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第10話 咎人、奔走す

 11月1日、金曜日――、

 朝起きたらけっこう寒かった。

 それでもエアコンを入れるほどではないので、ホットミルクを作って飲んで、それで体を温める。そして、朝のニュースをBGMにして、カップ片手に新聞に目を通す。

 そういえば今日から11月だなぁ。そう思ってリビングのカレンダをめくった。

「うげ……」

 思わずうめき声を上げる。

 3日のところに赤ペンで丸がつけてあった。

「明後日、先輩の誕生日じゃんか……」

 

 

 

-+-+- 第10話 「咎人、奔走す」 -+-+-

 

 

 

 学校へ向かいながら考える。

 ありきたりだけど、誕生日プレゼントを用意した上でデートに誘うというのがスタンダードだろうな。変に凝ったことしても失敗するだけだろうし。

(今日中に先輩を誘って、プレゼントも考えて……って、やることいっぱいだな)

 先輩の誕生日が1日じゃなくてよかった。今朝のことを思い出すにその場合、気がついたのは当日の朝ってことになる。そら恐ろしい話だ。

 さて、司先輩を誘うのは休み時間か昼休みにするとして、まずはプレゼントを考えなくちゃいけないんだけど。

(悲しいことに何も思いつかないんだよなぁ……)

 自分の人生経験の少なさに情けないものを感じながら、教室のドアをくぐる。

 いつも通り一夜がすでに来ていた。

「おはよう、一夜」

「ん……」

 本から顔を上げずに返事。これまたいつも通り。

 と、そこでふと気づく。

「あ、そだ。一夜なら相談相手に適任かも」

 一夜はモテる。女の子とつき合ったことも多そうだ。だったらどんなものをプレゼントしたらいいかわかるかもしれない。

「……なんや?」

 僕の言葉が気になったのか、ようやく顔を上げた。

「うん。あのさ、女の子にプレゼントをあげるとしたら、どんなのがいいかな?」

 僕がぐっと顔を一夜に近づけ、周りに聞こえないように小声で訊いた。

「……片瀬先パイか?」

「そうなんだ。明後日、先輩の誕生日でさ。どうしたらいいと思う?」

「……知らん」

 即答された。

「知らんって、冷たいこと言うなよぉ。一夜なら女の子とつき合ったこともあるだろうし。それくらいわかるだろ」

「プレゼントなんぞ貰ったことはあっても、贈ったことなんてあらへんわ」

 うわお。容赦なく炸裂する最低人間の発言。

「お、お前……」

 ええい、使えないやつだぜ。

 

 

 

 一限目の休み時間――、

 ここは発想を変えて、貰う側からアドバイスをしてもらおう。

 そんなわけで紗弥加姉に電話することにする。まぁ、紗弥加姉の場合、どちらかってーと貰うというより奪う、騙し取るって感じだけど、そこは目を瞑ろう。

 窓のそばに行って電話をかける。確かこの時間なら紗弥加姉のほうも休み時間だったはず。コールすること数回。そろそろ留守電サービスに切り替わるかと思った頃、ようやく出てくれた。

『なぁに~?』

 すっごい眠そうな声だった。

「なんだよ、寝てたの? 仮にも受験生だろ? 授業中に寝るなよな」

『いんや。まだ家』

「学校行けよ!」

 何でこの時間にまだ家で寝てんでしょ、この姉は……。

『あー、うるさ……。公立はお前ンとこみたいに厳しくないの。最低限、出席日数が足りてて結果さえ出せばいいの。……で、何の用だ?』

「えっと、ちょっと訊きたいことがあってさ――」

『あー、ちょっと待て。煙草、どこやったっけ……?』

「吸うなっつーの!」

 もうツッコミまくりだな、僕。つーか、電話越しなんだからいちいち煙草なんて言わなけりゃいいと思うんだが。頭いいくせに意外と抜けてるな。

『へいへい……』

 あ、今、鼻で笑いやがった。至極まっとうな注意をしてるだけなのに、どうして笑われなきゃいけないんだろうな。

『本題入れよ。休み時間終わるぞ?』

「ったく、誰のせいだよ。……えっとね、明後日、片瀬先輩の誕生日でさ。プレゼントとかって何を贈れば――」

 プツッ――

 切ーらーれーたー……。

 いったい何なんだ? 精神活動が高度すぎて理解できんわ。もう一回かけ直したら切られるどころか、今度はキレられそうなのでやめておこう。

 

 

 

 三限目の休み時間――

 プレゼントを考えるのは後回しにして、先に司先輩に会って明後日の約束を取りつけることにした。

 急いで司先輩にクラスへ向かう。

 と、教室の前に、トイレでも行って帰ってきたところなのか、香椎先輩がいた。

「先輩! 香椎先輩!」

 教室に入ってしまう前に声をかけて捕まえる。

「片瀬先輩いますか?」

「片瀬? ちょっと待ってな」

 香椎先輩は嫌な顔ひとつせず、教室に一歩入ると中を見回して司先輩を捜してくれた。

「あのお嬢さんなら今はいないみたいだな。どうする? 後でそっちに行くように伝えておこうか?」

「いや、そんな、とんでもない! 今すぐの話ってわけじゃないし。昼休みには会えると思いますから」

 僕がそう言うと、香椎先輩はひと言「そうか」と言って教室に戻ろうとした。一夜並みにクールな人だ。

 そこでふと思いつき、僕は再び先輩を呼び止めた。

「そうだ。先輩、ちょっと訊いてもいいですか? 女の子にプレゼントをあげるとしたらどんなものがいいと思います?」

 僕の質問に香椎先輩は、腕を組み、拳を顎の下に当てて考え込んだ。

「……」

「やっぱり高価なもののほうがいいんでしょうか?」

 あまりに長いこと思考に没頭するものだから、不安になって思わず質問を重ねてしまった。

「そうとも限らないんじゃないか? 気を引くのが目的ならそれも効果的だろうが、君と片瀬の間ならそれももう不要だろう」

「ですかね?」

「心がこもっていたら何でもいい……というのは少々夢見すぎかな?」

 そう言って香椎先輩は苦笑する。

「まあ、せいぜい悩んでみたらいいんじゃないのか。そうして選んだものなら片瀬も喜んでくれるだろうさ。……ふん、これでは全然アドバイスになってないな。すまん」

「いや、そんなことないです。……じゃあ、角度を変えて、先輩、近々女の子にプレゼントを贈る予定ってありますか?」

「そうきたか。タイムリィなことにあるんだな、これが」

 そこで香椎先輩は意味ありげに笑ってみせた。

「おいおい。そんなに期待に満ちた目で見るなよ。俺のは参考にならないぜ」

 む。僕、そんな目で見てたのか。まあ、ちょっと期待してたのは確かだけど。

「彼女の希望でね、手作りのお菓子を持って行くんだ」

「手作りお菓子!?」

 意外な単語が飛び出してきて、僕は驚きの声を上げた。

「俺、お菓子作りが趣味のひとつでね。この前の学祭のとき、うちのクラスで手作りケーキの店なんてのをやってただろ? そのときのメニューの半分は俺が作らされてたんだ。尤も最後には嫌になって逃げてたけどな」

「……」

 げあ……。恥ずかしい思い出がよみがえってきたぜ……。

「学祭に彼女も呼んでたんだけどな。タイミングの悪いことに彼女がきたとき、俺はサボタージュの真っ最中だったんだ。おかげで俺が作ったものが食べられなかったとご立腹でね」

「はは、それは大変ですね」

 それで改めて手作りお菓子をご所望なのか。

 それはそれで相手の希望がはっきりしてるからいいよな。僕も諦めて司先輩にダイレクトに聞くかな。

 そこで休み時間終了のチャイムが鳴った。

「あっと、じゃあ、失礼します」

「ああ、頑張れよ」

 香椎先輩から激励の言葉を頂いて僕は教室に戻った。

 

 

 

 昼休み――、

 例によって例の如く一夜とふたりで学食に足を運んだ。

「こんにちは、先輩」

「あら、こんにちは、那智くん」

 司先輩はそう挨拶を返して……それで終わり。

 黙り込む。

「………」

 最近、司先輩は変だ。

 いつもなら続けて話しかけてくるのに、このところそれがない。口数が減ったわけではないが、積極性に欠ける感じ。目に見えて不機嫌というわけではないだけに、どうもやりにくい。

 かといってここで怯むわけにはいかないのも確か。

「円先輩、ちょっと司先輩をお借りしていいですか?」

「なに? 秘密の話?」

 円先輩はにやにやとからかうように笑う。

「まあ、そんなところです」

「ふうん。別にいいけど。代わりにそれ置いていきなさい」

 そう言って顎で一夜を指し示す。

「どーぞどーぞ。こんなものでよかったら」

「おい、待て。俺の意思は無視か?」

「うん。この際、無視だ。大事の前の小事。僕のために一夜はここで円先輩に喰われてろ。……司先輩、ちょっとだけいいですか?」

 僕が聞くと司先輩は視線を斜め下に逸らし、しばし考えてから、

「ええ、いいわよ」

 と、立ち上がった。

 代わりに一夜が円先輩に正面の席に座った。何やら不満げな顔だったが見なかったことにしておこう。

 僕らは自販機で缶ジュースを買ってから、隅の方の席に移動した。

「どうかしたの?」

「えっとですね。明後日なんですけど、時間ありますか? できればふたりでどこか行きたいと思いまして……」

 思い切って、というには言葉が尻すぼみだけど、僕は切り出した。

 しかし、対する司先輩の方はというと、まったく表情も変えずに僕の顔をじっと見つめてくる。

「ダ、ダメですかね……?」

 まるで試すような視線に耐えきれず、僕は再び訊いた。

 それでも先輩は、そこからたっぷり三十秒はあけてから、ようやく口を開いた。

「残念ね。もう予定が入ってるの」

 さらりと、冷たく先輩は言った。くいっと缶コーヒーをひと口、喉に流し込む。

「そう、ですか……」

「嘘よ」

 缶をテーブルに置く音と先輩の声が重なった。

「……はい?」

 何ですと?

 ぽかんとする僕の前で先輩が意地悪そうな笑みを浮かべる。

「でも、ギリギリよ、那智くん。今日帰るまでに誘ってくれなかったら、ホントに予定を入れてしまうつもりだったんだから。気をつけなさいね」

「……はい。以後、注意します……」

 いや、本当にギリギリだったんだな。来年は忘れないようにしないと。

「それで? 今回のデートのお誘いは、わたしの誕生日だからってことでいいのかしら?」

「もちろんです」

「誕生日プレゼントも期待していい?」

「そうりゃあ、もう!」

 ……。

 ……。

 ……。

 ……あ、あれ?

「そう。じゃあ、那智くんがどんなものを選んでくれたのか楽しみにしてるわね」

「……」

 楽しみにされてしまった。

 くっ……。これで先輩に希望を聞くという選択肢もなくなったわけか。

 仕方がない。香椎先輩に言われた通り、せいぜい悩むとするか。

 だが、そこで――、

 僕は先輩からもう笑顔が消えていることに気がついた。

 司先輩は不安げな顔で視線を落とし、手で弄んでいる缶を焦点の合わない目で見つめていた。

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