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第四話 なぜか婚約破棄された友へ

 帝国歴七八四年五月二十日。


 婚約破棄を叫ぶ前に婚約破棄を叫ばれた友――ドミトリー・ベル・ベントリッツォ殿へ


 公子の身に起こった出来事についてお手紙から知り、驚天動地かつ魔訶不可思議な事態が生じているようで、私の見識が未熟だったと非才を嘆いています。まさにいま帝都の天地は複雑怪奇なる新情勢を生じたので、私たちはこれに鑑みて従来準備してきた考えはこれを打切り、更に別途の行動をとらねばなりません。


 これというのも君が婚約破棄を叫ぶ前に、ハミルトン侯爵息女エリー嬢が君に婚約破棄を叫んだからだ。


 貴族であれば手袋を投げる前に、手袋を投げられたもので彼女は君とレンセント子爵息女ラビニア嬢の『真実の愛』に対して決闘を申し込んだのだ。これについて君は決闘を受けなければならない。無論、相手側から婚約を破棄してくれたのだから、俺は自由だ! と高らかにしがらみからの解放を喜び、神の恩寵に深く祈りを捧げてラビニア嬢と手を取りきゃっきゃっうふふとばかりに愛の道をひた走るのもいいだろう。


 だが、それこそがエリー嬢の深慮遠謀である。

 婚約破棄を叫んだエリー嬢は何と言ったか?


 君からの手紙を引用すれば「私――エリー・ベル・ハミルトンは愚かしい行いを続ける婚約者ドミトリー・ベル・ベントリッツォに誠実さと品性のなさを糾弾し、またベントリッツォ大公家が帝室に連なるぬ血縁にも関わらず帝国を軽んじる数々の行いをもって婚姻の盟約を結ぶ道理なしとして、ここに婚約破棄を宣言いたします」ということだ。


 具体的な公子の非行や不義理については言及されていない。

 大公家にしても何をもって帝室を軽んじているのかは伏されている。

 彼女の叫びを持って公子を非難することは難しいでしょう。


 しかし、しかしです。

 ここで婚約破棄された公子が、エリー嬢から手を振り払われ、その温もりが消えぬ間にラビニア嬢と婚約などすれば、周りの貴族たちは察するはずです。


「ああ、エリー嬢が言っていた公子の不誠実と不品行とは浮気だったのだ」


 彼女が明言しなかったことが、公子の行いによって事実のように広がるのです。

 むろん、私は公子とラビニア嬢が双丘の信仰を越え、魂から真実の愛に目覚めたのだと知っています。ですが、有象無象はそうではないのです。彼らは百万の言葉を尽くしても見たい事実しか見ないのです。見えぬ言葉は彼らの目には映らず、公子とラビニア嬢の仲睦まじい姿を悪意を持って見るのです。


 さらに言えば、悪意の眼で公子を見る彼らは大公家も同じ目で見るのです。


「公子の浮気が事実であれば、エリー嬢が言っていた帝室軽視も事実に違いない」


 まことに情けない限りですが人とはそういうものなのです。

 エリー嬢は具体的には何も言わず、公子の真実の愛を巧みに不義理にしようとしているのです。まさにいまエリー嬢は公子に決闘を申し込み、そこには多くの罠が仕組まれています。公子はいま剣を握らねばなりません。


 彼女が叫んだ婚約破棄がいかに人理に背くのか示すのです。


 それは公子の心に反することかもしれません。ラビニア嬢に百万以上の言葉と態度を示さねばならないかもしれません。公子は真実の愛を確かめるためにもいま一度、エリー嬢の婚約破棄が不条理であることを叫び、婚約を再び成立させるのです。


 そして、周囲を認めさせてからもう一度、婚約破棄を叫ぶのです。

 エリー嬢ではありません。公子が叫ぶのです。そうすればエリー嬢の姦計は公子に打ち破られ、公子とラビニア嬢は真実の愛を手にするのです。辺境で国境を守る私には手紙しか公子にできることはない。だが、それを微力とは私は思わない。君もそう思ってくれることを祈っている。


 恋するすべての人の味方 アキレウス・ベル・アーチミティア。


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