共同生活のススメ 16 片付けられない人々
共同生活のススメ 16 片付けられない人々
「二頭、そっち行った!」
ヒロの声を聞きコズエは槍を構えなおした。
木々の間から手負いの銀狼が駆けてくる。
「最初のを頼む」
「はいっ」
開けた平地で待ち構えていたコズエは、森から飛び出してきた銀狼に槍を振るった。障害物の多い森の中よりも、木のない開けた場所が槍には戦いやすい。銀狼の脚を切り落とし、転がり足掻く頭にどとめを刺す。
反対側で待機していたアキラも飛び出してきた二頭目を刀で切り払った。襲い掛かるために跳躍した銀狼の頭を一刀両断だ。
「アキラさんって刀の腕も凄いですね」
「コウメイの特訓で何とか形になってるが、まだまだだ」
「確かにコウメイさんの剣術は斬れるって言うか、隙がないですよね。最近は暴牛の頭を一発で落としちゃうパワーもあるし。もの凄い力ですよ、さすがムキムキなだけあります」
「剣を買い換えたのが良かったんだと思うぞ」
アキラが周囲を警戒し、コズエが銀狼の解体に手をつける。二頭目の解体に手をつけようとした時にコウメイたち三人が銀狼を背負って戻ってきた。
「追い込めたやつはちゃんとしとめてくれてるな」
「そっちは三頭か」
コウメイとヒロは一頭ずつを背負い、残る一頭を二人で持ち運んでいた。
「いや四頭だ。流石にサツキちゃんは背負って運べないから、一頭は解体して皮と牙だけだ。残りの解体を終わらせてから昼飯にしようぜ」
解体を終え、場所を移動して食事だ。最近は弁当を持って狩りに出る日も少なくなった。天候に左右されて午前だけで狩りを終えたり、午後から森で討伐をしたりで、一日森にいられる日は珍しかった。
「水筒の麦茶が温かくて美味しい~」
「森の中は雪が積もらないけど、日当たり悪いから寒いよね」
「アキラさんの作ってくれた魔石カイロでぽかぽかです」
水属性の魔法にも色々と得意不得意があるらしく、サツキは冷やす方向は得意だが温めるのは苦手だった。反対にコウメイは温かい水を作ることが得意で、冬場の水筒はコウメイ作の麦茶だ。
そして魔石を使った温石はアキラが作った。冷蔵庫に魔石を使った要領で、魔石に火傷をしない程度の熱を持たせたのだ。これを懐に入れておくと身体が冷え切ることはないし、魔力が切れてもアキラがすぐに補充する。冬場の狩りには欠かせなくなっていた。
「今日はメンチカツサンドだぜ。冷めても美味しいんだが、やっぱり温かいほうがいいからな。頼むな、アキ」
リュックから取り出した包みをアキラの手に乗せた。
「だから俺は調理器具じゃないと」
「アキだって温かい物が食べたいだろ?」
「……」
「すみませんアキラさん、俺のもお願いできますか?」
「私のも、あっためてください」
「お願いお兄ちゃん」
コウメイはともかく、申し訳なさそうに願い出るヒロや、素直に頼んでくるコズエ、そして妹のお願いは断れない。アキラは順番にサンドイッチの包みを手のひらに乗せて温めていった。焼かず、焦がさず、乾かさずに加熱する。火の魔法の応用だが丁度いい加減を見つけるのに随分と苦労した。つい最近、少量ずつなら何とか温めることが出来るようになったのだ。
「魔法レンジって便利だよな」
チーン、と茶化すコウメイの脚を蹴ってからアキラは順番にサンドイッチを温めていった。
ほかほかのメンチカツサンドは美味しい。コズエは口に広がる肉汁を堪能しながら、今日の成果を計算していた。
銀狼が六頭なら今日の収入としては十分だ。欲張るなら荷物にならないゴブリンあたりを討伐したいが、出没ポイントは現在地から東寄りに離れている。
「明日からのお天気を考えると、もうちょっと欲張って狩っておきたいと思うんですけど」
「ゴブリンか?」
「はい。ギルドの情報だと前回討伐証明が提出されたのが十日前なので、そろそろ間引かないといけないタイミングらしいんですよね」
冬のナモルタタルにはゴブリンを討伐できる冒険者は少ない。コズエたちの他には二つのパーティーがいるだけだ。
「ゴブリンなら大した荷物にはならないけど、どうだアキ?」
「天候はギリギリだな。前に討伐した辺りまで行ってみて、発見できなかったら街に戻ろう。八の鐘の頃には吹雪きそうだ」
エルフだからなのか、アキラの天気予報は七割近い確率で当たる。風と雲、植物の状態、動物の動きを見て予測しているらしいのだが、いつの間にどうやってそんな技術を身につけたのか、コズエには想像もできなかった。
「閉門くらいに吹雪くのなら早めに動いたほうがいいですね」
メンチカツサンドを食べ終わったヒロが銀狼の皮を入れたリュックを背負いなおした。それを合図に全員が腰を降ろしていた倒木から立ち上がって荷物を背負った。
ナモルタタルの南東の森に出没するゴブリンは、餌を求めて山から降りてきた鹿を狩る。コズエたちが遭遇したのも、ゴブリンたちが鹿を相手に狩りをしているところだった。
「一石二鳥を狙うとするか」
楽しそうにコウメイが剣を抜く。
ゴブリンは四体、鹿は一頭。
「仲間を呼ばれる前に片付けるぞ」
「はい」
「サツキちゃんとコズエちゃんは鹿の脇のゴブリンを。手前にいるヤツはアキ、奥のは俺とヒロで」
「分かった」
「大丈夫です」
五人はしとめた獲物に気を取られ周囲の警戒を怠っているゴブリンに襲い掛かった。
本日の査定内容。
ゴブリン四体、小魔石四個、銀狼の毛皮六枚、銀狼の牙六組、鹿の角一組、鹿の皮と肉。
合計三千九百八十ダル也。
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ギルドで納品を終えたついでに、五人は二階の資料室で地図を広げていた。
「ナモルタタルがここで、西へ街道を進んで七つ目の街なら、アレ・テタルです」
魔術師ギルドのある国内唯一の都市なだけあって、魔法に関する公的な教育施設や、私的な塾などもあるらしい。また付近の森や山からは魔物がひっきりなしに湧いているらしいが、冒険者達が魔術師を雇って討伐するため比較的安全だということだ。
アレ・テタルから西に伸びる街道は途中から北と南へ分かれる。
「そこから南西に移動したところだな」
サツキが地図に書かれた街道を南に指で辿る。
「シェラストラル、王都」
アレ・テタルから一本道だが、距離はそれなりにある。ハリハルタからナモルタタルへ移動するときにあったような渓谷を通らなければ王都へは入れないような地形だった。
「最短で二週間くらいかな?」
「移動手段にもよるだろうが、乗合馬車だと三週間ってところだろうな」
「乗合馬車だと、途中の町で宿に泊まるんですよね?」
「各駅停車の旅行みたいで楽しそう」
「そういえばこの世界って観光名所とかあるのかな?」
「俺達にとってはこの世界そのものが観光地みたいなものだけどな」
風光明媚な自然に囲まれた地で、現地の人々と交流し生活を共にすることで異文化を学ぶ。旅行パンフレットにありそうなコピーだが、あいにくコズエたちはショートステイではなく、パーマネント、永住だ。
必要な情報を控えて五人は家に戻った。
「今夜は鹿肉メニューですか?」
ゴブリンから横取りした鹿の肉の一部はギルドに卸さず、自分達で食べる分を取り除いていた。
「今日は遅くなったから、あるもので簡単に済ませるよ。鹿肉は明日。ほとんど脂身のない赤身の肉だから、煮込んでみようかと思ってる」
旅行の楽しみの一つが郷土料理だ。こちらの料理はそれほど美味しいとは思わないが、コウメイのおかげで美味しいジビエ料理を毎日楽しめるのは強制永住の利点でもあった。
+++
旅をすると決めたが、その準備はなかなかに大変だ。
「荷物増えすぎましたよね」
台所、リビング、寝室。どこもかしこも私物だらけだ。
寸胴鍋は料理用に買った二つと、冷蔵庫と冷凍庫として使っているものが二つ。フライパンに浅めの鍋に、ボウルや調味料の壷の数々。コウメイが使っている物だけでもこれだけあるのに、サツキが菓子作りに使う調理器具もあった。
リビングにはヒロが休日大工で作った食卓机に、コズエの作ったパッチワークキルトのクッションや座布団。
そして寝室には増えたそれぞれの衣服に、個人的な物が沢山あった。
「裁縫道具は手放せないけど、布地はシャロンに引き取ってもらうしかないなぁ」
針子の友人なら使いきれない布や糸を有効活用してくれるだろう。
ベッドシーツにベッドカバー、端切れで作った熊のぬいぐるみといったコズエが暇を見つけては作っていた作品の大半は持っていけそうにない。
アキラは古本屋で買い集めた本をどうするかで頭を悩ませた。布教用と思われる薄い聖書はこの世界の人々の基本理念を理解するのに役立ったし、隠居老人と思われる貴族の回顧録も読み物として楽しんだが、どちらも手放すのに惜しい本ではない。アキラが悩んでいるのは、魔術師が売ったと思われる教本だ。奥付にはアレ・テタルの魔法使いギルドと記されているその本は、巡回の魔術師が魔力持ちの子供達に配布する魔術教本だった。これを読んでも魔法は使えないが、魔力と魔法、そして魔術を知るにはとても役に立つ本だった。
「読み終わってるが、手放しにくい」
アル・テタルで魔術を学ぶ機会があるなら持っていた方がいい本だと自分を納得させ、アキラは引越し荷物に教本を入れた。
「何でマジックバッグがないのよ~」
「初期装備に欲しかった……」
大量の獲物を持ち運ぶときにも思ったが、貸家を撤収する計画を立てた今こそマジックバックが欲しい、切実に。
「荷物を整理する前に、移動手段を決めないとな」
選択によっては私物の処分の仕方も変わってくる。
「共有財産はどれくらいあるんだ?」
「ギルドに預けてあるのでハッキリした金額は分からないんですけど、五万ダルは確実にあると思います」
討伐報酬や狩りの買取代金はギルドに預け、必要に応じて少しずつ引き出して生活費に当てていた。家賃の支払いも預入金から引かれる仕組みだ。
「それだけあるなら、移動手段の幅は広がるな」
この世界で一番贅沢な旅は、自前の馬車に家財道具を詰め込んでの旅だろう。現在の五人の実力なら、多少の魔物は脅威ではない。盗賊に襲われると分からないが、どこかの商団に加えてもらい、護衛をかねるのであれば危険は少ない。
今の経済力なら乗合馬車での移動も選択肢に入るが、荷物の多さや他人と数日間同乗するのは窮屈だ。乗り合わせた他客との相性が悪ければ、気楽な会話も楽しめなくなる。
最も経済的なのは徒歩だが、乗合馬車代を余裕で出せる今のコズエたちにその選択は最初から入っていない。
「乗合馬車じゃ運べる荷物も少ないし、馬車にしましょうよ」
「誰か馬車の調達方法を知ってるか?」
コウメイが知らないのに街から出たことのないコズエたちに分かるわけがない。
「ギルドで聞けば分かるか、値段も」
地図を確認するついでに調べてくればよかった。
「買う気か?」
「まさかレンタル?」
獲物の運搬用の箱台車の貸し出しがあるくらいだ、馬車の貸し出しもないとは言えない。
「予算内なら買ってもいいんじゃないか?」
自家用車を買うようなものだろうか。パーティーの移動用に持っておくのも良さそうだといったコウメイに、アキラは渋い表情だ。
「馬も買うのか?」
「馬車だから、馬と荷台はセットだろ?」
「生き物は難しいぞ。ペットを飼ったことはあるのか?」
「馬とペットは違うだろ」
「猫や犬より難易度が高いと言ってるんだ」
部活三昧のヒロは犬の散歩くらいしかペットの面倒なんてみたことなかったし、コズエも父親がアレルギーなので動物は飼えなかった。アキラやサツキはペット可のマンションで猫を飼っていたが、馬とでは面倒をみる動物として違いがありすぎる。コウメイ自身はペットを飼ったことはないが、祖父母の家には猫がいてたまに遊んでいたくらいの経験しかない。
「馬の飼い方なんて分からないですね」
「移動が終わってもずっと面倒を見ないといけないし、厩のある宿屋は高いと思う」
長期滞在することになって貸家に住むとしても、厩のある家なんてなかなか見つからないのではないだろうか。また魔物の討伐に出て、何日も戻れなかったときに馬の面倒はどうするのか。
「けど馬車の荷台だけ買っても意味ないだろ」
「貸し馬屋というのがあるみたいです」
以前街からの移動手段を調べたときに、貸し馬屋があることを知ったのだとヒロが言った。
「俺達は馬に乗れないので値段までは調べなかったけど、荷台を引く馬を借りられたら一番いいかもしれません」
「借りたものは返さないといけないんじゃない?」
馬車だけならともかく、馬はレンタカーみたいに乗り捨てOKではないだろう。
「システムまでは調べなかったからな」
「じゃ、それは明日の課題として。荷台の方はやっぱり幌馬車か?」
「西部劇とかの布を張ったやつですよね」
「屋根があるといいよね~」
「あんまり大きな馬車だと、馬が引けなかったら困るぞ」
「全部の荷物を持っていくのは無理そうですね」
この日から私物の断捨離が始まった。




