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-01-

 手術前日の夜――、

 病室備え付けの電話が鳴った。

 わたしはすっかり位置を覚えてしまったサイドテーブルに手を伸ばし、受話器を取る。

 電話の主は当然のように病棟看護師だった。

「片瀬さん? かわいいカレシからお電話ですよ」

 瞬間、自分でも顔が緩むのがわかった。勿論、那智くんからの電話と、その那智くんを指して『カレシ』と言われたことにだ。

「すぐに回してくださいっ」

「じゃあ、このままお繋ぎしますね」

 わたしの喜びようが可笑しかったのか、看護士さんは声に笑みを含めながら返した。

 直後、受話器の奥から微かに何かが切り替わった音が聞こえた。

「もしもし?」

『あ、先輩ですか? こんばんは』

「ええ、こんばんは。那智くん」

 那智くんに声はいつも通り元気がなかった。

 事故以来、那智くんは元気がない。こういうことになってしまったことをまだ気に病んでいるのだろう。電話に限らず聴覚での情報しかないからか、わたしにはそれがよくわかった。

「こんな時間にどうしたの? 昼間、何か話し忘れた?」

『えっと、その……。明日、手術ですね』

「ええ、そうね。本当に那智くんには感謝しているわ」

『いえ、僕は何も……』

「ううん。そんなことはないわ。那智くんが掛け合ってくれたからこそ実現したことだもの。だから、ありがとう」

『……言われたんです。自分にしかできないことをやれ、できることを全力でやれって』

「そうなんだ。……誰に言われたの?」

『一夜と……』

「と?」

 那智くんが言いにくそうに言葉を途切れさせたので、わたしは先を促した。

『……昔好きだった女の子』

「……」

 思わず顔が引きつるわ。

 ……けど、ええ、このくらいで動揺してはダメよね。年上として広い心を持たないと。

「じゃあ、タイミングよくその子と会ったのね」

『いえ、ふたりして聖嶺に進んだので、今でも毎日のように顔を合わせるんです』

「……」

 ……わたし、もしかして意外に危うい状況にいるのかしら?

『そ、それで、明日のことなんですけど』

「え、ええ、そうだったわね」

 那智くんは慌てて脱線した話を元に戻し、わたしも同じように慌てて返事をした。

 気のせいだろうか、上手く先回りして誤魔化されたような気がする。

『どうしても明日学校を休めなくて、行けそうにないんです』

「……」

『先輩?』

「え? あ、ご、ごめんなさい。てっきり明日は那智くんもきてくれるものだと思っていたから……」

『……すみません』

「ううん。いいのよ。でも、その代わり後で会いにきて――」

『あ、そうだ。今日は先生と話したんですか?』

 わたしの言葉の語尾と那智くんの発音が重なって、話題が飛んだ。

「ええ。ついさっき会ったわ。私も全力を尽くすから信頼して欲しいって」

『じゃあ、僕がいなくても大丈夫ですね』

「……」

 一瞬言葉に迷う。

 手術を受けるという点では那智くんは何も関係はない。でも、那智くんがいるだけでわたしの大きな力になるだろう。那智くんが見守ってくれるなら、安心して手術に臨める。

『今日はゆっくり休んで明日に備えてください』

「そうね。そうするわ。那智くん、明日は必ず会いにきてね」

 少し間があり、

 そして、電話が切れた――。

「……」

 わたしも受話器を置いた。

 心に、違和感が残る。

 今の会話はどこかおかしかった気がする。……そうだ。会話というよりは、もっと一方的なもののようだった。

 きっとまだわたしと顔を合わせたり、言葉を交わすことが辛いのだろう。

「……」

 それでも、まだ何か引っかかりを覚えたが、わたしはそう納得することにした。

 わたしの目が治れば、那智くんも苦しみから解放されるはずだ――。

 

 

 

 翌日の手術は無事に終わった。

 ちゃんと見えているかどうかの検査はまだだけど、手術に関しては成功したと言っていいそうだ。

 そして、術後、半月もの間働いていなかったわたしの目には包帯が巻かれた。

 

 

 

 夜――、

 全身麻酔が切れ、手術結果について直接聞かされた後、病室に円が入ってきた。

「ねぇ? 那智くんはきてないの?」

「なっち? うん、まだみたい。そう言えば学校でも見かけなかったわね」

 学校では、一年と三年では教室が離れているから会おうと思わない限りあまり顔は合わせない。一日姿を見なかったからといってどうということはない。

 ……普段なら。

 でも、今はそれがひどく不安に思う。

「あ、そうそう、片瀬さん。いつものカレシから手紙を預かっていますよ」

 先ほどから室内で何やらやっていた病棟看護師さんが会話に入ってきた。

「那智くんから?」

「ええ。朝一番にきて、手術の後に渡して欲しいって。そっちのテーブルに置いてあるわ」

 そう言った後、ドアが一往復スライドする音がした。看護師さんが出て行ったらしい。

「なぁに、あの子。手紙なんか書いて。自分がくればいいのに。それとも手術が終わったらすぐに見えるようになると思ったのかね?」

「ごめん、円。それ、読んでくれる?」

 わたしは笑い出していた円の声を遮って言った。

 どうにも拭いようのない不安を感じる。

 昨日の電話といい、今日のこの手紙といい、那智くんは何かおかしい。

「いいの? どうせならなっちがきてから目の前で――」

「いいから」

 きっとそこに解答があるはず。

 

 

 

「あンのバカ……」

 手紙を読み終えると、円がわたしよりも先に声を発した。

 あぁ、本当にバカだ。

「何が"ちょっと早いクリスマスプレゼント"よ……」

 わたしもようやく声を絞り出した。

 手紙にはさよならが綴られていた。今日のこの手術がクリスマスプレゼントだとも。わたしの目が見なくなってしまったことへの謝罪の言葉はそう多くない。でも、わたしには那智くんがこの手紙の全文を使って、あのときのように泣きながら謝っているように感じた。

 ……プレゼントなんていらない。

 ……こんなプレゼントなら、わたしはいらない。

 那智くんがいれば目なんて見えなくてもよかった。彼と目なら、わたしは迷わず彼を選ぶ。

 那智くんさえいれば、それだけでよかったのに。

 それなのに……。

 それなのに、那智くんは遠くへ行ってしまった。

 ……そう。

 今度こそわたしは、本当に光を失った――。

 

 

 ――そして、二年の月日が流れる……。

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