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  〃  学園祭後日談(3)

 いくつか騒ぎがあったものの、今日も7時間目が終わり、終礼も終えて――放課後。

 掃除の時間。

 机と椅子はすべて教室の後ろに押しやられ、だだっ広い空間の中央に、

「いくぞー」

 ピッチャー、トモダチ。家から持ってきたのか、手には安っぽいゴムボールが握られている。

「おしゃ。きやがれー」

 で、教室のコーナーにバッター、僕。掌をバット代わりに構える。

「打たれてもいいわよー。このあたしが華麗に取っちゃる」

 そして、トモダチの後方には薬局のゾウの置物……じゃなくて、宮里(通称サトちゃん)がいた。

 トモダチが投球モーションに入った。

「なっち。お前に学園生活の希望を奪われたこの俺の怒りを思い知らせてやるぜ」

「知るかっ。あと、なっち言う――」

 それに合わせて僕も腰を入れて身構え、

「なっ」

 投げられた球を打ち返す。ジャストミートだ。日本語で言うと、ちょうど肉。

 掌に弾かれたボールは、ライナーでピッチャーの横を抜け、宮里の伸ばした手をかすめて飛んでいった。はい、シングルヒット。

 が、そこでアクシデント。

 ボールの軌道上に居内さんが現れたのだ。廊下の掃除を終えて戻ってきたのだろう。

「げっ」

 危ない!――と、危険を報せる間もなく、居内さんは左手でキャッチ。気のせいかボールを見ずに取ったように見えたぞ。しかも、利き手と反対を使う辺りプロフェッショナルだ。

「……」

 こちらで宮里とトモダチが「おおっ」「ナイスキャッチ」と感嘆の声を上げる中、居内さんは無言で手の中のボールを見る。

 そして、ゆっくりとしたモーションで返球――

「ほぶっ」

 と思いきや、剛速球。

 ボールは僕の顔の真ん中を直撃した。

 思わず顔を抑えてひっくり返る僕。視界の端では居内さんが無表情で腕を振り上げて、勝利のポーズを取っていた。

 いや、もういいから。その勝ち誇った感じの自由の女神は昼休みにも見たから。

「千秋、アウト?」

「いや、顔面セーフだろ」

 うるせぇよ。

「……おい」

 この惨状に冷ややかな声。モップを持った一夜だった。

「そこの3バカ+1。真面目にやれ。いつまでも終わらんわ」

「「「 うぃーっす 」」」

 宮里、トモダチ、僕が異口同音に返事をする。

「ところで、+1って誰だろう?」

「そりゃあ……」

 僕らの視線が一点――居内さんに集まる。

 居内さんは僕らの視線を受け、どこに焦点が合っているのかわからない目でしばし考えた後――、

「……」

 がっくりと両手を近くの机についた。

「あ、凹んだ」

「本気で凹んだ」

 そして、この後、僕らは窓から飛び降りようとする居内さんを止めるのに5分ほどの時間を費やした。

 

 

 

 怪我人もなく無事に掃除が終了し、昇降口に下りてきた。

 今いるのは一夜と僕だけ。

 宮里とトモダチは、あれだけ遊んでおきながら用事があるからと、疾風の如く去っていった。居内さんは部活だ。

 なので、ふたりだけ。周りには誰もいない。

 ただでさえ7時間目まで授業があるのは特進クラスだけの上、遊びながら掃除をしていたとなれば、一般生徒では僕らがいちばん遅い下校なのではないだろうか。今日一日どこへ行っても注目を浴びてばかりだったので、今は人がいない寂しさよりも、むしろほっとする。

「あら。貴方たちも今帰り?」

 しかし、無人と思われたこの場に声。

 その温度の低い、はっきりとした発音には訊き覚えがあった。

「飛鳥井先輩」

 音源を見ると日本人形の如き女性が立っていた。

 飛鳥井先輩も僕ら同様3年の特進クラスに所属している。きっと何かの用で居残っていたのだろう。

「僕ら、掃除当番だったんです」

 因みに、一夜は僕の横で居心地悪そうにそっぽを向いている。飛鳥井先輩が苦手のようだ。

「先輩はやっぱり風紀委員ですか?」

「私はちょっと学食へ――」

「学食?」

「……いえ、今のは忘れなさい」

 飛鳥井先輩ははっきりと要求した。釣り目気味の目が言外に反論を許さないと語っている。僕は「ああ、なるほど」と思ったが、これ以上は触れない方がよさそうだ。

 横では一夜が確かに小さなため息を吐いていた。

「千秋君。貴方、今日は大変だったようね」

 先輩は自ら話題を変えてきた。

「うは。やはりお聞き及びでしたか」

「ええ。尤も、そのことについては貴方自身の口から聞いてましたが」

「うあ゛……」

 そう言えば、一学期に飛鳥井先輩の意味深長な言葉を勘違いして、僕自ら白状しちゃったんだった。今思い出しても恥ずかしいな。

「もし学校生活に支障があるようなら風紀委員の方で何か考えるわ」

「あ、いや、大丈夫です。どうせ今の騒ぎも一過性のものだと思いますから」

 そこまでしてもらうほどのものでもないだろう。にしても、風紀委員ってそこまで取り締まれるものなのだろうか。

「それから、貴方たちもよ。恋愛は自由だけど、校内で変なことをしないように」

「……」

 変なことってなんだろー?

 要は僕らも平等に取り締まり対象なわけね。まぁ、そんなことはないと思うけど。

「さて、私はひと足先に帰らせてもらうわ。誰かさんが心底早く帰って欲しそうにしてるから」

「おいおい……」

 振り返れば、一夜は相変わらず不貞腐れたように横を向いていた。

「それじゃあ、さようなら」

「あ、はい。さようなら、先輩」

 飛鳥井先輩はナチュラルストレートの黒髪をなびかせながら、颯爽とした足取りで去っていく。

「一夜。そんなに先輩のこと嫌いなのか?」

「別に。ただ苦手なだけや」

「ふうん」

 嫌いではないのか。でも苦手、と。

「行った?」

「うわっ」

 不意にまた別の声が聞こえ、そちらを向いて僕はびっくりたまげる。下駄箱の陰から誰かが顔を覗かせていたのだ。

「びっくりした。円先輩か。えらい高い位置に顔があるから、ろくろっ首かと思った」

「誰がよっ」

 言いながら姿を現す。見慣れたクラブのジャージ姿。引退した今でも体育はこの格好で受けているらしい。

「なっちってさ、意外と誰彼なしに失礼なこと言うわよね」

「そうですか?」

 自覚ねぇっす。

「ところで先輩。ずっとそこで隠れてたんですか?」

「まぁね」

「何でまた?」

「べ、別に。ちょっと苦手っていうか、顔合わせたくないだけ。飛鳥井さんと」

 円先輩は歯切れ悪く、口の中でもごもごと言う。

 こっちもか。いったい何が理由なんだか。それは兎も角、あちこちから苦手とされている飛鳥井先輩ってある意味すごいな。

 3人でぞろぞろと昇降口を出る。

「あり? そういえば、先輩も今帰りですか? ちょっと遅くないですか?」

 体育科は6時間授業なので、帰りがこんな時間になることはまずないはずだ。

「ちょっと受験対策の補講をね」

「そか。3年になったらそんなのもあるんだ」

「あぁ、そうそう。司も美術室で残ってるってんで一緒に帰ることになってるから、たぶん外で待ってるはず。……ほら、いた」

 昇降口から外へ出ると、すぐ近くの背の高い植え込みに体重を預けるようにして司先輩が立っていた。

「あ、ほんとだ」

「あら、那智くん。奇遇ね」

 司先輩が柔らかく微笑む。

「ごめん、司。待った?」

「あら、円。いたの?」

 あからさまに不機嫌な声と半眼になる司先輩。さらっとひどいことを言っている気がする。

「いや、アンタと待ち合わせしてたの、アタシだっつーの。……ああ、待たされて怒ってるわけね」

 円先輩が忌々しげに言い返す。この辺のやり取りは小学校からの親友ならではのものなのだろう。

「待たせておいて悪いんだけどさ――」

 しかし、円先輩も慣れたもので、次の瞬間にはけろっと別の話題を切り出す。

「ちょっと部の練習を覗いて帰りたいんだけど、いいかな?」

「ええ、いいわよ。今さら多少寄り道したって、遅いことに変わらないし」

「……」

 なんか怖ぇ。

 流れを見る限り、円先輩だって1時間も2時間も待たせたわけじゃないと思うんだけどな。

「え、えっと、円先輩って夏で引退したはずですよね? まだ部活に顔出してるんですか?」

 僕はだんだんいたたまれなくなって話に割り込んだ。

「ん。たまにね。単純に後輩が心配だったり、まだ頼りにされてたり?」

「余裕ですね、受験生なのに」

「まーね。アタシ、どこかの誰かさんと違って、わりと成績いいしー」

 ちらりと親友に目をやる円先輩と、その視線を挑戦的な笑みで受ける司先輩。そして、過負荷に胃がキリキリしてきた僕。

「それはもしかしてわたしのことを言ってるのかしら?」

 司先輩は円先輩の脇腹を指でつまむと、笑顔のまま容赦なくひねった。

「わたしの、こ、と、か、し、ら~?」

「あたたたたた――」

 なんか今日の司先輩、荒れてるな。

 名づけて片瀬司・夏の暴力祭。……百貨店のセールっぽくていいな。

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