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新しい人生のはじめ方~無特典で異世界転移させられました~  作者: HAL
第2部 冒険者生活の楽しみ方

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共同生活のススメ 3 お引越し

引越しって大変ですよね。

共同生活のススメ 3 お引越し


 入居日当日。

 朝一番に鍵を受け取って家に入り、コズエとサツキの指揮のもと全員での掃除がはじまった。定期的に手入れされていたとはいえ、うっすらとたまった埃を払い、床を拭き、家具にかけてあった覆いを外して回る。


「リビングの暖炉がいいよね。大きいからお湯やお鍋を沸かしたりできそうだし」


 絨毯を敷いて、クッションを置いて、冬は暖炉の前で温かい物を飲みながらまったりできそうだ。


「シーツはそれぞれの部屋に運んでおくぞ。ベッドメイクは自分でやれよ」


 こちらの世界のベッドは板の台の上に藁を包んだマットレスという仕様だ。そのまま横になると藁でチクチクするのでシーツは必須だ。男三人は値段と肌触り、女二人は可愛らしさを基準に、予算の許す限りで満足できるシーツを買った。肉体労働者にとって睡眠は大事だ。


「お鍋やフライパンは台所ですよね? 食器とカトラリーは何処にしまいますか?」


 台所には調理器具を置いておく場所はあったが、食器を収納する家具は無かった。とりあえず木箱を組み合わせて三段ボックスみたいなものを作り、そこに納めることにした。


「おーい、樽が届いたから運ぶの手伝ってくれ」


 風呂桶の代用品は中古の醸造樽を購入した。特大の醸造樽はサツキとコズエの二人が入っても余裕の大きさで、風呂桶には丁度良いサイズだった。水抜きの穴を開け、入りやすいように踏み台も用意した。少しばかり酒臭いのが気になるが、時間が経てば慣れるだろう。


「物干し台はないのか……ロープを張るか」


 中庭の木と木の間にロープをピンと張り洗濯物を干す場所を作った。五人分の洗濯物を干すには少し手狭だが、使いながら工夫していけばよいだろう。


「靴は、どうする?」


 この世界は室内でも土足である。靴を脱ぐのは洗い場とベッドの上くらいだ。


「宿屋では気にならなかったけど、仮とはいえマイホームだろ。土足はなぁ」


 それに森から帰った靴は泥に汚れていることも多い。


「玄関に箱を置いて、ここで室内履きに履き替えることにしようか」

「その方が掃除も楽だし、賛成です!」

「玄関マットを買ってこないとな」

「靴箱の箱はどうする? ちゃんとした家具にするか、安い木箱で代用するか」

「とりあえずは木箱でいいんじゃない? 様子を見てから考えようよ」


 他にも追加で買わなければならない物があったため、コウメイとヒロが買い出しに出かけた。残った三人は片付けと掃除の仕上げだ。

 午前中いっぱいを引越し作業に費やし、昼食は屋台で買った角ウサギ肉のパン挟みを食べ、午後からはコズエとヒロが中心になって大工仕事の真似事をし、食器棚のようなものと簡易の靴箱を作り上げた。


「ベッドサイドテーブル代わりに使ってください」


 余った木材で作り上げたとは思えないローテーブルが出来上がっていた。コズエとヒロのリアルスキルは凄すぎると、年長二人は感心し通しだ。


 日が暮れる頃にようやく住めるようになった家で、五人はやっと一息ついていた。


「引越しってお金かかるのね」

「追加で買わないといけない物がありすぎたなぁ」

「オーバーした予算分は、明日から頑張って稼ぐってことでいい?」

「もちろん」


   +++


 生活をするためには備品だけでなく消耗品も必要だ。

 この世界で最も消耗する必要な品は、薪だ。石油もガスも無いこの世界では、最も安価な燃料が薪だった。オイル燃料もあるが、それは貴族や豪商らが使う贅沢品であり、庶民には薪と炭、森で取れる油分を含んだ木の実が一般的な燃料だった。

 コズエたちの日課に、薪拾いが加わったのは引越し後かなり早い時期だった。


「煮炊きに使うくらいならいいけど、風呂の湯を沸かすことを考えたら、薪を買ってたら破産しちゃう」


 会計を預かっているコズエが悲鳴を上げたので、狩りに出る日はついでに薪も拾うことになった。大量の湯を沸かす手間と経費と労力の問題もあり、せっかく作った樽風呂は休養日限定の楽しみになっていた。


「今日は魔猪を中心に狩りをするぞ。最低でも三頭はしとめるつもりだ。一頭分の肉は俺達の食用だな。今夜は猪肉のステーキでどうだ?」

「猪肉と野菜の煮込みも食べたいですっ」

「ハムも作ってください」


 貸家生活で一番忙しいのはコウメイだろう。狩りや魔物討伐の指導、市場での食材調達に家での料理全般を受け持っている。好きでやっている事なので全く苦にはならないらしいが。


「魔猪はたいてい群れているが、好物を食べる時は単独行動をしている。そこを狙えば難しくない」

「好物ですか?」

「そう。魔猪はカルカリの木の実が好物だ。群れから離れて単独で実を食べに来たところを狙う」


 アキラは数日をかけて森の中を探索し、必要な採取物のポイントや獲物を狙える場所を見つけ出していた。ナモルタタル近辺の森は草食系の魔獣の好む木が多く、獲物探しに困ることは無さそうだった。


「いました」


 ドシン、ドシン、と重いものが激しくぶつかる音が聞こえた。音のする方へと慎重に進んでゆくと、樹木の枝葉が激しく揺れていた。その根元では、肥え太った魔猪がカルカリの幹に体当たりし、落ちてきた実を貪っている。距離を詰める者たちがいると気づいた様子はなかった。


 魔猪狩りにも慣れつつある三人が位置取りを決める。

 サツキが弓を構え、魔猪の頭部に狙いを定めた。


『もう少し……左に、あと少し』


 鼻先でカルカリの実を探して細かく動く魔猪の頭。

 サツキは矢で最もダメージを与えられる角度をじっくりと待った。

 魔猪がサツキの向ける殺意に気づき、振り返った。


「っ!」


 待ちすぎた。

 射るしかない。

 サツキの射た矢が、魔猪の鼻先に刺さった。


「やあーっ!」


 コズエが槍で猪を牽制する。

 サツキの二射目が胴に当たった。

 痛みに暴れる魔猪はコズエに向かって突進してきた。


「突くな、払え!」


 コウメイの声を聞き、コズエは低い位置で槍を大きく横に払い、魔猪の前肢を斬った。

 前肢を折られた魔猪は突進の勢いのまま地面に転がった。


「ヒロ、後ろだ!」


 コズエの側に転がった魔猪に止めを刺すべく踏み出そうとしたヒロをアキラが止めた。

 背後にドドドっという足音を聞き、ヒロは振り返りざまに剣を払った。

 長剣が魔猪の頭をかすり、耳が千切れ飛ぶ。


「くそっ」


 返す勢いに体重を乗せ魔猪を叩く。

 地に倒れるも、すぐに起き上がった魔猪にアキラが迫り、触れるほどの至近距離から自動弓をその頭部にめがけ連射した。

 ザスッ、ザスッ、と二本の矢が減り込み、魔猪は絶命した。


「まさかもう一頭いるとは思わなかった……」

「魔猪の好物の縄張り争いは熾烈だぞ。カルカリの実を争って大喧嘩してるのはよく見たな。たぶんコイツもカルカリの実を食べに来て、俺たちを好物を横取りする敵だと思って突っ込んできたんじゃないかな」

「魔猪って群れを作る魔獣じゃなかったですか?」

「カルカリの実を争う時は、群れの仲間なんて意識は消えるみたいだ」

「そんなに美味いんですか、この実」

「食ってみるか?」


 笑いながら差し出されたカルカリの実を見てヒロは首を振った。アキラが冗談でもすすめるというなら食用になる実なのだろうが、味の保証があるわけではない。


「コウメイ、そっちは片付いたのか?」

「とっくに終わってるよ」


 コズエが前肢を斬った魔猪は、コウメイの剣が首を刺し貫いていた。


「場所を変えて解体するぞ」


 アキラの誘導で魔猪の死体をカルカリの木からかなり離れた場所に運んだ。血抜きをしてから順番に解体してゆく、その作業中にサツキが尋ねた。


「解体のために場所を移動したのはどうしてですか?」


 角ウサギはしとめたその場で解体していたし、前に狩った魔猪も銀狼も、その場で解体したのだ。今日急いで場所を変えたのには何か理由があるのだろうか。


「狩場の保全のためかな」

「サツキだって薬草の群生地で全部を採取したりしないだろう?」


 兄にそう言われ頷いた。薬草は十日もたてば再び採取できるようになる。根絶やしにしては十日後の採取が見込めなくなってしまうのだ。


「それと同じで、カルカリの木の近くに血肉が染み込んでいたら、魔猪は警戒して実を食べにやってこなくなる」


 なるほど、と三人は頷いた。


「ついでに死骸のいらない部位を撒き餌にしようかなーと」


 そう言いながらコウメイは地面に穴を掘り始めた。


「撒き餌?」


 それは釣りの時に魚を集めるためにばら撒く餌のことを言うのではなかったか。


「角ウサギや魔猪は草食だが、銀狼は肉食だ。魔猪の死骸の臭いをかぎつけてやってくる。それを効率よくしとめようと思ってな」


 剣を使って浅く掘った穴に、内臓や頭部を捨てて軽く土を被せた。


「今夜から明日にかけて、この辺を銀狼がうろつくはずだ。上手くすれば明日は銀狼の群れを狩れると思うぜ」


 血抜きをして腹を割り、内臓を除けコウメイの水魔法で洗った魔猪は、その状態で臭い消しの薬草液を塗った布で包んで箱台車に積み込んだ。


「さて、この調子でもう一頭だ」

「次のカルカリの木は足場の悪い場所にある。箱台車は入れないな」

「それじゃあコズエちゃんとサツキちゃんは薪拾いしながら箱台車番を頼むな」

「分かりました」

「気をつけてくださいね」


 男三人は森の奥へと進んでいった。


   +


 薪にするための木は、自然に落ちた枯れ枝を集めている。箱台車は獲物を乗せるので、集めた薪はロープでまとめてから背負って持ち帰るのだ。できるだけ乾燥して軽くなっている方が荷物にならない。


「あれ、槍は届くかな?」


 サツキはコズエを呼んで、折れてぶら下がったまま枯れかけている大きめの木の枝を指差した。


「ん、いけそうだよ。危ないから離れてて」


 コズエは槍を構え、折れた枝を何度か突いた。落ちてきたのはコズエの腕ほどの太さのある枝だ。箱台車に乗せてあった片手持ちの斧で適当な長さに切りそろえ、集めた枯れ枝と一緒に縛ってまとめた。


「薪作りも慣れたよね~」

「本当ね。コズエちゃんの槍も上達したし」

「上達してるかな?」

「してるわよ。さっきだってスパッて魔猪の前足を斬ったじゃない」

「あれは……ね、コウメイさんが『突くな』って言ったんだよね」


 あの時のコウメイの声に反応してコズエの身体は動きを変えた。


「突きだったら仕留められたと思うんだけど、何でなんだろう」


 何故コウメイは「突き」ではなく「払え」と指示したのかコズエには分からなかった。


「それは私には分からないわ。反省会で聞いてみれば?」

「そうだね、そうする。モヤモヤするのは後回しにして、薪を集めしなきゃ」

「寒くなったら暖炉も使いたいし、いくら集めても足りないような気がしない?」

「お風呂用のお湯を沸かすのに使うもんね。木を伐採することも考えなきゃダメかも」

「狩猟に解体に伐採……私達って、こんなことまで出来るようになったのね」


 感慨深げにサツキは苦笑した。女子高校生だった頃の自分からは考えられない今だ。


「こっちに来てから少し痩せたよ、私」


 コズエが服の上から脇腹を撫でて嬉しそうに言った。


「ぽっこりしてたおへそ周りがスッキリしたんだよ」


 どうダイエットしてもぷにぷにした皮下脂肪を脱げなかったのに、冒険者生活による毎日の運動量の増加とシンプルな食生活で、脂肪が落ち、全身に薄く筋肉がついた。今ならセパレートの水着を着ても大丈夫だ。


「私もよ。もちってしてた二の腕がキュッと引き締まってて、ちょっと嬉しい」


 サツキも笑顔で二の腕の内側をなでた。

 女子高校生二人の永遠の悩みだったダイエットからは開放された。

 けれど。


「二の腕かぁ。確かに脂肪はなくなったけど、右腕はムキって感じなんだよね」

「筋肉……つきました」


 力を入れれば盛り上がり存在を主張する筋肉。


「重い槍も余裕で振り回せるようになったし」

「片手で小斧で薪割りできるようになったし」


 カツン、カ、カツン、と太めの木を割るリズミカルな音。

 ムキムキを望んでいたわけではない。


「まあ、ブタさんになるよりはマシだよね」

「たくさん食べても太らないのは、いいことよね」


 太ることを気にせず食事をお腹いっぱい食べられるのは気が楽だ。


「あ、向こうの茂みに角ウサギが見えたよ」


 コズエの目が鋭く光り、槍の柄を握る手に力がこもった。


「狩る?」


 音を立てないように小斧から弓に武器を持ち替え、矢筒から二本を抜いて構えたサツキ。


「魔猪も美味しいけど、ちょっとアクが強いんだよね」

「角ウサギの淡白なところ、私は好きなの」


 茹でて細く割いた角ウサギの肉に、酸味のある柑橘の搾り汁とコウメイ特性のクレイジーソルトで作ったソースをかけて、葉野菜で挟んで食べると美味しいのだ。

 よし、と頷きあった二人は、角ウサギを狩るべく動き出した。


   +


 コズエとサツキが一羽の角ウサギをしとめ解体作業をしているところに、男三人が魔猪二頭を抱えて戻ってきた。それらを乗せた箱台車は、重みで車輪の動きが悪い。

 これ以上は箱台車に積み込めないので狩りは終了だ。街への帰路は、薪拾いと薬草採取、食用になる木の実や果実の採取になった。


「コウメイさん、さっき私に突くんじゃなくて払えって言ったのは何故ですか?」

「一頭目の魔猪の時こと?」


 そうですと頷いてコズエは槍をぎゅっと握り締めた。


「私の正面に向かって来てたから、あの勢いなら頭を突ければそれで終わってたと思うんです」

「そうだな、あれがヒロだったら突きだった。コズエちゃんが弱いって意味じゃないよ。いや、力勝負だと弱いのは間違いないんだけど」


 コウメイは言葉を選びながら真剣に聞くコズエに説明を続けた。


「あの時の魔猪はコズエちゃんに向かって突進してただろ。勢いのついた百キロ近い魔猪にコズエちゃんが槍で突いたら、確かに刺さると思うけど、押し負けして怪我してたと思うぜ。最悪の場合はコズエちゃんに折れた柄が刺さってた」

「あ……」

「だからあの時は払い斬るべきだと思ったんだ」


 柄から刃先まで金属製の槍もあるが、コズエが使っているのは柄部分が木製の槍だ。それが折れる可能性を考えていなかったコズエは肩を落とした。


「ずいぶん上達したと思ってたけど、まだまだなんだなぁ」


 しょんぼりと視線の落ちたコズエの肩を、コウメイは励ますように叩いた。


「自信を持っていい、コズエちゃんは上手に槍を使いこなしてるよ。あんな短い指示に的確に反応して魔猪の前足を斬っただろ。咄嗟に動きを変えるのは難しいことだし、反応できたとしても普通は狙いをつけられないものだよ。あれで逃走を封じれたし、俺は楽にとどめを刺せた。怪我無しで狩りを終えられたんだから落ち込む必要なんて無い」

「はいっ!」


 ついでに、とコウメイはサツキを振り返った。


「サツキちゃんが射るまでに時間をかけたのはどうして?」

「ええと、角度が良くないと思ったので、魔猪が頭を動かすのを待っていました」

「威力を高めるために狙う部位を見極めるのはいいことだけど、あの場では時間がかかりすぎたよね」

「はい。それで魔猪に気づかれました」

「待つんじゃなくて位置を変えることは考えなかった?」

「……音を立てずに移動できません」


 項垂れるサツキの背を、アキラがそっと撫でた。


「コズエちゃんにも言えるけど、自分一人で仕留めようなんて考えるなよ。失敗しても仲間がフォローするんだ、全員で、安全に、確実に仕留める。それを一番に考えられるようになるんだ」

「大丈夫だ、練習すればできるようになる」

「わかりました」


 コウメイの指摘と兄の言葉に、サツキはしっかりと頷いていた。


 その日の収穫は薬草が百六十ダル、魔猪の皮四頭分八百ダル、肉が三頭分で三百ダル、角ウサギの角と皮一羽分の六十ダルで合計千三百二十ダル。千百八十ダルをパーティー会計に入れ、一人二十八ダルずつが個人の取り分になった。

 角ウサギの肉はコズエとサツキのリクエスト通りに調理され、食卓に並んだのだった。



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