ハリハルタの町 1
ハリハルタの町 1
ハリハルタの町は二重の壁に守られた町だ。魔物を生む森が近く、何度もスタンピードを経験しているため、本来の町壁の外側にもう一つ壁を作っている。
「サガストからの応援部隊はこれで全員だな?」
早朝にサガストを出発し、ほとんど休憩もないまま荷車は走り続け、九の鐘の頃にようやくハリハルタに到着した。一日中荷馬車に揺られ続けた冒険者たちは、疲労の色の濃いままに受付で登録手続きを済ませると、早々にあてがわれた宿へと向かってゆく。
「サガスト登録のコウメイとアキラだな」
臨時受付所のギルド職員は、分厚いフードつきマントを着た二人組みの冒険者カードと派遣参加証を確認し返した。
「お前たちは第四部隊だ。明日の一の鐘に西外門に集合、以後は隊長の指示に従え。奥で飯を食ったら宿へ行け」
厳ついギルド職員の言葉少ない指示にコウメイは尋ねる。
「宿は個室か?」
「大部屋だ」
「金は出す、個室が欲しい」
「今は何処の宿も満室だ。個室も一人じゃ使えねぇ。宿が嫌なら野宿だ、テントなら貸し出してるぜ」
ギルド職員は外壁と内壁の間の空き地を指差した。十を越える数のテントが並び、灯りが点っていた。
どうする? と顔を見合わせた二人はすぐに「テントを借りる」と決めた。受付を終え、炊き出しの熱いスープとパンで食事を終わらせ、テントを借りて空き地に移動する。
「大部屋で雑魚寝にくらべりゃテントの方がマシだな」
「視線を遮れるのは助かる」
手早くテントを張って中に入った二人は、ランプに火を点し、ようやく荷物を降ろしてマントを脱いだ。
「このテント、結構薄いぞ。朝晩の冷え込みを考えたら厚手のマントを買って正解だったな」
ゴブリン討伐部隊に参加するため、アキラの予備の武器と防具やマントなどを買い揃えたおかげで財布の方は心もとない。ゴブリン討伐の報酬で取り戻すしかないだろう。
「ノルマを屠ってすぐに抜けようと思ったが無理そうだな」
「ああ。ゴブリンの拠点は北側らしい。スタンピードが終わるまでは馬車も出ないし、歩き旅は危険すぎる」
二人は荷物を枕に横になりマントを被った。ランプの火を消すと、遠くで魔物と争う声、武器の打ち合う音が耳にはっきりと届いた。
「夜も討伐があるんだな」
「魔物は昼夜関係なしだ。割り当てによっては夜の戦闘もあるかもな……経験ないからどうなるかわからねぇけど」
テントの中は二人が横になると肩がぶつかるほどに狭い。だが聞かれたくない話をするには丁度よい狭さだった。
「かなり冷え込んでる、フード被ってても不自然じゃねぇな」
これだけ多くの冒険者が集まっているのだ、エルフについての知識を持った人間もいるに違いない。下手に興味を持たれるのだけは避けたかった。
「……別の意味で目立ちそうだ」
「最初だけだろ。訳ありの冒険者なんてごろごろいるんだ、それほど詮索はされないと思うぜ」
「そうだと、いいな」
早朝から休みなしに馬車に揺られて移動してきた疲労が、じわりと眠気を引き寄せていた。
「まあ、全ては明日しだいだろ。もう寝ようぜ。明日は早い」
+++
一の鐘。
西外門に集められた第四部隊員は、ゴブリン討伐経験の浅い冒険者ばかりだった。
ゴブリンが湧き出す北の森は熟練冒険者らが担当し、討ちもらしが南下してきたところを第四部隊が狩る。五班に分けられた冒険者らが三交代で二十四時間ゴブリンを狩り続けるのだ。
コウメイとアキラは第二班、今日の討伐は二の鐘から五の鐘まで、休憩を挟んで十一の鐘から夜明けまでの時間を担当する。
「好きなように狩って来い。右耳と魔石の回収を忘れるなよ」
部隊長の号令の元に冒険者たちは森へと入ってゆく。
第二班は八人。コウメイとアキラの他の六人は、全員がそろいの腕輪をつけていた。普段からパーティを組んでいる冒険者なのだろう。隊長は八人で狩れとは言わなかった。コウメイはアキラを連れて六人から離れ、森の奥へと進む。
スタンピードというだけあってゴブリンはそこかしこで暴れている。探さずとも向こうからやってくるのだ。
「人目がある、魔法はできるだけ使わないでおく」
「イザというときは使えよ、自衛優先だ」
「もちろんだ」
自動弓を構えたアキラは向かってくるゴブリンに向けて引き金を引く。連続して打ち出される矢が頭部に命中した。倒れた仲間を踏んで次のゴブリンが向かってくる。矢をセットする間もない。
「この状況じゃ弓よりも剣がいいな」
アキラの前に出てゴブリンの腹を一刺しにしたコウメイは、絶命した死体を蹴って剣を抜いた。
「まだ訓練もしてないのに、いきなり実践か」
弓が使えない状況を考え、アキラにも持てる軽めの刀を購入していたが、まだ振るったことはなかった。
「実戦が一番上達するんだぜ」
「下手に探し回るよりも、有利な地形で待ち伏せしたほうがよくないか?」
特にアキラの弓を有効に使うなら。
三体目のゴブリンを屠ったコウメイはアキラの提案に頷いた。
「北で討ちもらした奴が流れてくるのを待てばいいんだ、木の上でゆっくりしようぜ」
その日の二人は割り当てられた時間のほとんどを木の上で過ごした。同じ班の者がゴブリンを屠っているのを見物し、彼らが逃した個体をアキラの弓で射てコウメイが止めを刺し、耳と魔石を回収する。練習を兼ねてアキラも刀を振るったが、慣れるのには時間がかかりそうだった。
+
討伐部位と魔石はその日のうちに回収され、討伐参加者のみに発行されている討伐カードに屠った数が記録される。脱退時や討伐終了宣言後に精算される仕組みだった。
「治療薬が必要なケガをしている者は申告しろ、一日一本までは無料支給される。次の出撃時間までに傷を癒し寝ておけ」
二人が仕留めたゴブリンは五体。コウメイに三体、アキラに二体で割り振った。炊き出しのテントで食事を受け取ってテントに戻ったが。
「……不味いな」
テントの中でマントを脱ぎ、配給の食事を口にしたアキラが我慢できないと眉間にシワを寄せてそう言った。
「味がしねぇよな、これ。どうやったらこんなに不味い煮込みが作れるのか謎だ」
コウメイも許しがたいと唸りながら器を睨みつけている。
「サガストの屋台でもこれほど不味くはなかったのに」
「昨夜は疲れてたから気にならなかったけど、ハリハルタにいる間ずっとコレは無理だ。耐えられねぇ」
パンはまだマシだが煮込みは駄目だ。食べ物を捨てるのは嫌だが、これを完食するのも拷問だとコウメイが呻きながら周りを見回すと、他のテントの冒険者は火を起こして自分で簡単な料理を作っている。
「俺らも飯は自分で作ろう」
早速町で安い鍋を買ってきたコウメイは、手付かずで冷めた二人分の煮込みを鍋に放り込み、手持ちの調味料と水を加えて味を調えた。
「今日はコレで我慢しろよ」
再び湯気を立てる煮込みは、最初よりも随分と美味しくなっていた。
「美味い、な」
「これを美味いって言われても嬉しくねぇな」
「コウメイの要求レベルが高すぎるんだよ」
手直しした煮込みを納得いかないと言いながらも完食したコウメイは宣言した。
「討伐ついでに角ウサギ狩ってやる。アキは食える野草片っ端から採取してくれ。俺がまともな飯を作る!」
夜の出撃では流石に野草を探す余裕はなかった。夜はゴブリンの活動も活性化する。暗闇での戦闘は冒険者側に不利だ。火を焚き灯りでゴブリンをおびき寄せてから屠るという戦法をとったため、休む暇もなく夜明けまで戦い続ける事になった。交代したときの疲労はかなりのものだったがそのぶん討伐数は稼げた。
日の出とともに交代し、テントで仮眠をとった二人は、昼前に食料調達のため森に入る。他の冒険者の妨害や報酬の横取りになる事はしないつもりだったが、ゴブリンに追われる角ウサギを発見したときは仕方なく屠り、角ウサギの肉を確保した。少し硬いが蕗のような植物も採取した。ためしに齧ってみるとアクが全くなかったので下処理なしでもすぐに食べられそうだった。また蔓性の実を見てコウメイが。
「これ、むかごじゃねぇかな」
「むかご?」
「山芋のツルに出来る芋っぽいヤツ。揚げたり炊き込みご飯にしたら美味いヤツだ」
「炊き込みご飯は無理だろう」
とてもとても食べたいが、こちらの世界で米を見たことがない。
「このツルの根元探して掘れば山芋がとれるはずだ」
「場所は覚えているから、次は掘ってみよう」
昼飯は配給のパンとウサギ肉の串焼きになった。
六の鐘からゴブリン討伐に戻る。やはり昼間はゴブリンの出没頻度は落ちるようで、薬草採取や山芋掘りをする余裕があった。
「夜勤シフトが一番キツイな」
「魔物は夜行性らしいし、人間はどうしても夜目がきかないから」
十の鐘(午後十時)で交代し、コウメイの作った蕗に似た野草の茎とウサギ肉の煮込みを食べてテントに籠った。
「風呂に入りたい」
サガストの宿にも風呂はなかったが、毎日洗い場で水浴びし身体を清潔に保っていた二人にとって、汚れたまま寝るのは我慢できないことだった。テントの中でタライに水を張り、絞った手拭いで身体を拭くだけで我慢をしていたが。
「せめて靴を脱いで寝たいよなぁ」
討伐隊の規則で、スタンピードの終結が宣言されるまでは、宿屋でもテントでも靴を脱ぐなと決められている。
「ゴブリンが壁を越える可能性もゼロじゃねえって聞いてるから、靴脱いで寝るのは危険だってわかってるけど、寝るときは靴を脱ぎたい日本人なんだよ」
「危険なのは魔物だけじゃないしな」
これだけたくさんの冒険者が集まっていれば、不心得者が混じっていても不思議ではなかったし、実際、テントの外で不穏な気配を向けていた冒険者に、剣を見せて追い払ったこともある。討伐に出て留守にしているテントから、荷物が盗まれたという被害報告もかなりあるらしい。荷物が盗まれる被害ならまだいいが、アキラの場合は特徴的な耳からエルフであることが知れ渡るのは困る。ギルド職員の巡回もある中で、人の居るテントに押し入る事例は起きていないらしいが、警戒は必要だった。
「熟睡できるのは何時になるんだろうな……」
欠伸を噛み殺しながらアキラが愚痴った。
「スタンピード終わらなきゃ無理そうだ」
ゴブリンの大発生が確認されてからすでに二週間が過ぎている。二人が討伐に参加してまだ二日目。北部前線ではゴブリン上位種の撲滅を続けており、巣の根絶と上位種の全滅が確認されれば、スタンピードは終わったと判断されるらしい。
「こっちに流れてくるゴブリンの数も減ってねぇし、まだ時間はかかるんじゃねぇかな」
「……」
周囲の視線を気にしなくても良い分テント生活は楽だが、エルフの耳には周囲のテント生活の音や声を嫌でも拾ってしまう。
「耳栓でもして寝とけ」
コウメイに渡されたマントを頭から被ったアキラは、耳を塞ぐようにして目を閉じた。コウメイは入口を閉じると枕元のランプの灯りを最小にまで落とした。
「明日は二の鐘からだぞ」
「……わかってる」
夜間シフトで出撃する冒険者たちのざわめきは一晩中途切れることはなかった。
+++
コウメイとアキラがゴブリン討伐に加わって八日目。担当区域に流れてくるゴブリンの数が減ってきたなと実感したその日、討伐数の報告後にギルド職員から配置変更が言い渡された。
「明日の八の鐘に北内門へ出頭、第一部隊長の指示に従ってくれ」
北門はゴブリンが湧き出す位置に最も近く、そこを拠点にしている第一部隊は一騎当千……は大げさかもしれないが、魔物討伐のベテランが集められた精鋭部隊だ。
「……それって一番ハードなとこじゃねぇか」
「俺たちは経験の浅い初心者だぞ」
そう言った二人をギルド職員は鼻で笑った。
「二桁も屠っといて初心者なわけないだろう」
コウメイとアキラの討伐記録はそれぞれ二十六個の星が記録されている。
「そろそろ上位種の数が増えてきていてな、一気に片付けちまおうって事になったんだ。下流から使えそうなのを寄こせって話でお前らが選ばれた」
ゴブリンの沸く北が上流、討ちのがしが流れてゆく南が下流。
「上位種は見たことも屠った事もないぜ?」
「これからいくらでも見れるし屠れる。頑張ってこいよ、上位種の討伐報酬は儲かるぜ」
ホブゴブリンは五百ダル、キングゴブリンは八百ダル。しかも二割増しの報酬なのだ、第一部隊の冒険者たちはさぞかし稼いでいるのだろう。
「上位種の種類と強さは?」
「ホブゴブリンは堅い。キングゴブリンは堅くてデカくて頭がいい」
大雑把すぎる説明だがそれ以外に説明のしようがないらしい。
明日の八の鐘まではほぼ丸一日の時間ができた。討伐に参加して初めてゆっくり休養できそうだ。北門あたりでテントを張りなおそうと相談する二人にギルド職員は呆れたように言った。
「第一部隊が貸切った宿があるはずだ、そっちの方がずっと居心地いいだろうぜ」
「個室があるんなら、な」
コウメイは肩をすくめてそう返した。
+
西門でテントを返し、北門のギルド受付所に出頭して手続きを済ませた二人は、第一部隊が貸切っている宿に足を運んだ。冒険者らは討伐に出払っていて不在だったが、宿屋の主はギルドからの通達を聞いていたようで。
「あんたらが泊まる場所は用意してある」
第一部隊五班の部屋は雑魚寝の大部屋だった。
「個室の空きはあるか?」
「ないね」
一人部屋の個室は隊長が、二人部屋は副隊長が使っている。その他の少人数の部屋も、床に毛布を敷いて寝床を作っていた。
二人は北門に戻り、テントを借りて空き地に寝床を作った。職員の言っていたように北内門の空き地にはテントが三つほどしかなかった。
「隣のテントと距離を空けられるだけでも気が楽だよ」
「テントも大きいヤツ借りられたしな。この広さならアキに蹴られることもないよな」
「蹴ってない。寝返り打ったところにコウメイが居ただけだ。むしろ俺が殴られた」
「殴ってねぇぞ。ありゃマントを手繰り寄せたところにアキの顔があっただけだろ」
「あれは俺のマントだった」
それほど狭苦しかったテント生活から、寝返りも打てる広さのテント生活へとランクアップしたわけだ。身体を拭くのも着替えるのも楽になった。
二人は町で食料を調達して戻り、コウメイの作った昼食を食べ終えて、それぞれ図鑑を読み込んでいた時だった。
先に気づいたのはアキラだった。力強い足音に気づき素早くマントを着てフードをかぶった。アキラの行動を見てコウメイは剣を手に取り、すぐに抜けるように構えた。
足音の主はテントの入り口を塞ぐように立った。
「お前たちが西門から回されたコウメイとアキラか?」
入り口から顔をのぞかせて尋ねたのは、衣服がはち切れそうなほど鍛え上げられた筋肉の男だった。




