閑話 赤鉄のマイルズ
内容的には2部の後かなと思いましたが、時間軸は1部の直後なので、時間軸にあわせてupしました。
閑話 マイルズ
ハリハルタでのゴブリン大発生を終結させた翌日に町を発った「赤鉄の双璧」たちは、わずか五日の後には魔術都市アレ・テタルに到着していた。
「俺は受け取りに行く。ダコタはいつもの宿を手配してくれ。オスカーは馬と荷を頼む」
「副長、滞在は何日の予定だ?」
「最低二日だ」
「やれやれ、やっと揺れない寝床で眠れるのか」
「脳みそが振り回されすぎて色々物忘れしてそうだ」
早馬でも十日かかる距離を五日、立ち寄る村や街で馬を替え、昼夜を問わずに走らせる強行軍だった。だがこぼれる愚痴とは裏腹に、男達には疲れた様子が見えない。
マイルズは馬車をダコタに託して降り、旅の汚れもそのままに魔法使いギルドに向かった。
彼らがスタンピードの早期終結を望み、馬を潰しながら五日でアレ・テタルまでやってきたのは、この都市にしかない魔法使いギルドで特注した魔武具を受け取るためだった。
魔道具を作るのは錬金を学んだ魔術師だ。生活を便利で豊かにするための道具は、性能の差はあれどほとんどの錬金術師が作ることができる。しかし魔武具は、さらに高い知識と技術を習得した一部の魔術師にしか作成できない。ウェルシュタント王国の魔法使いギルドに所属する者で、魔武具を製作できる錬金魔術師はおそらく三人、強大な魔力を有する魔術師たちだけあって偏屈で変わり者で我が儘な扱いづらい者ばかりだ。
「まさか当日ギリギリに着くことになるとはな」
マイルズたちが魔武具を発注した錬金魔術師は、腕は錬金魔術師で一番だが、その偏屈っぷりは有名だ。製作者の望む素材と魔石でなければ作らないという条件には納得できる部分もあるが、苦労して手に入れた素材を持ち込んで発注すれば、引渡しは五十三日後、その日以外には絶対に引き渡さないと言い張った。
「その日こそ、この虹魔鉱石の魔武具を完成させるのにふさわしい日だ」
そう言い張って譲らなかった。
「約束の手前に渡せねぇってのは分かるが、期日を過ぎても渡さないってのはどういう理屈なんだろうな」
完成と同時に引き渡す、それが製作者としての美学だそうだ。それに付き合わされる方はたまったものではないが、悔しいことに偏屈な美学に付き合うだけの価値が、彼の製作する魔武具にはあった。
今日がきっかり五十三日目だ。間に合わなければ素材も魔石も製作費用も、発注後に待った時間までもが無駄になるところだった。
都市の中央部に近い一等地に建つ巨大な塔がウェルシュタント王国唯一の魔法使いギルドだ。
マイルズはギルドの正面入り口への階段を登った。最後の段に足をかけたところでギルドの扉が自動的に開く。何かしらの技術と魔力で来客を感知し自動で扉が開閉する仕組みは、今のところ王宮にも取り入れられていない、魔法使いギルドだけの魔道具だ。
他のギルドとは違い、魔法使いギルドには一般的な受付カウンターのようなものもなければ、職員が常駐して来客を迎え入れることはない。
マイルズは扉の正面にある小さなテーブルの前で足を止め、置かれている石版の上に数字の書かれた駒をいくつか選んで並べて置いた。
『お待たせいたしました。マイルズさまでいらっしゃいますね。三番の扉からお入りください』
壁際にずらりと並んだ扉には、一から十までの数字が刻まれている。案内の声が終わるのと同時に、三番の扉の鍵が開く音がした。
「……おい、居ないのか」
慣れた様子で三番扉を開けて中に入ったマイルズは、そこに居るべき人物を探して部屋を見渡した。扉に向かい置かれている重厚な机には、細工の途中と思われる魔石や素材が無造作に置かれており、細く癖のある文字の書付が何枚も散らばっていた。三方の壁には天井までの本棚、収まりきらない書物が床に積み重ねられており、離れた場所からでも埃をかぶっていることがわかる。
「おい、テレンス! 約束の日だ、魔武具を受け取りに来たんだぞ!」
無人の部屋に呼びかけても反応はなく、マイルズは早々に玄関ロビーに戻り、再び石版に駒を並べ直した。
「いかがいたしましたか?」
五番の扉が開き、白髪の女性が現れた。
「テレンスとの約束があって来たんだが、居ない」
「あのギルド長が、ですか?」
偏屈で我が儘が過ぎるが、自ら口に出した条件を覆すようなことはしない。それを知っている白髪の彼女も驚いていた。
「……部屋に居ないのであれば、知識の部屋でしょうか」
少しお待ちくださいと言い、駒を並び替えた彼女は五番の扉から姿を消した。
ロビーの隅にあるソファに腰をかけたマイルズは、じわりと湧いてきた強行軍の疲れに大きく息を吐いた。
「さっさと受け取って休みたかったんだがなぁ」
定宿で汚れを落とし、酒と飯で腹を満たして五日ぶりのベッドでぐっすりと眠りたかった。スタンピードから後ほとんど休息らしい休息を取れていない。どれもこれもハリハルタで運悪くスタンピードに引っかかってしまったのが悪かった。
どれくらい待たされたのだろうか、無人のロビーに落ち着かないような焦りの混じった気配が満ちてきた。
「マイルズ様、大変申し訳ございません」
白髪の彼女が深々と頭を下げていた。
「ギルド長の姿がギルド内に見当たらないのです。探知にもかからず……」
「俺の発注した魔武具はどうなっている?」
「研究室に完成寸前の物がございました。銀と虹魔鉱石の細工の耳飾でしたが、そちらでございますか?」
「ああ、それだ。まだ完成してないのか?」
「……申し訳ございません」
「あんたに謝られてもな。数日はこの街に滞在の予定だ、テレンスが戻ってきたら連絡をくれ」
完成寸前というのなら製作者が戻ってくればすぐに受け取れるだろう。納期違反の違約金はきっちり払わせてやろうと心に決め、重い身体を動かしてマイルズは魔法使いギルドを出た。
+
ギルドを出て階段を降り始めると、背後の扉は自動的に閉じる。
十段ほどの階段を下りたところで、マイルズはすがるような視線を感じた。
「あ、あのっ」
マイルズが気づくのを待っていた視線の持ち主は小柄な若い女性で、肉食獣に脅える小動物のように震えながら声をかけてきた。
「た、建物の、中にっ、エルフの女性は居ませんでしたか?」
「……エルフ?」
滅多に聞かない種族の名前に、マイルズの眉が跳ねた。
「友人なんです。三日前に魔法使いギルドに行ってから、帰ってこなくなって」
短く切りそろえた黒髪の女性は、革の胸当てと籠手を身につけ、腰には細身の剣を下げている。まだ経験の浅い冒険者だろうと思われた。
「魔法使いギルドで問い合わせたのか?」
「……私が行っても、誰も居ないんです」
ではこの女性は魔力を持っていないのだろう。
他職のギルドと違い魔法使いギルドは底意地が悪い。魔力を有しない者が訪ねてきても、絶対に呼びかけに応えないのだ。
「残念ながら、ギルド内にエルフの女性がいたのかどうかは分からない」
「で、でも、何か知ってますよね?」
マイルズがエルフと聞いて反応したのを彼女は見逃していなかった。
「ご友人の性別は?」
「女性です」
期待のこもった女性の視線に首を振った。
「ギルドで会ったのは白髪の人族だし、俺の知っているエルフは男性だ」
そうですかと肩を落とした女性に、マイルズは小技を教えることにした。
「見たところ冒険者のようだが、魔石は持っているか?」
「魔石……角ウサギのものなら、いくつかあります」
「ではそのクズ魔石を机上の石版に置いてみればいい。誰かが呼びかけに応えてくれるだろう」
あの石版は駒を動かした者の魔力に反応する。女性に魔力がなくとも、魔石の力を使えば扉が開き、ギルドの人間に接触できるはずだ。
女性はマイルズに何度も何度も礼を言って魔法使いギルドへの階段を登っていった。
+++
手ぶらで定宿に戻ったマイルズは、身体を清めて飯で腹を満たした。
先に飯を食べ終わっていた団員達は、酒をちびりちびりとやりながら、夜までの暇を潰している。ゴブリン討伐の報酬を持って花街に向かいたくとも、まだ日は高く、花街の扉には鍵がかかっているからだ。
「難しい顔をしてるが、何かあったのか?」
酒を不味そうに飲むなんて珍しいじゃないかと、ダコタはマイルズの正面に腰を降ろした。
「滞在が伸びるかもしれん。魔武具を受け取れなかった」
「そりゃおかしな話だ」
偏屈で融通のきかない錬金魔術師のことはダコタも嫌というほど知っている。
「それだけじゃない。どうやらこの街にもエルフがいるらしい」
エルフと聞いて団員達が次々と声をあげた。
「エルフって、あのエルフっスか?」
「たった十日もしない間に、二人目?」
「珍しいどころじゃねぇぞ、なんか悪いことでも起きるんじゃねぇか?」
「普通は五、六十年に一回見たら奇跡って種族だぞ」
つい五日前にエルフの男を馬車から降ろしたばかりだ。あれが人生で最初で最後の邂逅だろうと思っていた男達は、ありえない、と口をそろえて言い、酒をかっくらった。
「副団長、エルフは何しに人族の前に現れたんですかね?」
獣人族は商人との取引のために人族の界に姿を現すが、エルフについては謎が多く、ほとんどの者は彼らが人族の界に踏み込む理由を知らない。
まだ若い団員が問うと、年かさの団員達が口々に自分達の知るエルフについて語った。
「エルフは一族の絆ってのが凄く強い種族で排他を極めてやがるから、滅多なことじゃ出てこねぇし、こっちからも踏み込んでいけねぇ」
「それでも数十年に何人かは一族の森に迷い込む人族がいて、迷った人族を送ってくるために境界を越えることはあるらしいぞ」
「へー、ちゃんと帰してくれるんスか」
エルフは排他だが好戦的ではない。迷い人を送るために森を出たエルフは、最寄の街や村に迷い人を返した後はすぐに自分達の界へ戻ってしまう。
「長く人族界に留まっているエルフは、ほとんどが駆け落ちだって聞いたことがあるぜ」
「駆け落ちっすか!」
俗っぽいネタに男達が笑った。
「人族の女に惚れたとか、獣人族の男に惚れたとか、他種族と番になるためにこっちに定住するエルフが居るらしいって聞いた事がある」
排他な性質のわりに情熱的だなと好意的な声がこぼれた。
「もっとも番の相手が死んだら森に戻っちまうけどな」
「子供がいても平気で捨てて帰るらしいぜ」
情があるのか無いのか、どっちなんだと男達がざわつく。
「そういやアキラも駆け落ちだったのか?」
スタンピードの最終戦を共に戦ったエルフの魔法使いは、どういう理由で人族にまぎれていたのか。エルフ定番の駆け落ちだとしたら面白いがと誰かが笑う。
「番の女は連れてなかったぞ」
「ツレはあの生意気な若造だったじゃねぇか」
「ダコタ兄さんはコウメイが嫁を連れてるって言ってなかったか?」
アキラが嫁だったのかよ、と酔っ払いが爆笑した。
「腕っ節のいい冒険者が女連れで討伐に参加してるって聞いたんだよ」
「コウメイが連れてたのは女じゃなくて男のエルフだったけどな」
男のエルフが駆け落ちでもなく人族の界で冒険者をしていたのは何故か。その謎を探り出そうとしていたのだが。
「コウメイのガードが厳しすぎて、探りを入れる前に逃げられちまった」
時間があれば囲い込みに全力を尽くしただろう。何せ貴重な魔法職の冒険者だ。赤鉄の双璧に欲しい人材だ。
「ウチの団にも魔法職が欲しかったなぁ」
「あの魔法の威力は凄かった」
「副団長っ、なんで勧誘しなかったんスか!」
「あいつらの警戒心を解くには時間がかかる。俺達にはそんな余裕はなかっただろうが」
花街が営業を始めるまでの時間つぶしに、コウメイとアキラをネタに団員達は盛り上がっていた。強行軍の疲労が酒の回りを良くしているようだ。このペースで酒を飲んでいては、花街の営業が始まる前に酔い潰れてしまいそうだった。
+
団員達をよそにマイルズはひとり難しい顔で考え込んでいた。
「森の一族の方で、何か起きてるのかもな」
悪い方向に影響するものでなければよいが、とマイルズは溜息を酒とともに飲み干した。
+++
魔法使いギルドから宿に連絡が来たのは三日後だった。
向かった先でテレンスはまだ見つかっていないと副ギルド長に頭を下げられた。
「発注した魔武具はどうなる」
「残されていた工程は最後の一つでしたので、私が代わって完成させました」
「……性能は保証されるのか?」
副ギルド長のミシェルも優秀な錬金魔術師だが、ギルド長であるテレンスの作る魔武具は、偏屈と金とリスクをかけてでも依頼をするべき価値があるのだ。それと同等の完成品でなくては発注した意味がなくなる。
「テレンスが見つかるかどうか、確約できません。それではマイルズ様がお困りでしょうから……設計書は欠けることなく残されておりましたし、私でも品質を落とさずに完成させられました」
お確かめください、と差し出された魔武具は、素人目には何の問題もなさそうに見える。
「悪いが、俺の目では質を見極めることはできん」
これを身につける団長であれば、この場で品質を確認できたのだが、あいにく国外で活動中だ。
「承知しております。もともとはこちらの規約違反でございます、今回の製作費用は全額お返しいたします」
「いいのか?」
「ギルド最高峰の錬金魔術師が完成品を納品できなかったのですから、当然のことです」
銀と虹魔鉱石の魔武具を受け取ったマイルズは、これでこの都市に用はないとすぐに宿を引き払うことに決めた。
「そういえば、先日に入り口でエルフの女性を探す冒険者に声をかけられたのだが」
帰りしなに振り返ってそう言うと、ミシェルの顔色が変わった。
「なにか面倒が起きているのか?」
「……当ギルド内部の乱れでございますので」
「武力が必要なら声をかけてくれ。しばらくは北の迷宮都市で穴掘りする予定だ」
「お気遣いありがとうございます」
礼を述べるミシェルの声は部外者を強く拒絶していた。
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「発注品は受け取った。明日の朝、開門と同時に出発するぞ」
マイルズの声に団員達が物資の補給や馬の調達に動き出す。
「次の仕事は穴掘りか」
「あんまりやりたい依頼じゃないですね」
「団長が受けたんだから仕方ねぇ」
大陸中央部の山岳地帯にある迷宮都市までは、普通の速さなら馬車で二十日間というところだろう。
「ただでさえ遅れてるんだ、少し急ぐぞ」
「……副団長、まさか」
「馬を潰すつもりはねぇよ」
二十日を十五日に短縮する程度の速度だと言うと、団員達から安堵の声が聞こえた。
「地獄の五日間は二度と経験したくねぇっス」
むちゃくちゃな速度で突っ走っている馬車は何処に向かっていたのか。
おっさん達は何であんなに急いでいたのか、の話でした。
閑話でやっと国の名前が出てきました。本編で出て来るのはいつになるんだろう。




