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第一話 遠く離れた公子へ

 帝国歴七八四年四月十日。


 親愛なる公子――ドミトリー・ベル・ベントリッツォ殿へ。


 帝都では、すでに早春を祝うクロベリニア祭りが盛大に行われているころでしょうか?

 冬の終わりとこれから始まる芽吹きの春を祝う帝国貴族学院諸子の絢爛豪華な姿がひどく懐かしい。こちらはいまだに大地は冬の白さに覆われ、深緑の芽吹き一つありません。黒々とした木々と白々しいほどの雪の白に北辺――アーチミティアは囲まれています。遠く見える山脈も灰色の岩肌を雪で覆われ、空は岩肌よりも濃い曇天で、空の青さや高さを見ることは稀です。


 ついつい愚痴臭くなったが、私は元気でいます。公子におかれては帝国貴族学院の生活もあと一年となり、慌ただしい生活を送られていることだろう。大公の跡取りほどではありませんが、一足早く因果な家業を継いだ身としては、辺境伯などなるべきではなかったと後悔ばかりが噴き出しそうになる。


 愛すべき我が領地は、清水にこそ恵まれているが耕地は少なく、金銀を産するような山もない。そのくせ、隣国神聖トリニテエリとは騎馬で一日の位置だ。平時と言いながらも兵士は手放せず、東に向かって睨みを利かせ続けなければならない。おかげで最近は目つきが悪くなった気がします。


 そうなったのも帰郷すぐに神聖トリニテエリが傭兵を領地に向けてけしかけてきたからです。帝都の土産話などを母や姉弟に語ろう考えていたところを完全武装の甲冑に身を包み、身を切るような寒さの中を騎馬で疾走する。逃げ惑う領民の安堵と来るのが遅い、と言いたげな目に刺されながら傭兵を追い払うと死体の後始末や領民たちの被害の聞き取り、敵の進入路に形ばかりの砦を築いて私以上に不幸な兵士たちに監視を命じる。

 彼らはいつ戻ってこられるだろうか、と心の中で心配しても口では「死んでも砦を守れ!」と、命令をする。自分でも早くも強権的な領主になりかけていることに驚いています。


 公子たちと帝国貴族学院に通っているときは父のようになるまいと思っていたのに不思議なものです。おかげで領地戻り数ヶ月だというのに帝都の暮らしや公子との日常がひどく懐かしいです。


 耳障りだと思っていた石畳を馬車の車輪が転がる音さえこの地では聞こえない。そんなことを女中にこぼしたら、枕元に石臼を置かれゴリゴリと小麦を粉にする音で起こされた。帝都を懐かしむどころか。ひどい悪夢を見た。女中にはもう止めるように伝えたが、「領主様を起こしする良い方法を教えていただき、ありがとうございます」と言われた。我が家の女中はいささか主人に対する尊敬が足りないようです。公子の屋敷で見たような主人を常に立て、慎み深い女中や家令を育てるというのは難しい。


 誰もが羨む大公家の跡取りである公子には、このような悩みとは無縁だろうと思います。悩みと言えば、人妻好きのヘリックスから公子が、レンセント子爵息女――ラビニアに首ったけだという話を聞きました。これはいまの公子の悩みの種ではないでしょうか?


 私は噂の息女を見たことはありませんが、公子の好みは良く知っているつもりです。


 きっと金髪碧眼に胸に大きなたわわが実った女性ではないですか?もし、そうでなければいつ公子が信仰を捨ててしまったのか訊ねなければならない。ただ、君の婚約者――ハミルトン侯爵息女エリーは良い顔をしないだろうから信仰はほどほどにするのがいいでしょう。


 無論、信仰の異なる婚約者を持ったことと新しい女神への信仰で揺れる気持はよく分かります。ゆえに私でよければ相談してください。別に私が寂しいから言っているわけではありません。かつて共に帝国貴族院の三貴公子と呼ばれた友情からです。いえ、少し虚勢を張りました。帝都を離れ。日々、戦いに明け暮れていると過去が恋しくなるのです。

 どうか離れている見栄を張る必要のない一人の友人として。


 乱筆乱文お許しください。アーチミティア辺境伯アキレウス・ベル・アーチミティア。

 

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