共同生活のススメ 10 冬のはじまり
共同生活のススメ 10 冬のはじまり
やけに冷え込むなと目が覚めた。窓の外が明るい。ベッドから降りて木窓を開けて外を見てみれば、一面が白く染まっていた。
「雪か」
冷え込むはずだと呟きながらコウメイは手早く服を着た。
窓を大きく開け街の様子を確かめた。雪はうっすらと積もった程度で、日がのぼればすぐに解けてしまいそうだ。
入り込む冷気を感じたアキラが、毛布を手繰り寄せて寝返りを打ち身体を丸めたが、起きる様子はない。
コウメイは窓を閉めて寝室を出た。
「雨の日は休みだけど、雪の日はどうするかなぁ」
顔を洗い、暖炉とかまどに火を入れる。いつものように朝食を作っていると、サツキ、コズエ、ヒロ、アキラの順番で起きてきて、暖炉前のローテーブルでの朝食が始まる。
朝食を食べながらのミーティングでは、雨続きで身体が鈍っているのを鍛えなおしたい、作業続きで気分転換したい、冬の森を観察したい、と積極的な意見が大半を占めた。
「ギルドに顔を出してからにしようぜ」
コウメイは先日からぽつりぽつりと討伐を続けているゴブリンの情報が知りたかった。ナモルタタル周辺の森にゴブリンが出没したことは報告してあるし、定期的に討伐を報告しているので、そろそろギルドの調査が入った頃だろう。巣の場所は公開されているのか、自分達の知っている狩場以外にゴブリンの出没場所はあるのか、色々と知りたい事がある。
「今日もゴブリン狙いですか?」
「肉屋の依頼もあるから、暴牛は必ず狩らないとな。先に森でゴブリン探して、帰りに暴牛ってトコかな」
ギルドの依頼掲示板には、近隣の魔物情報も開示されている。現在ナモルタタル周辺での魔物の出没情報は、ゴブリン、コボルド、オークだった。
「巣の位置は現在調査中。各魔物の上位種の存在は未確認、と」
「オークの討伐報酬って高いんですね」
「食えるらしいぜ、オーク」
「え、魔物ですよね?」
「二足歩行の豚だしね。そういやまだ食ったことないよな……どの辺で出没してるんだ?」
コウメイがオークを狩る気満々になっているのを見て、コズエは貸し出し窓口で一番大きな箱台車を申し込んだ。
「暴牛とオークの両方を積めるかなぁ」
「重くなりそうですね」
+++
冬の森は緑も土の色も濃かった。昨夜に降った雪は木々の枝葉に積もり、地面にはほとんど届いていない。
「雪の量にもよるが、積雪の日でも森での狩りはできそうだな」
「平原よりも森の中の方が温かい感じがします」
「日照の条件にもよるだろうけど、風雪避けという意味では森の方がすごしやすそうだ」
トラント草を囲む角ウサギの群れが見えた。好物の草を食みながらも身を寄せ合って暖を取っている。五人は角ウサギをスルーして森の奥へと進んだ。今日の標的はゴブリンとオークだ。
コウメイたちはおおよそのゴブリンの巣の場所を掴んでいたが、ギルドには報告していない。今の戦力だと無傷での巣の殲滅は難しいだろうし、少しずつ討伐することでコンスタントに稼げる狩場を秘匿するのは、他の冒険者達も当然のようにやっていることだ。
「いた、偵察ゴブリンが二体」
ゴブリンは肉食の魔物だ。野生動物や魔獣を狩って食うし、人も襲い食う。森の中で食いつないで満足している間はいいが、人を狙って森から出るようになれば、ギルドの先導で巣を殲滅することになるだろう。
サツキが位置を決め弓を構える。ヒロが短刀を抜いて右手に離れ、コウメイは左手に移動し距離をとったのを確認して、アキラが合図を送った。
「ウガッ」
「ゴオァァ」
サツキから放たれた矢が右奥ゴブリンの腿に刺さった。
ゴブリンらは矢の来た方向へと走り出す。
「こっちよ!」
コズエが槍で雑木を薙ぎ払った。
その音にゴブリン二体の足が止まる。
サツキかコズエか、ゴブリンが標的を定めきる前にコウメイが矢の刺さったゴブリンの腕を斬り落す。
「よし!」
仲間の援護に方向を変えようとしたゴブリンの前にアキラが立ち塞がる。
アキラは脇差を構え、ゴブリンを挟んで機会をうかがうヒロの動きに合わせて棍棒の攻撃をかわしてゆく。
「ゲホゥッ」
背後からのヒロの一撃を腹に受け、ゴブリンが地に倒れた。
「コズエちゃん、とどめよろしく」
「はいっ」
腿に受けた矢傷で思うように走れず、コウメイによって両腕を切落されたゴブリンは、コズエの槍に心臓を貫かれて絶命した。
「ゴブリンも仲間のピンチに駆けつけるんですね」
「低能で単純だけど、数が多ければ連携もする。乱戦になったらまだ俺たちの方が不利だろうな」
一対一で確実に屠れるようにならなければ、無傷での巣の殲滅は難しいだろう。
偵察ゴブリンを倒したならば、討伐部位と魔石を回収してできるだけ早くその場を離れる。戻ってこない仲間を探してゴブリンがやってくるのだ。待ち伏せして戦ってもいいが、三体以上が現れたら五人では厳しい。
「さて次はオークだけど、何処にいるんだろうなぁ」
コウメイたちはまだオークに遭遇した経験がない。オークを中心に稼いでいる冒険者がいるので、そちらの領域を侵すつもりはないが。
「いっぺん食べてみたいんだよな」
「美味しいんですかね?」
「美味いと思うぜ? 肉屋に教えてもらったんだが、動物よりも魔獣、魔獣よりも魔物、だそうだ」
「何で魔物の肉が美味しいんでしょう?」
「魔素の含有量が多いほど、肉が美味くなるらしい」
魔素とは魔力と同じと考えて問題ないとアキラが補足した。
「魔獣よりも魔物の方が体内に蓄えた魔素が多い。だから魔猪よりもオークの肉の方が美味いはずだ」
コウメイの力説を聞いていると是非ともその美味なる肉を食べてみたくなる。オークの姿を求め五人は普段の狩場を離れた。今までほとんど探索していない森の南奥へと進むと、常緑樹木が重なって日の光がほとんど差さなくなった。腐葉土と岩の判別が難しくなり、足の進みがゆっくりになっていくなか、突然アキラの足が止まった。
「どうした、アキ」
足を止めたアキラは唇に人差し指を当てて「静かに」と合図し、じっと左手前方の森を凝視していた。かすかな物音を探るように耳がピクリと動き、表情が厳しくなってゆく。
「八……九人か? 何かと、戦っている」
コウメイが顔色を変えた。
「人間は何人だ?」
「そこまで聞き分けるのは無理だ。全部二本足なのは間違いない」
「行こう」
「横取りを疑われたら面倒だぞ」
「様子を見るだけだぜ。危ないようなら声をかけてから参戦すればいい」
アキラが示す方向にしばらく進むと、コウメイたちの耳にもかけ声や武器のぶつかり合う音が聞こえるようになってきた。
「オーク二体か」
木の影に身を隠しながら、戦闘を観察する。
「オークってはじめて見ました」
「大きな豚っていうか、ムキムキの豚みたい」
「確かに、顔も豚に近いな」
コズエたちの緊張感のない感想を聞きながらも、コウメイとアキラは冷静に戦闘を見ていた。
「冒険者側が六人。普段オーク狩りしてる連中だな、余裕がありそうだ」
全員が剣を手に助けに入る場面にはならないだろう。
「場所を変えませんか?」
アキラが言っていたように、こちらに気づかれて横取り狙いだと思われては面倒になるとヒロが移動したがった。
「この距離なら大丈夫だ。それにヒロも少しオークの動きを見ておいたほうがいい」
コズエとサツキには少し下がって離れておくように言ってから、男三人は対オークの戦闘観察を続けた。
「斧は厄介だな」
「思ったよりオークの背が高いです」
「あの長身から振り下ろす斧なら頭くらい簡単に割られるぞ」
「だが動きは遅い。身長に比べて足が短いから、足は遅いだろうな」
「重心が低いですね、転ばせるのは難しそうです」
がっしりとした身体つきの長剣使いがオークの片足を斬った。大きな音を立てて倒れたオークの背に両手剣の男が飛び乗り、首の横に剣を突き立てると同時に左右の動脈を切った。
もう一体のオークも三人に同時に襲いかかられ、じわりじわりと削られている。
「そろそろ終わるな……行こうか」
あの冒険者達に見ていたことを気づかれないようにと、コウメイたちは戦闘が完全に終わる前にその場から離れた。
「オークは二体までなら難しくはなさそうだな」
「一撃目を回避できたら後は楽にいけると思う」
「コズエちゃんの槍は足狙いだな」
「弓は頭を狙う方がいいが、位置が高いからな、角度が難しそうだ」
「腹はだめなんですか?」
「あの膨れた腹にいくら刺さってもダメージは少なそうじゃないか?」
肉なのか脂肪なのか、オークの腹はぽっこりと膨れている。
「オークの解体は経験ないけど、可食部位はあの腹の肉だと思う。だったらあんまり余計な傷をつけるのも良くないだろうな」
「どうしますか、オーク探します?」
当初の予定通りに、オークを屠ってから暴牛を狩りにゆくのか。目の前でのオーク戦を見たヒロは分析どおりに戦えるのか試したそうだった。
「そうだなぁ、あの冒険者達がいなくなるのを待ってもいいけど、暴牛の依頼もあるだろ」
「今日はゴブリンも討伐したし、後は暴牛だけでもいいと思いますよ」
「豚肉よりも牛肉の方が好きです」
その日は暴牛を二頭狩って街に戻った。
+++
ゴブリンの討伐報酬も含め二千五百ダルを受け取ったコズエとコウメイは、ギルドを出ようとしたところをエドナに呼び止められた。
「少し情報を提供いただきたいのです」
声をひそめたエドナに促され二階の資料室に場所を移すことになった。資料室に閲覧者はおらず、入室して扉を閉めると密談に適した環境になる。
「最近ゴブリンを定期的に討っているようですが、巣の位置などは掴んでいますか?」
「情報を買ってくれるのか?」
スタンピードに発展するほどでもない小規模な魔物の巣の情報は、発見した冒険者に優先権が生じる。ギルドに提供して情報料を得ても良いし、自らの狩場として秘匿してもかまわない。もちろん秘匿しきれるものではないし、他の冒険者に発見されて狩場の争いに発展することもあるし、ギルドに売られてしまえば自分達の持つ情報は価値を失う。だからたいていの討伐冒険者は魔物の巣を発見すればすぐにギルドに売る。
「お売りいただけるのでしたら買わせていただきますが、今回はあなた方に討伐の依頼を引き受けていただきたいのです」
「話の流れだとゴブリン討伐か?」
エドナはゆっくりと頷いた。
「N629の皆さんが指名討伐を引き受けたがらないのは承知していますが、今回はゴブリン討伐に実績のあるあなた方にお願いしたいのです」
N629とパーティーを指定しているが、これはコウメイとアキラへの依頼なのだろうとコズエは硬い表情のコウメイを横目で見た。
「先日、街の西にある村がゴブリンの襲撃を受けました。おそらく南西の森のどこかにあるゴブリンの巣が飽和状態になっているのでしょう」
小規模な集団なら森を出て来ることはないが、数が増えてくればゴブリンは食料調達と繁殖を目的に森を出て来る。
「幸いにも人的被害はなかったのですが、村は二度目、三度目の襲撃に耐えられません。ゴブリンが森を出てきたということは、上位種が生まれた可能性もあります。できるだけ早く肥大したゴブリンの集団を間引きする必要があります」
「村は何処にあるんだ?」
エドナは地図を開いて襲撃を受けた村と、予想されるゴブリンの巣の位置を示した。
「私たちが暴牛を狩っている辺りからもっと西にある村なんですね……あ、この村って、私たちが雇われたことのある村だわ」
「位置的に巣は森の西端あたりにありそうだな」
コズエの言葉を聞き、地図を覗き込んだコウメイは距離を測りながら考え込んだ。
「村を襲ったゴブリンの数は?」
「三体だったと報告されています。夜明け前に襲撃を受け、村の家畜が奪われました。垣根や塀も破られましたが、村人達が総出で防いだそうです」
「偵察に出て村を見つけたのかもな。上位種がいるとしたら、集団で村を襲いに来る可能性は高いぜ」
「依頼を引き受けてくださいますか?」
コズエは当然に了承の返事をするつもりだったが、コウメイの渋い表情を見て言葉を呑み込んだ。
「俺たちが断ったら他のパーティーに依頼を回すのか?」
「いいえ。明日の朝一番に村の名前とゴブリンによる襲撃の一般的な情報が掲示されます」
「じゃあ俺たちはそれを見てゴブリン討伐に出たことにする。上位種がいれば屠ったほうがいいんだよな?」
「村に近すぎる巣ですので、殲滅していただいて問題ありません」
指名討伐を断ったコウメイにエドナは不思議なものを見るような目を向けていた。
「欲がないのですね。指名の依頼となれば達成報酬も加算されますし、ギルドの協力者として優遇も受けられますのに」
「欲があるから断ってんだよ」
皮肉を返したコウメイは、コズエを促してギルドを出た。
「ゴメンな、勝手に断って」
家に向かう道でコウメイに謝られ、コズエは疑問をぶつけた。
「どうして指名依頼を引き受けなかったんですか? 明日討伐に向かうのなら同じ事ですよね?」
引き受けた方が報酬も良くなるし、一定期間はゴブリンの情報を独占できるメリットをみすみす逃すなんてもったいない。
「あれが個人からの依頼だったら受けても良かったんだけどな」
「ギルドの依頼だとダメなんですか?」
追加報酬もだが、ギルドから優遇が受けられるというのも魅力だ。普通の冒険者なら喜んで引き受けていただろう。コズエがそう言うとコウメイは困りきった表情で息を吐いた。
「ギルドに囲われるのは嫌なんだよ」
「囲われる、ですか?」
「結局は、優遇するから言うこと聞けってことだろ。利用されるのはごめんだよ」
「エドナさんは悪い人じゃないですよ。私達、最初からずっとお世話になってますし、凄くいい人です」
冒険者登録の時からエドナに世話になり続けているコズエは、コウメイが彼女を信頼していないようで不満だった。コウメイだって便宜を図ってもらっているのに、嫌う理由がわからない。
「俺も彼女は理解あるこっち側の人だと思ってるぜ。でなきゃあんな茶番に付き合ってくれねぇしな」
パーティー登録をしたときのウサギ獣人騒動の一場面を思い出し、だったらエドナの依頼を受けてもいいのではないかとコズエが言った。
「彼女個人は味方だとしても、ギルド職員であることは別枠で考慮する必要のある要素だぜ」
「コウメイさんは難しく考えすぎです」
「そうかなぁ」
断ったのを撤回することは可能なのだろうかと考えながら、コズエは貸家に戻ったのだった。
+++
夕食の席で明日はゴブリン討伐に向かうと聞かされた三人は、勝手に決めてくるな、大丈夫でしょうか、やるしかないですね、と三様の返事を返した。
「村に被害が出ているなら、早急に討伐したほうがいいな」
村の次は街が襲われる可能性は高いし、他の巣のゴブリンと共闘されたら街の冒険者達の手にも余る事態になりかねない。
「でもコウメイさんは指名依頼を断ったんですよ。だから一般的な討伐報酬しか期待できません」
「まあ、いいんじゃないか。指名依頼って失敗したらペナルティくらうんだろ?」
「上位種が発生しているかもしれないゴブリンの巣の殲滅なんて、ヒロも難易度高いと思うだろ?」
「俺たちはまだ三体以上のゴブリンと一度に戦ったことないですし、巣には沢山ゴブリンがいるんですよね?」
「偵察してみないと分からないが、最低でも二十体くらいは確実だろうな。上位種がいたとしたら五十体を越える可能性もある」
「ごじゅう……」
途方もない数を聞いたとコズエやサツキは口を開いたまま固まってしまった。ヒロは今までのゴブリン討伐を思い出しながら計算した。
「今までみたいに偵察に出てきたのを少しずつ倒していくとして、とても一日じゃ終わりませんよ」
「そう、いつものやり方だと他の冒険者と狩場争いすることになるんだよなぁ」
ギルドの掲示板に情報が張り出されれば、腕に自信のある冒険者やパーティーが西南の森に集まってくるだろう。互いの戦闘には干渉しないという暗黙のルールはあるが、高額な報酬を目当てに討伐部位を強奪したり、戦闘の終わる寸前に魔物を横取りして屠るなどの行為をする性質の悪い冒険者もいる。そういった馬鹿を相手にするのは魔物と戦うよりも神経を磨り減らすのだ。
「討伐依頼を受けていれば横取りとか心配しなくてすんだんですよ!」
昼間のことを思い出したのかコズエがコウメイを軽く睨んだ。
「断ってしまったんだから仕方ないですよ。ギルドは閉ってしまいましたし、今から受けますって言うわけにもいかないですよね?」
「うん、ゴメンな」
コウメイの軽い謝罪に頬を膨らませたコズエだが、これ以上引きずっても仕方ないとサツキに宥められて割り切ることに決めた。
「村に被害が出ているんだから、悠長に偵察ゴブリンを叩いてちゃ間に合わない。積極的に屠っていくつもりでいてくれ」
「連戦、乱戦になるだろうから、俺は脇差の方で戦う。場合によっては魔法も使うつもりだ」
「今回は怪我をするなと言っても無理だろうから、多めに治療薬や回復薬を使っていくぞ」
コウメイが方針を決め、アキラは妹に自動弓を使うようにと言った。弓以外の武器を使ったことのないサツキには、連射も可能で威力の高い武器を持たせておくべきだ。
「全員分の治療薬と回復薬は足りてるか?」
「大丈夫です。各自一本ずつでいいですか?」
「予備もあるなら念のためサツキちゃんが管理しておいてくれ」
朝一番に出ることを決め、その夜は討伐準備を整えて早々に寝た。
+++
一の鐘が鳴った。
日が明けるか明けないかのギリギリの時刻、おそらく当番の門兵くらいしか起きている者はいない頃だ。
五人は鐘の鳴る前から開門を待って待機していた。鐘の音にあわせて街門の閂があげられ、重厚な鉄の門がゆっくりと開いてゆく。
「早いな。気をつけて行けよ」
白い息とともにかけられた言葉に軽く礼を言って、五人は南西の森に向かった。




