第15話(1) 成り行き
十二月の第一週、ある日の昼休み――、
「じゃあ、ここで問題」
椅子だけを後ろに向け、一夜の席で弁当を食べながら僕は言った。
「大きさ・形・体積が同じで質量だけが違うふたつの物体を、同じ高さから同時に鉛直方向下向きに落下させたとき、どちらが先に着地するでしょう?」
すると、一夜の動作の多くが止まった。
普段、一夜は"食べる""話す""本を読む"という三つの作業を同時にこなすが、今はそのすべてが停止し、その代わり新たに"考える"が加わった。
やがて、思考の末――、
「……同時」
と、一夜は自信なさげに答えた。
当然だ。今さら高校生にもなって、どんなものでも落下する速度は同じ、なんて自慢げに語るやつはいない。それを考えれば自信もなくなる。
そして、自然、僕の答えはこうなる。
「ぶー。はずれー」
「……」
一夜は何か言いたげに黙り込んだ。視線が少しばかり冷たいような気がするが気にしないでおこう。
「正しくは、重いほうが先に落ちる。これが理系的なひねくれた思考というものだよ、一夜。……やっぱりさ、一夜は文系の方が向いてなくない?」
別に今の問題で証明されたってわけじゃなくて、定期テストの結果とか成績とかを見ての話。
「俺は、那智の成績が理系に偏ってるみたいに、文系に偏ってるわけやないからな。どっちに進んでもそれなりにやれるわ」
微妙に負け惜しみの響きが含まれた口調の一夜。
「確かにね、一夜は文系理系関係なく全部いいから。ま、それに僕としても同じコースに進んでくれたほうが嬉しいんだけどね」
「……」
「ん? どうしたの?」
なんか一夜が固まってるぞ。
「いや、何でもない。……だったら、最初から言うな」
しかし、そう言うと一夜は素早い動きで、ひょい、と僕の弁当箱からミートボールを摘み上げ、自分の口に放り込んだ。
「うあ゛……」
あぁ、僕のミートボールが……。冷凍食品だけど、最近いろんなメーカのを試してみて、ようやく見つけた最高の一品なのに。へちられた……。
「今日の最後の一個……」
こうして僕のランチタイムは突如として現れた略奪者によって終わりを告げた。
もう怒る気も失せ、僕は弁当箱を片付けると椅子から立ち上がった。
「どっか行くんか?」
「ん。ちょっと司先輩に用があるから学食に。いいよ、ひとりで行くからさ。……ちくしょう。一夜なんか文系に行ってしまえ」
「む……」
恨みのあまり捨て台詞を吐くと、一夜はかすかに眉根を寄せた。しかし、僕はかまわず踵を返す。
「……那智」
教室の扉に向かおうとした僕に一夜が声をかける。
「好きなモンやる」
そう言うと一夜は自分の弁当箱を僕に差し出した。
「……」
「……」
「……」
そんなので誤魔化されるかっ。
-+-+- 第15話(1) 「成り行き」 -+-+-
ひと口トンカツを頬張りながら学食に行くと、そこに司先輩の姿はなかった。
まあ、今までの経験から必ずしもそこにいるわけではないことを知っていたので特に不思議とも思わず、そのまま先輩の教室の方まで足を延ばしてみる。
ところが、教室にも先輩はいなかった。
「おっかしいなぁ」
あと考えられるとしたら、美術室、教室移動、五限目が体育なら更衣室、等々。
とは言え、校内を捜し回るほどの急用でもないので、またの機会にと諦めて教室の戻ることにした。
一年の教室が集まる辺りまで戻ってくると何となく廊下がざわついていた。昼休みだから当然なのだろうけど、どことなくいつもと違う感じだ。
いったい何だろう?
首を傾げながら歩いていると、正面からきた女の子ふたり組が僕の顔を見るなり「あ……」と小さく声を上げて、居心地悪そうに通り過ぎていった。おかげでよけいにわからなくなった。
そうしてようやくその元凶に辿り着く。
「おりょ?」
それを見て僕は思わず声を漏らした。
教室の前に司先輩がいた。しかも、珍しいことに一夜と立ち話をしている。なんともレアな風景だ。
先に一夜が気づき、その視線につられるようにして先輩が遅れて僕を見つけた。
「あ、那智くん」
「こんにちは、先輩。……なんだ。入れ違いになったのか」
「ええ、そうみたいね。わたしも那智くんに用があってきたのよ。でも、いないから帰ろうと思ったら、遠矢君にすぐに戻ってくるだろうからって言われて。だから、ここで待っていたの。その間、遠矢君には話し相手に、ね」
そう言うと先輩は同意を求めるように一夜を見て微笑んだ。
「……」
そういうことか。
それもこれもすべてこのツーショットのせいだな。
「そうだったんですか。……では、一夜、ご苦労だった。後は僕に任せて、君は教室に戻ってくれ。ほらほら、いったいった。ちぇいっ。いけっ」
しっしっ、と手で追い払いつつ最後には威嚇までする。そんな僕に、一夜は肩を竦めて鼻で笑うと、黙って教室の中に入っていった。
「ぬ~~~」
そこはかとなく敗北感を感じるぞ。
どうにも腹が立つので僕は一夜の背中に向かって「このやろう」の蹴る真似をしてやった。
と、横からくすくすと司先輩の笑い声が聞こえてくる。
「そう。なるほどね。円が言っていたのはこういうことね」
「な、なんですか? 円先輩が何か言ってたんですか?」
「ううん、何も。那智くんは気にしないで」
そうは言うが、しかし、先輩は可笑しそうにまだ笑っている。
「むう。ところで先輩、今週末のことですけど」
「ええ、そうね。わたしもそのことでここにきたの」
「え? と言うと、何か予定が入って、行けなくなったとか?」
まず思いついたのがそれだった。
僕から申し込んだデートは、結局、先輩の言う「今回は今回。クリスマスはクリスマスです」のかたちに収まった。最初は週末にしようと提案したものの、ここにきて改めてお流れになると、それはそれでショックだ。
「ばかね。わたしが那智くんとのデートをキャンセルするはずがないわ」
「お、おう……」
こんな人目の多いところでデートなんて単語を出されたら、照れる以上に身の危険を感じる。僕は思わず周囲を見回し、索敵していた。幸いにして程よく敵意と殺意の視線はあるものの、耳を欹てて会話を聞いているやつはいないようだ。
「ほら、まだ待ち合わせ場所とかを決めていなかったから、そのことで」
先輩は挙動不審であろう僕にかまわず話を続ける。
「え? あ、そうだったんですか。僕もそのつもりで先輩を捜していたんですけどね。……で、どうしますか?」
「そうねぇ。どこに行くにしても電車なんだけど。乗る電車を合わせて中で合流、じゃ面白味に欠けるわ。初めて待ち合わせしたところでどうかしら?」
「ああ、あそこならわかりやすいです」
地下繁華街の、芸術が不発したようなわけわからんオブジェのついたあの噴水の前だ。
「ちょっと遠いのが難点ですが、とりあえず何でもできてどこにでも行けそうですね」
しっかし、先輩、余裕だな。学校の廊下なんかでこんな話するなんて。まあ、人目はあっても話まで聞かれることはあまりないとわかっているからなのかもしれないけど。僕ならもう少し落ち着いて話せる場所を選ぶ。
薄々感じていたけど、もしかして先輩って自分が有名人の自覚ない?
そんなことを考えつつ話をしていると、次第に昼休みの終わりが近づいてくる。だからなのか、そこにどこか行っていたらしい居内さんが教室に戻ってきた。
居内さんはドアに手をかけたところでぴたりと止まり、ゆっくりとこちらを振り返った。僕と司先輩の顔を交互に見る。
そうしてから僕に視線を固定すると、にっこり笑って小さく手を振った――
「っ!」
びっくり。
(でも、ちょっと可愛いかも……)
本邦初公開な居内さんの笑顔に思わずどきっとする。
が、それも束の間。
僕の隣で、ぎ、ぎぎぎぃーーー、という擬音が似合いそうな錆びた機械のように司先輩の首がこちらを向いた。……いちおう、笑っている。
(でも、かなり怖いかも……)
なんだか恐ろしいことが起きそうな予感がする。
「今のは何かしら、那智くん」
「さ、さあ? 僕にもさっぱり……」
つーか、何で今このタイミングでそんな危険物を投下していくんだ、居内さんは!? おかげでよくわからない事態に発展したじゃないかっ。
笑っていた先輩の目が一転して吊り上がる。
「円に言われて、実際、そういうのもいいかなって今さっきまで思ってたけど、やっぱりやめたわ。八方美人の那智くんとわたしじゃ不公平でわりにあわないもの」
「は、はっぽ……って、いやいや、それ以前に意味がわかりませんからっ」
まずはそれを説明して欲しい。が、しかし、先輩は顔を突き出し、むーっ、と怒った表情で詰め寄ってくるばかりだ。
そこで、天の助けか、昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴った。
「ほ、ほら、先輩、チャイム鳴りましたよ。僕、教室に戻りますから、先輩も遅れないように帰って下さいね。……それじゃあ」
僕はするりと先輩をかわす。
「あっ、こら、もうっ」
そんな声を背中で聞きながら先輩を振り切り、教室に逃げ込んだ。あと五分もすれば本鈴が鳴り、五限目がはじまる。先輩もこれ以上は追ってこないだろう。
ほっとひと息ついて席に向かう。が、自分の机を前にして足が止まった。
隣の席には居内さん。後ろは一夜。
とんでもない爆弾を投げ込んで逃げていった居内さんに文句を言ってやりたかったが、彼女はもう何ごともなかったような顔をして教科書を見ていて、今さら何を言ったところで暖簾に腕押しのような気がしてきた。
よって僕の不満は、自然、一夜へと向けられる。
「一夜、さっき司先輩となに話してたのさ?」
「別に。人に言うような話はしてへんわ」
「なんだよー。僕に言えないような話をしてたのかよーっ」
うらぁー、と机を蹴っ飛ばす。
「アホか、お前は。人の話をちゃんと聞け」
しかし、一夜はいたって冷静に机の位置を直しただけだった。
「でもさ、先輩とふたりきりで話せて嬉しかっただろ?」
「別に? 那智じゃあるまいし。あの先パイと話すことに特別な感情はあらへん」
「なんだとー!? 司先輩だぞ。少しは喜べよ」
もう一発キック。
「いったいお前はどこに何を主張したいねん……」
「あ、あれ? なんだろね?」
いまいち自分で自分の精神活動を把握し切れてないな。
「アホ。死ね」
そんな僕に一夜は冷ややかな言葉を浴びせた。
そして、日曜日、デート当日――
僕は自転車をかっ飛ばして、猛スピードで駅に向かっていた。
何でこんなことになっているのかというと、平たい話、二度寝して気がついたらえらい時間になっていたのだ。いや、びっくりした。
待ち合わせの時間に間に合うかどうかは微妙なところ。一本でも速い電車に乗りたい。そう思って車道の端を走っていると、高そうな外車が僕の横を通り、追い越していった。
(あんなのにぶつけたら笑えないだろうなぁ)
そんな洒落にもならない想像をする。
と、急にその車が減速した。当たり屋さんだろうか。僕も警戒して速度を落としたが、ついに横に並び、併走する形になった。
そして、窓が開く。
「よう。俺の息子」
運転手が顔を覗かせる。……にゃろう。左ハンドルかよ。
「……」
僕は黙って速度を上げた。不良中年は無視るに限る。
「あっ、てめ、逃げんじゃねぇよ」
しかし、その男――宇佐美蒼司は再びアクセルを踏み込み、僕に追いついてきた。人力の限界を感じる。
「……」
さて、どうしたものか。路地にでも入って振り切ろうかと考えていると、行く手に信号が見えてきた。幸い、赤。
これはチャンスだ。
僕は車の流れが途切れていることを確認すると、そのまま交差点を突っ切った。交通マナーが希薄になりがちな自転車ならではの荒業だ。ザマーミロ。これで追ってこれないだろう。
しかし――、
「お前、信号無視までして、なに急いでんだ?」
「……」
……あんたもな。
片側二車線の交差点を白昼堂々と信号無視するかよ、フツー。なんかもうどうでもよくなってきた。
「急いでるんです。かまわないでください」
観念して返事をした。
「それを早く言えよ。どこへ行くんだ? 乗せていってやるよ」
「けっこうです」
ペダルを全力で回しながら答える。
相変わらず併走したまま喋ってるんだけど大丈夫か? しまいに事故るぞ。ていうか、かまわん。むしろ速やかに事故れ。
「行き先は? この先の駅か?」
「とりあえずは。でも、そこから電車に乗りますから」
そう言って、ついでに本日の目的と最終目的地もおしえる。
「ああ、だったら高速を使えば電車より車のが早く着くな」
「……」
「お前の様子だと今すぐ乗っても間に合うか怪しいんだろ?」
「く……っ」
「タイミングよく電車がくればいいがな」
蒼司は人の心を見透かしたように、わざとらしく言った。……あー、こいつ、ホントに事故って死なないかな?
「じゃ、この先の駅で待ってるからな。早くこいよ」
そして、蒼司は僕の意見も聞かずにそう決めてしまうと、加速して前方に走り去っていった。窓から手を出して、ひらひら振っているところがやけに腹が立つ。
僕は心の中で「事故りやがれ」と呪いの言葉を三回繰り返した。
駅に着くと蒼司がロータリィに車を停めて待っていた。
シャープな感じに整った容姿に悪ガキのような笑みを浮かべている。長めの前髪を前に垂らし、ぱっと見、人相がわかりにくい。お忍びか? やましいことがあって逃亡中の身とかじゃないだろうな。ありそうで嫌だ。
「よう、待ってたぜ」
そして、十年来の親友を歓迎するように言う。
どうもうまく嵌められているような気がする。僕はわけもなく不機嫌になって、何も言わず駅の有料駐輪場に向かった。
「早く乗れ。すぐに出るぞ」
自転車を預けて戻ってくるなり蒼司にそう言われ、僕は助手席側に回った。
「車に気をつけろよ」
「うるさいな。わかってるよ」
左ハンドルの外車なので助手席に乗ろうとすると、どうしても一度道路に出ないといけなくなる。……子どもじゃあるまいし、車がくてないかどうかくらい確認してるよ。まったく。お前は僕の親か。
って――、
あー、ちくしょう。そうだったな。
「……」
おかげで不機嫌が増幅してシートに座ってからも積極的に話す気にならなかった。
車が発進した。
しばらく一般道を走った後、高速道路に入った。周りの風景が防音壁に遮られ、ひたすらコピィ&ペーストを繰り返したような単調なものに変わる。
そこから車は一気に加速し、追い越し車線に入って次々と他の車を追い抜いていく。
「この前の話、考えてくれたか?」
やがて運転も単純作業になり、暇になったのか蒼司が切り出した。
「考えたところで答えは変わりませんよ」
「そう、か……」
少し落胆の色を見せたが、ただそれだけだった。
それからまたしばらくして蒼司が口を開く。
「お前が今の生活にこだわるのは、あの片瀬って女の子がいるからか?」
「げ。なんで先輩のこと知ってんだよ」
「てめぇ。俺の情報収集力なめんな」
「奈っちゃんから聞いただけだろ?」
「そうとも言うな。……で、どうなんだ?」
「……」
「……」
「たぶん、そうだと思う」
実際にそうなのだからそう答えるより他はない。
「こういうときってさ、父さんと母さんのことを思うのが普通のような気がする。でも、真っ先に司先輩のことを思い浮かべた。……僕って薄情かな?」
「俺はそうは思わないな」
蒼司はきっぱりとそう言い切った。
「そういうときがあっていいだろう。そして、そのことで悩めるお前は絶対に薄情じゃない。俺が保障するよ」
「……」
あぁ、そう言われると少しは安心できる。
「でも、どこかのIT企業の元社長は、金さえあれば女は寄ってくるっつってたけどな」
「……」
今ここでそれを引き合いに出してくるかよ。
「でも、どこかの会長さんは若かりし頃、地位も名誉もお金もある家を捨てて、女の人と駆け落ちしましたけどね」
「ぐ……。お前、痛いところ突いてくるね」
僕の指摘に蒼司は言葉を詰まらせ、居心地悪そうに頭を掻いた。
「あー。そりゃあ、あれだ。俺、親父がとことん嫌いだったからな。あいつが困るんなら一緒に逃げる相手は誰でもよかったんだよ」
そして、蒼司は触れられたくない過去を守るように、口を閉じた。
「わかった。そういうことにしておくよ」
僕はそう返しておいた。
その後は核心に触れたり、互いに気分を害するような話題は出さず、くだらない話ばかりしていた。
しばらくして前方に料金所が見えてきた。
「僕が出すよ」
ポケットの財布に手をかける。
「あぁ? いいよ、ンなもの。だいたい、今どきの車にゃETCってものがあるんだよ」
そう言って蒼司は顎で小さな機械を示した。
おお、これが噂のETCか。父さんがこの手のものが苦手で敬遠してるから、うちの車にはついていないんだよね。実物は初めて見た。
「ガキが変な気を遣うなよ」
「変な気ってなんだよ。僕のためにここまできたんだから僕が――」
「お前のためだからだ」
蒼司は僕の言葉を遮る。
「他のやつだったらしっかり取ってるよ、帰りの分までな。それにこんなところで余計な金使ってんじゃねぇよ。相手が年上だからってホテル代くらい出さないと格好つかないだろ、男として」
「ホ、ホテ……ッ」
何をぬかしやがるか、この不良中年は。
絶句している僕の横で蒼司がげらげらと笑う。……まったく。この前、先輩も妙なこと口走っていたし、今日この後、変に意識してわけのわからんことになったらどうしてくれるんだよ。
車はETC専用のゲートを通り再び一般道に下りると、そこはもう市内中心部。背の高いビルが所狭しと林立していた。
バカみたいに交通量の多い道路を走って目的の駅に着く。
さすがに県庁所在地の名を冠するだけあって駅ビルの周りには十階を越えるデパートがふたつ、オフィスビルやシティホテルは数えるのも嫌になるくらいある。ひとたび地下に潜れば広大な面積の地下繁華街が広がっている。そこが今日の待ち合わせ場所だ。
蒼司はバスやタクシーでひしめき合う駅前にうまく隙間を見つけると、そこに車を停めた。
僕はまた何か言われる前に、行き交う車に注意していることをややオーバーな動きでアピールしながら車を降りた。そして、運転席側に回る。
「たぶん遅れずにすむと思う。いちおう礼を言っておく。ありがとう。助かった」
「気にするなよ。俺はお前のためなら何でもする」
「それでもいちおう、ね。……それでは失礼します」
きっちり丁寧に頭を下げ、その場を後にする。
が――、
「那智」
不意に、行きかけた僕の名を呼んだ。
「大丈夫かー? ホテル代あるかー? 心配だったら貸すぞ?」
「……」
僕は振り返ると、でっかい悪ガキが笑う車のそのボディに、ガスッ、と一発蹴りを入れた。
「あ゛ー!? てめぇ、何しやがる!?」
慌てて窓から身を乗り出し、車体側面を見る蒼司。
そんな蒼司を残して僕は脱兎の如く逃げ出し、近くの階段から地下へと下りた。
地下繁華街の、前衛的なオブジェつきの噴水の前――、
そこで意外なやつを見つけた。
「あれ? 一夜じゃんか。何してんの、こんなところで」
そこにいたのは一夜だった。
僕に気づいた一夜は、プライベート用眼鏡のブルーのレンズの向こうで、わずかに驚きに目を見開いた。
「別に。何もしてへん」
と言ってるわりには声に焦りが窺える。
「何もしてないって……ここ、待ち合わせのメッカだぞ? 何も用がないのにここにいるのか?」
「そうや。文句あるか?」
「いや、文句はないけどさ。なんか怪しいなぁ。……あー、わかった!」
ピンときたぞ。
「な、なんや?」
「さてはナンパだな?」
「アホ。違うわっ」
アホとなじられるとともに即座に否定された。
「じゃあ、何だよ? まさかホントに意味もなくここに立ってるわけじゃないだろ?」
ずい、と一歩踏み込み、詰め寄る。
「那智には関係あらへん」
一夜はくるりと回って僕に背を向けた。
ふむ。クールな一夜にしては珍しい態度だな。僕はひょいひょいと跳びはねて一夜の前に回る。
「とか言いつつホントのところは?」
「……」
またも一夜は背を向けた。
僕は、今度はぴったりその後ろに張りつくと囁きかけた。
「実は誰か女の子と待ち合わせしてたり?」
「……っ!」
お。脈あり。テキトーにカマかけてみたんだけど、どうやら当たりっぽい。
と、そのとき――、
「く……」
小さく一夜がうめいた。
見上げると、その視線は前方に注がれている。何かを見つけたらしい。
そして、続けて――、
「よっ。遠矢っち。待った?」
聞き覚えのある声。
(この声はもしや……)
そう思って一夜の背後から顔を出して覗いててみると案の定だった。
円先輩が片手を上げてこちらに歩いてくる。
が、僕の姿を見るやいなや先輩の顔は引きつり、かっくんと直角に方向転換。そして、もう一度直角カーブを繰り返すと、きれいにもときたのと百八十度向きを変えて去っていった。
「何でっ!?」
いや、もう、なんかいろいろと「何で?」だった。
聞きたいことが山ほどあるが、しかし、円先輩は僕の声を無視してどんどん逃げていく。
そうして一度はUターンした円先輩だったが、丁度タイミングよく登場した司先輩と出くわし、一瞬で状況を理解した司先輩によって連れ戻されてしまった。
結局、その場の成り行きでいつぞやみたいに四人一緒に遊ぶことになった。
ひとまず移動。
前衛は、司先輩と僕。
後衛は、円先輩と一夜。
ちらりと後ろのふたりを窺うと、円先輩は不機嫌そうな顔を、一夜はいつも以上にどうでもよさそうな顔をしていた。
そこで僕はあることに気づき、ぽん、と手を打った。
「これってWデート……おおっ!?」
次の瞬間、僕は背中に受けた衝撃で前方に吹っ飛んでいた。
いったい何ごとかと体を起こして振り返ってみると、例のふたりが日本人にあるまじき長さの足を振り上げて立っていた。……ダブルで蹴りをくれたらしい。
「「 ふん 」」
そして、同時に鼻を鳴らすと、右と左に顔を背けた。
何なんだ、このふたりは。息ぴったりじゃないか。いろいろと追求の余地がありそうだな。




