新しい装備
様子見の狩りで疲れきって帰ってきた六人は、汚れを落とし傷の治療をして居間に落ち着いた。
「本当にこんな薬草汁が効くのか?」
数種類の薬草をガーゼに包んで揉み、にじみ出た汁ごと患部にあてておく。こんな治療で本当に傷が癒えるのかとシュウは半信半疑だった。腕に受けたヘルハウンドの爪傷はざっくりと皮膚を切り裂いていた。日本なら縫合必須の傷だし、こちらでも治療薬を使うレベルだ。
「アキラさんの薬草ガーゼは効きますよ」
「一時間くらいで傷が治るんです」
「そんな事があるのか?」
「しばらく様子見るくらいはしてもいいだろ? 治療薬使うのはもったいねぇんだ」
半信半疑のシュウを宥めたコウメイも肩に受けた傷口に薬草ガーゼを貼り付け、コズエの作った包帯で固定している。ヒロも赤黒く変色した脇腹に薬草を塗布していたし、コズエやサツキも細かな傷に薬草ガーゼを貼り付けていた。
「森の中で深手を負った時には間に合わないが、安全な場所で傷を癒すのなら薬草汁でも事足りるだろう。錬金薬は高いんだ、節約できるところは節約しないと三十万ダルはとても貯められないぞ」
アキラは最後の薬草をガーゼで包み自分の腕にあてた。帰路でアキラが採取した薬草は全て使い切ったが、細かな傷までは癒すには足りなかった。
「この島の魔物が予想以上に頑丈で強くて特殊だってことだ。それに対応できる準備が要るな」
「準備って、やっぱり武器ですか?」
「俺とサツキの弓は殆ど役に立たないと考えていい」
遠距離攻撃は魔物と距離が開いていればこそ有効だ。だが先手を取れない、同時に気づいたとしても魔物の方が足が速いとなれば弓は不利だ。
「表皮が硬いのも問題だよな。岩をぶっ叩いてるような感じだったぜ」
「力も強いですよ。ゴブリンに掴まれた部分が痣になってます」
「俺の剣は切れ味重視のヤツだけど、それでも苦戦したんだよなー」
「槍は思いっきり突いても刺さりませんでしたよ」
サツキは破れた服を繕いながら話を聞いているコズエを見て、戦闘での手ごたえを説明した。
「コズエちゃんに借りた槍の攻撃は不意打ちにはなったけど、魔法で落とし穴作ったほうがずっと効果的だったと思います」
「サツキちゃんの溺れさせる魔法も効果的だったな」
「ヘルハウンドはアキラさんのツララがなければ吐き出す炎はとめられませんでした」
「ここでは魔法は必須ということか」
「魔力回復薬もタダじゃないんだ、頼りきりでは赤字だぞ」
「魔物にダメージ与えられたらいーんだよな? だったらメイスはどうだ?」
王女様の接待をしていたときに貸し与えられていた殴打武器を思い出したシュウは、コズエやサツキにメイスをすすめた。
「あれって遠心力とか勢いをつけたら結構なダメージ与えられるだろ。今回みたいに誰かが苦戦してるところに支援に入る時に、短剣よりも間合いが取れるしダメージは大きいし、いいと思うんだよな」
「メイスって鉄の棒の先にトゲトゲの丸いヤツとかついてる武器よね?」
「重くないかしら?」
弓や短剣では戦力にならないと自覚しているサツキは、自分に新しい武器が必要だと分かっていた。魔法で皆をサポートするにしても、魔力量から計算して一日中戦えるとは思えない。魔法に頼らない戦闘ができなければと思うのだが、扱えない武器では意味がない。
「せっかく隣が鍛冶屋なんだ、俺たちの武器のメンテナンスついでに相談してみよーぜ」
シュウやヒロの剣は硬いゴブリンの表皮のせいで刃こぼれをおこしていた。個人で手入れしてどうにかなる状態ではなかった。
+++
隣の鍛冶屋は、どちらかと言うと武器屋のような店構えだった。
「こんにちはー」
「剣のメンテナンス、お願いできますか?」
一見普通の民家の扉を開けると、正面には机が一つ、壁沿いには武器が無造作に立てかけられており、全体的に室内は薄暗かった。
「すみませーん。誰かいませんか?」
「うるせぇっ、手が離せねぇんだ、待ってろ!」
机の後ろにある枠囲いされた出入り口に向けて声をかけると、低音の怒鳴り声が返ってきた。
「取り込み中みたいですね」
「このあたりの武器、見せてもらってようか」
手にとって確かめるのは店主が顔を出すまで遠慮するが、島にいる冒険者たちに需要のある武器は参考になるだろう。それぞれが興味を引いた武器に近づいた。
「太めの剣が多いですね」
「切れ味よりも叩いたときの威力を重視してるんだろうな」
長さは普通のブロードソードだが、刃の幅と厚みは長剣並に太い剣がいくつも置いてあった。
「棍棒がありますよ。なんか、ゴブリンの持ってるのより細いですけど」
「警棒みたいだな」
「サツキ、こっちにギザギザのついたメイスもあったよ」
「思っていたより鉄球が小さいのね」
一メートルくらいの細い鉄棒の先にサツキの拳ほどの鉄球がある。打撃時の威力を高めるトゲは爪先ほどの大きさだ。
「槍は置いてないんだね。他の人たちは使ってないのかな」
「置いてある武器の傾向を見る限り、打撃系に特化したヤツが多いからなぁ。槍も悪くはないと思うけど」
切れ味の良さそうな武器は解体用のナイフくらいしか見当たらない。
「こっちに防具ありますよ」
「おお、鉄鎧か」
「頑丈そうですね」
「重いだろ、これ。この鉄鎧着て全力疾走できるか?」
「シュウさんならいけそうな気がしますけど」
「スピード落ちるのは確実だな」
「鎧よりも盾だろ、このあたりの小型のヤツは軽そうだし、防御力を考えたら試してみても良さそうだよな」
コウメイが指差したのは楕円形の小盾だ。手に持っても使えるが、腕にくくりつけても装備できる物のようだ。両手剣使いのコウメイでも装備でき、動きの邪魔にならない。ゴブリンの攻撃を剣だけで受けきるのは難しいと思っていたところだ、試着して動きの具合を確かめてみたい。
「待たせたな、お客人」
野太い声が好き勝手に武器を見繕っていた六人にかけられた。机の前に立ったのはずんぐりむっくりながらがっしりと厳つい身体つきの中年男性だった。剛毛の髪の間に見える耳は先が少し尖っている。
「このお店の店主さんですか?」
「鍛冶屋のロビンだ。見ない顔だが、客なんだろう?」
「あ、はい。今日から隣の家に住んでます。ご近所さんとしてもよろしくお願いしますね」
「隣か……」
店主は難しそうな顔をして顎を掻いた。
「ウチは新しく作るよりも修理の方が多い。夕方に冒険者どもが持ち込んだ物を夜の間に修理するんだ。遅くまでかなり大きな音を立てるがやめる事はできん。うるさいと文句を言わんでくれ」
文句を言いにくるくらいなら、黙って静かな空き家に引っ越してくれとロビンから忠告されたが、鍛冶屋の仕事がどれだけ騒音なのか分からないコウメイたちはなんとも答えられない。
「それで、修理か? 購入か?」
「ええと、このメイスを試しに持ってみたいんですけど」
「お嬢ちゃんがか?」
「はい。重さ違いでいくつか、試したいんですけどいいですか?」
「俺もこの盾を試着してぇんだが」
「……試すなら裏庭を使え」
ロビンは左手の扉を顎で指した。扉の先はコウメイたちの住んでいる家の壁で、細い路地を進むと鍛冶屋の裏庭に出た。裏庭と言っても囲いをしているわけではないので、コウメイたちが衣類を干している裏庭とは地続きだ。試し切り用に敷地の端の方に、何本かの木杭が等間隔で打ち込まれていた。
「メイスはその木杭を狙って打ってみろ。まずは持ち手の赤いヤツからだ」
「はい」
ロビンが持ち出したメイスは三本。持ち手の部分に使われている布の色が赤、青、黒と違うだけで、見た目はどれも同じように見えた。
赤い持ち手のメイスを握ったサツキは、両手で持ち上げて重さを確認し、野球のバットを振る要領で木杭を狙って打ち付けた。
「痛ぁっ」
「反動を受けきる力がねぇな。次は青だ」
手の痺れが取れるのを待って青のメイス、続いて黒のメイスと試していく。
「黒が一番軽いんですね」
「お嬢ちゃんが森で使うなら黒だな。筋肉がついたら重いものに持ち替えればいい」
重い方が魔物に与えられるダメージは大きいが、武器に振り回されてしまうのは隙を作るだけだ、というロビンの助言を受け、サツキは勧められたメイスを選ぶことにした。
開けた場所ではコウメイとシュウが自分の剣で打ち合っていた。左腕に装着した小盾は両手持ちの長剣の動きを阻害しないようだ。
「受けろよ」
「来い」
コウメイは振りかぶったシュウの一撃を小盾で受け、長剣へと流し、そのまま振り斬る。シュウは即座にバックステップで間合いから逃れた。
「これは使えそうだな」
「おまっ、本気で斬るなよなっ」
「シュウなら避けるだろ」
「避けたけど、避けたけどっ」
見た目よりも軽いが、獣人であるシュウの力ある一撃を受けても影響のない硬さ、中々良さそうだ。
「おい、そこの長剣使い。普段は片手か?」
「いや基本は両手だぜ。場合によって片手の場合もあるけど」
コウメイに何度か素振りをさせたロビンは、店に戻って似たようなサイズの小盾を持って戻ってきた。
「お前にはそれよりもこっちの方が合うと思う。試してみろ」
「ふうん、少し重いか?」
「最初の奴はお前には軽すぎる。ゴブリンくらいなら何とかなるが、オーク相手なら受けどころが悪けりゃ骨までくるぞ。基本は受け流しだろうが、まともに受けることも考えりゃこっちの方がいい」
ロビンの説明を聞きながら素振りをして感触を確かめ、コウメイは再びシュウと対峙した。今度は受け止めるつもりで構えた。先と同じように体重をかけたシュウの一撃を小盾はしっかりと受け止めた。
「これはいいな。前のより腕にくる衝撃が少ねぇ」
「そんなに違うのか?」
「ああ、受け流すにしても力のコントロールがしやすそうだ」
すっかり小盾を気に入ったコウメイはロビンを振り返った。
「この盾、買うぜ」
「私もこの黒のメイスを頂きたいです」
木杭を相手に練習していたサツキもメイスの扱いに慣れたようだった。
店内に戻り小盾とメイスの微調整を行ったロビンは、アキラから「武器の手入れも頼みたい」という発注と共に置かれた剣らを見て難色を示した。
「剣も槍も俺の専門だ、手入れは難しくはねぇ。だがこの刀はなぁ」
「やっぱりか」
「専門の砥師に任せた方がいいのは間違いねぇが、この島にはいねぇんだよ。俺も経験がないわけじゃないが、最低限の手入れになる。それでもいいか?」
「構わない。俺がやるよりは余程ましだ」
自分の腕力がネックになって切れ味を重視して選んだ脇差だが、切れ味を保つためには丁寧なメンテナンスが必要だった。素人の自分が手を出して駄目にするよりも、少しでも経験のある玄人に任せる方が安心できる。
「メイスが三千五百ダル、小盾が四千ダル、手入れの方はまとめて千五百ダルだ」
「武器は明日の朝受け取れるか?」
「ああ大丈夫だ。その代わりうるさくて寝れんとか文句を言うなよ」
「耳栓して寝ることにします」
コズエが代金を支払い商談が終わった。
「そういえば私たち、名乗ってませんでしたよね。今日からしばらくこの島で活動します、私はコズエです」
お隣ですし、ご近所さんとしてもよろしくお願いしますね、とコズエは全員を紹介した。
+++
家に戻ったコウメイは台所の掃除に手をつけ、その流れで夕食の支度に取り掛かった。他の面々は荷を解き、寝室を整え、それぞれに痛んだ武具や靴の手入れをはじめた。
「ガチガチに防具をつけるのは私たちには向かないけど、服に仕込むだけでも防御力はあげられるよね」
コズエは切れた上着に補強を入れて修繕していた。自分たちは他の冒険者に比べて防具は最低限しか身につけていない。素早く動く事を重視しての事だが、今日の戦いで防具の重要性が分かった。
「コズエちゃん、それ何してるの?」
「ふふ、肩のここのところの裏地にね、スライム布を縫い付けるの」
「冷却のならタンクトップがあるわよ?」
「ひんやりする方じゃなくて、硬化布の方だよ」
コズエがアレ・テタルで買い込んでいたスライム布のうちの一つが「衝撃硬化」の布だった。大きな衝撃を与えると瞬時に表面が硬くなる布は、革素材の防具の内張りなどに使われ、防御力をあげる役割を果たしている。
「みんなの胸当てにも使ってるけどさ、服の腕とか肩とか膝の部分に補強代わりに縫いこんでおけば、今日みたいな引っ掻き傷を防ぐくらいはできると思うんだよね」
ヘルハウンドの爪に引っ掛けられただけでコウメイの肩は結構な深手を負っていたし、ゴブリンの怪力で掴まれたヒロの腕にも指の形の鬱血痕が残っていた。
「ヘルハウンドに噛まれたら流石に防げないだろうけど、爪先がちょっと引っかかるくらいなら防げるかなって」
長期戦で避けなくてはならないのは致命傷だけではない、細かな切り傷や打撲が重なって動きが鈍くなれば大きな傷を負う確率も高くなる。
「全員の分は大変でしょう? 私も手伝うわ」
「ありがとうサツキ。型紙にあわせてスライム布を切ってくれるかな。縫いしろは五ミリくらいでね」
サツキの手伝いもあり、明日の朝までには六人分の上着の補強は完成しそうだった。
+
ナナクシャール島の魔猪肉は固かった。筋肉質で筋が多く、脂肪分は少ない。
「筋切りしても、噛みごたえありそうだぜ」
比較的筋の少ない部分を選んで叩き繊維をつぶしてソテーにする。筋の多い部分は煮込みにしておこう。一晩煮込めばほぐれるくらい柔らかくなるだろう。骨を回収してこなかったのはもったいなかったが、魔猪骨スープをとるのは臭み取りの香草や根菜が手に入ってからでもいいかもしれない。
「アキ、鍋から芋を取り出して、潰してくれ」
サツキの代わりに手伝いに入ったアキラは、コウメイの指示通りにザルに芋の鍋を空け、水気を切ってボウルに移し、フォークで湯気のたつ芋を潰していく。
「潰れたぞ」
「んー、もうちょっと細かく、マッシュポテトの寸前くらいまで」
細かく指示を出しながらコウメイはフライパンを出して魔猪肉のステーキを焼き始めた。ジュウジュウと食欲に訴える音がする。
「ストップ、それくらいでいい。次にハギ粉を大匙で三杯入れて。あ、山盛りで三杯だからな」
「山盛り……これくらいか?」
「そう。そのあと植物油を大匙一杯、こっちはすり切りで計って入れてから混ぜ捏ねてくれ」
コウメイが指示を出しているのは芋餅モドキだ。パンを焼けるほどのハギ粉がないので、芋と混ぜて芋餅風に仕立て上げる。
「練りあがったら丸めて平たく潰す、そうそう。それくらいのを作っててくれ」
空いているコンロに新しいフライパンを置くと、魔猪脂を落とし溶けたところにアキラが丸めた芋餅を並べていった。ステーキと芋餅の二つのフライパンを交互に操りながら、コウメイはアキラに尋ねた。
「アキさ、虹魔石見たとき何か様子がおかしかったが、あれヤバイ物なのか?」
「……魔力の含有量がとんでもない石だった」
虹魔石を目にした時の痛みを思い出したのか、アキラは丸めている芋餅を睨みつけた。
「全属性の魔力が放出されてて、近づくとピリピリと痛かった。あんなもの絶対に触りたくないな」
「アレックスさんは平気そうだったよな」
「慣れ、だそうだ」
もの凄く嫌そうに吐き捨てたアキラを見てコウメイは肩をすくめた。糸目がさらに細く笑んで嬉しげだったアレックスを思い出した。痛みに慣れるのは分かるが、痛みを嬉しそうに受け入れる性癖はコウメイも理解しがたかった。考えないでおこう。
「てことは、アキなら虹魔石を持ってる魔物を探そうと思えばできるのか?」
「……箱にしまわれた虹魔石からは痛みは感じなかった。魔物の体内にある状態の物を感じ取れるかどうかは分からないぞ」
「闇雲に魔物と戦うより可能性はあるだろ、試してみる価値はあるよな。明日はその方向で獲物を探す事にしようぜ」
話しながらも手早く料理が皿に盛り付けられていた。魔猪肉は個別の皿に、芋餅は大皿に盛られ居間兼食堂のテーブルに並べられた。
「飯だぞーっ」
コウメイの声に呼ばれ、次々と食堂に集まってきた。
「芋餅は味付けしてないから、好きなように食ってくれ。甘く食べたいならジャムを塗って、そうじゃないならステーキソースをつけるといいぜ」
「わあ、おいしそうっ」
「お兄ちゃんが作ったの?」
「コウメイの指示通りに作業しただけだ」
「俺のステーキ肉、小さくないか?」
「そうですか?」
ミント水がグラスに注がれ、全員が席に着いた。
「「「「「「いただきます!」」」」」」
久しぶりの落ち着いた食事を堪能し、翌日の狩りのミーティングを済ませた。
「ところでシュウ、薬草汁をつけてた傷はどうだ?」
テーブルを片付けながらコウメイが問うと、シュウは無造作に腕まくりをし包帯を見た。
「痛みはなくなってるな」
「鍛冶屋の裏庭で普通に剣を振り回せてたよな」
「そういえば」
シュウは腕に巻いている包帯を解き、緑色のガーゼをぺらりとめくった。
「……マジか。傷がねーぞ」
とても数時間で治るような浅い傷ではなかったのにと、シュウはほんのり湿り気の残る薬草ガーゼを凝視した。
「薬草、すげーな」
「大きな血管まで達するような傷は錬金薬を使うけど、その程度なら薬草ガーゼで十分だって納得だろ?」
「ああ、薬草ってすげーんだな」
自分では薬草の見分けがつかないので採取は無理だが、アキラが採取しているときは魔物に邪魔されないよう徹底してガードしようと心に決めたシュウだった。
そうしてナナクシャール島の初日がようやく終わった。
※島の初日に四話もかけてしまった……。




