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新しい人生のはじめ方~無特典で異世界転移させられました~  作者: HAL
第2部 冒険者生活の楽しみ方

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閑話/ナモルタタル冒険者ギルドの日常

五人がいなくなった後のエドナさんです。

閑話/ナモルタタル冒険者ギルドの日常



 ロビーに面した長いカウンターは、冒険者への報酬支払いや依頼の発注、情報収集及び提供のために使用されている。冒険者の新規登録はこちらではなく、直角に折れた机の先でひっそりと受付されていた。


「冒険者登録って、ここなの? わかりにくいったらないわね」


 からん、と投げ置くようにして提出された三枚の板紙を手に取りながら、エドナはゆっくりと顔を上げた。


「新規の登録でしょうか?」

「当たり前でしょ。さっさとしてよ」


 労働をしたことのない柔らかな指、整えられた爪、艶が出るまで梳かれた長い銀の髪、意志の強そうな青い瞳の少女がエドナを見下ろしていた。その後ろに控えているのは、ブラウンの髪をひっ詰めた気の弱そうな女性と、甘い顔立ちではあるが鍛えていることが一目でわかる黒髪の男。三人とも仕立ての良い服に真新しい皮鎧を身につけ、輝くほどに磨かれた武器を携帯していた。

 板紙に記されているのは、マリー、エレイン、オーウェンの名前とそれぞれの年齢だけだった。


「あなた方を冒険者として登録することはできません」


 エドナの返答を聞いた銀髪の眉がピクリと動いた。


「理由を言いなさい」

「冒険者ギルドは取り決めにより貴族の方を冒険者として登録できません」

「わたくしは貴族ではないわ」


 ふんぞり返って言い切る銀髪だが、後ろのブラウンは困りきった表情でエドナと銀髪を交互に見ているし、黒髪は後ろめたそうに視線を逸らせている。


「あなた方は冒険者には見えません」


 そう言ってエドナがロビーにたむろする冒険者達を指し示した。

 全身が汗と草土と血脂とで汚れた冒険者たちがギルドロビーを闊歩している。あるパーティーは張り出された依頼票を吟味し、ある冒険者は報酬にたいする不満を職員に訴えている。最近ではずいぶんと身奇麗に努める者も増えてはいるが、目の前の三人とは見た目からも雲泥の差があった。


「あなたの目は節穴なの? わたくしは貴族ではないわ、さっさと登録しなさい」

「平民だと偽って冒険者登録しても、身元調査が行われますので後日取り消しになることもございますし、その際は登録料の返還もされません」

「あら、わたくしは平民ですもの、取り消されることなどございませんわ」


 だからさっさと冒険者証を発行しなさい、と銀髪のマリーは威圧するようにエドナに命じていた。


「平民が貴族を騙ったことがわかれば、奴隷の腕輪と共に死ぬまで労役です」


 そう言ってチラリと視線を向けると、ブラウンの髪のエレインが動揺に震えた。


「貴族が平民と偽り冒険者証を得た場合、犯罪に巻き込まれても、討伐で重傷を負っても、どのような事態になろうとも、特別な救済はされません。平民の冒険者として扱われ処理されます」


 平民の治療に使われる標準的な薬は治りも遅いし傷跡も残る。黒髪のオーウェンは厳しい表情で呻きを飲み込んだ。


「それでもよろしければ、仮の冒険者証を発行いたします。身元調査に十日間ほど時間を要しますので、正式な登録証が発行されるまではこの街を出ないでください。もしも帰門が確認できなかったときは、登録は即座に抹消されます」


 メガネの縁を指で押し上げ、エドナは三人に微笑んで見せた。


「よろしいですわね?」


 マリーたち三人は千ダルの手数料をぽんと支払って青の冒険者証を求めたのだった。


   +++


 春は新たにギルドに登録をする者の増える時期だ。

 各種ギルドに登録できるのは成人をむかえる春からと決められている。職人に弟子入りしている者は職人ギルドへ、親の店を継ぐ子供や新たに商売を始めたい者は商人ギルドへ。そして狩猟や魔物討伐を生業にしたい者は冒険者ギルドへ。はじまりの日を迎えた新成人は準備が整い次第、己の生業に適したギルドに登録し、成人の身分証明書を手に入れるのである。


 訓練場から出てきたランスは浮かない表情だ。それに気づいたエドナがやんわりと声をかけた。


「今年の初心者講習はいかがでした? 見込みのありそうな新人は見つかりましたか?」


 この春にナモルタタルで新規登録した冒険者は二十八名。そのほとんどが十四歳から十五歳の初々しい新成人だ。そのひよっこを集めて最低限の教育を施す初心者講習は、今年から受講内容と担当が変わり、知識はエドナが、実技はランスが講師を務めている。


「可もなく不可もなくってところだな」


 苦笑いで返したランスは、うんざりしたように息を吐いた。


「ただ、面倒そうなのが混じってたんだが、なんであれを登録したんだ?」


 ランスの言う「あれ」とは身元調査中の三人組の事だ。


「調査前に断ることはできませんでしょう?」


 紹介者の必要な他職ギルドとは違い、冒険者ギルドは貧民や困窮した人を救済するセーフティネットの役割を果たすギルドでもある。知識も技術も持たない者に仕事を斡旋し、冒険者という身分を与えることで犯罪を抑止する。そういった目的があるため新規の登録は断らない方針だ。ただし犯罪者の隠れ蓑にされては困るため、身元調査は必ず行っているし、それは登録時にも本人に伝えてある。


「まだ仮登録ですわ。そろそろ結果が出てくると思いますが、おそらく取り消されるでしょうね」

「どこの貴族の家出娘かねぇ。他の奴らも薄々感じとってたみてぇだぜ。本人が隠す気ねぇのが問題なんだが」

「何かトラブルに発展しそうですか?」

「まだしてねぇ」


 これから先はわからないが、とランスは渋い顔だ。


「貴族を相手に揉め事起こそうとする奴はいねぇが、それよりもお貴族様の方がしくじってケガしそうなのが怖ぇよ」


 冒険者は自己責任だ。新人たちはそれを受け入れて冒険者証を受け取っているが、お貴族様の親族は納得しないだろう。


「護衛もついているようですし、薬草採取であればそれほど危険とは思いませんが」

「草原で薬草相手に遊んでてくれりゃ楽なんだがなぁ、ありゃすぐに飽きて森に突っ込んで行きかねねぇぞ。お付きの娘は止めきれないだろうし、護衛もなぁ」


 オーウェンはマリーの護衛役のようだが、動きを見る限りまだまだ半人前の騎士見習いあたりだろうとランスは見ていた。冬の間に間引きできず数を増やした魔物を相手にどこまで戦えるのか、誰かを守り抜く戦い方ができるのか、かなりの不安があるとのランスの評価を聞き、エドナは即座に決断した。


「うちで護衛任務に実績のあるパーティーに、こっそり護衛につくように特別依頼を出しましょう」


 三人の先回りをして魔物や魔獣と危険な人間を排除し、森で迷わないようにさりげなく誘導する、至れり尽くせりの環境を整える仕事だ。


「……費用は持ち出しになりそうですけれど」


 熟練冒険者の拘束料は高い。だが家出娘が負傷し、それを貴族から責任追及される事態になるよりははるかに安上がりだ。


「そういやコズエらの時にも貴族だろうって疑ってたが、ここまで手間かからなかったよな」

「そうですわね。彼女たちは安全に勉めるだけの慎重さと勤勉さがありましたから」


 五人の冒険者たちを思い出したエドナの表情が笑み緩んだ。無知を無知のまま放置せず、疑問への答えを求めてエドナを頼り、独り立ちしようと努力する新人だった。成長してゆく彼女たちを支援するのは、仕事を抜きにしても楽しいものだった。

 それに比べて、とエドナはため息をついた。


「彼女たちは無理でしょうね、お聞きする様子では薬草採取ですら不安です」

「調査の方を急がせるか。貴族だって証拠が出たら、とっとと送り届けちまいてぇなぁ」

「それほど時間もかかりませんわ。彼女たちは隠そうともしていませんから」


 彼女たちの登録は完全な偽名ではない。ギルドの調査員ならすぐに証拠を見つけてくれるだろう。


   +++


 九の鐘が鳴り、冒険者ギルドの正面扉が閉められた。一日の営業を終えたギルドは、当直当番の職員を除き帰り支度を始めている。


「エドナ、ちょっと確認したいんだが」


 調査員をしている幹部職員のディランが難しい顔をして呼び止めた。手には数日前にエドナから回ってきた調査依頼書がある。


「先日の登録の新人なんだが、領主様から内密に捜索命令の出ている探し人に間違いなさそうだ」

「早いわね」

「エドナが追記してくれてた所見が大当たりだったぜ。銀髪のが家出した貴族のお嬢様エレイン、ブラウンの女が侍女のマリーで、黒髪のオーウェンはお嬢様の警護の騎士見習いだった」


 ディランから受け取った報告書にざっと目を通したエドナは、やはり、と溜息をついた。お嬢様と侍女は名前を交換して冒険者登録をしていた。オーウェンが本名を使っていたのは意外だが、わがままお嬢様に悟られないように、ギルド経由で貴族に連絡を取ってもらいたいとの思惑があったのだろうか。


「面倒ね……ギルドからお嬢様に登録取り消しを告げるのは危険ね」


 身柄を保護して送り届けるのも難しいだろう。逆恨みは確実、後でどんな理不尽な報復を受けるか考えたくもない。

 初心者講習後の冒険者”マリー”の傍若無人さは目に余っている。自分は貴族ではないと言いながらも、思い通りにならなければ平然と貴族の特権を振りかざそうとするのだ。侍女と騎士見習いが取り繕って大ごとにはなっていないが、ギルドとしてもこれ以上は面倒見きれない。


「ギルドから指名依頼を出す形で三人を足止めしましょう。その間に迎えを寄こすように伝えて頂戴」


 本人が平民として遇されることに納得していたのだと主張しても、貴族相手に自己責任を求めても、事が起これば全てギルド側に責任が被せられるだろう事は想像に難くない。


「連れてこいって命じられたらどうするんだ?」

「冬の間に増えたゴブリンが街に迫っていてとても護衛に人員は割けない、騎士を迎えに寄越せと言うしかないでしょう。街が壊滅すれば数年にわたって税収に響くことを仄めかしておくことにします……ギルド長と仔細を詰めてくるわ」


 報告書を折り畳んで懐に入れたエドナは、眉間に寄ったシワを指先で揉んだ。明日に回せない厄介事のおかげで今日は残業確実だ。


「そういえば前にも身元調査で面白い新人がいたな。エドナの所見が『疑わしい』って珍しく弱気だったし、五日も調査日数を延長したのに何も出てこなかったのでよく覚えてるよ」

「そうでしたわね」


 ここにも彼らを覚えている者がいる。エドナは笑みを浮かべた。


「エドナは随分と目をかけていたんじゃないか?」

「彼らは支えがいのある冒険者でしたからね」


 はじめて登録にやってきた時の彼らも、女二人に男一人だった。労働を知らない手と身奇麗な様子、知性を感じるのに危うい会話。これは貴族か大金持ちの家の娘息子だろうとエドナは疑ったが、どう調べても身元が判明しなかった。後にエルフとかかわりあると知り、納得したことだったが。

 エドナが特別に専任担当をしていた冒険者たちがナモルタタルを発って一ヶ月がすぎている。


「また会えると嬉しいのだけれど」

「難しいだろうな」

「そうね」


 定住者が街を出た冒険者に再び会うことは滅多にない。故郷に帰る者、冒険者を廃業し新たな街で定住する者、旅の途中で命尽きる者。エドナもこの街を出て行った冒険者に再会したことはない。


「でも、彼らとは会えるような気がするのよ」


 それが何時になるのかはわからないけれど、そう言ってエドナは微笑んだ。



閑話も含め、これで第2部終了となります。

第3部は7/15から投稿予定です。

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