ナモルタタルの街 8
ナモルタタルの街 8
農村に泊り込んでの労働は体力的にとてもキツイ仕事だ。だが無駄な支出を抑えたい冒険者にはありがたい仕事でもある。
「手が紫色になっちゃった」
今日も一日中ブドウの収穫だった。
「俺は腰が痛い」
「ここのブドウ畑って、とても広いし木も低いんですよね」
サツキの腹の辺りまでの高さしかないブドウの木が延々と植えられている畑。中腰で一日中収穫作業をしていたヒロは疲労のたまった腰を拳で叩いている。おっさん臭い。
「昔ぶどう狩りに行った農園は、背伸びしないといけない高さに実が成ってたのを覚えてるんだけど」
「ぶどう酒用のブドウ畑だからじゃないかな。ヨーロッパとかのブドウ園の写真はこんな感じだったわよ」
こっそりと摘み食いしたブドウの粒は、皮が厚くて少し酸味があった。もちろん甘さもたっぷりとあったけれど。
「お酒かぁ。まだ未成年だしなぁ」
「こっちの成人は十五歳だぞ」
「うー、それもちょっと抵抗あるんだよね」
こちらの世界は十二歳で仕事に就き飲酒も許される、十五歳で成人と認められ結婚もできるようになるが、二十歳を過ぎても独身だと行き遅れ扱いだ、納得できない。
それよりもお酒だ、お酒。
「私はお酒よりもお茶が飲みたいです」
サツキのしみじみとした言葉にコズエも頷いた。
「食堂の飲み物はほぼお酒だもんね。美味しければ文句は無いんだけど」
「美味しくないんですよね……」
宿や食堂の客らは食事と共にビールをがぶがぶ飲んでいる。こちらの世界では飲み物はビールが基本だ。宿の夕食で当然のように出されて飲んだが、コズエたちの口には合わなかった。
「中世ヨーロッパで水よりもビールが飲まれていたのは、水のミネラル分が強すぎて飲用に向かなかったからだっていうが、ここの水はそうでもないのにビールなんだよな」
ヒロもここのビールは得意ではないらしい。
「飲み物で言えば、ジュースとかも無いよね。果物は街では高級品だから仕方ないんだろうけど」
「レモン水とかミント水を自分で作るのもいいかも」
薬草採取をしながら雑草にも詳しくなったサツキは、これはハーブなのではないかと思い当たる草をいくつか見つけていた。
「いいね、それ。ブドウ園の仕事が終わったら試してみようよ」
五日間のブドウ収穫の仕事は明日で終わる。街の宿屋住まいに戻れば、食生活の改善もしやすくなるだろう。
「俺は早くベッドに戻りたいよ」
泊り込みの農村の仕事は、用意される寝床は雇い主によって大きく差がある。ブドウ農園で臨時雇いに与えられたのは乾草の寝床だ。それも土間に一抱えの乾草を敷いただけの質素なものだ。
ヒロほど体重があれば一晩で乾草はぺしゃんこだ。
「朝晩は冷え込むようになってきたし、野宿とほとんど変わらないこの状況は辛いよねー」
コズエは少しでも寒さに対抗しようと着替えの上着を羽織って横になっている。
「お金に余裕ができたら、マントも買わないといけないな」
今後も農村での仕事を請けるなら、季節のことを考えても厚手のマントが必要になってくるだろう。
「このあたりの冬は結構厳しいって聞くし、できれば冬になる前にサガストへ行きたいね」
「……うん、そうできるといいね」
コズエの言葉にサツキはため息を飲み込んで小さく頷いた。
今回の三人分の報酬は千ダルを越えるはずで、これまで貯めた分を合わせればヒロの武器がやっと買えるようになる。だが武器が揃ったのだからとすぐに旅立てるほどこの世界が甘くないとサツキは知っていた。
+++
農村での仕事を終えギルドで報酬を受け取った三人は、武器屋で二つの武器を前に悩んでいた。
「ヒロくんの剣を先に買うって決めてたじゃない」
「狩りの効率を考えるならコズエに槍を買ったほうがいい」
「武道の経験あるヒロくんが武器を持つほうがいいよ」
「俺はナイフでも何とかなってる。コズエの棒切れじゃ防御もできないだろ」
広くはない店頭で繰り返されるやり取りは営業妨害だ。
「買う品決めてから来い」
うんざりした店主に三人は店から追い出された。ギルド会館に場所を移し待合場所に置かれている椅子に座っても、武器屋から続く口論は続いていた。
「だから先に買うのは剣だってばっ」
「安定収入のためにもコズエの槍だろ」
「使いこなすのに時間かかるから先にヒロくんが武器持ってよ」
「角ウサギ相手なら俺はナイフで対処できてるだろ。むしろ早く槍を使いこなしてくれ」
朝一番に報酬を受け取り、その足で武器屋で時間を潰し、ギルドに戻ってからも話が先に進まないままそろそろ昼だ。二人の口論を聞き続けていたサツキは一度ギルド会館から離れ、昼食を買って戻ってきた。
「もうお昼です。ご飯食べて頭冷やしましょう」
焼いただけの角ウサギの肉をパンで挟んだだけの簡単なサンドイッチが昼食の定番だ。温かいうちなら比較的食べられる味の安い昼食を手渡され、コズエとヒロは礼を言って食事に集中した。冷めてしまえば不味くて完食するのに苦労することは経験で知っている。少しでも温かいうちにと無言で食べている間に頭も冷え落ち着きを取り戻していた。
「あ、この水」
「ミント水だ」
口の中に残った味気ないパンを水筒の水で流し込んだ二人は、ほぼ同時にサツキを見た。
「農村からの帰り道にミントみたいな葉っぱを見つけたから摘んでおいたの。気持ちいいでしょ」
ただの水ではなく、すっきりとした味わいが何ともいえなかった。
「ああ、少し冷たくて気持ちいい」
まるで氷が入っているような冷たいミント水は、日本のカフェで出される水みたいだとヒロが言った。
「ほんと、ただの水よりずっといいよね」
「良かった。ミントは街のすぐ近くでも採れるのよ」
森へ狩りに出るときの水筒には、ミント水を作っていくことにするとサツキが嬉しそうに言った。
「誰の武器を買うのかも決めなきゃいけないんだけど……私はコズエちゃんの槍を買うべきだと思うの」
武器屋から続いていた口論を無言で聞き続けていたサツキが、はじめて自分の意見を口にした。
「今の狩りのパターンは、私が弓で角ウサギを狙ってヒロさんがとどめを刺す、外れれば逃げたウサギを追いかけて仕留める、ですよね」
サツキも弓の腕は上がっているが、角ウサギのような小さな的に命中させるのは難しい。ましてや相手は動物、ずっと静止しているわけではない。
「外れたときに俺とコズエで仕留められると効率がよくなる。そのためには武器がないとな」
今はサツキが一発で屠れればよし、狙いが外れれば逃げるウサギをヒロが追ってナイフで仕留めるのだが、角ウサギがどの方向に逃げるのかは分からない。コズエと二人でカバーできれば収入が増えるのは間違いないのだ。
「ヒロさんはナイフを使いこなせてるけど、コズエちゃんは拾った木の棒でしょ」
「確かに。俺はナイフでもどうにか狩りができてるが、コズエの木の棒は身を守るくらいにしか使えてない。刃のある槍なら攻撃もできる」
二人に押し付けられるように感じたのかコズエは唇を尖らせた。
「……ヒロくんに武器を持ってて欲しいのに」
「コズエ?」
「少し前に私が絡まれたことあったよね。あの時のヒロくんは武器を持った二人に素手で向かっていった。ヒロくんが柔道で強いのは知ってる。街中では武器を使っちゃいけないから柔道でも何とかなる。でも狩りに出たら、一番危ないのはヒロくんでしょ。だから身を守るものも攻撃するものも、できればヒロくんから揃えていきたいんだ」
自分を案じて口論で引かなかったコズエの気持ちをヒロはありがたく思うが、それでは前に進めない。
「コズエの心配はありがたいけどな、俺たちが相手にするのは角ウサギだ。魔猪じゃないし、魔物でもない。街のチンピラより身を守るのは簡単な相手なんだ」
「私のワガママを言わせてもらうと、コズエちゃんの槍の方が安いし、二人が角ウサギを挟み撃ちにできる方が、収入も確実に増えるわ。収入が増えればヒロさんの武器を買うお金もすぐに貯まる。先行投資と考えればいいと思うの」
「先行投資?」
サツキが自分の水筒からひと口ミント水を飲んでからにっこりと微笑んだ。
「そう。コズエちゃんが武器を使いこなせるようになれば、狩りの成果も上がって収入も増える。収入が増えればヒロさんの武器を買うお金もすぐに貯まる。三人が武器を持つようになればもっと収入は増えるし、その頃には私たちの狩りの腕も上がって、冒険者としての熟練度も増してると思うの。そうすれば私は遠慮なく二人にお願いできるもの」
「お願い?」
怪訝そうに問う二人に、サツキは微笑むだけだった。
+++
コズエの買った槍は柄の長さが身長と同じくらい、槍頭は反りの無い両刃の直刀で長さは三十センチほどあった。
「先が重いのよね」
コズエは森に出て講習で習った動きを繰り返しながら、雑草を相手に槍さばきをおさらいしていた。
「槍は色々な用途に使えて便利な武器だ。まずは突く」
武道に詳しいヒロがコズエにレクチャーしてゆく。
槍頭を茂みに向けて突き出すコズエ。
「もっと重心を下げて、そう。上中下と相手によって突く位置や角度がかわるけど、地面に角ウサギなら膝から下の辺りだ」
「こう?」
「逃げるために跳んだ角ウサギなら」
「このあたりっ」
こんもりと茂った雑草の頂点に向けて槍を突く。
「次に、払う。雑草を刈るつもりで」
「えいっ、えいっ」
コズエの腰辺りまで伸び茂っていた雑草がスパッと切り倒された。
「見えない場所を警戒するときに、槍で払いながら進むといい。あとは向かってくる敵の脚や武器を払って反撃するんだが、まあそれはおいおいだな」
二人が槍の稽古をしている間のサツキは、少し離れた場所で薬草採取に専念していた。槍を買ったことで減った残高を少しでも回復させなくてはならない。
「サツキさん、せっかくだから角ウサギを狙ってみようと思うんだ」
薬草採取に集中していたサツキはヒロに呼ばれて弓を手に取った。
「サツキさんが射って俺とコズエが挟み込んだ位置から攻撃する、基本はその陣形だ。角ウサギが逃げる方向によってはサツキさんの方に来る場合もあるので注意して」
「二射目の矢をすぐに構えられるようにしておきます」
トラント草の生息場所に狙いを定めて森を移動し、二ヵ所目で角ウサギの群れを発見した。身体の大きな三羽と小さな二羽の五羽だ。
サツキが足を止めて弓を構えた。コズエは左に、ヒロは右へと足音を消して離れてゆく。角ウサギに気づかれない位置から弓の射程距離まで、サツキはじわりじわりと距離をつめてゆく。
ぴくぴく、と一羽の角ウサギが耳を震わせた。
気づかれた。
「いきますっ!」
サツキは迷わず射ていた。
一羽に矢が命中した。
一斉に逃げ出すウサギたち。
小さな一羽は右へ、大きな一羽は左へ、残る二羽はサツキに向かってきた。
「きたっ」
二本目の矢を番える。
狙うのは大きな方の角ウサギだ。
その角をサツキに突きつけようと跳ぶ一羽に向け、射た。
真正面に向かって来る的を矢が貫いた。
「きゃっ」
勢いのまま跳んでくる死体を避ける。もう一羽はサツキの脇を抜けて走り去った。
「やったわ!」
片手に角ウサギを持ったコズエが戻ってきた。槍の先にはべったりと血がついている。
「こっちは逃した。お、サツキさんは二羽も仕留めたのか」
「真っ直ぐに向かってきたから、狙いやすくてラッキーでした」
小さな二羽には逃げられたが、大きな三羽を狩れたのはなかなかの物だ。手分けして解体し、荷造りをし街に帰る事にした。
「一度に複数の獲物を狩れるのは効率いいね」
三羽分の角と皮は百八十ダル、肉が八十ダル。サツキの集めた薬草もあわせれば三百九十ダルにはなるだろう。
+
夕方のギルドは報酬を受け取る冒険者たちで賑わっていた。依頼の張り出された掲示板の前も、明日の仕事や魔物の情報を得るために集まった冒険者たちで塞がっている。いつもは待合所になっている一画に、机が置かれて臨時の受付カウンターができていた。そこにも列ができている。
「エドナさん、あれは何をしているんですか?」
コズエたちは馴染みになったギルド職員に声をかけた。
「ああ、あれはゴブリン討伐隊の専用受付です」
「ゴブリン、ですか?」
ナモルタタルの南の山脈が天然の壁となって、生魔の森から湧き出る魔物は北上しにくくなっていると聞いていたのだが。
「ハリハルタでゴブリンの大発生が確認されまして、そちらへの支援討伐部隊の派遣があるのです。ギルド協定により討伐隊と支援部隊を送る必要がありますので」
「ハリハルタで?」
「大発生って、スタンピードってやつ?」
コズエのあげた驚きの声に、それがとても良くない事態なのだとサツキは察した。
「コズエちゃん、スタンピードって何?」
「魔物が爆発的に増えて、暴走する現象、だと思う」
「そんな……」
サツキの顔が青ざめていった。ハリハルタの南にはサガストがある。兄がいるかもしれない町だ。
「あなたたちは参加できませんよ」
エドナが素早くそう断言したのは、サツキの焦りを感じて釘を刺したかったのだろう。
「募集しているのはゴブリンを五体以上屠った経験のある冒険者です」
スタンピード中の魔物は常に興奮状態なため、討伐経験のない冒険者を送り出すことはできないらしい。
「スタンピードはどのくらいの期間続くんですか?」
「討伐が早く済めば一ヶ月ほどでしようか。長引くときは三ヶ月近くになることもあります」
「そんなに?」
「早急に終わらせるためにも支援部隊が必要なんですよ」
参加者には普段のゴブリン討伐よりも報酬は上乗せされるし、移動や滞在の必要経費もギルド持ちになるらしく、腕に覚えのある冒険者はこぞって参加するのだそうだ。
「討伐隊に協力したいというのであれば、あなた達にもできることはありますよ」
エドナは机の下から板紙を三枚取り出して見せた。
「ゴブリン討伐作戦で必要になってくる回復薬と治療薬の材料収集をお願いしたいのです。負傷者が多く出るため、各地のギルドから薬品をかき集めていますが足りません。街の薬師と錬金術師が薬品の増産体制に入るためにも、材料となる薬草が必要なんです。現在不足しているのがこの三種類です。みなさんには採取に専念いただけたら助かるのです」
サフサフ草の根とユルック草の茎、ヘルテルの木の皮。
「買取価格は二割り増しで考えております」
薬草採取はいつもの仕事だから増量を言われても問題はない。割り増し価格で買い取ってもらえるのもありがたいが、コズエが心配なのはサツキだ。思い詰めたような顔をしているサツキの様子が気になって仕方がなかった。
「わかりました。できるだけ薬草を採取します」
しかしコズエの心配を余所にサツキは冷静にエドナにそうこたえていた。
+
ハリハルタがゴブリンの大発生のため、南の街道を定期的に走る乗合馬車は現在運行を停止している。商用の旅団もナモルタタルで足止めされており、現在南北の流通は止まったままだ。ナモルタタルは東西の街道も近く物流に目立った変化は無いが、南北の街道一本に支えられているハリハルタやサガストはスタンピードが長引けば物資も不足してくるだろう。
そんなことを聞いた三人は言葉少なく宿に戻った。
「今すぐ討伐隊に参加するって言い出すかと思った」
「私、条件を満たしてませんよ」
宿の食堂で夕食を囲んだときヒロがぼそりと言ったのにサツキは笑って答えた。
「焦りはあります。ゴブリンの大発生なんて想像もつかないけど、余所の街から応援を送らなきゃいけないくらいに大変なのはわかります。心配だし、今すぐ行きたいと思うけど、足手まといはイヤなんです」
今日の夕食は角ウサギ肉と根菜の煮込みだ。トマトに似た野菜を使っていてスープは赤い。
「それにエドナさんが私にもできる支援を教えてくれましたよね」
「ああ、薬草か」
「薬がケガした人に行き渡りすぎて、余るくらいになってれば、お兄ちゃんが巻き込まれてもちゃんと薬が入手できるんじゃないかと思うんです」
最前線にいる冒険者を優先して薬品は使われる。後方支援者や街の住民だってケガをするけれど、治療薬は後回しだ。だったら余るくらいに薬が供給されればとサツキは考えたのだという。
「討伐に協力できることが採取しかないって、もどかしいね」
「……無理に押しかけても迷惑かけるだけですから」
出来るならそうしたいと思っているはずなのに、とコズエは健気に笑顔を作るサツキを見た。
「採取、頑張ろうね」




