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新しい人生のはじめ方~無特典で異世界転移させられました~  作者: HAL
第3部 幸せは自分次第

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魔術都市アレ・テタル 今度の部屋は2L(DK)



 冒険者ギルドは冒険者を支援し便宜を図る組織である。そのためどこの町のギルドでも、宿泊施設や酒場の紹介はやっているし、大きめの街のギルドになると長期滞在用の賃貸物件の斡旋もしている。

 魔術都市アレ・テタルの居住用賃貸物件の家賃は、高い。一般的な消費資材は一割ほど高い程度なのだが、居住用物件はおそらく他の都市の五割ほど高い。


「一戸建ての家賃が、二週間で三千六百ダル……」

「ナモルタタルの家よりも狭いし部屋数も少ないのに」

「お金貯めなきゃいけないのに、この家賃は高すぎるわ」


 ギルドが保有する物件情報を見て「高い」を繰り返すコズエたちを見てブレナンは顎を掻いた。


「お前らの条件で、絶対に優先するってのは何だ?」

「台所だな」

「部屋は最低二部屋あれば男女に分かれるので」

「洗い場は広めが」

「洗濯物を乾す場所が」

「だから条件絞れつってんだろ!」


 情報板を取り戻したブレナンは棚から新しい板紙を引っ張り出してきた。


「一軒家じゃなくていいなら、条件に合うのはこれだな。ギルドが所有する簡易宿泊所だ」

「ギルドが運営してる宿屋じゃなくて?」

「飯は自分で調達するのが原則の、寝泊りするだけの場所だ。この街の宿屋は個室が多い。パーティー単位で一つの部屋が欲しい奴らに貸し出してんだよ」


 五階建ての大きな館のようだ。二階と三階は少数パーティー用の広めの部屋があり、四階と五階は大人数のパーティーが利用する間取りの部屋だ。


「マンションみたいですね」


 日本の実家を思い出したのかサツキがそう言うと、アキラも頷いて興味を示した。


「三階の部屋は、寝室が二部屋と居間か。各部屋にトイレがあるのはいいな」

「洗い場は各階に二つあるから、パーティー単位で順に使っているぜ」

「台所が無ぇな」

「一階に共同の台所があるんだよ。昔飯屋をやってたんだが、料理人が居つかなくて廃業したんだ。台所が使いたきゃ一階を使えばいい。たいていの奴らは外に食いに出るから、貸切りみてえなもんだ」

「へー、飯屋の厨房か。面白そうだな」


 本格的な調理施設がどんなものなのか、コウメイは期待に頬が緩んだ。大きな台所設備はぜひ見てみたいとサツキも乗り気のようだ。


「内覧できますか?」

「寝室の広さも見ておきたいよね」

「洗い場の使い勝手も知りたい」


 作業スペースが取れるのかと広さを気にするコズエに、三階までどうやって水を運ぶのか、排水はどうなっているのかなどが気になっているヒロ。


「今空きのあるのは五階と三階か。両方見せるからついてこい」


 集合住宅はギルドの建物から通りを二つ奥に入った場所に立っていた。両隣も同じような集合住宅のようで、こちらは商家が借り上げて従業員の宿舎として使用しているらしい。建物の玄関扉は施錠されていなかった。


「玄関は開けっ放しだから、部屋の鍵はきっちりかけてから出かけろよ。あと台所に酒やら食料を置きっぱなしにするな。誰に食われても文句は言えねぇ」

「マンションって言うよりも、でっかいシェアハウスっぽい感じだな」


 ロビーとして使われている広い空間は、かつての飯屋の客席だったのだろう。壁際に追いやられたテーブルや、重ねて置かれた椅子がかなりの数残されている。一部は冒険者達が休憩に使っているらしく、テーブルと椅子が数脚だけ出しっぱなしになっている。

 厨房は広く調理器具も皿やコップも数が揃っていた。魔道具のコンロとオーブンが複数設置されているのには驚いた。しかもほとんど使われていないようだ。


「魔石さえ用意すりゃいつでも使えるぜ」

「こりゃちょっと手の込んだメニューも作れそうだな」

「今度こそシフォンケーキを焦がさずに焼き上げられそうです」


 階段を上がって最初に五階の空き部屋へ。こちらは大人数のパーティー用というだけあって、贅沢な間取りだった。


「リビングが広いな」

「ミーティングするにゃこれくらいは必要だろ」

「寝室が五つもありますよ」


 個室ではなく相部屋の寝室だ。各屋の床面性いっぱいにベッドが四台ずつ置かれている。


「最大二十人か。そんな大人数のパーティーなんてあるんですか?」

「だいたいは四、五人だが、十五から二十五人くらいのパーティーもあるぞ。大所帯になると街の宿屋じゃ金がかかりすぎるからな、短期でもここに泊まることが多い。五階の部屋は二つしかねぇ。片方は先月から十八人のパーティーが入ってる」


 ちなみにお家賃は二週間で四千八百ダル。宿屋の個室を二週間借りると、二十人のパーティーの場合で飯代込みとはいえ二万四千ダルもかかる、安い簡易宿舎があるならそちらを選ぶのは当然だろう。

 コズエたちは少人数パーティー向けの三階の空き部屋に移動した。


「こっちのリビングも広いな」

「机を置きたいですね」


 床に直に座るのはキツイので、テーブルと椅子か、座卓のようなものを置きたいとコズエが呟いた。馬車の旅で尻を守った座布団があるので、座卓になりそうな気がする。


「寝室は二つか」

「ベッドが三台ずつなら丁度いいですよね」


 洗い場は廊下の突き当たりに二つあった。井戸水を汲み上げて流す配管が通っているらしく、水を運ぶ必要は無い。また部屋の隅には排水用の配管が通っていて、なかなかに近代的な設備だと五人は感心していた。


「洗濯物を乾す場所はどこだ?」

「それは部屋の方にある。窓に棒を挿す穴があるから、そこに物干し棒を挿して乾すんだ」


 部屋まで戻って確認すると、確かに物干し棒と差し込み穴があった。


「こりゃ結構な重さだ。洗濯物ぶら下げてたら俺かヒロくらいしか持ち上げられねぇぞ」

「室内干しでもいいんじゃないかなぁ?」


 コズエは期待を込めてアキラを見た。旅の途中の洗濯物も、火の魔法と風の魔法を上手く使ってアキラが乾かしてくれていた。魔法乾燥機は一時間もかからずに五人分の洗濯物を乾燥させられる。


「家賃は二週間前払いで千八百ダルだ、どうする?」

「借ります」


 何ヶ月も滞在するわけではないのだ、必要最小限の設備は整っていて十分だろう。全員一致で契約を決め、すぐに宿から荷物を運び入れたのだった。


   +++


 以前の引越しほど買い揃える物はなかったが、玄関マットと靴箱代わりの箱、リビングに置く座卓はどうしても必要だった。ブレナンに交渉して、玄関ロビーに放置されていたテーブルの一つを貰い、ヒロが歪みを調整してグラつきを直し、足を短く切って座卓として使うことになった。


「テーブル面の傷とか汚れはどうしようもないみたいですね」

「いくら拭いても落ちなかったから、テーブルクロス作ることにするよ。被せちゃえば気にならないでしょ」


 ついでに座布団にも綿を補充するつもりだ。馬車旅の間に尻を守り続けた座布団は、弾力を失い潰れてしまっている。


「コズエちゃん、どうせなら冬用のマントを畳んで入れれば、座布団に厚みが出ると思わない?」

「それ、いいね!」


 これからの季節に出番の無い厚手のマントは正直邪魔な荷物でしかない。畳んでカバーに詰め込めば、収納と同時に座布団としても活用できる。


「ジョイスに教えてもらった食材店、品揃えが凄かったぞ」


 買出しに街に出ていたコウメイとアキラが大きな荷物を抱えて帰ってきた。香りや味から使えそうな香辛料を片っ端から買いあさってきたらしい。当面の食材としてパンと肉と卵、植物油の瓶に、根野菜と葉野菜を三種類ずつ買ってきていた。


「一休みしてから一階の厨房の掃除だな」

「長く使われてないせいか、かなり埃被ってましたよね」

「もともと食堂だったんでしょ? テーブルとか椅子も残ってるみたいだし、食事できるように整えようよ」

「料理を部屋まで持って上がるのも、片付けのために降りていくのも面倒だな。好きに使っていいって言われてんだからそうするか」


 元飯屋の厨房の掃除は思っていたよりも簡単に終わった。自由に使っていいはずなのに、入居している他の冒険者達は誰も使っていないようで、脂汚れもなく一度の拭き掃除できれいになってしまったのだ。鍋やフライパンなどの調理器具の中から使えるものを選び出し、洗って調理台に並べてゆく。


「ここのテーブルもガタガタしてますよ」

「勝手に補修しても大丈夫かな?」

「壊さなきゃ問題ねぇだろ」


 寝室のベッドも横になっただけで軋んだり不安定に揺れるほどぐらついていた。ヒロが補修をしたのだが、どうやらテーブルと椅子にも手を入れなくてはならないようだ。


「全部修理する必要はねぇよ。俺たちが使う机と椅子だけ問題ないようにすればいい」

「木材余ってるので取ってきます」


 広いロビーに散らばっている椅子やテーブルは、仕事から戻ってきた冒険者達が一息つくために使っているのだろう。固まった泥がこびりついていたり、獣の血のようなシミのある椅子も多い。


「これは拭いても落ちないからダメ、こっちの椅子は土の汚れだけだから何とかなる」

「テーブルの方は致命的な汚れは少ないみたいですよ」

「汚れてはないが、端が割れているのは……剣で切りつけた跡か?」

「あー、酔っ払って喧嘩でもしてたんだろ」


 酒を出す飯屋、しかも冒険者が多く集まっているとなれば容易に想像できた。


「何とか使えるようになったな、簡単な飯を作ってみるか」


 コウメイは魔道具のコンロの使い心地を試すため、鍋とフライパンを置いた。鍋では芋を茹で、フライパンでは薄切りにした肉を焼く。味付けはいつもの塩とハーブのブレンドだ。茹で上がった芋を潰してスプーン一杯の植物油を混ぜて塩で味付けし、薄切りにしたパンに塗る。葉野菜を千切りにして芋の上に置き、焼いた肉を乗せてから芋を塗ったパンで蓋をする。


「コズエちゃん、食器棚の中から使えそうな皿とグラス出してくれ」


 パンが大きかったのと挟んだ具にボリュームが出てしまったため、サンドイッチを三つに切り分けてから皿に載せた。パーティーの胃袋を担当して長いため、誰がどれくらいの量を食べるのか知り尽くしているコウメイは、自分とヒロの皿には八切れを、アキラの皿には五切れ、コズエとサツキの皿には四切れを乗せた。


「サツキちゃんはミント水を頼むな」


 コレ豆茶は食後向きの飲み物だし、麦茶はすぐには作れない。粉挽き前の麦も買ってきているので、できるだけ早く炒って麦茶を作りたい。それに出汁を取るために骨が欲しかった。


「魔猪の骨で出汁を取りてぇ」

「手打ちラーメン作りますか?」

「出汁ならコンソメスープの方がいい」

「私はどっちも食べたいです」


 ロビーの片隅に補修したテーブルと椅子をセッティングし、ミント水のグラスとサンドイッチの皿が並べられた。


「「「「「いただきます!」」」」」


 食料品を台所に置きっぱなしにするなと忠告を覚えていた五人だが、他に厨房を使っている冒険者が居ないこともあり、調味料や基本の食材は厨房の食料庫に保管することにした。小さめの魔道冷蔵庫は鍵をかけられるのでそれを利用する。

 朝は身支度を済ませてから一階ロビーで食事を済ませ、コウメイの作った弁当を持って狩りに出かける。夜は最初にコウメイが汚れを落としてから厨房にこもり、コズエとサツキが手伝い、全員揃ってから夕食だ。


 コウメイたちが厨房を使うようになってから、ロビーには何ともいえない食欲をそそる匂いが漂うようになった。五人の食事中に外から戻ってきた冒険者達は、食欲をそそる匂いと、楽しげに食卓を囲み美味しそうな料理を楽しんでいる五人を羨ましげに見て通り過ぎることが増えた。


  +++


「エビチリの調味料がだいたい揃ったから、今日の狩りは羽蜥蜴にしたい」


 みじん切り野菜入りのコンソメスープとマッシュポテト、蒸した角ウサギ肉と野菜のサラダ、パンは相変わらず固めの黒パンだ。そんな朝食を取りながらのミーティングで、コウメイがその日の獲物の希望を言った。


「ケチャップが手に入ったんですか?」

「いや、市場でトマトに似た果実を見つけたんだ。昨日試しに潰して煮込んだらトマトピューレーっぽくなったから、ケチャップ代わりにできそうなんだ」

「ということは、煮込みハンバーグも作れるんじゃないですか?」

「角ウサギ肉もお芋と一緒に煮込んだら美味しいと思います」

「チーズを買ってきたら、ピザトースト作れませんか?」

「順番に作るから、順番に。まずはエビチリもどきを作ってみてぇ」


 食材は海老ではなく羽蜥蜴なので「蜥蜴チリソース」なのだろうけれど、それだと気分的にイマイチなので「エビチリもどき」で通している。

 狩りのミーティングはアキラが主導権を握っているが、決定は多数決が原則だ。当然アキラも羽蜥蜴狩りに反対するつもりはない。


「決まりだな。羽蜥蜴は討伐報酬もいいし、皮や牙の素材も高く売れる。肉は全部消費するのか?」

「冷蔵庫がそんなに大きくねぇから、とりあえず一体分だけ持ち帰って料理してみるわ」


 その日の狩りは充実していた。森を抜ける際にゴブリンを二体屠り、羽蜥蜴のいる絶壁では落下攻撃を上手く回避して二匹をしとめることができた。アレ・テタル周辺の森にもカルカリの木があり、まだ実を落とす時期ではないのに魔猪が近くをうろついていたのでついでに狩った。これで魔猪骨スープをとれるとコウメイが積極的に動いた。肉の一部は自分達で食べるために美味しい部位を取り分け、残りはギルドに卸すことにする。


「スライム布って凄いなぁ」

「冷凍させなくてもゴブリンの血は垂れてこないし」

「魔猪肉の血も洩れてない」


 箱台車を借りていなかったコズエたちは、それぞれが大荷物を背負っているが、スライム布のおかげで衣服や荷袋が汚れずに済んだ。

 街へと続く農道脇の野菜畑では、座り込んだ農夫が野菜の間引き作業をしていた。


「これ、玉葱っぽいな」

「葱じゃないんですか?」

「根元のところ、膨らんでるだろ」


 葉の形は葱にそっくりだが葉色は紫だし、膨らんだ根元は鮮やかな緑色で、慣れ親しんだ玉葱とは別物に見える。


「すみませーん」


 コウメイは畑の農夫に声をかけ、しばらく話し込んだのち、玉葱もどきと魔猪肉を交換した。市場に出すよりも一回り小さい玉葱もどきが三十個ほど。


「こんなに沢山、いいんですか?」

「魔猪を退治してくれたんだろう? 向こうの芋畑がそろそろ狙われる時期なんだ、これからも退治してくれたら助かるよ」


 そう言って農夫が道を挟んだ反対側の少し先を指差した。畑の色が紫色から黄色に変わっている辺りが芋畑らしい。


「魔猪は森から出て芋畑を掘り返しちまうから、毎年この時期にギルドに討伐依頼を出すんだよ」

「俺達も肉を食いたいから、見つけたら屠るようにします。あっちの芋はまだ収穫時期じゃないんですか?」

「いや、街寄りの端の方は収穫を始めているよ。食うか?」

「食べたいです」


 三十個ほどの芋の入手にも成功した。土の中から出てきた芋はコウメイたちがジャガイモと呼んでいる丸芋だった。


「こちらの世界の野菜の色にはまだ慣れないな」

「黄色い葉っぱなんて、枯れてるみたいにしか見えないですよね」


 手に入れた野菜と自分達で消費する分の肉を持って先にアパートに帰るのはコウメイとアキラとサツキだ。コズエとヒロがギルドで魔石と素材を換金している間に、コウメイは厨房で下ごしらえを済ませるのだ。


「アキ、魔猪肉は細かめに、玉葱はみじん切りで頼む」


 今日も魔法フードプロセッサーは大活躍だ。その横でコウメイは寸胴鍋に魔猪の骨と玉葱を放り込んで煮込んでいる。サツキは羽蜥蜴の肉を指示されたサイズに切り分けていた。


「サツキちゃん、そっちの鍋にトマトピューレーとコンソメスープ入れて、芋を煮てくれるか?」

「夕食のスープですか?」

「そう。余るくらいたっぷり作ってくれるか。残ったら明日煮込みハンバーグの煮汁にするつもりだから」

「挽き肉とみじん切り、できたぞ」

「肉の方のボウル冷やしといてくれ」


 指示を出しながらコウメイはエビチリもどきのソース作りに移っていた。味見をしながら香辛料や砂糖などを調整していく。


「わあ、いいにおいですね~」

「テーブルの方、用意します」


 食欲をそそる匂いはロビーにまで届いていた。ギルドから戻ってきたコズエとヒロは部屋にまで戻らず、そのまま手伝いに入っている。テーブルを拭き、皿を並べ、カトラリーを配置する。

 フライパンに向かい合っていたコウメイが、魔道コンロの火を止めて振り返った。


「一番でかい大皿を出してくれ」

「重いですけど、これでいいですか?」


 ヒロが直径五十センチ以上もありそうな白い皿を取り出し、出来上がったばかりのエビチリもどきが豪快に盛り付けられた。


「美味しそう~」

「ご飯が欲しいよな」


 本日の夕食は、メインはエビチリもどき、薄くスライスした黒パンと、芋のトマトスープに、柔らかい葉野菜を千切っただけのサラダだ。


「「「「「いただきますっ」」」」」


 待望のエビチリもどきは、ぷりぷりっとした歯ごたえが絶品だった。羽蜥蜴肉が甘辛いソースと絡んで食がすすむ。


「もう一つ、何か足りねぇんだよなぁ」

「そんなことないですっ」

「美味いです、ほんとうに」


 足りない調味料を工夫して何とかそれらしく仕上げたが、やはり今ひとつ物足りないとコウメイは不満げだ。


「豆板醤は流石に手に入らないだろうしなぁ」

「そういえばこちらでは発酵食品を見たことないな」

「チーズやヨーグルトはありますよね?」

「ビールも香茶も発酵食品だけどな。味噌とか醤油とかそっち方面のはどの店にもねぇんだ。流石に作るほどの知識はねぇからなぁ」


 一日の仕事を終えて戻ってきた冒険者達は、ロビーに漂う料理の匂いに思わず足を止め、コズエたちの食事風景を羨ましげに見ては階段を登っていく。中には食事中のコズエたちに声をかけて「余っていたら分けてもらえないか」と頼み込む者もいたが、あいにく全ての料理を食べつくした後だった。


「残っててもやらねぇけどな」

「余ってたらおすそ分けしてもいいんじゃないですか?」

「ここのアパート、何人住んでる思う? 一人に分けたら、俺も俺もってことになったら困るだろ」


 二階から五階まで、ベッド数の八割の冒険者が住んでいるのだ。下手におすそ分けなどしたら混乱が生じるし、いらぬ恨みを買うことだってある。


「食い物の恨みは恐ろしいからなぁ」


 厨房をきれいに片付け、明日の夕食用にハンバーグを形成して冷蔵庫に保管する。芋のトマトスープにピューレーを足してこれも鍋ごと冷蔵庫に隠した。寸胴鍋は冷蔵庫には入らない。部屋まで持って上がるのは大変だし、匂いが部屋に染み付くのも色々ツラくなるので、蓋を閉めて布をかぶせておくことにした。


「見つかっても骨しか入ってないとわかりゃ食われることはないだろう」


 冒険者は肉を好む。鍋の骨を見ても食い物だとは思うまい。


   +++


 翌朝。

 コウメイは一人早く一階に降りてきた。

 朝食は魔猪肉の薄切りをしゃぶしゃぶ風に茹でて出すつもりだ。スープは残っているコンソメスープを全部使って、野菜と干し肉を具にして簡単に済ませよう。弁当用には羽蜥蜴肉を蒸したものと野菜のサンドイッチにしよう。味付けはトマトピューレーをベースにしたソースがいい。コズエがスライム布で作った小さな風呂敷は、サンドイッチを包むのに丁度良い。

 メニューを構築しながら厨房に入ったコウメイは、貯蔵室から野菜を選び出し、冷蔵庫から羽蜥蜴肉とスープ鍋を取り出す。

 コンロに鍋を置き、寸胴鍋の方も手を入れておこうかと振り返って、その惨状に気づいた。


「くそっ、やられた!!」


 鍋に残されていたのは、魔猪の骨と煮崩れた香味野菜だけだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] ってか、唾入れられたりとか、人の悪意を考えたら自分の目が届かない、第三者が共有する場に置いとくなんて信じられない事するなって思うけど、高校生ならまぁしょうがないか(´・ω・`) 私も愉快犯…
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