第94話 麗子様は天使と出会う。
どうして私ばっか、いつもいつもこんな目に遭うの?
中学デビューで友達百人と恋人を作る私の計画が(泣)
あゝ、それなのに、それなのに。
みんなして酷いわ酷いわ! いったい私が何したって言うの?
まったく、これじゃ新学期早々からイメージダウンじゃない。これが悪役お嬢様の宿命なのね。クスン。
あー、ムシャクシャする!
こういう時はやけ食いよ!
サロンへ行ってゆかりんからスイーツを横流して……って、ゆかりんいないじゃない!?
そうだった。同じ菊花会と言っても、中等部と初等部のサロンは別々なのよね。
うーん、当たり前だけどコンシェルジュはみんな知らぬ顔ばかり。知った顔は全て初等部から上がってきた大鳳の生徒だけ。
うげぇ、今の二年生と三年生は選民思想の強いタイプが多いから苦手なのよねぇ。特に二年生のバリバリの家柄原理主義者 である日野智子様と御前柚巴様もご健在。
御台様と巴御前は相変わらずの存在感だ。近づかないようにしとこ。
だけど、やはり一番この中で目立っているのは滝川だ。王者のオーラが違う。最下級生なのに、上級生達をものともしていない。サロン内で完全に異彩を放って、注目を集めとる。
特に女子からの。
おうおう、おねーさんも(一部)おにーさんもみんな滝川を見つめながらウットリしとるわ。早見もいないし、これは滝川の独壇場か?
チクショー、お兄様さえいればテメェなんざなぁ。
まっ、かえってちょうど良かったかも。これでみなの注目は滝川に集まる。私はひっそり隅っこで誰にもバレずにやけ食いじゃい。
ソーッと人目のつかないテーブルを確保と。
あっ、そこの眼鏡が似合うコンシェルジュのおねーさん、こっちこっち。そのスイーツを載せたワゴン持って来て。
んー、コレとソレと、そっちも美味しそう。中等部のサロンも中々の品揃えね。あっ,おねーさん、あっちのとそっちのもお願い。
ん? どうしたんですか、そんなに目を丸くされて?
おやおやぁ、よく見たら桜餡の練り切りもあるじゃないですか。春だもんねぇ。
あゝ、これを見てるとローちゃんを思い出すなぁ。あの桜の練り切りは絶品だったわ。また食べたいなぁ。ローちゃん持って来てくれないかなぁ。だけど。ローちゃん最近は忙しくてこっち来られないみたいなのよね。
昨日、ローちゃんからお詫びも兼ねてって卒業祝いと入学祝いが届いたんだけど……これ京友禅の着物じゃない。えーと、これって確か高級車も買えちゃうくらいの老舗高級ブランドじゃなかったっけ?
ローちゃん、ちょっとやり過ぎ。ポンッと気軽に贈れるもんじゃないでしょ。現物を見てお母様と一緒にたっぷり十分くらい固まっちゃったわよ。嫌な汗でたわぁ。しっかりお礼状送っとかなきゃ。
なんてアレコレ考えながらスイーツを堪能してたら、スッと影が差した。
「相変わらずだな、清涼院」
「これはこれは滝川様、ごきげんよう」
ちっ、せっかく人目を忍んでたってのに、テメェが来たらどんな舞台裏に居てもスポットライトが当たっちまうやろーがい。
私の至福のスイーツざんまいターイムを邪魔しおって。なんじゃオヌシ、さっきから我のスイーツをチラチラと物欲しそうに見よって。これは私のだ。やらんぞ。
「ふむ、食の清涼院は健在だな」
その不名誉な二つ名はやめーい!
「量も凄いがチョイスも凄い。あのたくさんの種類の中で、俺が外せんなと思っていたのばかりだ」
私が盛ったスイーツを指差しながら店の名前を挙げていく。チラッと眼鏡のコンシェルジュおねーさんを見たらびっくりした顔で頷いていた。どうやら全問正解らしい。
コイツのスイーツバカも健在のようやな。少しは成長したかと思ったのに、評価を下方修正せねばならんようやの。
「清涼院……」
何ですか、私をジッと見つめて。イヤン、止めてよね。まさか私が美少女だからって惚れちゃいました?
「やはりお前しかいない」
「何がでございましょう?」
まあ、こんな超絶美少女は私しかおらんもんな。オヌシが私に懸想するのも無理なかろう。
でもザーンネーン。私の心はお兄様のものなのでーす。あなたの入り込む余地はナッシングよ。
「ちょっと瑞樹のことで、な」
へいへい、分かってましたー。修学旅行に続いてテメェにはがっかりだぜ。
「そう言えば早見様のお姿が見えないですわね」
それにしても、珍しいことがあるものだ。今日は滝川一人とは。ジルベール滝川と言えばセルジュ早見とセットのはずなのに。いや、早見はけっこう薄情やったな。
「清涼院、一緒に来てもらうぞ」
「ちょっ! 引っ張らないでくださいまし」
って、いきなり何すんのや〜。
「私、まだ行くと了承してはおりませんわ」
「急げ、こっちだ」
あゝ、私のスイーツ達が〜。
チクショー滝川め、末代まで祟ってやる。食べ物の恨みは恐ろしいんだぞ。眼鏡のおねーさん、包んで取り置きしておいてくださいな。
「もう、ちゃんとついて行きますから手を離してくださいませ」
これ以上、滝川に手を握られたまま校内を引きずられてたら、また変な噂を立てられかねん。既に周囲の生徒達がヒソヒソ噂しているのが見える。最悪だ。
「それで、どちらへ向かっておられるのです?」
「瑞樹のところだ」
だから、それがどこかって聞いてんだよ!
まあ、こっちの方向からして初等部の校舎みたいだけど。
「まさか初等部のサロンへ向かっているのですか?」
「そうだ、瑞樹は今そこにいる」
うーん、なぜに初等部の菊花会に?
「実は初等部の新入生の中に瑞樹の……」
はっ、まさか!?
OBとして新入生の後輩をいびってるとか。早見のヤツ、これはイジメじゃない、かわいがりだとかほざいてんじゃないでしょうね。
いや、早見は腕力に訴えるタイプじゃねぇな。言葉責めでネチネチ精神的に追いつめる悪魔だった。あの堕天使め、可愛い後輩達に毒牙をかけるなんて!
「お、おい、清涼院、急に走り出してどうした?」
ええーい、遅いぞ滝川。急がねば堕天使によって、あどけない少年少女達が心に傷を負ってしまうではないか。
待っててね、可愛い後輩ちゃん達。すぐに駆けつけて堕天使の魔の手から救ってあげるから。
どこにいる堕天使め!
打倒、堕天使!の決意を胸に、私は初等部菊花会へ飛び込んだんだけど……
「はへ?」
いきなり目の前の光景に私の魂を抜かれてしまった。
初等部だけでも菊花会のメンバーは四十人以上いる。それなのにサロンに入った瞬間、その子に目を奪われたの。
ちょっと色素の薄いふわふわの髪、珍しい琥珀色の瞳、雪のように真っ白な肌。それは存在自体が奇跡としか言いようがない。
その子は私と目が合うと、こてんっと小首を傾げた。なんて超絶カワイイの!
「お姉様はどなた?」
それはまさに天使と言うべき女の子だった。




