはないですよ。サツキの作ったお菓子も、ナモルタタルの女友達は凄く喜んで食べてくれてましたし」

「肉屋の依頼の時も、コウメイさんの作った弁当をガツガツ食べてたよな」


 そういえばケイトの肉屋では、コウメイが作ったソーセージを商品化して売り出していた。フードプロセッサーやミートミンサーもないソーセージ作りはかなりの重労働だが、販売が続いていたということは、求める客がいたということだ。


「……フロア、二人で足りるか?」

 ギルドに「食わせろ」と要望が入っての臨時開業だ、どうせすぐに閑古鳥だろうと甘くみていたアキラは考えを改めた。これは予想以上に大変なことになるかもしれない、と。


「普通に給仕してたら回らなくなるかもしれないな。販売方法を考えないと」

「食券方式にしますか?」

「事前に量を把握できるのは助かるが、券を作る手間とコストがもったいない」

「じゃあカウンターで代金と交換で食事を渡す方法はどうですか。テーブルまで運ぶ手間はなくなるし、お金の管理も楽ですよ」

「なら水とグラスは各テーブルに置いて自分達で入れてもらおう」


 こちらの世界の食堂に水のサービスはないが、コズエたちはお冷サービスはやりたいと思っていた。外から帰ってきて一杯の水がどれほど美味しいか知っている。


「食器返却場所みたいなのを作って、食べ終わったらそこにお皿を持ってきてもらえたら助かるんですけど」

「流石にそれは馴染みがないから無理じゃないか?」


 学食のようなシステムの食堂をこちらの世界ではみたことがない。


「コズエちゃんがカウンターで料理の受け渡し、ヒロが食べ終わった食器の回収でいいか?」

「はい、大丈夫です」

「客は冒険者ばかりだ、気性の荒いのもいるかもしれない。手伝えなくて悪いな」

「何言ってるんですか。アキラさんは裏方で洗い物を全部引き受けてるじゃないですか。怖い人がいたらヒロくんが何とかしてくれると思うし、大丈夫ですよ」


 ね? とコズエが振り返るとヒロが大きく頷いていた。


「フロアのことは俺達に任せてください」


 フードを被ったままの給仕は流石に不自然だし、エルフと見破られるわけにもゆかないため、営業時間中のアキラは厨房奥の洗い場で皿洗い専任だ。


「ただいま」

「安く野菜を手に入れてきたぜ」


 狩りに出ていたコウメイとサツキが大量の野菜を背負って帰って来た。二人の背負い袋の口から紫の葉が溢れんばかりに飛び出している。


「食材を狩りに行ったんじゃなかったのか?」

「ちゃんと魔猪も狩ったぜ」

「一頭分の肉は持ち帰りました。もう一頭分のお肉と交換でカークさんから沢山野菜を分けてもらったんです」


 北門から進んだ農村の農夫とは、野菜やチーズを獲物と交換している。今日は丸芋と赤芋に玉葱とレトを手に入れてきた。


「初日は出る量が想像できねぇから、大量に煮込みを作ろうと思ってな」


 魔猪骨スープで肉をトロトロになるまで煮込むつもりだ。芋と茹でたレトの葉を添えれば食べ応えのある一品になる。


「コウメイさん、乗り気ですね」

「朝は嫌そうでしたよね?」


 ギルドを出て二手に分かれたときのコウメイはまだ不貞腐れたような顔をしていたのだ。食材調達の間にどんな心境の変化があったのか。


「恥ずかしいから思い出さないでくれ。朝は頭に血がのぼってたんだよ」


 コウメイは気恥ずかしいのか視線をそらした。


「アキの言うように、他の住民を煽ってた自覚はあったんだよ。トラップに引っかかった馬鹿がそのまま知らないフリしてりゃ見逃すつもりだったんだけど、ギルドに怒鳴り込んだだろう。あれで俺もカーッときてさ」


 仲裁に入ってくれているブレナンに怒りを向けてしまった。


「俺は敵を作るつもりはねぇし、冷静になったら自分らの飯のついでに小銭稼ぐのも悪くないと思った」

「小銭は稼げないと思いますけど。一食十ダルって安すぎるし」

「それでいいんだ。ずっと続けられる金額じゃないからこそ、期間終了後に打ち切りの理由にできるだろ」

「値上げしてもいいから続けろって言われたらどうするんですか?」

「断るよ。俺は冒険者だし」


 即座に言い切ったコウメイに、アキラは含むような視線を向けてそそのかす。


「将来的に飯屋を開く気はあるんだろう?」

「まだ一度も料理を客に出してねぇのに、それは早いだろ」


 そう返しつつも、今回の飯屋で手ごたえを得られれば、自分の作る料理が喜んでもらえたなら、冒険者を辞めるときには料理人という選択をするかもしれないと、コウメイはぼんやりと考えていた。自分の作った料理を楽しんでもらえるのは幸せだ、と。


「ほら掃除の途中なんだろ、準備に戻れよ。サツキちゃん下処理手伝ってくれよな」

「わかりました。後でパンの試作も手伝ってくださいね」


 パンと聞いてコズエが歓声をあげた。


「酵母が育ったの? 晩御飯は柔らかいパン食べられそう?」

「ええ、どこまで柔らかいパンになるか焼いてみないと分からないけど、ここのオーブンは調節が難しくないから」

「頑張ってねサツキ、手伝う事があるなら言って。柔らかいパンのためなら何でもするよ」


 硬くて酸味のあるパンにも慣れたが、イースト菌のふわふわとしたパンが懐かしいコズエは、サツキのパン作りの成功を待ち望んでいるのだった。


   +++


 コズエたちの手伝いに貸し出されたのは、この春にギルド職員として採用されたばかりの新人だった。新人とは言っても、三年間の冒険者経験がある。


「マシューさんはどうして冒険者を辞めたんですか?」

「向いてなかったんです。狩猟も下手で、薬草採取で粘ってたんですけど、街中の仕事の方でしか収入が得られなくって。そうしたらギルド職員の募集があったので」


 マシューには事務仕事の才能があった。冒険者の道を諦めはしたが、係われる仕事としてギルドはぴったりだ。


「やっぱりギルド職員さんって元冒険者の人が多いんでしょうね」

「そうでもないですよ。経理部の方は商人ギルドの紹介みたいですし。査定の方は元職の人が多いですけど」


 床がキレイになり、テーブルと椅子が配置されると、今度は壁の汚れが目に付くようになった。マシューと共に壁の汚れを拭いていたところに、厨房から香ばしい匂いが流れてきた。ハギの甘い香りが鼻腔をくすぐり、自然と掃除の手が止まる。


「とてもいい匂いがします」

「サツキのパンが焼けたみたいね」

「これパンの匂いですか?」


 新人ギルド職員は驚愕の表情で厨房を振り返った。彼が普段食べているパンはこんな匂いはしない。街のパン屋で嗅ぐ匂いも、香ばしくはあるがこんなに甘くはなかった。


「おーい、そろそろ飯にしようぜ」


 コウメイが料理の皿をテーブルに運んでいる。その後ろからサツキがパンを山のように乗せた籠を持ってきた。


「私がご馳走になっていいんでしょうか」


 マシューは恐縮したように身を縮めているが、目の前に並んだ料理とパンを見る目は期待と飢餓に爛々と光っている。


「いろいろ無理言って手伝ってもらってるんだ、飯くらいご馳走するって」

「コウメイの料理は俺達の故郷の料理だ、この街の人の口に合うかどうか意見が欲しい」


 本日の夕食は染料トラップで守りきった暴牛肉の煮込みと野菜サラダ、そしてサツキの焼いたパンだ。


「「「「「いただきますっ」」」」」

「い、ただき?」

「故郷の食前の挨拶みたいなもんだ」


 気にするなと笑ってコウメイはパンを手に取った。丸いパンの表面は硬いが、割った中は詰まっているが弾力があり柔らかかった。


「発酵が足りなかった感じか?」

「二次発酵で失敗しました」

「これが失敗なんですか?」


 はい、と答えたサツキに新人ギルド職員は信じられないと手に取ったパンの弾力を確かめた。

「焼きたてだから柔らかいけど、冷めると硬くて手で割けないですよ。発酵し過ぎてるので、焼いても膨らまなかったの。それとこっちのパンはこねが足りないのが膨らまなかった原因です」


「こっちのは柔らかいけど、穴が多いな」

「はい、膨らみすぎてますね、冷めるとパサパサになると思います。それは発酵時間を変えてみた生地ですが、やっぱり発酵しすぎになってしまって。お菓子とは要領が違ってて難しいです」


 失敗作を食卓に出すのは悔しいとサツキは肩を落としているが、食べなれたものに近づいたパンを前にしたコズエはご機嫌だ。


「私はこれでも十分だと思うけどな。柔らかくて美味しいもん」

「自分達で食べる分ならいいけど、これでお金は取れないでしょ」

「まだ開店まで時間はあるんだ、練習すればいい。それに食べ切れなかったやつはパン粉にするから大丈夫」


 これでダメなのか、と驚いたマシューの喉にパンが詰まった。慌てて水で流し込んで一息つき、今度は暴牛肉の煮込みに手をつけた。丸芋と同じくらいの大きな肉の塊にフォークを刺すとほとんど抵抗もなくほぐれ、スープと共に口に運ぶと、舌の上で解けるように肉が消えていった。やわらかすぎる、そして美味い。肉も美味いが、スープが凄い。アレ・テタルには各地から珍しい調味料が集まっているが、一体何を使えばこの味になるのか。


「美味いですっ!」


 スプーンが止まらなかった。肉と共に煮込んだ芋にもしっかりと味が染みていて美味いし、失敗だというこのパンだって食べなれたものよりずっと柔らかくて甘いし、スープに浸すとまた別格だ。


「パンも煮込みも、本当にっ、げほっ」

「大丈夫ですか?」

「口の中に食いもん入れて喋るから詰まらせるんだよ」

「ごほっ、げほっ、す、すみません」


 渡されたミント水を飲んでなんとかやり過ごしたマシューにコウメイが尋ねた。


「この煮込みの味付けは俺達の故郷のものに近いんだが、この街の人たちの舌に合うと思うか?」

「大丈夫です」

「このアパートの住人達が満足できると思うか?」

「俺は満足してます。冒険者は肉はもっと歯ごたえのある方がいいって言うかもしれませんが、この味に文句を言う人なんていませんよ」


 マシューは顔をあげて力強く宣言した。


「この煮込み、本当に美味しいです。俺、開店したら毎晩食べにきます」

「気に入ってもらえて嬉しいよ」

「お店までにちゃんとしたパンを焼けるように頑張るので、また食べてくださいね」

「はいっ!」


 どうやら幸先は良さそうだった。

 

   +++


 料理人お任せの一品料理店が開店した。

 少し早めの夕食時である八の鐘の頃に最初の客が来た。四階に住む冒険者達が、部屋に上がる前に料理を食べて行った。それに続くように住人が狩りから戻り、すぐに二十席は満席になった。もちろん料理を食べずにそのまま部屋に戻る冒険者もいる。

 初日のメニューは、肉団子入りシチューと茹でレト菜のサラダに丸パンだ。歯ごたえのある方が冒険者には好まれるらしいので、肉団子は少し硬くなるくらいに揚げてから煮込んでいる。どの客もシチューソースを少し固いパンにつけて食べている。サツキの目指していた冷めても柔らかいパンは、残念ながら開店までに焼きあがることは無かった。


「パン作りって難しいです」


 開店後は調理補助と配膳に集中するため、パンはあらかじめ焼いておかなくてはならない。客に提供する時間になっても柔らかいパンを目指したのだが、ほんの数日試行錯誤しただけで成功するほど甘くは無かったと、サツキは己の驕りを反省した。

 開店したら食べに来ると宣言していたマシューは、同僚を連れて初日にやってきた。


「赤いシチューなんて初めてですけど、肉団子にぴったりで美味しいです」


 飯屋の客と上階の部屋に戻りたい冒険者とが玄関先で少し揉める事があったが、ヒロが間に入り、動線を分けることで混乱は避けられた。

 張り紙もしているのに、何人もの冒険者に「酒をくれ」と注文された。


「玄関先にも掲示していますが、お酒は出していません。だから値段が安いんです」


 何度繰り返したか分からないコズエは、もしかして冒険者の識字率は低いのだろうかと疑問に思った。依頼掲示板や魔物情報の張り出しを読めなければ仕事にならないはずで、それらが読めているなら何故玄関に張り出した板紙に書かれた数行が読めないのだろう。

 食事を終えて客が席を立つとヒロが食器を片付け、すぐに新しい客が料理の載ったトレイを持って座る。酒が無いのと、他のメニューが無いせいでか、客の回転率は思いのほか良いようだ。

 十の鐘の閉店よりもかなり前に料理が品切れとなった。


 初日の販売額、六百二十ダル。

 客数は住人よりも多かったようだった。


   +


「……疲れました」

「飲食店って、こんなに忙しかったんですね」

「メニュー固定なのにこれだけバタバタしてたらダメだな」

「早く片付けて、眠りたいです」

「明日の狩りは狂鳥を頼めるか?」


 準備期間に入ってからは、コウメイとサツキは厨房に籠もり、食材調達はアキラたち三人に任せられている。


「明日は唐揚げですか?」


 今日以上に「酒を出せ」と言われそうだとコズエは溜息をついたのだった。




 期間限定一品料理屋メニュー情報


 一日目、魔猪肉の肉団子シチュー(トマト煮込み)、茹でレト菜のサラダ

 二日目、狂鳥の唐揚げ、野菜スープすいとん入り

 三日目、暴牛と根菜の煮込み、ピリ菜とエレ菜のサラダ

 四日目、魔猪肉の腸詰(ソーセージ)、蒸かし丸芋のハーブ和え、コンソメスープ

 五日目、魔猪肉とレト菜の炒め物、牛乳入りスープ

 六日目、羽蜥蜴肉のエビチリ風、野菜スープすいとん入り

 七日目、暴牛肉のコロッケ・エレ菜添え、赤芋のスープ

 八日目、暴牛肉と芋ツルの香辛料炒め、豆のスープ

 九日目、角ウサギ肉のピカタ、暴牛骨のスープ

 十日目、狂鳥肉と野菜の煮込み、温野菜サラダ

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