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新しい人生のはじめ方~無特典で異世界転移させられました~  作者: HAL
第2部 冒険者生活の楽しみ方

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共同生活のススメ 13 吊し上げ男子会

女子会やったから、男子会も。

共同生活のススメ 13 吊し上げ男子会



 冬も深まり降雪が続くと、狩りや討伐に出る機会も減ってくる。

 天候が回復したその日は、街に閉じ込められる数日間の生活費や食料を確保するべく、閉門ギリギリまで獣を狩り、魔物を討伐する。

 コウメイとヒロが押す大きな箱台車には大量の獲物が乗せられていた。これらはギルドに買い取ってもらう分だけだ。魔猪一頭と角ウサギ二羽分の肉は、自分たちの食料とするためコズエたちが家に持ち帰っていて、今頃は下処理をしているはずだ。

 ギルドの査定窓口には長蛇の列ができていた。降雪の間に狩りに出られなかった冒険者たちが、ここぞとばかりに仕事に励み、片っ端から獲物を狩って戻ったのだろう。


「時間かかりそうですね」

「たまの晴れ間に稼げるだけ稼いでおこうって、考えることは皆同じだな」

「四日間も街を出られませんでしたからね」


 引きこもった四日間、コウメイたちはそれぞれの趣味を存分に楽しんだ。コズエはゴブリン討伐で消耗の激しかった狩猟服の修繕と改良に集中し、サツキは手に入る材料で食べ慣れたお菓子をどうやって再現するかを研究し、ヒロはアキラやコウメイを相手に訓練三昧。コウメイは手の込んだ料理を作り、アキラは古本屋で買ってきた書物を読み込んで知識を詰め込んでいた。


「明日の午後からまた天候が崩れるらしいな」

「じゃあ午前中だけ狩りですか?」

「いや、できれば買出しに行きたい。ハギ粉(小麦粉)が残り少ないし、香辛料も卵も買いだめしておきたい。手分けするから、サツキちゃんの荷物持ちは頼むぜ」

「アキラさんが一緒に行くんじゃないですか?」

「あいつは寝てるぞ、多分」


 普段は一人の職員が回しているカウンターは、今は三人が立ってフル回転で査定業務をこなしていた。二人が雑談をしている間にも列はどんどんと短くなり、想定よりも早く順番が回ってきた。


「魔猪が五頭分、オーク二体、銀狼の皮と牙を三頭分、角ウサギを六羽にゴブリンの耳を三体分ですね」


 交代無しで働きづめなのだろう、ギルド職員の目は虚ろだ。ちゃんと査定できているのか不安になる。


「魔石も全て買い取りでよろしいですか?」

「はい、お願いします」


 持っていても用途のない魔石は邪魔なだけである。コウメイたちはよほど値のつく物以外は売り払っていた。

 査定票を手にギルドロビーに踏み込めば、そこにも冒険者達がごった返していた。待合の椅子にも空きはなく、疲れきった冒険者らの中には床に座り込んでいる者も多い。


「こっちも列か」

「コウメイさんは先に帰ってください。夕食が遅くなるとコズエたちがウルサイですから」


 ヒロにパーティー証と査定票を託したコウメイは、夕食のメニューを考えながら冒険者をかき分け出口に向かった。

 今日は遅くなってしまったので簡単な料理で許してもらおう。朝のスープの残りに野菜を足し、ソーセージを入れてポトフ風に手早く仕上げよう。パンは残っていなかったな、じゃあハギ粉ですいとんを作ってスープに入れてしまおう。温かくて食べ応えのある一品になる。頭の中でメニューの構築が終わり、ギルドの正面玄関にやっとたどり着いたときだった。


「ようコウメイ、今日の収獲に暴牛はあるか?」


 彼を呼び止めたのは、定期的にコウメイたちに指名依頼を出す肉屋の次男キースだ。


「この四日間、ほとんど入荷がなくて暴牛の在庫がなくなっちまったんだ」

「悪いな、今日は魔猪ばかりだ。けどオークは二体卸しといたぜ」

「オーク肉か!よし、注文入れてこよう」


 そう言ったキースは、何故かコウメイの左腕をがっちりと掴んでロビーを奥に進んでいく。


「おい手を離せ。俺は帰って飯を作らなきゃならないんだ」

「帰る前にちょっとばかり付き合ってくれよ、たまにはいいだろ」

「そうそう、たっぷり稼いだんだ、懐が暖かいうちに美味いもの食いたいじゃねぇか」


 いつの間に距離を詰めていたのか、たまに雑談をする冒険者のエドがコウメイの右腕を確保していた。


「おい、何のつもりだ」

「だからたまにはコウメイたちとじっくり腰を据えて酒でも飲みながらだな」

「酒の肴にお前達の武勇伝を聞きたいんだよ俺は」


 背後には冒険者を引退しギルドで武術指南をしているランスが立っていた。現役でも十分に通用する鍛え上げた体躯が迫り、がっしりと両肩を掴む。


「おっさんまで」

「私もコウメイたちの活躍を聞きたいな」


 普段は門に詰めている憲兵のハルクまでがコウメイを逃すまいと取り囲んでいる。


「なんなんだよ一体」

「だから美味い酒でも飲もうって話だ」


 まだ酒は飲めない歳だ、というのは言い訳にできない。こちらでは十五歳になれば、酒も飲めるし法的に結婚も許されるのだ。


「ようヒロ、お前も一緒に飲もうぜ」


 報酬を受け取ってカウンターから離れたヒロを目ざとく見つけたランスが、素早くその進路に立ち塞がった。


「は、え?」

「お前とは街道監視の任務以来だろう、あれから随分と活躍してるらしいじゃないか、その辺の話を聞かせろよ」


 何故コウメイが両腕をホールドされているのか、何故乱闘事件の時に自分を取調べした憲兵がギルドに居るのか、お世話になった武術指南が何故自分の前に立ち塞がっているのか、理解不能な状況にヒロは助けを求めてコウメイを見た。


「何がどうなってるんですか?」

「俺が知りたい」


 ウンザリとしたコウメイの返事には諦めの色があった。


「仲間の心配はするな。ギルドの若いのに言伝を運ばせてるから」


 用意周到である。


「酒の美味い店があるんだよ」

「飯もイケるぜ」

「キレイなねぇちゃんが居ねぇのは悪ぃが」


 エドとハルクに両脇を確保されたコウメイと、自分よりも筋肉隆々の腕を肩に回されたヒロは、オーク肉の発注を終えて戻ってきたキースの合流後にそのまま繁華街の酒場に連れ込まれたのだった。


   +++


 玄関扉のノッカーがコツ、コツと音を立てた。

 コウメイたちなら鍵を開けて入ってくるはずだ。借家に来客の予定はないしと、アキラは警戒しつつドアガードを残したまま扉を開けた。


「こんばんは」


 ドアの前に立っていたのは、ギルドの受付カウンターでたまに見かける若手職員だった。


「うちの上司からの伝言で、急遽宴会をすることになったのでコウメイさんとヒロさんを借りる、だそうです」


 この職員の上司、まさかエドナだろうかとアキラの眉間にシワが寄った。


「あ、俺の上司は武術指南やってる方です。前々からコウメイさんの武勇を聞きたいと言ってたのですが、明日は非番なので丁度いいからとロビーで捕まえてました」

「ああ、あの凄い筋肉の」


 豪腕としか言いようのない盛り上がったあの筋肉に捕まったのなら逃げられないだろう。


「皆さんのお知り合いの方たちも飲み会に参加するようですので、遅くなるのは間違いないから一応お知らせしておくようにと言われまして」

「それはわざわざありがとうございます」


 アキラは社交用の笑みを貼り付けて礼を言った。玄関先でのやり取りが聞こえたのだろう、奥に引っ込んでいたサツキがひょいと顔を出して来客とアキラを見比べて問うた。


「こんばんわ。遅くまでご苦労様です」

「ささ、さ、サツキさんっ」


 普段見慣れた冒険者スタイルではなく、柔らかいワンピースに綿入りの上着、いつも編みこんでいる髪を下ろして寛いだ姿のサツキを見たギルド職員は、どもって硬直した。サツキが会釈すると一気に顔が赤くなる。


「コウメイさんたちは外食なの?」

「ギルドの幹部職員につかまって飲み会だそうだ」

「じゃあ夕食は私が作らないといけないわね」

「簡単なものでいいから頼む」


 分かりやす過ぎる反応のギルド職員から妹を隠しながら、アキラはサツキを台所へと押しやった。

 そしてギルド職員を振り返って。


「コウメイとヒロに伝言を頼めるか?」


 サツキの後姿を目で追っていた職員は、アキラの存外に厳しい声にピクリと震えた。


「何時まで飲むつもりかは知らないが、十一の鐘までは玄関を開けておく。その後は自力で何とかしろ、と」


 間違いなく伝えろよと念を押したアキラは、玄関を閉めて暖炉の前に戻った。


 アキラは暖炉で沸かした湯をポットに注いだ。しばらく蒸して、カップに注ぎ入れる。ふんわりと湯気の立つカップを満たすのは麦茶だ。

 真冬の食卓にミント水が辛くなってきた頃に、コウメイが挽く前の粒ハギを市場で手に入れてきた。何をするのかと思えば、鍋で芳ばしく炒って、出来上がったのがハギ(ムギ)茶だ。夏のイメージしかないハギ(ムギ)茶だが、ホットでも美味しい。茶葉は高くて買えないが、粉挽き前の粒ハギはティースプーン一杯分の茶葉の値段で、中樽一つ分も買える。

 それ以来、温かい飲料はハギ茶だ。茶色く透き通った温かな飲み物は、身も心も温めてくれる。


「遅くなってゴメンね、お兄ちゃん」

「お待たせしました~」


 サツキとコズエがスープ鍋と料理の載った皿を持ってきた。


「手伝えなくて悪いな」


 アキラはカトラリーを並べ、二人のカップにハギ茶を注ぎいれる。呼ばれるまでは台所に近づくなとコウメイに厳命されていた。アキラに料理をさせるな、は全員の共通認識だ。

 朝のスープに卵を溶いて味を調えた卵スープ、茹でたソーセージと、すりおろした芋とハギ粉を練って焼いたパンケーキが今夜の夕食だ。


「外食なんてズルイなぁ」


 私も美味しいコース料理とか食べたいのにと、コズエがここに居ない二人に対して文句を言った。


「そんなにいいものを食ってるわけじゃないと思うぞ」


 ギルドの幹部職員がいるなら不味い物は出ないだろうが、憲兵と肉屋の次男、時々情報交換をする冒険者という面子での飲み会だ。コズエが期待する高級な店ではないだろう。むしろ彼女たちがいては入れないような店で飲んでいる可能性は高い。


「お兄ちゃんも行きたかったんじゃない?」

「置いてきぼりなんて酷いですよね」

「俺は暖炉の前でゆっくりする方がいい」

「でも男同士でワイワイやるのって楽しそうじゃないですか? 私達もこの前女子会をしたけど、すっごく楽しかったですよ、ね~?」

「普段はなかなかできない話題とか、友達の意外な面が見れて面白かったよね」

「意外にみんな、口が悪いって言うか、遠慮ない話題で楽しかったし」


 コズエは思い出して頬を緩め、サツキも詳細を口にしないで思い出し笑いを浮かべている。


「ねえアキラさん、男子会っていうか、男の人同士ってどんな話してるんですか?」


 男だけで集まり、酒が入って理性が弛んだ状態での話題など、シモネタの他にあるわけがない。

 コウメイはともかく、ヒロの株が下がるのはかわいそうだと、好奇心に目を輝かせて問うコズエを、アキラは曖昧にほほ笑んで誤魔化したのだった。


   +++


「「「カンパ~イ!」」」


 かしゃん、かしゃんと、高く掲げられたグラスが鳴る。


「かんぱーい」

「……かん、ぱい?」


 棒読みと疑問符つきが低い位置でグラスをぶつけ合った。

 ビールとはまた違うほのかに甘い発泡酒を、まるで水のように飲んでいる男達の中にいて、渋面を取り繕いもせずに魔猪肉の焼き物を黙々と食べているコウメイと、困惑気味に芋と角ウサギの香草焼きをつついているヒロだ。


「どうだ美味いだろ?」

「安くて美味くて量も多い。常連客にはギルド職員も多いから、安心して飲めるぞ」


 ギルド職員が懇意にしている店で度を過ぎた狼藉を働く愚かな冒険者はいない。色っぽい女性給仕がいなくとも、安心して酔っ払える店として常連客は多いらしかった。なるほど他のテーブルの客もほとんどが冒険者だ。


「ところでコウメイ、前々から確認したかったんだが」


 この街には一年以上も滞在し活動している冒険者のエドが、空になったカップをコウメイに突きつけた。


「お前の女は、どっちだ?」

「は?」

「だからパーティーに居る女の二人、どっちがお前の女なんだ?」


 ブハッ!!

 隣でヒロが発泡酒を吹き出した。


「弓使いの方か、槍使いの方か、はっきりしろ」

「はっきりするも何も、どっちも違う」


 ヒロに手ぬぐいを渡しながら否定すると、今度は周囲のテーブルから声が上がった。


「おいこらコウメイ、あんな可愛い女の子たちの何が不満だ?」

「ただでさえ少ない女の子の冒険者とパーティー組んでんのに、手も出せてないのか甲斐性なしが」

「魔物狩りに付き合ってくれる女の子は少ないんだぞ、大事にしろよ」

「獲物を運んでいる時のコズエの笑顔を何とも思わないなんて枯れてんな」

「むさ苦しいギルドロビーに佇むサツキさんの可憐な姿に癒されないなんて男じゃないですよっ」


 違うテーブルから次々と理不尽な罵声が飛んできた。どちらかと付き合っていると宣言してもおそらく怒声、否定しても罵声、どうしろというのだ。


「おい、おっさん。これは何の集まりなんだ?」


 コウメイは冒険者たちに詰め寄られる様を笑って傍観していた筋肉ダルマを睨みつけた。

 この飲み会を企画したのはランスで、キースやエド、ハルクは彼らなりの打算があって協力したらしい。

 ランスが答えるより先にキースが身を乗り出して言った。


「コウメイがコズエかサツキに決めてくれたら、俺らの用件はそれで終わりなんだよ」


 肉屋次男の据わった目がコウメイを詰める。エドはフォークを持った手をコウメイに突きつけている。


「今すぐ決めろ!」

「そうだ決めてしまえ」

「なぁ、この酔っ払いを殴ってもいいか?」

「勘弁してやってくれ。こいつらも切羽詰ってるんだ」


 拳を固めるコウメイの前に、ハルクは暴牛の煮込みをそっと置いた。半日以上じっくりと煮込んだ肉は口の中でほろりと溶けるほど柔らかく美味だ。


「キースとエドの思い人が、コウメイを婿にしたいと言っているらしくて焦ってんだ」


 ブハッ!

 今度はコウメイがエル酒を吹き出した。ヒロから差し出された手ぬぐいで口元を拭ってキースとエドをまじまじと見る。婿って、婿だよな?


「ちなみにあいつらの思い人って、誰?」

「それは……本人たちに聞いてくれ」


 友人の名誉のためにも、プライバシーを勝手に喋るわけにはゆかないとハルクは誤魔化したが、全くの見知らぬ女性でないのは想像できる。誰だ、と追求するのはやめておいた。深入りしたくない。


「コウメイに決めた相手がいるなら想い人も諦めてくれるだろうって魂胆でな」

「意気地なしどもめ」

「そう言ってやるなよ。あいつらなりに色々頑張っているがうまくいかなくて……」


 常日頃から相談を受けていたらしいハルクは苦笑いとともにエル酒に口をつけた。俺のアドバイスは全く役に立たないらしいんだよ、と愚痴りながら三杯目を飲み干す。


「おいそこのヘタレ二人。なんでフラれたか自覚してるか?」

「まだフラれてない! ちょっと誘いを断られただけだっ」

「そうだ、ちょっと余所余所しくされてるが、フラれたわけじゃない」


 間違いなくフラれているじゃねぇかよ、という言葉は、袖を引くヒロにギリギリで止められた。


「その余所余所しくされたのは、どういう時かわかってんのか?」

「風呂に入ってきたときだ」

「何で風呂上りに冷たくされるんだよ?」


 理解できないと首をひねるコウメイとヒロに、エドが項垂れて分からないんだよと嘆いた。


「彼女が『手を洗え、風呂に入れ』と言うから風呂に入って宿に戻ったのに、何で冷たくされなきゃならないんだ!」


 ドン、とテーブルを叩きつけたエドの手は土汚れで汚かった。

 こちらの世界の食堂や飲み屋ではお手拭サービスなんて無い。入り口に水桶があり、そこで客が手を洗ってから店に入るのだ。狩りからギルドへの納品、そのまま飲み屋に連れ込まれていたため、コウメイとヒロの衣服には汚れが残ったままだが、きちんと水桶で手を洗ってから席についている。

 そうと意識して店内を観察してみれば、手を洗わずにテーブルについているのは冒険者がほとんどだ。憲兵のハルクも肉屋次男も手の汚れを落としているし、隣のテーブルの商人風の男の手も清潔だ。


「この街に風呂屋があるんですか?」


 銭湯のような店があるのなら行ってみたい、そうヒロがたずねたがハルクたちは苦笑いで首を振った。薄眼で蔑むようにエドを見ている様子からも、コウメイも彼の言う「風呂」が何なのか知っているようだった。


「高い金払ったんだぜ」


 清潔にして宿に戻り冷たくされる、なるほど冷たくするのは宿屋で働く女か。コウメイがナモルタタルで宿泊した宿は銀葉亭だけだ。あそこには確か二十歳くらいの看板娘が居たな。エドの想い人は彼女か。


「女の子は基本潔癖症だぜ?」

「だから風呂に入ったのに……」


 エドの訴えを聞いていたハルクが苦笑してヒロに教えた。


「風呂に入った場所が悪いんだよ、あいつは」


 一般的に風呂設備を持っている家は裕福な金持ちか貴族だけだ。庶民が身体を清めるのは洗い場になる。エドの定宿にも風呂は無く、ではどこで風呂に入るのかといえば。


「娼館で風呂に入って帰って、好きな女に歓迎されると思うか?」


 花街の女たちは客の男を風呂に入れたがる、客が冒険者なら余計に。風呂は追加料金になるが、女たちは客をおだて宥めねだり、湯を使いながら奉仕する……汚れや病気から己の身を守るために。

 エドによれば細指で念入りに洗ってくれる風呂は格別らしい。


「……アホか?」


 フラれて当然だ。今後の関係改善もおそらく見込めない。


「宿で湯を貰えばいいだろうが」

「金が余分にかかる」


 洗い場で使う桶一杯分の湯は十五ダル。


「娼館の風呂代はいくらだよ」

「百五十ダル」


 金の使い方を間違っている、とコウメイは眉間を押さえた。宿屋の娘に惚れているのなら、彼女の家に金を落としてやらなくてどうするのだ。利益を提供し、身奇麗に保つ、それだけで好感度が上がると何故わからないのか。


「けどよ、身体中を泡で撫でられて揉まれて、たまらんぞ? 百五十ダルの価値はあるんだ」


 同じ男として性欲や快楽を否定はしないが、ならばそこは隠れてこっそり楽しみ、本命には娼館の香りを嗅がせないくらいの気を使ってしかるべきだ。


「お店のお姉さんに全身くまなく洗ってもらって、そのあとたっぷり楽しんで宿に帰ってるんだな?」


 冒険者エドはコウメイの指摘を否定しない。


「馬鹿だろ」


 呆れたコウメイには他に言うべき言葉はない。


「あんたプロのお姉さんと遊び過ぎなんだよ」


 普通の女の子が、花街で遊んで帰ってきた男に「好きだ」と告白されて喜ぶわけがない。それが理解できないままでは、この先も嫁を貰うことはできないだろう。


「本命に好かれたいなら、娼館通いは隠せ。宿で湯を買って身綺麗にしろ」

「……面倒だな」


 ぼそっとこぼれた本音に、こりゃ駄目だと首を振った。

 周りのテーブルでコウメイらの話を聞いていた冒険者連中も、娼館の風呂がいい、いや堅気の娘を嫁に欲しいならしばらく控えてみるか、どうしたいこうしたいと真剣に悩み始めていた。


「な、なぁ、俺にもアドバイスしてくれないか」


 肉屋次男のキースが鶏の皮をカリカリに焼いたつまみを差し出しながらコウメイにたずねた。


「彼女とはガキの時からの付き合いで、嫌われてないはずなんだよ。けど最近は狩りに誘っても付き合ってくれねぇし、相談にかこつけて話そうとしても取り合ってくれないんだ」

「幼馴染ってやつか。それならヒロに聞け」


 強制的に連れ込まれた飲み会で何故に恋愛相談をされなければならないのか。それに俺には異性の幼馴染なんていない、とコウメイは話題をヒロに投げてよこした。


「俺は、ナシです、分かりませんっ」

「コズエちゃんとは幼馴染だろう?」

「幼馴染ですけど、そういうのは、無い……ので」


 ヒロの言葉が次第に力なく萎んでゆく。他人の恋路にアドバイスできるほど経験は積んでいないのだ。むしろ年上の男たちにズバズバと忠告できるコウメイは、どれだけ経験豊富なのだとヒロは隠れるように身を縮めた。


「幼馴染とかはともかくとして、まず女の子を誘うのに狩りはやめとけ、狩りは」


 買い物に誘うとか食事に誘うとか、デートならもっとマシなプランを考えろ。


「何でだ? 彼女も冒険者登録しているし、昔から誘えば喜んで森に出てたんだぞ」

「子どもの頃ならまだしも、年頃の女の子が狩りに誘われて嬉しいと思うか?」

「嬉しいと思うぜ。だって今でも狩りはするし、最近は暴牛狩りに楽しそうにでかけているんだ」


 そりゃまた野性味あふれる女傑なんだろうなと想像したコウメイに、こっそりとハルクがヒントを与えてくれた。


「あいつの思い人は肉屋の跡取り娘なんだよ」


 ああ、ケイトなのか。なら狩りデートも不思議ではないが、誘いに乗ってこないというのは何かきっかけがあったはずだ。


「ケ……その幼馴染が誘いを断るようになった時期は? その頃に何か変った事はあったか?」


 時期、変化、うーんと考え込んだキースを放置してカリカリの鳥皮を口に放り込んだ。バリバリしてて美味い。鳥は狩ったことないが、次に森に出た時に野鳥を狙うのもいいかもしれない。


「あれかなぁ」


 ようやく心当たりを思い出したらしいキースがポツリ、ポツリと語った。


「ウチの店は兄貴が継いでるから、俺は外に出ることになってる。自分で店を構えるか、どこかの肉屋に婿入りすることになる。俺も二十一だし、そろそろ本腰入れて決断しなきゃって思ってた時に、ケ……彼女が聞くんだよ、婿入り先は決まったのかって」

「それで、キースはなんて答えたんだ?」

「もう決めてあるって答えた。それからだよ、彼女が素っ気なくなったのは」


 そこでケイトと結婚したい、婿入りさせてくれと言えば話は簡単だったのに、なんでそんな回りくどい返事をしたんだこの馬鹿は。


「幼馴染は何でキースに尋ねたんだと思う?」

「心配してくれてたんだと思うんだ。開業するなら街を移ることになるし、商業ギルドでの手続きとかツテを頼って店を探さなきゃいけないのに、俺は何もしてなかったから。婿入りするなら十五歳から婿入り先で修行始めるのが当たり前なのに俺はまだ実家の肉屋で働いてるだろ」

「間抜けめ……」


 コウメイの呟きにピクルスをかじっていたヒロも頷いて同意していた。


「あのな、キースの将来を心配して聞くなら、独立するのか婿入りするのか、決断できたのかって聞き方になるだろうが」


 ケイトが尋ねたのは「婿入り先は決まったのか」だけだ。ナモルタタルで婿入りを必要としている肉屋が一体何軒あるだろう。


「キースさんが『自分の店ではない何処かに婿入り先が決まった』と受け取ったんですね。だからケイトさんは諦めてしまった?」

「間違いないと思うぜ」


 ヒロに分かることが何故この肉屋次男には分からなかったのか。


「そんなぁ……」


 自らの手で想い人との未来を潰してしまったことに今さら気づいたキースは、ぼろぼろと涙をこぼしながらテーブルに突っ伏した。

 幼馴染というのは付き合いが長くお互いを良く知っている。だからついつい言葉を省略し、当然伝わっている、理解されていると思い込むのだろう。


「ヒロも気をつけとけよ?」

「……はい」


 成人男子のすすり泣きが聞こえはじめると、他のテーブルからも声が消え、店全体にキースの陰鬱が広がった。酒と飯が不味くなってきた、そいつをどうにかしろ、という恨みのこもった視線がコウメイたちのテーブルに向けられる。

 仕方なくコウメイはキースを励ます言葉を吐き出した。


「誤解が拗れてるだけだからさ、まだチャンスはあるかも知れないぞ? もう一回当たって砕けたらどうだ?」

「く、砕けるのは……っ」


 それくらいの覚悟でさっさとプロポーズして来い、この意気地なしめ。

 コウメイは残り少なかった発泡酒を一気にあけ、グラスを強めにテーブルに置いた。


「ランスのおっさん、もう帰っていいか?」


 コウメイの疲労感は既に限界に近かった。ゴブリン討伐でぼろぼろになった時よりもこの場に居続けるほうがキツイ。この二人の恋愛相談のための飲み会ならもう終わりだよな?


「俺はまだ一言も喋ってないぞ」


 じゃあさっさと用件全部喋ってくれよ、と目の据わったコウメイが睨みつけた。


「あー、コウメイは結婚しないのか?」

「……おっさん、俺みたいな若造に恋愛相談なんて恥ずかしくないか?」

「俺は妻帯者だ」


 そうじゃなくて、とランスは苦笑いのまま角ウサギ肉の串焼きをコウメイにすすめた。

 香辛料が独特でクセになる味だ。ピリッとくる辛味は唐辛子ではないし、ニンニクとも違う。発泡酒をもっと飲みたくなるスパイシーな串焼きに、どうやって再現すればいいかとコウメイは悩みはじめた。


「お前たちはこの街に定住するつもりはないのか?」

「定住?」

「ギルド職員やキースのような、街に家を構えている冒険者を定住冒険者という。宿で暮らし、狩場を求めて移動する冒険者を放浪冒険者というんだが」


 どこかで聞いた事はあるなと二人は頷いた。


「俺たちはコウメイたちにこの街に定住して欲しいと考えている。街のためにも、ギルドのためにもな。街の女と結婚することになれば定住は確実だろうし、同じパーティーの誰かと結婚した場合でも安定を求めてどこかに拠点を構えるだろう?」


 だから決めた女がいないのなら紹介しようかと思った。そう言ったランスの言葉を聞いたコウメイの表情から酔いが消えた。


「何を企んでいる?」

「殺気を飛ばすな、酔いが醒めるじゃないか」


 ランスは新しい発泡酒のグラスをコウメイに握らせた。


「別に強制しようというつもりはない。惚れた女が街に住みたいと言ったら残ってくれるかもしれない、その程度の期待だ」

「俺ら程度の冒険者なんて掃いて捨てるほど居るだろ」

「それが案外居ないもんだぞ?」


 暴牛肉の串焼きを食べながらランスはナモルタタルの冒険者達の実情を語った。


「ナモルタタルの街は東西の街道と南への街道が交わる交通の要所にある。交易の中継地点でもあるから人口も商売も多くて栄えていると言えるだろう。だが冒険者の数は、同じ規模の街に比べて少ないんだ。ナモルタタルは程ほどに稼げる狩場だが、大きく稼ぐには向かない地でもある。物足りなくなった冒険者は街を離れるから、いつまでたっても増えない。ギルドとしてはもっと定住冒険者に増えてもらいたいんだ」


 冒険者が増えれば素材や魔石の扱い量が増え、他街のギルドとの取引や大口の販売先を増やせるのだ。魔物の討伐に対する国からの補助金も増加を期待できる。何処でいつおきるのか分からないスタンピードへ備える意味でも、優秀な定住冒険者は一人でも多く確保したい。


「今日のギルドのあの混雑は何なんだよ? あれでも足りないのか?」

「足りないな。街にいる冒険者の七割程度しか居なかったし、半数は副業の冒険者だ。専業の数だけ考えるとそんなに多くはない」

「副業?」

「キースのような本業や家業を別に持っていて、必要なときに冒険者として活動する者のことだ」


 定住に放浪、そして副業。正式な名称ではないが、様々な冒険者を区別するために広まった俗称のようなものだとランスは説明を続けた。


「ナモルタタルの冬は降雪の日も多くて狩りに出られない日も多い。狩りや討伐ができなければ専業冒険者は生活できなくなる。だから放浪冒険者は冬が近づくと街を出て行くんだ。コウメイたちのように冬のこの街で冒険者一本で食っていくのは相当に大変なことなんだぞ」

「そんなに大変か? パーティーで晴れた日に大物を何体か狩れば、数日分の宿代も食費も余裕で捻出できるだろ」


 生活費はパーティーの会計から出ているし、個人資産を使うといっても嗜好品を少し買う程度で、コウメイやヒロはほとんど金のかからない生活をしている。


「宿と飯だけなら、な。所帯を持っていない男が、狩りのできない日をどうすごしていると思うんだ?」


 ランスが視線をエドに向けた。なるほどと頷いたコウメイ。ヒロは良く分からないとあやふやな表情でランスに視線を戻す。


「……女、か」

「女と酒だな。晴れ間に稼いだ金を持って女を買い、酒を飲む」


 魔物を数体討伐して得た報酬も、娼館で吸い上げられ、酒で流れていくわけだ。


「コウメイに女でもできればと思って期待してたんだがな」

「おい、おっさん、何か企んでたのか?」


 ニヤリと悪い笑みを浮かべたランスが白状した。


「街の娼館に、コウメイやヒロが来たらたっぷりサービスして虜にしてくれって頼んでおいた。気に入ったら孕んで引き止めてくれてもいい、とな」

「ハニートラップ仕掛けてやがったのかよ!」

「けどお前達は花街に足を向けもしなかっただろ。若いのに枯れてんのか、パーティーの誰かと出来てるかと思ったが、どっちも違うようだし」

「えげつねぇ……」

「大人って汚いんですね」


 二人だって普通の高校生男子だ、人並みの性欲はある。だがスポーツに熱中し受験に忙しかった健全な高校生の思考には、女を金で買うという発想自体がなかった。


「流石に街の娘さんたちにお前らを篭絡しろとは頼めなかったが、どうやら本腰入れて婿取りを頑張ってくれそうな娘さんたちもいるようだ、それに期待しようか」

「ケイトの家に婿入りするのは俺ですっ」

「レベッカはだめだ!」

「他にもコウメイやヒロに思いを寄せてる娘さんはいるから安心しろ」


 ランスに宥められ肉屋次男と冒険者は安心したようだが、コウメイとヒロはとても安心できない。


「勘弁してくれ」

「俺は……そういうのは」


 女の子に好かれて悪い気はしないが、いきなり周囲を固められ、逃れられない状況に陥れられて婿入りを強制させられるのは流石にご免だ。


「さっきから聞いてりゃ、腹立つぜ」

「おめぇら贅沢すぎるだろ!」

「素人娘に相手にされない俺らを馬鹿にしてやがるのか!?」


 ガタガタっと椅子を蹴飛ばすようにして、他のテーブルの冒険者達が立ち上がった。コウメイとヒロに向かって、酔いの勢いのまま鬱憤をぶつけてくる。


「モテるからって選り好みしやがって」

「そうだそうだ、花街に通って何が悪いっ」

「お前たちは何が楽しくて冒険者をやってるんだ?」


 女を買うためでないことは間違いなかった。


   +++


 夜の街は暗い。

 厚い雪雲が月と星の光をさえぎるため、冬の夜は特に暗かった。二人は松明の灯りを頼りに帰路をたどっていた。


「酷い目にあいましたね」

「理不尽すぎる」


 冒険者達に吊るし上げられそうになった二人は、ギルド幹部職員を盾にしてやっと酒場を抜け出してきたのだ。


「ヒロ」

「なんですか」

「娼館に行ってもいいけど、自分の小遣いの範囲内にしろよ。それとコズエちゃんとサツキちゃんには絶対に悟られないようにしとけ」

「な、何言ってんですかっ」

「あとは病気に気をつけろよ」

「コウメイさんっ」

「治療薬が効くかどうかわからないし」

「ちょっ、試したんですか?」

「女の子は潔癖症だからな~」

「……カンベンシテクダサイ」


 手に持つ松明に照らされたコウメイは、人の悪い笑みでヒロをからかっていた。



7/1訂正。キースさんの年齢間違ってたので訂正しました。

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