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 挿話 悪魔の証明(序論)

 それは、学園祭も終わり、すっかり普段の落ち着きを取り戻したある日の昼休み、

 一夜は教室でいつもの如く本を読んでいた。

 遠矢一夜――。

 聖嶺学園高校、普通科特別進学コースに在籍する1年生。年のわりに落ち着いた雰囲気と長身、加えて端正な容姿でただ立っているだけで女生徒の目を引いてしまう、スタイリッシュな眼鏡の似合う知的美少年である。しかし、その実、起きている時間の七割を読書に費やすライフスタイルは、単なる奇人変人と言えなくもない。

 昼休みも半分を過ぎて教室に残っているのは全体の3分の1程度だろうか。昼食のために学生食堂や中庭に行ったり、開放されている体育館にボール遊びに行ったりして、多くの生徒が教室を出ていった。

 親友である千秋那智も弁当を食べると、「ちょっと用があるから」と言って出ていった。

 そんな穏やかな昼休み、開け放たれた教室のドアからひとりの女子生徒が入ってきた。

 四方堂円だった。

 

 

 

-+-+- 挿話 「悪魔の証明」(序論) -+-+-

 

 

 

 四方堂円――

 体育科に在籍する3年生にして、女子バスケットボール部の元主将。彼女の最大の特徴は170センチを越える長身と、健康な男子生徒なら目の毒に映るほど起伏豊かな肢体だろう。

 最初、教室にクラスメイト以外の生徒が入ってきたことに皆驚いていたが、それが四方堂円だとわかると、またか、といった思いで、すぐに平常を取り戻した。要するにこれが初めてではないのだ。

 円は何も言わず一夜の前の席に横向きに座った。因みに、そこは那智の席である。

 一夜と円――

 ふたりはかなり不思議な関係にある。興味のない相手なら、それが男子であれ女子であれ、必要以上に話をしようとしない一夜だが、その一夜が珍しく相手をしているのが円だった。しかし、よく見るとその扱いは他の女生徒と大差ないものなのだが、にも拘わらず、一夜と円が一緒にいる場面が多く目撃されている。実に奇妙な現象である。

 密かに3年女子の間で一番人気を誇り、何人もの女生徒の告白を袖にしている一夜と仲がいいように見えるため、円は何度か友人知人に詰問された。この現状に「あー、そりゃ確かにマズいわ」と頭を掻きながら思ったりするのだが、だからといって他人の目を気にして交友関係を制限する気はさらさらなかった。

 円が現れても一夜は本から顔を上げようとしない。

「……」

「……」

「"黙ってないで何か喋れ"とか言ったらどうなのよ」

「突っ込まないことに突っ込まれるんか……」

 ため息をひとつ吐きながら一夜は、ぱたん、と本を閉じた。

「で、何の用ですか、四方堂先パイ?」

「何度も言ってるけど、アタシのことは『円』でいいって言ってるでしょ。アンタの言い方はどうも悪意を感じるのよね」

「そのつもりやしな」

「……普通に殺すわよ」

「ええで。外出よか」

「訂正。キスしてあげるわ。じっとしてな――」

「俺が悪かった。話を進めてくれ」

「この……」

 円の言葉を遮ってまで即答した一夜に、円は腰を浮かせた体勢のまま拳を固めた。

「ええから。何の用やねん」

「ああ、そうだったわ」

 と、再び腰を下ろす。

「……」

「……」

 だが、話を切り出す様子は一向に見られない。

「……ええ加減にせんと怒んで」

「わ、わかったわよ」

 ようやく観念したらしい。

 先ほどからなかなか話し出さなかったり、横道に全力で逸れる辺りから、話しにくい内容であろうことは予想できたが、これから実際にどんな話がはじまるのかは見当もつかない。

「大きな声じゃ言えないんだけどさ……」

 そう言って円は身を乗り出して顔を近づけてきた。しかし、そのわりには目が泳いでいて、一夜の顔をまともに見られない様子だ。

 激しく挙動不審である。

 何というか、非合法のドラッグでも売りつけられそうな様子だ。無論、一夜は円がそんな人間でないことを知っているので疑いはしないが、傍目にはそんな雰囲気である。

 仕方なく一夜も顔を寄せた。ここまで顔と顔の距離が近づいたのは、夏の別荘のとき以来だろう。

 円が、複合的な要因で顔を赤くし口を開く。

「ア、アタシとデートしてくんない?」

「……」

 一夜が、固まった。

 動きが止まっただけに留まらず、思考まで停止していた。これが心臓の弱い人間なら生命活動そのものに支障をきたしたかもしれない。

「……」

 回復はまず思考からだった。それから運動機能に至る。一夜はかたちのいい顎を指でつまみ、視線を落として考え込んだ。

「それは個人を標的とした新手のテロと解釈して――」

「いいわけあるかっ」

 教室に円の絶叫が響き渡った。

 何ごとかと周りの生徒が振り返ったが円は気にした様子もなく、むすっとした顔で一夜の机の上で肘をつき、長い脚を組んだ。

「実はね、ストーカがいるのよ」

「ストーカ? 蒸気機関車の自動給炭機か?」

「そのストーカじゃないっつーの」

 よう知っとったな、と一夜の口から感嘆の声が漏れる。

「詳しいことは省くけど、最近、アタシの周りでそういうのがいるの」

「交友関係が広いな」

「まあね……って、いや、そうじゃなくて。……いいのよ、そんなことは」

「昔の男か? どうせトラウマになるような振り方したんやろ」

 呆れたように、一夜。

 対する円は何か反論したそうにしているが、言葉が出てこないようだった。

「で、それと今回の話とどう関係が?」

「うん、アンタと一緒のところを見せつけたら諦めるかなって思ってさ。遠矢っちほどの男はそうはいないし、普通の男なら勝てないと思って諦めるでしょ」

「そいつの心理動向は知らんけど相手がストーカなら、最悪の場合、先パイか俺のどっちかが刺される羽目になりそうな気もするな」

「あぁ、大丈夫。それはないから心配しなくていいわ」

 円はあっけらかんとして手をひらひら振った。

「ほう、断言するか」

「う……。こ、細かいことは気にしなくていーの。さあ、やるの!? やらないの!?」

「逆ギレされてもな。……ええよ。つき合ったるわ」

 一夜はあっさり承諾した。

「え? マジ? ……よっし」

 周りの目を引かない程度に小さくガッツポーズを取る円。

「じゃあ、次の日曜、駅前広場の時計塔に11時でいい?」

「いや、11時半がええな」

「刻むわね。まあ、いいわ。それじゃ、日曜日、よろしくっ」

 そう言うと円は意気揚々として帰っていった。

 その後ろ姿を見て一夜は、絶対くだらない結果になるな、という確信めいた予感を感じていた。

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